第19話 筋肉と雨音の不協和音 その19
雨が降りしきる中、透明なビニール傘をさしている悠莉と楓、紅葉は悠莉を中心にしていつもの通学路を歩いていた。
空が薄暗いせいで3人の顔には暗い影が映り込み陰鬱な雰囲気を醸し出している。
「今日こそ蓮華の嫌がらせ犯を捕まえるぞ。」
打ち付ける雨音に負けない声の大きさで悠莉は決意をするように言葉を出した。
「まだ調べていないのは木﨑 瑞樹って子だけよね。瞳ちゃんと麗奈ちゃんは私と紅葉で調べるから。」
「はぁ……また、聞かされるのかな……。」
また瞳語りをされると思うと空の色と同じ気分になった紅葉は傘を差しながら深く息を吐き出し肩を降ろした。
紅葉は勘だが麗奈は犯人ではないと思っている。というのも恐らく彼女は瞳に対してだと手段を選ばず過激な手段を取ってくるかもしれないが、瞳以外には興味がなく感心が無い。
だから瞳と関わりがまずない蓮華に嫌がらせをする理由がない。それに昨日見た魔法も水浸しに出来るほど強力な物では無いため犯人である可能性は低い。
今回はハズレくじだと思って調査しているため相手の語りをずっと聞かないといけないと思うと気が滅入っていた。
「紅葉大丈夫か?顔色が悪いというか嫌そうというか……。」
明らかに嫌そうな雰囲気を曝け出している紅葉に悠莉は左にいる紅葉に向かい顔を前に出した。
「大丈夫です……。ただ、語りを聞くだけなので……。」
遠い目をしながら乾いた笑みを浮かべた。
「そ、そうか。悪いなそっち方面で役に立てなくて……。今回の件が片付いたら何か労いの一つや二つしないといけないな。」
今回の悠莉は直接的な調査に参加できていないため居心地が悪かった。
一応1年A組の水に対する魔法使いの情報を得たが、現地調査していた楓と紅葉が一発で候補の生徒に接触できてとんとん拍子で進んでいた。
そんな中で悠莉は今回特に役に立てる事はなくほぼ蚊帳の外だった。それが気にかかり悠莉は自分に何か出来ないか考えた。
「労い……。だったら……その……だ、抱き締めて欲しい……です。」
労いという言葉に反応した紅葉は耳まで赤く染めながら答えた。
「そ、そうか……。それぐらいならいいか……な?」
そんな紅葉の様子にどう接するのが正解なのかわからない悠莉は言葉に自信を持てず疑問形になっていた。
「何で疑問形なのよ。男ならそこは抱き締めてやるとか言い切りなさいよ。」
「それはそうかもしれないが……。だってなんか恥ずかしいんだよ!」
楓の言葉に悠莉は紅葉に対する言葉に表しづらい気持ちに勢いがつき、つい本音が零れてしまった。
「はぁ!?散っ々頭撫でたりおんぶしたり腕組んでたりしているくせに恥ずかしい!?今更何を言ってるのよ!」
ことある毎に腕を組んだり頭を撫でたりおんぶしたりとボディコミュニケーションをしている二人に今更感が酷く襲ってきた。
「こっちにも色々あるんだよ!」
痛いところを突かれた悠莉は思わず身を乗り出してしまい傘からはみ出た肩に雨が当たった。そんなのを気にする余裕も無く楓の言葉に喰ってかかった。
「色々って何よ!?」
予想以上の食い付きに楓は面食らった。紅葉が泊まった日から何かを隠しているのは雰囲気で知っているが今だにそれが何かをわからずモヤモヤしていた。
そのせいでつい怒鳴るように聞いてしまった。
「そ、それは……。」
悠莉は紅葉とのキスと告白紛いのことを思い返し言葉に詰まった。
怒鳴るような声に狼狽え、何を言っていいのかわからず傘から雨の打ち付ける音が大きくなり静かな空間を作り上げた。
傘からの雨音だけが大きくなるにつれ楓の表情に僅かなに影が射した。
悠莉からは傘に隠れてその影はよく見えなかったが、楓より背の低い紅葉は下から見上げるように楓を見ていたためその影が見えてしまった。
そして楓と紅葉の視線はぶつかり合い隠せないとわかった楓はもう吹っ切れたようにあの紅葉が泊まった時に何があったのか直接聞くことにした。
「……そんなに言えないことなの?」
楓の傘を持っている手は小刻みに震わせた。
「え?何をだ……?」
何のことを言っているのかわかっていない悠莉は疑問を感じながらこれ以上の言葉を思いつかず出てこなかった。
「だからそんなに言えないことなのかって聞いてるの!」
何もわかっていない悠莉の態度に怒りを感じた。確かに何をとは言っていないがそれぐらい長年一緒にいるなら察して欲しかった。
悠莉も先ほどまでの会話を思い返し楓が聞いてきているのは恐らく紅葉との一件だろうと察したがすでに遅かった。
「それは…………楓には関係ない。」
「関係ない……?」
楓の耳からこれまで聞こえていた雨音は消え去り静寂な世界へと変わった。
辛うじで持っている傘からは一定のリズムで振動は伝わってくるが雨音は何一つ耳には入ってこなかった。
「ああ、これは俺と紅葉の問題だ。悪いけどこの件は楓には関係ないことだから……。そんなに考えないでくれ。」
厳しい言い方かもしれないが、悠莉は本当のことを言っていた。紅葉に2度キスされ告白紛いの事にたいしては当人の問題である。恋愛という繊細な問題に第3者が介入すれば話はややこしくなる。
そうならないようにするため悠莉はそれを避けたかった。それ故に厳しく突き放すように言い切った。
「……そう、関係ない……。もう……関係、ないのね……。」
ハッキリとした拒絶に楓の手から力無く傘が滑り落ちた。そして傘はそのまま地面へと向かい真っ逆さまに落ち、雨から守っていた楓の体は雨に打たれた。
「楓……?おい、どうしたんだ……?」
あまりの反応に悠莉は恐る恐る呼んでみるが楓は俯いたまま何も話さなかった。
それでもかけ声を続けなければいけないと本能が囁きかけていたため反応が無くとも何度も声を掛け続けた。
「楓?おい楓!どうしたんだ?」
悠莉の声に反応しない楓に悠莉はどうするべきか手段が無くなっていた。諦めかけたその時、頭に直接あの声が響いた。
『痛い!痛い!痛い!痛い!苦しい!苦しい!苦しい!苦しい!』
急に強い声が頭に響きだした。不意を突かれたため悠莉は傘を持っていない手で頭を押さえると、その声の正体を見るため俯いている楓に視線を戻した。
楓は俯いたまま右手を握り締め何かに耐えているようだった。
筋肉の声の発生源は右手からだとわかり悠莉は直接頭を叩かれるような痛みに耐えながら俯いたまま動かない楓に言葉をかけた。
「っつう!か、楓……一体どうしたんだよ……。」
なんとか言えたのは拙い言葉だけだった。だがその言葉だけでも十分で楓の興味を引くにはちょうどよかった。
「……ごめん、先に学校に行くわね。」
「な……!?ちょっと待てよ……!」
そう言い残すと楓は傘を拾わずそのまま学校の方へ体を向け悠莉の言葉を無視して走って行った。
悠莉は頭痛で頭を痛めてすぐに走れる状態では無く走り去っていくのを見守る事しかできなかった。
「待て楓!?……いっつ!はぁ……はぁ……一体どうしたんだよ……。」
「楓先輩やっぱり……。」
頭痛が治まってきた悠莉は改めて楓がどうして走り去って行ったのか考える時間ができた。
紅葉は何かをすでに察しているようだが悠莉は全然察する事が出来ずにいた。どうして楓は逃げ去るように走って行ってしまったのか。
その答えを考えても楓の気持ちがわからない以上何を考えてもダメだ。
悠莉は楓がどうして走り去って行ったのか楓は何を感じたのか今日の部活終わりに聞こうと決心した。
その横では紅葉は今の楓の行動から疑念が確信に変わった。
前から悠莉と楓の間には何か埋め切れていない溝のようなものがあると感じていた。その溝が何を意味しているのかはわからなかったが、二人の幼馴染みという関係に不釣り合いな溝がずっと気になっていた。
悠莉と楓、二人よく言い合いをする仲で一見したら仲が悪そうに見えるが本当はその逆で気兼ねなく言い合える仲で比較的有効な関係だ。
よく暴走しがちな悠莉を関節技や拳等で物理的に止めに入ったり、悠莉からの意見にしっかり自分の考えを交えて話したりしている。
そのせいで口論になるときもあるがそれは嫌っているからでは無く、お互い危険なことをしないように防衛線を張りあってるだけだった。
互いに補完しあいながら支え支え合う関係で落ち着いている。
紅葉も幼い頃からいるのなら自然とそんな関係になるのも頷けていた。
しかし、時折見せる楓の曇り顔や悠莉のどこか遠慮している態度に何度も疑問を感じていた。
普段なら言い合っているのに「ある事」の話題になると途端に何も言わず眉をひそめる。
楓も同じでその「ある事」の話題では悠莉と顔を合わせないように俯きがちになる。
小さな変化だが悠莉をいつも見ていた紅葉からしたらその変化は簡単に受け流せるほど小さな物とは思えなかった。
ずっと何か引っかかっていた紅葉はこの時ようやくその糸口が見えた気がした。
二人の間には「ある事」で形成された溝があり、そのある事とは「恋愛」である事に気が付いた。
悠莉が楓に何を隠しているかは紅葉も知っている。というよりも問題を引き起こした張本人だ。
隠し事、それは紅葉からのキスの件で告白の返事を待っている状態。それがすでに悠莉と紅葉の二人だけの問題では無くなっていた。
「恋愛」で形成された溝に今回の件が入り込んでしまい悠莉と楓の溝は深くなってしまった。
どうすればいいのか第3者である紅葉は安易に入り込む事は出来ない。入り込んでしまえばきっと底無しの逃げられない穴に入り込む事になる。
それにそれは第3者が入っていい物では無い繊細な問題に紅葉は何も言えなかった。
口を出せる雰囲気では無かったのもあるが一番は楓の瞳に雫が溜まっているのを見てしまいその驚きが大きかった。
(楓先輩……泣いてた。やっぱり楓先輩……。)
涙を見てしまった紅葉は速まる鼓動を落ち着かせながら薄い胸に手を当てた。貧乳のためか心臓が早まったせいなのか定かでは無いが当てた手からはドクドクと痛いほど心音は高まっていた。
「楓……一体どうしたんだよ。紅葉すまないな……。なんか巻き込んだようで……。」
「いえ……私にも責任はありますから……。」
紅葉は落としていった楓の傘を拾い上げ畳み両手に傘を持つと悠莉を見た。
「紅葉に責任?どういう事だ?」
「あ、いいえ何でも無いです……。それより、速く行きましょう……。」
何もわかっていない悠莉にこれ以上の余計なことを言うのはよくないと思い、紅葉は学校へ向けて足を運び始めた。
その瞳には何かを決意したような物を宿していたが悠莉は何が何だか追いつけていなかった。
「お、おうそうだな。……紅葉に責任?一体何がどうなっているんだ……?」
小さく呟きながら悠莉は先に歩き始めた紅葉の後ろ姿に追いつくように駆け足で隣まで駆け寄った。
それからお互いに何も言葉を発すること無く恥ずかしさとは違った気まずさが残ったまま学校へと向かっていった。
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