第24話 筋肉と雨音の不協和音 その24
「う……うぅん……どこだ?ここ?」
悠莉はぼやける視界が徐々に鮮明になりながら見慣れない白い天井に自分がどこにいるのか見当がつかなかった。
「おー、起きたかタコ助。」
軽快にカーテンが開く音が聞こえると保険医の松久が気怠げに顔を覗かせた。ボンヤリする頭で悠莉は何故松久がいるのか考えると自分が今どこにいるのか答えはすぐに出た。
「松久先生……?あれ?ということは保健室?俺は一体何を……。」
「階段から転げ落ちたんだよ。んで今までグッスリ眠っていたわけだ。」
どうして自分が保健室にいるのか前後の記憶がハッキリとしない悠莉に松久は変わって何が起きたのかを教えた。
「階段……?あっ!そうか俺は部室に行こうとしていたんだ!」
少しずつ意識が目覚めると抜けていた前後の記憶も思い出してきた。
「ったく屋上から降りて平気なのに階段はダメってどういう身体してんだよ。」
「紅葉は!?紅葉は平気だったのか!?」
自分が紅葉と共に階段からの転倒したのを思い出すと悠莉はすぐに体を起こし周りを見渡した。周りを見るとカーテン越しから照らされるオレンジ色の日差しに隣のベッドにはカーテンで遮られて紅葉の姿はどこにも無かった。そんな悠莉に呆れながら見ている松久は溜息をついていた。
「ちったぁ自分の心配をしろよ。ちっこい方は無事だ。多分もうすぐ放課後になるから来るんじゃねえか?」
松久は先に自分の心配ではなく紅葉の心配をする悠莉に呆れていた。階段から転倒したのに真っ先に他の人の心配をする悠莉に松久はもっと自分を大事にしろと思った。
でもそんなことを言って聞くとは思っていない松久は溜息が止まらず悠莉に腕時計で今の時間を教えた。
「そうか紅葉は無事か……よかった。」
時計を見ると時刻は16時を回りそうになっていた。丸一日意識を失っていたことになるが、悠莉はそんなことより紅葉が無事でホッと胸を降ろした。
「よくねえよ馬鹿たれが!離れないあのちっこいのを退かすのにどれだけ苦労したと思ってんだ!」
ホッとする悠莉とは対照的に松久は眉をひそめながら声を荒げた。
「そ、そんなに酷かったのか?」
「ああ、診断するって言っても退かねえ。運ぶって言ってもしがみつく。病院へ運ぼうとしたら抱き付く。アイツ頭おかしいだろ。」
松久の言葉に容易にその場を想像できてしまい教師らしからぬ発現をしてもおかしくないと思い悠莉は苦笑いをするしかなかった。
「す、凄まじかったのか……。まあ……紅葉らしいな!」
「現実逃避するな。冗談抜きでアイツに目を付けられている自覚をしろ。んでもって問題を起こすな。」
問題を起こすなと松久の言葉が胸に刺さったがそれ以上に気になることがあった。それは紅葉の事だ。紅葉が自分に異常なまでに執着と好意を直に知っている。
片時も離れたくないと言わんばかりに側にいる。悠莉も隣に紅葉が居るのは特に嫌ではない。むしろ慕ってくれて嬉しいと感じている。だが、時折見せる紅葉の異様な執着が怖いと感じたときは多い。
自分を頼ってくれるのは嬉しい。それに今まで紅葉は誰かに頼るという生き方はしてこないで全部自分でどうにかしてきた。それが今では悠莉という頼れる先輩が出来上がり昔よりは誰かを頼れるようになった。
それはいいことであり悪いことでもあった。良いこととしては、一人で全てを抱え込まなくて済み誰かと一緒に相談し協力し合える。
悪いこととしては、ある一定の人物に依存してしまいその人がいないと生きていけない。その人がいないから何もしない。自分で決定権を使えなくってしまう。そうなるとどうなるか、その人物に依存して自己というものが消えてなくなる。
その人がやれと言ったからやる。言われなかったからやらない。もっと極端に言えばその人に死ねと言われたから死ぬ。そんな事になり得る危険性がある。
だから悠莉は紅葉が自分に依存しきってしまわないかずっと不安に思っていた。告白の返事をすぐに出来ないのもこれが理由の一つだ。
「松久先生から見て紅葉はどう写りますか?」
「お前に依存している要注意人物。そういった奴は大抵碌でもないことをしでかす。」
「やっぱり……。」
「知ってたんならわざわざ質問するな。……まあちっこいのは依存気味でも仕方ないか。アイツも魔法っていうクソみたいなモンの被害者だからな。」
松久はイスに座りながら遠くを見つめてそう呟いた。悠莉は松久が何を見ていたのかはわからないが、紅葉も「魔法」という障害に苦しめられている被害者であると言うことには同感だった。
「紅葉と付き合うなら……それも含めて抱えないといけない……。」
目には映らない「魔法」という障害がどれだけ重く持ち上げられるのかわからない。悠莉だけでは支えきれないかもしれない。そんな目に見えない脅威から逃げることをしない悠莉の目には一つの意志が宿っていた。
「ちっとやそっとの重さじゃないぞ。持とうとしたら潰される可能性もある。」
「やっぱりすぐには答えなんて出せないよな……。」
「ま、慌てなくて良いだろう。ってかお前ちっこいのに告られたのかよ。」
「ん……?あぁ!ヤベえ口が滑った!?」
当たり前のように会話をしていたが悠莉は松久に告白されたのか言われてようやく自分がとんでもないことを口走ったのを自覚した。
「悩め若者、それが一つの青春だ。」
松久は玩具を見つけたように軽く笑い飛ばし机の上に置いてあった珈琲を口に含み笑みを堪えていた。
余計な事を口走ってしまった悠莉は頭を抱え膝元にあった毛布に頭から突っ込み穴があったら入りたいぐらい恥ずかしさが込み上がってきた。
「ああ!もうバカか!?……あ、そういえばあの女子生徒どうしたんだ?」
「切り替え方が斬新だな……。主犯の女子は病院だ。まあ大したことはないが一応なんかあったら面倒だからな。本当はお前も病院で検査した方がいいがまあ大丈夫だろう。なんせ、屋上から落ちても平気なんだからな。」
悠莉は一度被った布団から顔を出し思い出したかのように転倒した際にいた女子生徒のことを訪ねた。そんな悠莉の切り替えに珈琲を飲む手が止まり女子生徒、瑞樹が病院へ運ばれた旨を伝えた。
「いや屋上からのは二回も出来ないですよ。」
この前の屋上からの紐無しバンジーを思い返し悠莉は答えた。あれは連続してできるものではない。ちゃんと鍛えておかないと出来ない代物だと笑った。
「普通は一回も出来ねーんだよバカが。」
笑いながらとんでもないことを言う悠莉に松久は呆れを通り越していた。
「色々と聞きたいことがあったが病院じゃあ仕方ないか。学校に復帰したとき目一杯絞ってやるか。」
今回の主犯の女子生徒の瑞樹に何故蓮華を狙ったのか、どうして途中で狙いを変えたのか、動機はなんなのか、聞きたいことは山ほど合ったがその犯人が病院にいるのでは手出しが出来ず悠莉の中では今回の事件は消化不良で終わった。
「顧問として一言だけ条件を言うぞ。面倒事は起こすんじゃねーぞ。」
「わかっているよ松久先生。大丈夫、ちょっと筋肉に聞くだけです。」
顧問から釘を刺されるもヘタなことはしないと言い軽く流した。何はともあれこれで蓮華へのイタズラや写真の件はその女子生徒の回復待ちとなってしまった。
「失礼しまーす。部長起きてますか?」
小さくノックをする音が鳴ると静かに保健室の扉が開いた。
「ああ、起きてるぞ。」
「やはは……こんにちはですね。」
小さく声を出して保健室の扉を開いたのは蓮華だった。いつにも無く縮こまった蓮華の態度に悠莉は違和感を覚えた。
「どうしたんだ?そんな縮こまって。」
「えっ!?い、いやそんな事ないですよ?私はいつでもこんな感じでお淑やかな美少女ですよ?」
明らかに様子がおかしい蓮華に悠莉は違和感しか感じなかった。どうして蓮華が柄にも無く縮こまっているのか不思議だったが悠莉はある事を思いだした。
「ああ!そうだお前に説教しないといけないんだったな!」
「うぎゅう……覚えてましたか……。」
悠莉が説教の事を忘れていないか少し期待したがその期待はすぐになくなってしまった。そして蓮華は潔くお説教を受けようと悠莉の元まで来ると近くのイスをもってベッドの横に座った。
「先ずは、この馬鹿たれが!人を傷付けるために魔法を使うなって言っただろうが!」
「ごめんなさい……。」
蓮華は頭を下げたまま子供のように小さく謝った。
「病院送りにさせるなんてダメだろうが!」
「うぅ……面目ないです……。でも部長だって前柔道部とレスリング部の人達を病院送りにしましたよね……。」
「あ……。まあ……お互い気を付けよう。」
過去の償いを掘り返されてしまい約10秒もたたずに悠莉は何も言えなくなりあえなくお説教は終了した。
「お前らはそろいも揃って……。」
お説教がものの数秒で終わり松久はそんな悠莉と蓮華に呆れ返っていた。
「うぐぅ……。そういえば紅葉はどうした?一緒じゃなかったのか?」
何も言えなくなり気まずい雰囲気の中悠莉はある違和感を覚えた。その違和感を確かめるべく蓮華に質問をした。
「え?紅葉ちゃんなら用事が出来たからって先に帰りましたよ?」
蓮華は首を傾げながら悠莉の質問に答えた。悠莉が抱いていた違和感の正体は紅葉だった。先程松久と話していた通り紅葉は悠莉に依存気味であるが今回放課後になって蓮華は来たが紅葉は訪れなかった。
「そ、そうなのか。帰ったのか……。」
「おやおや~?紅葉ちゃんがいなくて寂しいですか?」
蓮華はニヤニヤとしながら落ち込んでいる悠莉にちょっかいを掛け始めた。悠莉も何も言い返せず蓮華のちょっかいを苦虫をかみつぶすように耐えた。
「バッカお前そんな事無いだろう!?」
「そんな事無いだろうってなんか日本語おかしくなってますよ?そこはそんなわけ無いだろう!?ですよ。」
本当は来てくれるものだと思っていた悠莉は内心焦っていた。どうして焦っているのか理由は悠莉本人定かでは無いが、ただ会えないというのが寂しくどこか胸に穴が開いたように感じていた。
蓮華はその様子を見逃すはずも無く落ち込んでいる悠莉の空いた胸をほじくり返すようにイジりだした。
「ほれほれ~本当は寂しいんですよね~?」
「そ、そんな事ないぞ!別に用事とか気になってないしな!きっととても重要な用事だッたんだろう!」
何ともないように取り繕うつもりだったが言葉の最後で上擦ってしまい蓮華のニヤけに燃料を与える形になってしまった。
「声上擦ってますよ。はー、わっかりやすい反応ですね。」
「クソー!……はぁなんか疲れた。今日はもう帰るか。」
「うわ露骨にテンション下がってるし!まあ今日はもう帰って休んだ方が良いですよ。」
怪我人で遊びすぎてもダメだと思った蓮華はちょうど切りが良さそうなところで一旦悠莉イジりを終わりにした。
「悪いがそうさせて貰うぞ。菫先輩達にそう伝えてくれるか?」
「了解です!あ、あと一つ良いですか?」
「ん?なんだ?」
蓮華は深く深呼吸すると悠莉の顔を真っ直ぐ見つめ、大きく頭を下げた。
「本当今回は巻き込んでしまってごめんなさい……。」
「気にするな。俺が勝手に首を突っ込んだだけだ。」
悠莉は頭を下げて謝ってきた蓮華に解決まで至っていない事が引っかかり何とも言えない状態だった。
だが蓮華の筋肉から『プルプル……プルプル……』と何かを我慢している声が聞こえ蓮華を見ると顔は下を向いているため表情は確認できないが体は小刻みに震えていた。
顔を伏せている蓮華から鼻を啜る音が聞こえると悠莉はようやく何を我慢しているのか理解した。
「こっちこそ悪かったな……その、心配かけた。ごめんな……。」
「うぅ……ほ、本当ですよ……部長、階段から落ちて……意識失って、私……私……怖かったんですからね……!」
蓮華は顔を上げると目を赤く腫らしながら涙を見せた。我慢していたモノは涙だった。悠莉は前に部室で泣かせてしまった事を思い出すとソッと頭に手を置き泣いている蓮華に優しく撫でた。
こうして一先ずは蓮華への嫌がらせ事件は幕を閉じようとしていた。犯人の動機や謝罪までは至っていないがそれでも一区切りが付く良い機会だった。
その気を逃してしまうと瑞樹が退院するまで伸びてしまうため、悠莉は今回の事件はこれで終わりでもいいかと思い泣き止むまで蓮華の頭を撫で続けた。
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