第21話 筋肉と雨音の不協和音 その21
「楓の奴どうしたんだよ。」
雨が強く降り続いている中傘を落とし走り去ってしまった楓の後ろ姿が見えなくなっていた。
追いかけようかと思ったが何故逃げたのかわからない以上手を取って捕まえてもまた逃げられると思った悠莉はただ逃げる楓を見ることしか出来なかった。
「……放課後話し聞いてみます。私も、話したい事があるので……。」
紅葉は楓の分の傘と自分の傘2つ持ち帰りに楓に理由を聞くと申し出た。
同性の方が話しやすい悩みもあるだろうし、何より悠莉と話して逃げてしまったのだから悠莉から逃げた理由を聞くことは難しいだろう。
「そうか……。じゃあ楓の件は任せていいか?……って楓の件もだよな。」
楓の件だけでなく蓮華の件まで任せっきりになってしまうがここでヘタに介入すると余計話しが拗れてしまうと思い悠莉は紅葉の好意に甘えることにした。
「蓮華ちゃんの件ならもう目星が付いているので大丈夫です……。」
「そうなのか!?みんな流石だな!」
すでに解決の糸口が見えていることに悠莉は驚いた。そして改めて部員の優秀さを噛み締め喜びを感じていた。
「……まあ現行犯で逮捕出来ればいいんですけど……。」
悠莉が喜びを感じている間紅葉は小さく呟くように言った。
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何でも無いです……。」
悠莉から聞かれて一瞬胸が高まったがすぐに平静を装い何食わぬ顔をした。
「もう解決の糸口が見えるなんてな……もしかして俺が関わらない方がスムーズに解決できるのか?」
微妙な間が二人に流れ雨音だけがその世界に存在した。そして紅葉は目線を横にそらしてようやく口を開いてくれた。
「…………そ、そんなこと無いですよ?」
できる限りフォローを入れようかと思ったが悠莉の言っている事は正しい。大抵悠莉が調査に関わると相手が怖がるか、前回のように暴走して尋問に走ってしまう。
だが今回は悠莉は直接的な調査に参加していない。そのおかげからか調査は順調に進んでいる。その順調さが悠莉の言っている事を裏付けていた。
「無理して気を遣わないでくれ!余計傷つくぞ!?」
悠莉は紅葉の一生懸命なフォローが胸に突き刺さりダメージを受けていた。必死にいいことを言おうとがんばるも何も出てこなかった感が悠莉を更に傷つけた。
そんな悠莉を見ていられなかった紅葉は咄嗟にとんでもないことを口走った。
「で、でしたら……な、慰めます……。体で……。」
紅葉は顔を真っ赤にしながら俯きがちに口に出した。
「女の子がそんなこと言っちゃいけません!ダメだぞそれは!?俺達はまだ……」
「まだ……なんですか?」
悠莉は言った後に後悔をした。今の二人の関係は説明しづらい関係になっている。
悠莉がさっさと紅葉の告白の返事をすればいいだけなのだが、悠莉は今だ答えをだせないでいる。それが申し訳なさを感じさせた。
「お、お付き合いしていないわけだし……。」
辛うじて出てきた言葉にはまるで力が入っていなかった。
「櫻井先輩が返事をくれたら解決しますよ……?」
イタズラ気味に紅葉は悠莉を追いつめる言葉をワザと使った。正直あまり告白の返事を伸ばして欲しくなかった。待っている時間がもどかしく不安と緊張が悠莉と合う度に襲ってくる。
そのため、あわよくば今聞けるかもしれないと一途の想いを乗せて追い詰める言葉を選んだ。
「そ、それはそうだが……。すまん……すぐに答えが出ないんだ。」
悠莉は傘で表情を隠すように前に傾けた。それに呼応するように傘に乗っていた雨水も前の方へ移動し悠莉の目の前に水柱が現れた。
「いいですよ……。ゆっくりで……その分だけ櫻井先輩の事を独占できますから……。」
予想通りの答えに紅葉は顔を伏せ悠莉の視線から目を逸らした。
「独占って寝ても覚めても紅葉の事を考えているって事か?」
紅葉の言っていることがよくわからなかったため聞き直すと、何故か悠莉は背中に一筋の汗が流れた。
「はい、悩んでいる櫻井先輩の頭の中や想いを独占出来るので……しばらくの間は大丈夫です……。」
背筋に汗が流れた理由。それは紅葉にあった。紅葉は自分が悠莉の頭を占め自分のことだけを考えてくれるのが嬉しく目を細めうっとりとした笑みを浮かべていた。
そんな紅葉に恐れとは違う恐怖を感じた。ただ無邪気に好きな人と一緒にいたい。そんな願いの筈が今の紅葉からは何をしてでも側にいるという風に聞こえた。
きっとそれは間違いでは無い。紅葉は悠莉に害する者、事柄に機敏に反応しそれらを潰しに来るだろう。それが例えどんな手段を用いたとしても。
「と、取り敢えず学校へ行くか!さっさと行って蓮華の犯人を取っ捕まえて蓮華を安心させよう。」
悠莉は逃げるように理由をたくし上げた。これ以上の紅葉との会話は本能的に危ないと感じた。
いつもなら危険なときには筋肉達から『危険、危険、危険』と知らせてくれる。
そして今回はそんな筋肉達からの声は無かったが悠莉は自分の本能を優先させた。
この判断は間違っていないだろう。あのまま話しを続けていれば悠莉は紅葉の暗く深い部分に遭遇していた。
いずれ紅葉という少女の根幹に迫らなければならない時が来るだろう。だが、今はその時では無い。
時期尚早にそれに出会ってしまっては今の悩み後悔している悠莉では太刀打ちできないまま負けるだろう。
それほど紅葉の抱え構成されたモノは生半可な気持ちで答えられるほど簡単なモノでは無かった。
「そうですね……。犯人捕まえて、蓮華ちゃんの件……終わらせましょう。」
会話を切った事をわかりながらも蓮華の事を気にしている紅葉は問い詰めること無く悠莉の言葉に乗っかった。
「ああ!犯人捕まえて一発ぶん殴ってやる。」
左拳を右手の平を打ち付け殴る動作をすると紅葉はジト目になり見つめてきた。
「暴力は……ダメです……。」
前のめりになりながら注意を促した。前回の件は紅葉にとっても許しがたい行動だったため今回はそんなことさせるわけにはいかないと珍しく強気な姿勢を見せた。
「うっ……わ、わかってる。そういう気合いで望むってことだ。」
紅葉の至極もっともな意見と珍しく見た強気な紅葉に悠莉はたじろぎ背中を反らせ距離を取った。
「なら……よかったです……。」
紅葉は一旦離れると傘がぶつからない距離まで下がった。そしてそのまま悠莉の前へ進み体を一回転させ悠莉の目の前に立つと、さっきとは打って変わって人差し指同士をイジり合い恥ずかしさなのか顔は俯いていた。
何も言い出してこない紅葉に悠莉の頭の中にはクエスチョンマークが大量に生成された。程なくして紅葉は腕に引っかけていた楓の傘を器用に自分の傘を持っている手で持つと、小指を立て悠莉の前へ差し出した。
「これは……?」
差し出された小指に悠莉は何もピンと来ないでいた。そんな様子の悠莉に紅葉は肩を落としそうになったが寸でで止まった。
「指切りの約束です……。」
いざ言うと恥ずかしいのか紅葉は頬を赤らめていた。傘の隙間から見える紅直した顔に心臓が高鳴りを感じた。
自分の言ったことを説明しないといけない気恥ずかしさが紅葉に襲いかかってきたのをここでようやく悠莉は紅葉が何をしたいのか把握した。
そしてこのまま紅葉に恥をかかせるわけにはいけないと思った悠莉は紅葉の1周り以上小さい小指に自分の小指を絡めさせた。
急にきたことに紅葉は更に顔を赤く染めたが逃げる素振りは見せず、むしろ絡めている小指に力を入れより深く絡ませた。
「約束です……。今回では、暴力無しで解決しましょう……。」
傘からの雨音に消え入りそうな声が出てきたが、悠莉は一語一句聞き逃さずに紅葉と指切りの約束をした。
「ああ、暴力無しで解決するよ。約束だ。」
お互い約束を交わして小指を解消していいはずだったがお互いに離すタイミングを見つけられず小指を絡ませたまま固まっていた。
悠莉はここからどうするか考えていると、この硬直した時間でさきに動いたのは紅葉だった。紅葉は一旦小指から力を抜き絡ませるのをやめ、そのまま近くにあった悠莉の手を小さな手が包み込んだ。
包まれた手に悠莉は驚きはしたが振り切る事はせずに悠莉はその手を握り返した。今、お互いは俗に言う手を握りあっている恋人のような事になっていた。
悠莉は手に握っている1周り以上小さい手からの柔らかさと暖かさが心地よかった。紅葉も悠莉から握り返してくれたことが嬉しく短時間で何度も顔を赤く染め上げていた。
「あ、あの……。このまま登校しても……いいですか?」
小さく消え入る声を逃さず悠莉はしっかりと意味を理解した。手を繋いだまま登校するのは周りに付き合っていると公言しているような事だが、悠莉はそんな事気にせず紅葉が落ち着くなら手伝う気でいた。
「紅葉さえよかったら俺は大丈夫だぞ。」
悠莉は繋いでいる手に力を加え改めて大丈夫だと示した。
「ふふっ……それじゃあ、学校までお願いします……。」
こうして二人は周りの生徒の視線が注目されていたが気にせず学校まで手を繋ぎ登校して行った。
途中黄色い声や恋バナが大好物の年頃の女子達は面白そうに見ていたが悠莉は無視して紅葉との登校を続けた。
紅葉は手を繋いで登校している事に嬉しさを隠せず、顔を下に向け悠莉から表情を見られないようにしていた。そうでもしなければ真っ赤に染まった顔を見られるのが恥ずかしかったのだ。
(うう……。思い切ったことしちゃった……。私今……スゴく顔が赤いってわかる……。楓先輩の事もあるに……。ああ、何やっているんだろう……。)
悠莉が顔色を変えずに歩いている横で、紅葉は周りの生徒達の視線と好きな人と手を繋いでいられる幸せの板挟みを感じていた。
そして一方悠莉は高鳴る胸の鼓動を抑えるのに必死で、表情を隠している紅葉に隠れながら何度も深呼吸をして鼓動を静めようと試みていた。
(すぅ……はぁ……。すぅ……はぁ……ヤバいヤバいヤバい!すっげえ心臓がうるさい!紅葉に聞こえていないよな?聞こえてたらなんか恥ずかしい!)
うるさい心臓に悠莉は何度目かの深呼吸で辛くもようやく鼓動は静まり返りどうにか心臓に打ち勝っていた。
心臓は落ち着いたが、暴れ回った反動で胸が苦しく痛みを感じ傘を持っている手を添えた。
(それにしても何でだ?こんなに胸が締め付けられるようにも痛くて苦しいのに……。嫌じゃない。)
過労による痛みと苦しさを感じていたが何故か嫌な気持ちは無かった。むしろ心地のよい痛みに悠莉は戸惑っていた。
どうしてそれが心地の良い痛みなのか考えてもわかるはずが無く悠莉は朝から悩みを増やし頭を捻らせていた。その悩みは学校に着くまで悩み続けた。
だがその悩みは学校に着くとすぐに無くなった。結論がでたり回答が見つかったわけでは無い。
それでも悩みは消えたのだ。
それは何故か、答えは単純なモノでそれ以上の悩みが襲いかかってきたからだ。
「なんだ……これは……。」
悠莉は下駄箱まで紅葉と手を繋いで登校し、場所が違うため一旦手を離しそれぞれの下駄箱に向かった。
そこで悠莉はいつも通り蓋付きの下足箱を開け中にある内ズックを取り出そうと蓋を開けた。
そして蓋を開けた瞬間中からは水が流れ出てきた。急に現れた水に驚きながら下駄箱の中を確認すると、中には水浸しでグシャグシャになった内ズックの姿があった。
「アプローチを変えてきたな……。待てよ?だとしたら他のみんなも何かしらのアプローチをされている!?ックソ!この時間じゃ部室に蓮華と菫先輩がいるはずだ。先に走った楓の確保を頼もう。俺は紅葉の安全を守る!」
犯人の嫌がらせのアプローチが変わっていた。今までなら蓮華本人に狙いを定めていたが今回被害にあったのは確認できるだけで悠莉に変わっている。
悠莉は最悪のケースを考えすぐにスマホを取り出し菫へ通話をした。
『もしもし急に電話とはどうしたのかな?』
すぐにスマホに出てくれた菫に悠莉は安堵の息を出したがすぐに切り替え現状の確認を急いだ。
「菫先輩今どこにいますか!?楓を探して欲しいんです!」
『楓ちゃんならもうすでに一緒にいるよ。』
悠莉の焦りが伝わっているのか菫は冷静に即決に答えた。
「そっか、よかった。蓮華も一緒ですか?」
取り敢えず楓の無事が確認できて悠莉は一息つけた。
『いいや諸事情で部室には行っていないからまだ出会っていないよ。』
「じゃあ蓮華の確保をお願いします!」
『別に構わないけど、何かあったのかな?』
菫の質問に悠莉は息を飲み何と伝えるべきか悩んだが、自分が何をされたか十分に判断できていなかったのを加えて取り敢えず大まかにわかっている事を伝えた。
「犯人がアプローチを変えてきました。蓮華本人じゃなく周りの人を襲うようになってます。」
『……なるほどね。じゃあこっちで蓮華ちゃんの確保をするよ。悠莉くんは紅葉ちゃんの護衛を任せたよ。』
何か考えている様な含みを持った合間に悠莉は違和感を感じたが問い詰めることはしなかった。いいや今はそれどころでは無いと出来なかった。
「そのつもりです!じゃあお願いしますね!」
悠莉は水浸しの内ズックを取り出す事無く外履きだけを入れ靴下のまま1年生の下駄箱歩を進め、紅葉に何も起こっていないのを祈りながら向かっていった。
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