第18話 筋肉と雨音の不協和音 その18

 ザーッ……ザーッ……外から聞こえる雨音が波紋の広げ私の耳に鳴り響いてきた。部屋の窓を開けなくとも外は雨に降られているのはすぐにわかった。


 寝起きのせいで頭が呆然としている中外からの雨音が晒してくる演奏を聞き入っていた。いつまでも聞いていたい程静かな演奏だったが時間はそれを許してくれない。


 足音が不協和音を奏で演奏が終わりを告げる時間がやってきた。


 部屋の外から足音が大きな音を立てながら近付き、その足音が止むと今度はドアから音が鳴り部屋の扉が開いた。


 扉からは紺色のエプロンに黒いスカートスーツを履いた30代後半といわれても信用できないほど長く奇麗な美脚が私の部屋に入った。


「蓮華、朝ご飯よ。」


 正直どうでも言いがアノ人は私の話なぞ聞く気は無いのだろうとこれまでの関わりを思い出しその結論に至った。


 早く出て行ってくれないかと望むと女性は目を合わせる事無く事務的に朝ご飯の誘いをしにきた。


「うん……。おはようママ……。」


 もっと雨音を聞いていたがったがそれを許される時間は無くなり蓮華はベッドからモゾモゾと動きだし着ていた寝間着を脱ぎ捨てた。


 下着姿のままハンガーラックにかかっていた他の人と違いがある制服を手に取った。下着姿のままでは風邪を引くと思いすぐにその改造制服に裾を通した。


「これでよし……っと。あ、いけないいけない忘れるところだった。」


 鏡を見て髪型もポニーテールでまとめ、あとはみんなが楽しく思えるように、顔に笑顔を組み込んだら完成する。


 これでようやく蓮華という少女ができあがる。追加で家にいるときには白い手袋を着用するようにしている。


 実家で蓮華がしないといけないことは『家に出るとき、帰ってくる時、とくに家にいる間は誰とも接触しない』ヘタな接触は命を奪うとされ蓮華が家にいる間は白い手袋をハメ肉体的接触を許されなかった。


「はぁ、これ嫌だな……。私に全然似合わない。」


 それは蓮華の魔法が関係しており、蓮華の魔法、『手の平で振れたモノの熱を奪い続ける』というもののせいだ。


 熱を奪う、これは四大元素ではないが氷雪系魔法として捉えられている。


 だが蓮華の魔法の威力は氷を手に持たされた程度の冷たさの威力しかでない。というより押さえ込んでそれ位の威力にしている。


「漫画とかだとチート能力ってもてはやされるのに現実はなぁ……。」


 一歩間違えば低体温症を引き起こし命の危機に晒される魔法に家族は怯えていた。


 特に母親は自分が痛めて産んだ子がそんな力を持っていることに絶望し愛娘を愛することが出来なかった。


 バケモノを見るように蓮華と暮らし一定の距離をとり続けていた。


「ママとの距離はまだ遠いか……。パパとなら援交に間違われるほど仲が良いのになぁ……。」


 だが父親は違った。蓮華の魔法に怖がってはいるものの蓮華自身を否定する気など微塵も無かった。


 一昨日だって夕飯を一緒に外食するほど仲がいい。ただ父親は母親の気持ちもわかるため何時でも蓮華の味方でいてくれる事が出来ない。母親のメンタルケアをしながら蓮華の面倒を見る。


「まあパパもパパで大変なのはわかるけどね。だからあの写真の事は言わないでおこう。言ったら……パパまで壊れちゃう。」


 いわゆる板挟みの状態で絶妙な力加減で父親はなんとか崩れずにやっていけている。もしその均衡が壊れるものならば父親は溜まりに溜まった鬱憤が溢れ出すだろう。


 そうならないように蓮華は学校での事を話そうとしない。勿論今回の嫌がらせのことも端から話す気は無かった。


 きっと話してしまうと父親の均衡はこちらに倒れて溢れ出してしまうだろう。そうなってしまっては父親は壊れてしまう。


 もし、そうなってしまったらお互いを傷つけ罵り合い雪崩崩しのように蓮華の家族は崩壊するだろう。


 学校での事を話さなくていいのは蓮華にとってプラスでもあった。学校でなら何をしてもバレず怒られる事は無い。だから思い切って制服の改造やサボりなどヤリたい放題している。


 放任主義と言われようが蓮華にとって学校は唯一誰にも気を遣わずにいられるオアシスのような物だった。


 そんな場所の中で一番好きな居場所はMM部だ。まだ出会って間もないが全員いい人で蓮華の魔法を聞いても動じずにすんなり受け入れてくれた。


 幼いころから母親からでさえ魔法を怖がられてきて育った蓮華はあまりのアッサリとした受け入れに面食らったのを今でもまだ鮮明に覚えている。


 なぜならあの瞬間、家族でも出来なかった蓮華の全てを初めて受け入れてくれた瞬間だったからだ。更にその時言われた悠莉からの一言で蓮華はとある気持ちが固まった。


「我ながらチョロいよな~……。あんなので好きになっちゃうんだから……。しかも以外にライバルも多いし、前途多難ですな……。」


 深い溜息をつきながらあの時の悠莉の一言を思い出していた。


『魔法を含めて全部が蓮華なんだろう?だったら俺はその全部を受け入れる。お前はバケモノじゃない。ちょっと……いやかなり変人だがかわいい女の子だ。』


「ああ~!ヤバい!思い出したら顔熱くなってきた!うぅ~……紅葉ちゃんを応援するって決めたはずなのにな……。」


 蓮華は赤くなった顔を隠すようにベッドに戻り枕に顔を埋めた。そしてそのまま布団を両手で叩き恥ずかしさを飛ばすように何度も何度も叩き続けた。


『蓮華?朝ごはんだぞ?騒々しくしてどうかしたか?』


 急になったノックから扉越しの父親の声に肩を上げ驚きをあげた。


「な、何でも無いよ!今行くから!」


 枕を顔からは離し扉越しの父親に返事をした。父親は『わかった』と一言残しリビングへと戻っていった。扉越しから気配が消えたのを確認すると蓮華は緊張の糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。


 そして膝を抱えデコを膝にくっつけると赤くなった顔を戻すように呟いた。


「部長は知らないけど紅葉ちゃんの応援するって決めたんだから。だから……これ以上育たないで……。」


 自分の恋心が花を咲かせる前に根こそぎ剥ぎ取ってやろうかと思ったが、いざ剥ぎ取ろうとしても戸惑いが産まれ咲ききっていない花を放って置いてしまう。


 踏ん切りがつかない自分に嫌気がさしながら蓮華はベッドから立ち上がった。


「ダメ……。こんな危険物が恋なんてしたら……相手を傷つけるだけだよ。だから、恋を捨てないと。」


 蓮華は『手の平で振れたモノの熱を奪い続ける』魔法のせいで好きな人と手をつなぐことも触れ合うことも出来ない。


 出来たとしてもそれはあまりにも危険な行為で出来て数秒で終わってしまう。


 それ以上になると相手が低体温症を引き起こしヘタをすれば命に関わる重症を負わせかねない。


 年頃の女子が夢見るような恋人と一緒に手を繋いでのデート、好きと言い合いお互いを感じ合うように抱き締め合う。


 そんな普通で甘酸っぱい青春を送ることは蓮華には出来ない。この魔法がある限りはその願いを叶える事は出来ない。


 だから淡い恋心を持っている紅葉の応援をしたくなっていた。それに相手を危険に晒してまで自分の恋を叶えようとは蓮華自身も考えてはいなかった。


「はぁ……雨の日は憂鬱だ。さっさとご飯食べて学校へ行こう。」


 朝から憂鬱な事を考えてしまいすっかり気が滅入ってしまった蓮華は朝食が待っているリビングへ向かうためかかとを翻扉の方へとと歩き始めた。


 淡い恋を願う女の子が魔法のせいで好きな人にしてみたいやって欲しいことが全部打ちのめされるのがどれだけの苦痛か想像もつかない。この問題は恋をしないだけでは無く人との接触を阻害するものであり大きな障壁となっている。


 魔法のせいで普通の恋愛も出来ない。そんな重すぎる代償を払ってまで蓮華はこの魔法を欲しいとは思わなかった。いいや、思うはずもなかった。もしも自分勝手に魔法を使ったらまた悠莉に怒られてしまう。


 それが嫌なので蓮華はすぐに気持ちを切り替えて壊れかけた母親と板挟みで脆い天秤を抱えている父親達がいるリビングへとやってきた。


 すでに二人は先にご飯を食べ無言の食卓が開始されていた。


 今に始まった事ではないが蓮華はこの空気は好きではなかった。いつも蓮華は「いただきます」と「ごちそうさま」だけいい後はさっさと片付け学校へ避難するように準備を終わらしすぐに学校へ向かっている。


「靴は乾いたかな?」


 今日ももれなく学校へ行こうと準備をすると下駄箱に置いてあるローファーを見て昨日の一件を思い出した。


 あの後濡れたローファーをビニール袋に入れ持ち帰り内ズックで帰ってきた。


 そして家に着いたらまず、ローファーを水浸しから解放するため水を全て捨て新聞紙を丸めて入れて水分を取っていた。


 お陰様で今こうして乾いたローファーを履くことが出来ている。


 内ズックを持ち帰らなければいけない余計な手間暇があるがそんなのを苦に思わない蓮華は内ズックの入った袋を持ち玄関ドアノブに手をかけると、家の中にまだ残っている母親と父親に向かい挨拶をした。


「パパ、ママ行ってきます。」


 明るい挨拶は外の雨音にかき消されるように言葉は家の中に消えた。かき消された挨拶に蓮華は思わず溜息をついてしまった。もう行こうと玄関ドアに向き直ると後ろから慌てた様子の声と義務的な声の2種類の声が返ってきた。


「蓮華!気をつけるんだよ。」


 慌てた様子の声の方はリビングから慌てて出てきたい父親の声だった。父親はスーツのネクタイを締めている最中だった。ようでネクタイを半結びのままリビングから顔を出した。


「……そう、気を付けなさい。」


 義務的な声は同じくリビングから出てきた母親の声だった。こちらはすでに出掛ける準備は終えているが蓮華がちゃんと白い手袋を着用しているか確認するため蓮華が出掛けた後に家を出ている。


 いつもなら蓮華の挨拶に返事などしないが今日は気分が良いのか父親に続いて挨拶を返した。


 そんな母親の変化が嬉しかった蓮華は足を止めリビングから顔を出してくれた父親とリビングから出てこないで声だけ返事をした母親に向かい直した。


「うん!行ってきまーす!」


 いつも父親だけの挨拶だったが今日は母親も挨拶をしてくれたのが嬉しかった。外は雨降りで灰色の世界が映し出されているが蓮華の世界には灰色では無く明るい水色の世界が広がった。


 その世界を得たまま蓮華は外の灰色の世界へと足を向けて走り出した。雨で薄暗い世界も今の蓮華には雨は水色に見え鮮やかな水色の世界が広がっていた。


 そしてその世界で蓮華は透明のビニール傘を差し学校へ向かって走って行った。





 何か良いことが急に起こるのは何かの前触れかもしれない。幸と不幸のバランスを取るように良いことに傾けば傾くほど不幸の出来事は大きくなる。


 それが一体どんな事なのか今幸福を感じている蓮華にはわからないだろう。


 そしてその不幸の重さがどれくらいの比重でどんな風に襲いかかって苦しめるのかわからない。


 幸あれば不幸あり、日常に潜む不幸が今か今かと爪を研ぎ澄まし襲うのを待ち受けている。


 そしてこの日蓮華は思い知ることになる。幸せがくると一緒に不幸も襲いかかって来ることに……。


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