第8話 妹はブラコン

 実家から電車に乗り、自分の住んでいるアパートに着くと、部屋のドアの前に幼馴染みの芝崎海斗しばさきかいとが待っていた。


「悪い、待たせたか?」

「いや、俺も来たばかりだ」


 グレーのVネックのシャツに黒のジャケットを羽織り、下はブルーのデニムパンツを穿いている。

 仕事が出来る社会人オーラを醸し出している海斗に比べて浩太こうたは、十字架を模ったネックレスを首に身につけ、ドクロの飾った黒のTシャツに赤いジャケットを羽織り、下はチェーンを付けた黒のデニムパンツのいかにも柄が悪い服装。

 浩太は部屋のドアを開け、海斗を部屋にお招きする。

 フローリングに二枚座布団を敷いてお互いテーブルを挟み向かい合って腰を下ろす。


「今日、実家に帰ったんだろ。おじさん元気にしていたか?」

「ああ、新しい奥さんにメロメロで見てるこっちが恥ずかしい気分だったよ」

「新しい奥さん!?」


 海斗は部屋のテーブルから身を乗り出し驚く。

 驚くのも無理はない、まだ海斗には父親が再婚したことを浩太は伝えていなかったから。


「俺の親父、三日前に再婚したんだ。それと俺にも兄妹ができた」

「弟か? 浩太は昔から弟が欲しいといつも言っていたもんな」

「まあ、下にいたらパシリに使えるからな」


 さらりと浩太の問題発言に海斗は呆れてしまう。


「お前、その考えは最低だぞ」

「まあ、できたのは弟じゃなくて妹のほうだがな。蓮季はすきていう名前の可愛い子だ」

「そうか、それを訊いて安心した。でも新しくできた兄妹が妹だったら、さぞかし浩太の人相を見て怖かっただろうな」

「むしろ好かれ過ぎて大変だ……」


 苦笑していた海斗が突然、目を丸くする。


「嘘だろ! 学校の女子たちには引かれる顔なのに、その妹さん、もしかして目が見えないとか障害を持っている子なの!?」

「持ってないわっ! 俺のかわいい蓮季に向かって障害者呼ばわりなんてかなり失礼だぞ」


 実際、浩太にあんなに溺愛できあいするのは昨日の実家から帰るときに紀香が言っていた事が関係あるんじゃないかと思ってはいた。


「でも妹にするのは勿体ないよな。おまえの事が怖くなく、むしろ好かれているって事は、彼女にできると思うのに」

「しょうがないだろ。俺だって彼女にしたいけど、そんな事したら家庭が崩壊する」

「別に義理の妹なら結婚できるから付き合ってもいいんじゃないか」

「確かに海斗の言うとおり義理の妹は結婚できるが、世間の目も考えろよ。世間で悪評の俺が今度は再婚した母親の連れ子に手を出させた、なんて噂が広まったら蓮季や紀香さんに迷惑を掛けちまうだろ」

「おまえって顔や性格に似合わず、世間体せけんていや身の回りの事をちゃんと考えていたんだな。少しは見直したよ」

「そうか? 当たり前の事だろ」


 家庭の事を考えるのは家族にとって普通のこと

事だと浩太は首を傾げて思った。

 毎日喧嘩に明け暮れている人物が吐く台詞ではない。浩太にも周りのことを考えている事に海斗は少し感心していた。


「俺が同じ立場だったら、兄妹の一線を越えるね。かわいかったらの話だけど」

「普通にあり得ないだろ。妹に恋愛感情を抱く兄がいると思うか? たとえ義理が付く妹でも。海斗だって自分の妹に恋を抱く事があるのか?」

「ないね。むしろ殺意しかわかない」


 眉間にしわを海斗は寄せる。最近また兄妹喧嘩をしたなと浩太は感づく。

 海斗と海斗の妹の涼音すずねは小さい頃からの大が付くほどの犬猿けんえんの仲だった。特に中学時代の海斗はあるきっかけで家族崩壊までさせるほどの大事件を起こしてしまい余計に仲をこじらせてしまった。そういう姿を見た浩太は兄妹のいる所は仲が悪いのだと勘違いをしていた。

 時間が経つと蓮季も浩太をゴミを見るかのような眼差しで嫌いになるんじゃないかと不満がつのり一瞬、蓮季が桜井さくらいにした行動を思い出すと段々額に汗が滲んできた。


「なに、不安な顔をしてるんだよ」

「べっ、別に不安なんかしていない」


 さすが幼馴染みだけあって浩太の考えている事を海斗は見抜いていた。


「安心しろ蓮季ちゃんは浩太の事を嫌うことはないと思うぞ」

「別に好かれるつもりはない。むしろ俺から少し距離をおいて欲しいだけだ」

「でもおまえがそこまで女性に悩んでいるのも新鮮で面白いな。そんなに妹がかわいいのか? 今度紹介しろよ」

「こちとら面白く何てない、他人事だと思いやがって。それともしかすると今日遊びに来るかもしれないかもな」


 蓮季のことだから今頃両親を説得させているに違いない。


「もしかしてこの部屋に来たことあるのか?」

「昨日来た。しかも帰らないと駄々をこね始めるし、でも料理が作れるし助かった事もあるが……」

「妹さんは俗に言うっていうやつだな」

「ブラコン?」


 浩太は今時いまどきの少年なのに、ブラコンという言葉はわからなかった。


「ブラザーコンプレックス。いわゆる、妹が兄のことを好きすぎて、たまらなくなることだ」

「そんな妹が世の中に存在するのか!?」


 その言葉を聞いた海斗はため息をつきながら呆れ顔になる。


「存在はするけどかなりのレアだぞ。ブラコンも知らない浩太もかなりのレアだけどな」

「もしかして蓮季も自分がブラコンだと気づいているのかな」

「そりゃあ、気づいていると思うよ。それに浩太と蓮季ちゃんの場合だと血縁関係がないから、恋を抱くことは別におかしいことでもないし」

「確かにそれはあるな」


 海斗の説明に浩太はコクコクと首を振り腕を組み同感する。

 だが、もしこのまま蓮季が浩太の事を好きと思い続けているのも、かわいそうな気がして、ここははっきりと距離をおくためにもキツく言うのも蓮季のためだと思っていると、

「おいおい、できたばかりの妹にあまりひどく責めるような言葉を掛けるなよ」

「どうして俺の考えている事がわかった」


 海斗はため息をつきながら、

「何年幼馴染みをやっていると思っているんだ。浩太の考える事は全てお見通しだ」

「それじゃあ、俺は今何を考えている」

「明日学校には行きたくない、だろ」

「どうしてわかった!?」

「お前はいつも日曜の夜か呼び出しの日は必ず言っているだろ。そんなの考えなくてもわかる事だ」

「そうだったな……」


 常日頃、浩太の思っている事は考えなくても海斗はわかる。


「とにかくできたばかりの妹に酷い事は言うなよ」

「大丈夫だよ。万が一言うこと事があったときには、なるべくオブラートに包むように言うよ」


 デリカシーのない浩太の事だから蓮季を傷つけるかもしれないと、海斗は不安な気持ちにいっぱいになる。


「まあ、新しい妹と仲良くやってきな。それとこれ、この前借りたDVD」


 かばんを探りDVDを取り出して浩太に手渡した。


「おう」

「それじゃあ、今日は帰るよ。また明日な」

「ああ。明日学校で」

「明日、学校で揉め事起こすなよ」

「桜井のデブがちょっかいを出さなければこっちから手は出さない」

「それと、妹が浩太の事よろしくって言っていたぞ」

「涼音ちゃんが。そういえばだいぶ合っていなかったな」


 中学まではよく海斗の自宅に遊びに行ったときに会ってはいたが、高校に入学してアパートに住んでからは一度も会っていない。


「あんなのに合わない方が幸せだ。存在してるだけでイライラする」

「そう言うなよ兄妹だろ」

「俺は一人っ子に憧れていたんだよ。俺みたいに妹と仲悪くなるなよ、じゃあな」


 海斗は立ち上がり玄関のドアを開けて帰って行くのを見送った浩太はそれからずっと、蓮季の事を考えていた。


「蓮季が俺の事を異性の男性と見てるか……」


 今日一日複雑な気持ちを抱えながら過ごすのであった。


 案の定、海斗が帰ってしばらくすると、蓮季が浩太の部屋を訪れたのは言うまでもない。

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