第22話 筋肉と雨音の不協和音 その22
「紅葉!大丈夫か!?」
悠莉は1年の下駄箱に着くと周りの生徒の視線がを無視して大声で紅葉へ声をかけた。
「え……?だ、大丈夫ですよ……?」
内履きへ履き替え終わっていた紅葉は顔色を変えて来た悠莉に驚きながらも質問に答えた。
その光景を周りの1年生達は何事かと思い悠莉と紅葉に視線が釘付けになっていた。
周りの視線が突き刺さり注目の的になってしまった紅葉は顔を俯き赤く染め恥ずかしさが込み上げてきた。
「何かされていないか?!靴隠されたり!水浸しになったり!」
悠莉の勢いは止まらず両手で紅葉の肩を掴み顔を近づけた。
「え、ええっと……。何もされていないです……。」
急接近の悠莉にドギマギしながらも次々に発せられる悠莉の言葉になんとか返していると悠莉の顔色は少し良くなり手を離した。
「そうか……。よかった……。」
「何かあったのですか……?」
紅葉は悠莉が離れてしまった事に物寂しさを感じたが今はそんな色ボケている場合では無いと首を振り考え直した。
「ああ、実はな……。」
何があったか一連の事を話すと紅葉から形容しがたい何かが胸の内から生成されていた。
悠莉はそんなことを気にするほど余裕は無く取り敢えず無事でいてくれたことが何よりも嬉しかった。
「そうですか……。犯人がそんな方法に……。」
紅葉は先程まで注目の的になっていた事を恥ずかしがっていたが悠莉の話を聞き恥ずかしさよりも怒りを覚えた。
「だから紅葉にも何かされていないか心配だったんだ。」
「心配してくれて……ありがとうございます……。」
悠莉が自分のために心配してくれたのが嬉しく不謹慎ながらも笑みを浮かべてしまった。
そんな自分を否締めるように紅葉は隠れて太股を抓り無理矢理笑顔を消した。
悠莉には気付かれていないようでポケットに手を入れスマホを取り出そうとしていた。
「あとは蓮華の安全を確認できれば……っと菫先輩から電話か。」
紅葉と話しているとポケットのスマホから着信を知らせるバイブレーションが起きスマホを取り出すと画面には『菫先輩』と映し出されている。
「もしもし?蓮華は大丈夫でしたか?!」
悠莉は通話ボタンを押すとすぐに声を上げ蓮華の安全を確認した。
『大丈夫だったよ。部室で暇していたようで元気いっぱいだよ。』
電話越しの菫の声は焦りで早口になっている悠莉とは対照的に宥める様に落ち着いたものだった。
「じゃあ被害を受けたのは俺だけか……。よかった、みんなが無事で……。」
現状確認が出来ているのは悠莉のみが被害にあっているようで、部員に何も無くて悠莉は一安心した。
『全然よくないよ。今から蓮華ちゃんに変わるからお話を聞きなよ。』
束の間の安心に水を差すように菫は声を一音低くし、スマホを蓮華に渡す最中小さくだが蓮華が何かを叫んでいるのを耳に入ってきた。
「え?は、はい……。」
悠莉は言われるがまま蓮華が変わるのを待っていた。
電話の向こう側で何かしら喋っているのを聞こえたが、口を出すのは無粋だと思い黙って蓮華が出てくるのを待つことにした。
『何がよかった……ですか!?アホですか!バカですか!被害にあっておいて自分の心配をして下さいよ!』
最初に入ってきたのは蓮華の大声だった。
「み、耳が……蓮華ちょっとボリュームを落としてくれ……。」
蓮華の大声に耳がキーンと耳鳴りを起こし思わずスマホを耳から遠ざけた。スマホからでる蓮華の声は近くにいた紅葉にまで聞こえるほど大声だった。
『落ち着いていられますか!変に格好つけて!私のせいで……部長に迷惑がかかっているのに……。』
大声は収まり悠莉はゆっくりスマホに耳を当てまた大声がこないか警戒した。だがそんな警戒は必要なかった。
蓮華は自分のせいで悠莉に迷惑をかけてしまったと自責の念に襲われている。
始めは驚きと動揺でつい大声をあげてしまったが本当はこの気持を隠すために無意識のうちにとった行動であった。
「蓮華、それは違うぞ。」
自責の念に駆られている蓮華に悠莉は即座に否定した。
『え……?だって犯人は私じゃ無くて周りに狙いを変えて被害を……。』
悠莉が即座に否定した事に驚きが隠せなかった。犯人は蓮華が一番嫌がることを使用としている。
恐らく犯人は蓮華本人に狙いを付けても大した成果は得られないと考え周りを傷つけ始めた。
そう考えるのが自然だ。実際蓮華もそう考えている。
「だから悪いのは蓮華じゃ無い。こんなバカなことをした犯人だ。」
悠莉は自分を攻めている蓮華を励ますため今の思いを嘘偽り無く伝えた。
『でも私が狙われていたから……。』
元を辿れば自分が犯人に知らず知らずのうちに不快な思いをさせてしまい、そのせいで嫌がらせを受けていると思っている。
だからこそ根本的な原因は自分にあると責め続けていた。
だが悠莉はそんなことを一切思っていなかった。それを伝えるべく悠莉は言葉を掛けた。
「いいか?俺は靴を水浸しにされたくらいじゃ何とも思わない。むしろこんな幼稚なことしかできない犯人に呆れている。」
自分を攻めている蓮華に悠莉は空元気ながらもゆっくりと確実に蓮華が悪いところなんて無いと伝えた。
実のところ悠莉は精神的なダメージは結構深かった。こんなイジメにも等しい事をされ平気でいられるほど悠莉の精神は強くない。
だが、悠莉は蓮華に心配を掛けないように空元気を見せた。なぜなら悠莉にとって一番大事なのは部員が傷付く事だからだ。
『部長は強いんですね……。私は……。』
「全然強くなんて無いぞ。俺は部員が傷つく方がよっぽど辛い。それに比べたら靴の一つや二つ水浸しにされた位屁でも無いからな。だから、みんな無事で本当によかった……。」
悠莉は蓮華の言葉に苦笑いを浮かべていた。今回の被害は悠莉だけで済んだようで他の部員に危険が無くて良かったと一安心した。
『いい話っぽくしてますけどその、みんなの中にちゃんと部長も入れて下さいよ!』
少し重荷が取れたのか蓮華はいつもの調子に戻り悠莉の言葉の揚げ足取りをした。
「うっ……ぜ、善処する。」
痛いところを突かれた悠莉は言葉を詰まらせ目線を泳がせながら声を振り絞った。
目線を泳がせている途中紅葉と目が合い悠莉のことをジト目でウソを見抜かれている視線を貰い更に気まずくなった。
『それ絶対考えないやつですよね。』
悠莉の思考を読んだようにバッサリと言い切った。
「そ、そんなことないぞ!?」
ウソを言ったわけでは無いが蓮華から言い切られてしまい見栄を張るように思わず声に出してしまった。
『あー!今若干疑問はいった!ちゃんと部長は自分のことも考えて下さいよね!』
悠莉の疑問入りの回答が気に入らなかった蓮華は念押しのため声を高めてもう一度同じ事を言った。
「が、がんばります。」
蓮華の勢いについ姿勢を正し敬語になってしまった悠莉を見て紅葉はクスッと笑っていた。
『じゃあ菫先輩に変わりますね。』
「あ、ああ、わかった。」
スマホから人の気配が消えると遠くから「アイツは本当にバカだから。」、「全くですよ。」、「まあまあ」など3人の声が聞こえた。そんな声を後ろに悠莉は菫が出るまで姿勢は正したまま待っていた。
蓮華がスマホから離れて数秒後待ち人である菫が出てきた。
『お叱りがアレで済んでよかったね。』
菫は穏やかな口調だったが、笑いを我慢するように声は震えていた。
「そうですね……。スイマセンが心配をかけて悪かったって蓮華に伝えてくれますか?」
何も言い返せないため笑いを堪えているのは言及せず悠莉は謝罪を伝えるように菫に頼んだ。
『いいよ。じゃあ私達はこのまま部室で待機しているからその間に伝えておくよ。』
今度は笑いもせずに穏やかな口調で悠莉の頼みを聞き入れた。
「ありがとうございます。俺も紅葉と一緒に部室へ行くのでよろしくお願いします。」
すんなり頼みを聞き入れてくれて胸を降ろすと悠莉は隣に居る紅葉を見ると、人差し指を上へ上げる部室へ行く事をジェスチャーで伝えた。
紅葉は首を縦に頷き悠莉と同じように人差し指を上へ上げてから丸を作った。
『それじゃあね。』
「はい、失礼します。」
通話を終えると悠莉はスマホをポケットにしまった。
そして紅葉を見ようと周りを見た瞬間ここが1年生の下駄箱で大声を上げ紅葉に会いに来たことを思い出すと自分が注目の的になっているのに気が付いた。
「あー……、なんか……ごめんなさい。」
多くの1年生と周りに2・3年生が何事かと小さな野次馬が作られ見つめられる視線に悠莉は謝るしかなかった。
「紅葉行くぞ!」
そんな周りの視線から一刻も早く逃れたかった悠莉は紅葉の手を取ると野次馬を掻き分け急いで部室へと向かった。
「あ……また、手を……。」
悠莉に引っ張られるように手を握られると紅葉は頬を染めつつも付いていく足は軽かった。
「幼稚なことしかできない……ですって?バカにして!アイツも蓮華と同じで私を馬鹿にするのか!?ふざけるな!ックソ!」
女子生徒は野次馬の後ろで怒りを露わにしていた。その怒りを現すように握っていたスマホからは軋む音が奏でられた。
どうして彼女はスマホを片手に持っていたのか。
SNSで何かを見ていたのか、動画サイトでお気に入りを探していたのか、それとも友人と連絡を取り合っていたのか。
どれも違う。答えは慌てふためく悠莉を動画に撮り晒し者にするためだ。
そのためだけに雨の中傘を片手に下駄箱から少し離れた場所でスマホを弄るフリをしてずっとカメラを悠莉に向けていた。
下駄箱を開けたときの決定的瞬間の反応を生で見るために悠莉が来るのをずっと待っていた。
悠莉が紅葉と一緒に手を繋いで来たときは心が躍った。あんな付き合いたての恋人のような事から一変して叩きおとせる。それが何よりも楽しみだった。
しかし、悠莉の反応は驚きはしていたがすぐさま顔色を変え紅葉の元へと走り無事を確認したら誰かに電話をかけて事態を最小限の被害で抑えた。
多少の野次馬を作ったがまた紅葉と手を繋ぎ、すぐに校舎の中へと消えていった。
そう、悠莉は尽く彼女の思惑とは外れた行動を見せ晒し者に出来るほどの動画は撮れなかった。
それどころか逆に冷静な対処方法のお手本動画に変わっていた。
そして彼女はそんなつまらない動画はすぐに消そうと思ったが、一応何か無いか確認のため動画を見ていた。
動画は奇麗に悠莉を中心に捉え下駄箱を開けた瞬間の驚いた表情は撮れていた。音声は他の生徒達のと混ざり合い要所要所音は外れ聞き取れない箇所があった。
使い物にならないと舌打ちをすると動画内で通話中の悠莉の声が不意に入ってきた。
『いいか?俺は靴を水浸しに……いじゃ何とも思……ない。むしろこんな幼稚なことしかできない犯人に呆れている。』
前半はノイズや他の生徒達の声で聞こえずらかったが、後半はしっかりと撮れて音声を拾っていた。
「絶対許さない!アイツも!蓮華も!私の方が優れているのに……!バカにして!もう絶対に許さない……!」
彼女は親の敵のように蓮華と悠莉に強い執着を見せると鞄にスマホを放り投げ、下駄箱まで走り始めた。
今の彼女は蓮華に加え悠莉にすら馬鹿にされた事で頭に血が上り復讐しようと頭がいっぱいになっている。
そんな彼女の頭からは危険という概念が消えかけていた。
どうやってあの二人に仕返しが出来るか、完全に逆恨みだが彼女にはそんなことどうでもよかった。
どうすれば自分の気が晴れるのか、それが何よりも優先で大事なことだった。
「見てなさい。必ず後悔させてやるわ……!」
彼女はまだ屯している野次馬を掻き分け急いで靴を履き替えると、悠莉達の後を追うようにMM部の部室がある2階まで走り出した。
階段の踊り場まで走ると目の前には悠莉と紅葉が歩いておりその後ろ姿を見た瞬間、彼女の中に溜まっていた黒く重たい気持は爆散した。
「これでもくらえ!私を馬鹿にした報いを受けろ!」
支離滅裂にも程がある逆恨みを叫ぶと彼女は鞄からペットボトルを取り出し蓋を開けると、右手を悠莉達に向けた。
向けた手から水色の光が発生し中に入った水は命を貰ったようにうねりを上げペットボトルから出てきた。
そしてペットボトルが空になると中に入っていた水を操り悠莉達の足場に向けてその水を放った。
放たれた水は見事に悠莉達の足場に当たった。
悠莉と紅葉は急に現れた水に驚きながら滑
る足場を堪えるようにバランスを取るが紅葉は上手くバランスを取ることが出来ず足を滑らせた。
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