第17話 筋肉と雨音の不協和音 その17
「それじゃあまた明日ね。」
「皆さんバイバーイ!」
菫と蓮華は別れ道に差し掛かり悠莉、楓、紅葉の3人に手を振っていた。あの後下駄箱を殴り悠莉の立てた轟音を聞いた先生たちが何事かと集まった。
そして先生たちの目は木製の下駄箱の側面に血を付け凹みを作った悠莉を見て固まり何も言わない無言の時間を作られた。その沈黙は様子を見に来た松久の登場で終わった。
松久は凹んだ下駄箱と紅葉から簡単な応急手当をされたが、それ以上に出血している右手を見て何が起こったのか理解すると頭を抱えた。
溜息を付き悠莉の右手を治療するため保健室へと連れて行くとお叱りの声を上げた。悠莉はそれに反論する事も無く黙ってお叱りを受けた。5分ほどで処置が終わるとお叱りも同じく終わった。
こうして全員で下校しているといつもの別れ道にまで差し掛かった時に蓮華は先に歩を進めて先に陣取っていた。
菫も後を追うように別れの挨拶を交わすと蓮華の所へ行く前に悠莉は菫に耳打ちをした。
「また明日な!……菫先輩、蓮華のことお願いします。」
菫にしか聞こえないほど小さく周りの夕暮れに消されそうなほど短い声だったが菫にはしっかりと聞こえた。
「……ああ、任せておいていいよ。みんなの前だときっと強がっちゃうだけだからね。ここは先輩に任せなさい。」
菫は口元を緩くほころばせ穏やかに話した。長話を出来る時間は無かったため悠莉と菫の会話はこれで終了した。
「何かあればまた連絡を入れるよ。」
最後に一言だけ添えて菫は蓮華の方へ歩いて行った。悠莉にはその言葉を信じるしか出来ず二人の後ろ姿を小さくなるまで眺めていた。
それから二人の後ろ姿が見えなくなると悠莉達は反対の道を歩き各々の家へと帰って行った。
「蓮華ちゃんちょっといいかな?」
悠莉達と別れた後一緒に横を歩いている蓮華に菫は話しかけた。一体どう言った内容なのか考えるがコレといって何かがあったか考え始めると嫌がらせの件が頭をよぎった。
あまり思い出したくない出来事に蓮華から笑顔をが消えた。
「はい?なんですか?あ、靴の件なら大丈夫ですよ!内ズックでの帰りも中々楽しいので!」
場を暗くさせないように今できるだけの笑顔で蓮華は対応を試みたが2つ上の先輩である菫には大した効果は無く微笑み一つで返された。
「うん、それならよかった。でも私が聞きた
いのはその事じゃ無いんだよ。」
無理に笑顔を作っているのは見たらすぐにわかった。先程まで肩を震わせていたのだからそんなにすぐに切り替えられるほど簡単なものでは無い。
「んんぅ?じゃあ何か気になるところでもありますか?」
菫が何を言いたいのか全く見当がつかない蓮華は菫の目の前まで回り込み覗き込むように小首をかしげた。
「そうだね……、本当は今聞くタイミングでは無いけど気になって気になって仕方が無いから失礼承知で聞くよ。」
何を聞いてくるのか身構えた蓮華は姿勢を正し、おふざけできない雰囲気に笑みは消え真剣な表情が残った。
「な、なんですか?焦らされるとドキドキするんですけど……。」
何を聞かれるのか焦らされ蓮華の心に一抹の不安が芽生えた。菫はその不安を刺激しないように優しくハッキリと言葉にした。
「あの写真はどういった状況だったのかな?あれに映っていたのは蓮華ちゃん本人……で合ってるよね?」
瞬間、蓮華の心は掴まれたように止まりそのまま握り潰されそうな痛みが襲ってきた。蓮華自身、今日の水浸し事件で写真のことなど頭から放り出されていた。
普通ならそう簡単に放り出されるものじゃないが蓮華からしたら違った。それはそこまで大事なことではなく忘れても構わない程度の問題だった。
「……はぁ、菫先輩は騙せないですね。そうですよ、あれは正真正銘の私です。」
菫の核心をもっての言葉に蓮華はどれだけ嘘を述べても関係なく真実を見抜いてくると思い素直に白状した。
あんまり知られたくないのか思わず溜息までついてしまい、一度菫から視線を外してしまった。
「今流行のパパ活というやつかな?」
菫は大して驚かず冷静にその時の状況の確認を始めた。一度気になってしまうと真実を知るまで止まることが出来ない菫は視線を外しても尚蓮華の事を見据えて取り逃がさない姿勢を保っている。
「もう流行ってないですよ……。あれは、本当のパパです。夜ご飯食べに行こうってなって行きつけのお店に向かっていたんですよ。」
少し流行からズレてる菫に乾いた笑みを見せた。確かに傍から見たら女子校生が中年男性と夜の繁華街にいたら援交していると思われても仕方が無い。
だが、蓮華は本当に父親と夕御飯を食べに出掛けただけで援交などしていない。
それなのに学校の先生達は援交しているしていないと騒がしく捲したて蓮華の話など聞こうとしなかった。
蓮華はそんな先生達に嫌気が差して悠莉がこなかったら怒鳴っていたかもしれない。
「そこをパパラッチされたと……。だとしたら今回の犯人とその写真の犯人は同一犯の可能性が高いね。」
菫は本当のことを聞けて満足したようで今度は今回の犯人について考え始めた。自然と考えるのなら恐らくこの写真の件も嫌がらせの中に入っているだろう。
この写真で蓮華が対してダメージを受けてなかったのを見て次の手段に出たと考えられる。その手段も蓮華には特にダメージはなかったようだ。
「私も同意見です。わざわざ援交に見せるような角度に加工までして同一犯じゃない方が不自然です。」
蓮華の瞳には怒りが満ちていた。こんな事をする犯人に対してと父親との家族水入らずの時間を貶したことに腸が煮えくりかえりそうだった。
それと心のどこかで悲鳴を上げているが蓮華は聞こえないフリをして泣き面を隠そうと怒りだけを汲み取り誤魔化していた。
「……辛いときは泣くのが一番だよ。泣くのはストレス発散の一つだし恥ずかしがる事じゃ無い。泣けるときに泣かないと涙を出す方法すら忘れてしまうからね……。」
涙を隠している蓮華に菫は目を細め目の前にいる蓮華に視線は向いているがどこか遠くを見ていた。
菫は一体何を見て今の言葉を言ったのかわからないが、泣けるときに泣くのは確かにその通りだと納得できた。
だから蓮華はこの陰鬱な空気を紛らわらすために明るく冗談を交えながら答えた。
「じゃあその時は部長の胸をお借りしましょうかね。そしたらおもしろいものまで見れそうだし!」
八重歯を見せ笑いながら答えると菫は一度キョトンと目を開いたがすぐに笑みを零し蓮華の冗談に乗っかった。
「ふふっ、それは楽しそうだね。まあ紅葉ちゃんに刺されないように気を付けるんだよ。」
想像しただけでも笑えていた。蓮華が悠莉に泣きついているのを紅葉と楓が慌てて引き離そうとしてくるMM部の日常が簡単に想像できた。
そうなった方が見ていて面白いため菫は特に止めようとはしなかった。むしろ見てみたいと思い茶化すか燃料を投与して悠莉の慌てぶりを見るだろう。
「はーい!それでは私の家はこっちなんで失礼しますね!」
蓮華は別れ道に差し掛かると自分の行くべき道の方へ移動し菫に別れの挨拶を交わした。
「うん、気を付けるんだよ。」
知りたいことも知れた菫は満足げに走って帰る蓮華の後ろ姿を見送った。その背中が見えなくなるまで見送ろうとすると数歩先で蓮華は立ち止まり菫の方へ向き直り手を大きく振りもう一度別れの挨拶を交わした。
「また明日ー!」
大きな声と大きな手降りで挨拶を交わした後蓮華はそのまま走って自分の家に向かっていった。
「バイバイ蓮華ちゃん。」
そんな蓮華を後ろで見守っていた菫は小さくて手を振り蓮華の影が消えるまでその場で手を振り続けた。そして影が見えなくなったら菫は後ろを振り返り自分も帰路に付こうと反対の道を歩き始めた。
刹那菫はどこからか視線を感じ動きを止めその場で周りを見渡した。確かに視線を感じた。
だがどこから見られているのかは見当がつかず数秒ほど辺りを警戒した。しかしどこにも怪しい影はなく聞こえてくるのも夕時を知らせるカラスの鳴き声しか聞こえてこない。
「少し神経質になりすぎたかな?」
嫌がらせを目の当たりにしたせいで神経質になっているのではないかと思い菫は警戒を解いた。
そして今一度帰路に戻ろうとした瞬間後ろから水が飛んでくる音が聞こえ咄嗟に体を捻らせ回避すると菫はその犯人と対峙した。
「なんてね。出てきたらどうかな?君が犯人なんでしょう?」
余裕の笑みを見せる菫に奇襲が失敗した犯人は隠れていた電柱から身を完全に乗り出し姿をさらしてしまっていた。
そして奇襲失敗の驚きとイレギュラーの自体にどう対応したらいいのか、どうしたら正解かを考えている間に菫は相手の懐に入り込んだ。
「っ!?」
犯人は一瞬の判断ミスで懐まで潜り込まれてしまい、咄嗟に突き飛ばそうと両手を前に突き出すが菫はそれを流れるように避けた。
避けられてしまい次の手を考えている間に菫はがら空きになっていた足元に狙いを定め足を蹴り払いバランスを崩させた。
足を崩され立っていることができ無くなった体は重力に負け地面に転がった。そしてそのまま菫は上に乗っかり犯人は地面に倒れ込み拘束された。
「ふぅ……さてといくつか質問があるんだけどいいかな?」
菫は息を整え下に組み敷いた犯人に問いかけた。
「っ!クソっ!」
犯人はその場から逃れようと藻掻いているが菫は微動だにせず徒労に終わってしまった。
だがすでに冷静な判断が出来ない犯人は無駄に力み抵抗を繰り返した。菫はそんな犯人を見下しながら「はぁ……。」と溜息を付き抵抗が終わるまで待った。
「さて、大人しくなってくれたから話し合いを始めようか。」
犯人の抵抗は思っていた以上に早く終わった。5分くらいはかかるかと思った菫は5分もかからず終わったことに少しの驚きを見せたが興味も無かったためすぐに本題へ入っていった。
「簡単に言うと……私と取引をしないかい?」
「と、取引……?」
あまりにも突拍子の無い言葉に犯人の顔色は変わり何が起きているのか理解できていない様子だった。
菫はそんな状況についてこれていない犯人を置いて言葉を続けていった。
「そう、取引だよ。私の願いを聞いてくれるならこの場は見逃そう。でも聞いてくれないなら……。」
菫は胸ポケットからスマホを取り出しパシャリと1枚写真を撮った。そしてその写真を犯人に見せながら何が言いたいか悟らせた。
「……っ!要求は何?」
逃げられないとわからされた犯人は菫に睨みつけ威嚇するが菫はそんなのどうとでも無い様子で話を続けた。
「何簡単さ、君はこのままでいい。助言をするなら、蓮華ちゃん本人を狙っても意味はないよ。蓮華ちゃんは自分が傷ついて怒るタイプじゃないからね。反対に周りを責めたら効果はあるかもよ?例えば……悠莉くんとかね。」
「そいつをやれば……アイツに効果があるんだな……。」
仲間を売っている行為に疑心暗鬼になりながらも犯人は蓮華に効果があるのなら何でもする気でいた。
「ああ、間違い無く効果は覿面だろうね。」
笑みを見せながら菫は話を続けた。半信半疑になっている犯人からは何を考えているのかわからない菫が魔女に見えていた。
一体目的は何なのか、そしてなんのために部員を売っているのかわからないことだらけだった。
「わかったよ。そいつを狙ってやる。」
半信半疑のままでは何も解決しないと思った犯人は魔女の契約に首を縦に振った。これで犯人は魔女から逃れなれない哀れな飼い犬になった。
そうとも知らず犯人は蓮華に一矢報いる事が出来ると喜びに支配されていた。
「交渉成立。それじゃあ今日は気を付けて帰るんだよ。」
こうして犯人と菫の契約は結ばれた。この契約がどんな結果を生み出すのかわからない。だがどんな結果が出たとしても菫はどうでもよかった。
自分の知りたいという知識欲が満たされるのならば犯人の身の安全など露にも心配していなかった。
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