第9話 玉砕計画

  月曜日の小鳥ことりさえずるる爽やかな朝、スマホのアラームが午前七時に鳴り響く。


(このまま、まだ寝ていたいな……)


 週の初めは浩太こうたにとってとても苦手で高校に登校する気力がゼロ。


「こうなったら総理大臣になって学校という学ぶ施設を廃止にしてやるぞ……でも総理大臣になるためには勉強して大学に行かないとダメだよな……」


 寝ぼけて独り言のようにぶつくさ言いながら重たい身体を起こし、まるでブラック企業に行きたくないサラリーマンみたいに気怠く朝食のパンを食べながら身支度してトボトボと学校に登校した。

 運悪く校舎の門の前には、いつものように一学年上の先輩 桜井剛さくらいつよしが誰かを探すようにキョロキョロ見渡しているのを目撃してしまった。当然探している相手はわかっている。


(うわ~、しょうこりもなく、またいるよ……)


 学校に登校するのも億劫おっくうなのに桜井に絡まれたら面倒くさくなる。浩太はバレないように近くの生徒の群れに紛れ込んで歩く。


「おい浩太!」

「おはようございます。豚――じゃなかった桜井先輩(くそっ! 見つかった)」


 慌てて訂正するが、もう遅い。

 桜井は眉間みけんに青筋を数本浮き出て、ズカズカと近寄ってくると浩太の周りにいた生徒達は恐怖でその場から急いで逃走していく。


「豚呼ばわりするおまえを今ここで殴り倒したいけど、今日は特別に許してやる!」


 桜井が手を出さないことに浩太は天変地異てんぺんちいが起こるほど内心驚きになる。いつもなら「豚呼ばわりしやがって殺す」と言って襲いかかってくるのにと。

 心配そうに桜井を見つめながら浩太はとんでもない台詞を口ずさんだ。


「具合でも悪いんですか? 保健室行った方がいいですよ。いや病院に行った方がいいかも、でも人間の行く病院じゃ診察してもらえないか~。やはりここは動物病院に行きましょう」

 

 桜井は怒りのボルテージが最大限に達して般若はんにゃみたいな表情をし、浩太に向けてとんでもない憎悪をぶつける。

 一方で、とんでもない暴言を吐き捨てたのに、浩太は平然とした表情で桜井の前に立っている姿はまるで怖い物知らずの天然キャラ。

 運悪く教育指導の先生は今日一身上の理由で休暇を取っているのでこの二人を止める事はできない。


「校舎裏にちょっと来い!」

「無理です」

「先輩命令だ!」

「俺に先輩はいません野生の豚は知っていますけど」

「豚でもいいから来い!」

「ちょっと、どうしたんですか!? 今日の先輩、様子が変ですよ!」

「俺の言う事聞いてくれ頼むから! お願い!」


 浩太に頭を下げながら手を合わせて懇願こんがんする桜井を周りにいる生徒たちは、目玉が飛び出すほど驚愕きょうがくしていた。

 間違いなく桜井は何かの精神的な病に悩まされていると浩太は疑ってしまう。今まで憎たらしいほど恨みを抱いていた人物が頭を下げてお願いをするのは天変地異が起こってもおかしくない。


「桜井先輩、病院に行った方がいいですよ。頭のどこか強く打ちました?」

「俺がおまえに頭を下げるのが、そんなにおかしいことか!」

「前代未聞です。宇宙人が侵略するほどの大事件だすよ。むしろ地球が崩壊するレベル」

「そのぐらいお前に大事な話があるんだ!」


 桜井の光景が見るに堪えない浩太は深くため息をつき、口を重く開けながら、

「しょうがないな、わかりました。行きますよ、行けばいいんでしょう」

「さすが俺のライバル」

「勝手にライバル扱いしないでください、早く行きましょう」


 しぶしぶ難儀なんぎな思いで桜井についていく事にした。

 二人は、人影の無い校舎裏に着くと突然桜井は足を止めた。


(俺をここで襲うつもりもなさそうだし、何を企んでいるんだ?)

「……聞きたい事があるんだ」

「聞きたい事? 一体何ですか?」


 怪訝けげんそうに浩太は答えると、桜井は顔を真っ赤に染め上げて指と指をツンツンさせて俯いている。その光景は、まさに地獄絵図。


(げっ、何だコイツ気持ち悪い……)

「おっ、俺……好きなんだ」


 その一言に浩太の全身の毛が逆立つほどの恐怖に駆られる。この場で口から汚物をぶちまけるほどに。


「きっ、気持ち悪いんだよ! なに俺に告白するんだよ! 近づくなこの豚! コマ切れにするぞこの豚!!」


 人生初めての告白がこんなゴリラだったのは浩太にとって人生最大の屈辱だった。それに桜井から告白された事が校内で知られたら二度と学校生活は送れない。


「バカか! 誰がおまえみたいな男に告白するんだよ。気持ち悪い」

「おまえに言われたくねぇよ、このゴリラが! 動物園にぶち込むぞ!」

「俺はおまえの妹の蓮季ちゃんが好きなんだ!」

「何だ蓮季か……。勘違いさせないでくださいよ(――良かった襲われなくて)」


 浩太は安心して胸をなで下ろす。


「おまえが勝手に勘違いしたんだろ! それで蓮季ちゃんに好かれるには、どうしたらいいんだ?」

「無理です。諦めてください。蓮季はあなたの顔を受け付けていないみたいです」


 浩太の鋭い言葉の暴力で、桜井は一瞬崩れ落ちそうになったが、何とかその場を踏ん張った。

 浩太の人相も女性受けしないが桜井の場合は拒絶するほどの体型や人相をしているため可憐で超絶美少女の蓮季を落とすのだったら整形か生まれ変わる以外に方法はない。


「俺は蓮季ちゃんに好かれるまで諦めずに何度もアプローチしてやる。だからどうやって蓮季ちゃんに好かれるか教えろ!」


 桜井は必死に浩太の肩を揺さぶりながらアドバイスを聞き出そうとする。

 このまま桜井を放置していればいずれ蓮季のストーカーになりかねないと思った浩太は可愛い妹の身の危険にならないように思考しているとある面白い案が頭の中で閃いく。


「しょうがないですね。俺が助け船を出しますよ」


 頬をニヤリととして江戸時代の悪代官みたいな表情を浩太はする。


「ほんとか、ありがとな。俺、おまえの事を見直したぞ。で、その助け船とは何だ?」


 桜井のうれしそうな表情を見た浩太は、あまりの気持ち悪さに吐き気がした。


「蓮季と一対一で話す場を作ってあげます」

「ほっ、本当か! いつだ!?」


 鼻息を荒くして詰め寄られ浩太は一歩後ずさる。

 目つきがイッてる桜井は完全に自我を失っており、さすがの浩太も今の桜井を敵に回したくないと初めて思う。

 初恋相手にこんなに必死になるのもわかるが、さすがに度が過ぎる。一歩間違えれば犯罪行為をしかねない。

 とりあえず蓮季にこの事を伝える必要がある。


「そうですね~、一回蓮季に連絡を取ってからじゃないとわからないから今夜連絡して、いつがいいか聞いてみます」

「蓮季ちゃんのスマホの電話番号を教えてくれたら、俺がするぞ」

「それはダメです」


 この男に蓮季の電話番号を教えたら毎日、鬼のような着信の嵐がくるに違いない。


「じゃあ、メールアドレスか通話アプリとかは?」

「しつこいです。いい加減にしないと蓮季と二度と会わせませんよ」

「っち、わかった。明日楽しみに待っているからな」


 桜井は渋々この場から去っていた。

 蓮季に玉砕され泣きじゃくる桜井が逃げ出すイメージしか湧かず、浩太は思わずクスクス笑ってしまう。

 悪知恵を働かせながら浩太は笑いが止まらず微笑みながら体育館の裏から学校の校舎に出ると、

「なんか楽しそうになってきたな」

「――いつからいたんだ海斗!?」


 いきなり背後に海斗が現れて浩太は驚きのあまり心臓が飛び出しそうになる。


「浩太と桜井先輩が校舎裏に入るところから、ていうか俺にも桜井先輩が告る日を教えろよ」


 相変わらずステルス能力に、ある意味感心してしまうが、正直海斗には訊かれたくない話しだ。


「こいつ油断も隙もありゃしねぇ。わかったよ。まずは蓮季と連絡して日取りを決めないとな」

「でも、あの桜井先輩が惚れる子って、――一体浩太の妹はとんでもない美少女なのか、それとも桜井の体型からするととんでもないゴリラかのどっちかだな」

「テメェ、俺の可愛い妹はゴリラじゃねえ。チンパンジー並みに可愛いんだ」

「その例えあまり変わってないと思うが……」


 可愛い妹の悪口を言われた浩太は激怒するが、自分も対して変わらない発言をしているのに気付かない。


「何を言っているんだゴリラよりチンパンジーの方が可愛いに決まっているだろ。――とにかく自宅に帰ったら父親から蓮季のメールアドレスと携帯番号を訊いて待ち合わせの日程を決めるか」

 

 こうして桜井の玉砕計画を始まろうとしていた。

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