第6話 新しい母親

 時刻は朝六時、スマホのセットされたアラームが部屋中に鳴り響く。


(う~ん、もう朝か……)


 まぶたを重たくする浩太こうたは布団を這いずるように脱出しながら、スマホを掴みアラームを止めた。


(まだ眠たい……確か今日は大事な用事があった……ような……)


 朝起きるのがとても苦手な浩太はまた二度寝をしてしまい、静かに深い眠りにつき始める。が、怒り狂った妹の蓮季はすきを脳内に浮かぶ。

 浩太はハッと我に返りベッドから飛び起きた。

 

〈今日は実家に帰る日だ!〉

 

 眠気をはねのけて浩太は急ぎ身支度し、朝食を取らず部屋から飛びだし、近くの駅に全速力で駆け込む。

 電車に乗り二つ目の駅に降り、そのまま改札口を抜けて実家に向かう。

 軒並みの路地を左に曲がり進むと、緑色の屋根のそこそこ大きな二階建ての住宅が浩太の実家である。

 門扉の横にあるドアベルを押す。少し立つとドアベルのインターフォンから若い女性の声が聞こえてきた。


「どちら様ですか?」


 声の主は蓮季ではない。


「小泉浩太です」


 自宅なのになぜか浩太はインターフォンの声の女性に緊張してまいついつい敬語で喋ってしまう。


「ああ、浩太君。今待ってね」


 玄関の扉が開きそこには白のニットに青いデニムパンツを穿いてる二十代後半? ぐらいの綺麗なお姉さんが現れた。

 艶のある黒髪のロングヘヤーで綺麗に整っている顔に、ボディーラインは外国人並みのナイスバディだ。

 蓮季の姉かと思った浩太だったが妹以外にも姉がいたとは思いもよらなかったし、他にも姉弟がいたことを伝えなかった父親に呆れてしまう。


「蓮季が言ってた通りね」

「はっ?」


 一体蓮季はなにを言ったのか気になる。


「まあ、立ち話もなんだし、家に入りなさい」


 まだ名前の知らない綺麗なお姉さんに言われるがまま、自宅に上がることにした。

 浩太はリビングのソファーに腰を下ろすと紅茶の入った、ティーカップと、甘く食欲をそそるような香りを放つ三角に切られたアップルパイを差し出された。


「そうだ。自己紹介がまだだったね。わたしは小泉紀香こいずみのりかといいます。よろしくね」

「……えっと姉妹じゃなくて、親子?」


 混乱している脳を落ち着かせるため、ティーカップを手に取り、紅茶を喉に流し込む。


「そうよ。それにあなたの母親にもなるんだから、お母さんって呼んでもいいのよ」

「ブハアッ!」


 とんだ発言で口に含んでいた紅茶を噴水のようにぶちまける。幸い紀香の綺麗な顔面にかからなくて心の底から安心した。


(母親って若すぎるだろ。一体何歳で蓮季を生んだんだ!?)

「あら大変! 服がびしょびしょ」


 デニムパンツのポケットからハンカチを取り出して、濡れたシャツを拭おうとして近づく紀香に、浩太の心臓の鼓動は太鼓を叩くように激しく鳴り響く。


「ちょっ、ちょっと!」


 紀香との距離が近いためか、髪から上品なバラの香りが浩太の鼻腔びくうを通る。

 二人のやり取りは誤解を招く光景なため浩太は必死に紀香から離れようとするが紀香は詰め寄って濡れたズボンを強引に拭こうとした。


「ちょっと、あまり動かないの」


 紀香さんの声が何かエロく感じてきて男としての本能が目覚めそうになる。


「は、はい!」


 緊張と興奮のせいで背筋を伸ばし、まるで会社の面接を受けているポーズになってしまう。


「拭いてもダメみたいだからシャツを脱いで」

「えっ?」


 思わず息が止まり心肺停止状態の感覚。


「洗濯するから。じゃないとシミが付いてしまうわよ」

「シッ、シミぐらい大丈夫です!」


 拒否しても紀香は強引に詰め寄り、

「ダメよ。早く脱ぎなさい!」


 紀香は浩太の着ているシャツを強引に脱がそうとするが、女性に脱がされる経験はないため必至に抵抗した。


「は、恥ずかしいです!」


 あまりの恥ずかしさに浩太の顔が熟れたトマトみたいに顔を真っ赤に染まる。


「私たちは親子なんだから、恥ずかしがる必要はないの!」

「で、でも――」


 すると、いきなりリビングの扉が開いた。

 リビングの入り口で蓮季が口をあんぐりとさせて突っ立ている。

 蓮季が驚くのも納得がいく、熟年の女性に服を脱がされてみだらな行為をする男性の光景にしか見えない。それがたとえ勘違いだとしても。

 相手は妹の為、別に勘違いされても気にしないし何とも思わない。

 

〈なっ、なっ、何をしているの二人とも!!〉

 

 全身の身体をブルブル震わせながら激昂している蓮季を見て、一応誤解を解かないと面倒くさそうだと浩太は思う。

 

「蓮季一応言っとくが――ちょっ、ちょっと!」

 

 いきなり紀香が浩太に抱きつく。

 大人の魅力ある柔らかなボディが浩太の身体を包み、一生このまま抱きつかれたい気分になるほど正気を保てなくなってしまう。

 

「お母さんいい加減にして! お兄ちゃんが嫌がっているでしょ!」

「いや、別にそんな事一ミリも思ってないぞ」

「―お兄ちゃんは黙ってて!!」

「はい!」

 

 咄嗟に蓮季の出した大声で浩太は我に返り、紀香の魅力ある身体に精神支配されるところだった。

 なぜ父親が紀香さんのことを惚れるのかがわかる気がした。


「蓮季が見ているから離してください」

「いいじゃない。わたしに興奮してたくせに」

「こっ、興奮なんかしていません」


 実際鼻の下を伸ばしていた事は事実でもある。


「早く離れて!」


 蓮季は力一杯、両手で二人を突き放した。


「あら、何ムキになっているの?」


 紀香はクスクス笑う。


「当たり前よ! 義理の息子にいやらしい行為をしようとするなんて、この万年発情期ババア!」

「発情期ババアは余計じゃないか」


 紀香を庇う浩太に向かって、キッと蓮季は睨む。


「お兄ちゃん! なにお母さんをかばっているの!」

「うぐっ」


 紀香に怒りを向ける視線が浩太の方に切り替わり、ジリジリ浩太に詰め寄ってくる。


「ほんと、あんたは浩太君のことが大好きなのね」

「当たり前だよ。お兄ちゃんは世界一かっこよくて優しい、わたしの自慢のお兄ちゃんなのよ!」

「そんなに堂々と言われると恥ずかしいよ蓮季」


 初めて異性の女性に『優しい』『かっこいい』と言われて浩太は照れてしまう。


「はいはい。別にあなたのお兄ちゃんは取らないから安心しなさい」

「当然よ」

「さあて、食事の支度でもしますか。蓮季手伝って」

「……わかったわよ」


 ムスっとした態度をとり、蓮季はキッチンへと足を運んだ。

 ようやく落ち着いてリビングが静寂せいじゃくに包まれたとき、リビングのドアがガチャリと開く。


「ただいま。おう、浩太。来てたのか」


 そこに現れたのは、浩太の父親である小泉良太こいずみりょうただった。


「親父どこか行っていたのか?」

「ん。まあ、友人と海釣りに行ってきたんだ」


 苦笑いする父親の表情からすると何も釣れてないなとわかる。


 父親は浩太の隣に座り、

「どうだ新しい家族は?」

「まさか親父がこんな綺麗な奥さんを貰うなんて驚いたよ」

「だろう。俺もまだまだ捨てたもんじゃないだろう」


 いいとしこいてモテる大人だと気取る父親に無性に腹が立ってくる。


「鏡で自分の顔を見てから言え」


 しばらく男同士の会話をしていると紀香と蓮季が料理を運んできた。


「食事にしましょう」


 テーブルに座り、浩太たち家族は食事を始める。

 またこうして新しくできた家族と楽しく食事をする光景に、浩太は嬉しい気持ちでいっぱいになる。

 祝福な食事をしていると、蓮季が急にちょっかいを出してきた。


「お兄ちゃん。はいア~ン」


 蓮季は箸で摘まんだ唐揚げを、浩太の口元へ差し出す。


「いやいや、両親のいる目の前で、堂々となにをさらし取るのじゃ我が妹よ」

「おっ、いいね。紀香、俺にもア~ンしてア~ン」

「もう。良太さんったら甘えん坊なんだから」


 蓮季のした行為を見た父親が急に子供みたいに甘えた口調で言うと、紀香は唐揚げを箸でつまみ上げ、笑顔見せながらそのまま父親の口に入れた。


「なに甘えているんだよ。見ているこっちが恥ずかしくなるわ、このダメ親父が!」

「お兄ちゃん、早く口を開けて!」


 強引に唇に唐揚げをグリグリ入れようとする蓮季に根負けし、わかった、と渋々口を開け、箸につまんである唐揚げを食べた。


「おいしい?」

「はいはい、おいしいよ」


 その姿を見た父親は、

「兄妹で食べ合えっこするなんて、見てるこっちが恥ずかしい」と浩太を小馬鹿にする。

「あんたに言われたくねえよ!」と父親に特大のブーメランを浩太は勢いよく投げ返す。

 急に親父が真面目に顔になりこう告げた。


「まあ冗談は置いておいて、浩太に大事な話があるんだ」

「何だよ急に」

「浩太、一人暮らしをやめて家族四人で暮らさないか?」

「わたしもパパの言う事に賛成!」


 蓮季は手を上げ賛成する。が浩太は首を縦には振らない。


「俺は一人がいいの、一人のほうが気楽でいいし。もし生活費が大変だったらバイトして稼ぐから」

「いや、生活費の事は心配しなくていい。――わかった浩太が一人暮らしがいいなら俺は反対しない」

「ダメ! 自炊ができないお兄ちゃんは、実家に戻るべきよ」


 父親の言うことに蓮季はもう反対した。

 兄と一緒の生活を送りたい気持ちはわかるが、毎日蓮季にちょっかいを掛けられる日々を考えてしまうと一人の方が安心してしまう。


「蓮季の言うこともわかるが、俺は自由気ままがいいの」


 浩太は尚も拒否をする。


「拒否権は認めない!」


 蓮季は強い視線を浩太に向ける。が、それをすらりとかわす。


「おまえが決める権利はないだろ」


 二人が言い合いしている間に紀香が割って入る。


「わたしは浩太君が一人暮らしをさせるのは賛成かな。自立するのも一つの社会勉強よ。それに一人暮らしだと好きなだけ女性を連れ込めるしね」

「紀香さんにそう言ってくれるのはうれしいけど、最後の言葉は余計です」

「そんなの余計ダメに決まっているでしょっ!」


 蓮季はテーブルを力一杯|叩く。


「一応言っておきますけど、俺に女友達なんていませんし、もちろん彼女もいないです」


 浩太は女性経験がないと暴露すると、紀香はお上品に口に手を当て驚く。


「わたしはてっきり、女性をたぶらかして何人も食べる女泣かせの男だと思ったわっ!」

「そんなこと、するわけないでしょう!」

「だって髪を染めて人相が悪い男性を見たら、誰だって思うわよ」

(人相が悪いとヤリチン扱いされるの!? それがもし本当なら学校の生徒たちは俺のことヤリチン野郎って思われていたの!?)

「ぐはははっ。不良のくせに、女に手を出せないのもどうかと思うぞ童貞君」


 親父は馬鹿笑いしながら浩太に言う。


(この親父、いつか沈めてやる。いやむしろ火炙りの刑も悪くない)


 

 そんなこんなで家族の楽しい? 食事の会話をしたのであった。

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