第16話 筋肉と雨音の不協和音 その16
「さてと、じゃあ報告会を始めるぞ。」
悠莉は座っている楓、紅葉、蓮華、菫の4人を見渡し机に両肘をついて口の前に両手を組み今日調べて得た情報の報告会を開いた。
「はーい、じゃあ最初は私からいきますね。」
真っ先に手を上げたのは悠莉と行動を共にしていた蓮華だった。蓮華はイスから立ち上がると保健室で松久から得た情報を話し始めた。
「ウチのクラスで水を扱う魔法使いは3人いるそうです。名前が『水崎 瞳』・『長嶋 麗奈』・『木﨑 瑞樹』です。どんな魔法を使っているのかは不明のままですね。」
蓮華は松久から教えて貰った情報を声高らかに報告をすると、楓と紅葉は二人とも視線を交わした。そのまま楓は挙手をしながら立ち上がり蓮華の報告に説明を加えた。
「そのうちの瞳ちゃんと麗奈ちゃんの魔法は見てきたわ。」
楓は先程の見せて貰った魔法を思い出しながら報告をした。瞳は手の平一杯の水の生成、麗奈は指先から水鉄砲のように射出、どちらも水を生成するというもので蓮華への水浸しの嫌がらせには使えそうな魔法ではあった。
「本当か!?それでどんな魔法だった!?」
黙って方谷を聞いていた悠莉だったが、思いの外3人の内2人の魔法の内容をしれたのは大きな前進だ。そのせいもありつい前のめり気味に話を聞きにいった。
「落ち着きなさい。まず瞳ちゃんの方からだけど、片手一杯に水の生成で、麗奈ちゃんは指先から水を射出する二人とも水を生成するという共通の魔法だったわ。」
楓は右手の手の平を左手の人差し指で指差し瞳の魔法を説明した。麗奈の魔法の説明の時は自分の右手の人差し指を反対の人差し指で指差しジェスチャーを交えながら説明した。
「だとしたら二人で犯行をしたら水浸しに出来るか……。」
悠莉は一度座り直し顎に手を当て考え込んだ。何も無いところから水を生成出来る魔法なら人目を引くこと無く水浸しに出来る。
それに一人で生成出来る量が少なくとも二人が合わされればそれなりの量を生成すっる事は可能だと考えていた。
そんな考えを否定するかのように紅葉が怖ず怖ずと小さく手を上げた。考え事に集中していたが自分の意見や考えだけで決め付けるわけにも行かないため悠莉は一度考えるのを止め紅葉の考えを聞く姿勢に入った。
「あの……多分それは無理かと思います……。二人とも水を生成出来ますが、生成できる量が少ないので……。机、引き出し、鞄の3つを水浸しにするには量が足りません……。」
現場を見ている紅葉はどれ位の水量が必要なのかわかっていた。机、引き出し、鞄を水浸しにするには少なくとも1L~2Lは必要になる。だが今の楓の説明から聞いても二人合わせて500mlいくか怪しい。
それに仮に二人が犯人だと仮定しても二人で一人の席を水浸しにするには目立ちすぎる。昼休みで生徒もクラスにいる中でそんな二人一組で席に魔法を使っていたらバレやすく人目につくだろう。そう考えた紅葉は悠莉の考えに反対した。
「そうか……だったら消去法で犯人は木﨑 瑞樹ということになるな……。でも証拠も何も無いしな……。あ、そうだ!菫先輩の方では何か分かりましたか?」
魔法にばかり気を取られていたが、蓮華にはそれ以外にも問題が発生している。そもそもそれが原因で今回は動き始めていたのに悠莉はすっかり忘れていた。
「残念ながらまだ何もわかっていないよ。家に帰ってPCで詳細を調べてみるつもりで何かわかったら部活のメッセージに送るよ。」
写真のことを思い出した悠莉の質問に、菫は目だけを蓮華に向けお手上げというように両手を軽く挙げ眉を下げ申し訳無さそうに答えた。
「そうですか……。そうなると今日はもう解散して明日に木﨑 瑞樹に会ってみるか。まあどうせ俺は会いに行けないが……ははっ。」
悠莉は噂や目付きの関係上会いに行くと必ず相手を脅かしてしまうためお留守番になるのをわかっていった。だから力になれない無力感に襲われ最後の方は自虐するように笑っていた。
「全員でいくと怪しまれるからここは私にやらせてくれないかな?」
自虐して落ち込んでいる悠莉はを無視して菫は意見した。その表情から何か知りたいという知識欲を感じさせた。
「菫先輩が?なんか今回は積極的ですね。俺は任せても大丈夫ですけど。みんなの意見はどうだ?」
言い方は悪いが菫は自分から興味が無いものには一切目を向けない。そのため人付き合いや社交性といった物からはかけ離れている。そんな菫が今回は写真の件を含めやたら積極的に調査に参加しようとしているの珍しかった。
「私も平気よ。それに私はまだ瞳ちゃんの事を調べていたいから。」
菫の積極性に疑問を持っていたのは悠莉だけではない。楓も疑問に思っていたが今はそれを追求しても意味が無いため、楓は自分にできることをやろうとしていた。
「私も大丈夫です……。麗奈さんのことも調べないといけないので……。はぁ……またあの子と……ヤだな……。」
紅葉は瞳語りを思い出し億劫な気持ちになったが部員のため……いや、同い年の唯一の友達である蓮華のためにもがんばろうと決めていた。
「蓮華ちゃんも勿論いいですよ!いや~なんか大事になってしまって申し訳ないですな……。」
只でさえ迷惑をかけてしまっているのに文句など無い蓮華は明るく振る舞うようにして暗い雰囲気を隠した。
写真の件だけでなく水浸しの件まで部員が一丸となって解決しようとしてくれるのが嬉しい反面辛くもあった。
自分のせいで悠莉達みんなに迷惑をかけているんじゃないかと不安があった。被害者である蓮華が思うようなことではない筈なのだが蓮華は申し訳ない気持ちで一杯だった。
「気にするな。部員の悩みはみんなの悩みだ。それに魔法を使ってこんな事するのを見過ごせない。」
落ち込んでいる蓮華に悠莉は笑顔を見せ何の苦労の色を見せなかった。それどころか部員の。家族のために動けるのが嬉しいようにさえ感じさせた。そのあまりにも真っ直ぐな姿勢と想いが蓮華を貫いた。
「部長はブレませんね……。私もそんな強さがあったらいいのに……。」
悠莉の真っ直ぐな言葉と意思に蓮華は誰にも聞かれないように小さく呟いた。幸か不幸かその言葉を耳にした者は無く霧となって消えていった。
「明日に向けて今日はもう終わりにするか。」
それからは下校時間が迫っていたので報告会が終わったら今日の部活は終了となった。各々帰りの支度を終わらせ廊下へ出ると、例の如く悠莉は部室の鍵を閉める職員室に鍵を返還しにいった。
「失礼しました。さてとさっさと帰って明日に備えるか。蓮華もそんなに打たれ強い子じゃ無いし速く解決させて安心させないとな……。」
今回は何も先生からの苦言も無くスムーズに返し終わると楓達が待っている下駄箱へと向かい出した。このまま普段と変わらずバカなことを言い合い帰宅して、明日になったらまた調査を再開していこうと思いながら歩を進めていた。
後はもう帰るだけのためこれで今日の出来事は終わったと、そう思っていた。だがその考えは甘い考えだと知らしめてくるように得体の知れないナニかは嘲笑うように襲いかかっていた。
悠莉は鍵を返し終わり急いでみんなが待っている下駄箱へと走り出した。普段と何も変わらない道のりだったが下駄箱に近付くにつれその雰囲気は変わっていった。
外の夕日はすでに顔を隠し暗闇が産まれ始め、所々に深く濃い影が出来上がっている。下駄箱への道にもそれは例外なく存在していた。
普段ならそんなのに気を止めたりしないが今日に限っては妙に気にかかり嫌な予感がヒシヒシと本能を刺激してきた。
何か嫌な予感を感じた悠莉は自然と走る速度を上げていた。暗い影が増える廊下を一気に駆け抜けみんなが待っているであろう下駄箱へと駆け抜けた。胸のざわめきがナニかを忠告するように悠莉の胸を締め付けてきた。
いつもの道が嫌に長く感じようやく下駄箱が見えてきたと思ったら楓達は1箇所に集まってナニかを見据えていた。
それが何なのかまだ悠莉の方からは認識が出来ない。一体全員は何を見て感じているのか、だがそれはきっと碌でもない事に違いないと確信できた。
どうしてそう確信できたのか理由は無い。強いて上げるとしたら先程から感じる胸騒ぎのせいだろう。そしてようやく下駄箱へ辿り着いた時、その嫌な予感が何だったのか知らされることになる。
「なん……だよ、これ……。」
楓達が集まっている場所は1年生の下駄箱の前だった。下駄箱は各学年事に別れており2年生、3年生は1年生の場所より奥にある。そのため楓や菫が1年生の下駄箱にいるのは不自然だった。
だがそんな疑問など吹き飛ばすかのように楓達の表情は硬く無言が流れていた。そしてその不自然な出来事が今目の前で起きているモノの正体だった。
悠莉の目に飛び込んできた視覚情報は認識を拒むように邪魔をしてきた。それを払いのけて悠莉は一体何が起きているのか認識しようとした。
最初に映り込んできたのは、外履きようのローファーだった。下駄箱にローファーが入っていること自体はおかしいことでは無い。ただし、そのローファーが来たままの状態だったらの話だ。
蓮華のローファーは雨の日にずぶ濡れになったように周りは濡れていた。さらに水は外側だけで無くローファーの中一杯に水が入って靴としての機能を完全に失っている。
これを靴だとして履こうものなら中に入っている水は一気に外に放り出され足は満遍なく濡れるだろう。
悠莉はそんな悲惨な状態に右手で握り拳を作り挙げ爪が手の平に食い込んだ。
筋肉達からも「痛い痛い痛い痛い」と警告を受けたが今の悠莉の耳には入ってこなかった。
大切な部員のであり家族のような存在である蓮華へのこの仕打ちに悠莉の頭には多くの血が頭に集まった。
「ふざけんなよ……何が楽しくてやってんだよ……っ!」
その怒りを右手に集め下駄箱の側面を拳で叩きつけた。
叩きつけられた木製の下駄箱から衝撃を受けた場所を起点とし重低音の軋む音が静かな昇降口に轟音を轟かせた。
その音の代償に悠莉の右指の付け根の第3関節から殴った衝撃から切れ目が出来あがり血が流れ出した。
「さ、櫻井先輩……血が……。」
流れ出た血は下駄箱の側面、殴った場所に流されそのまま重力にそって床へと落ちていった。
血の発生原である悠莉の右手からも血の雫が何滴も不規則に床に落ちていった。その事を気にした紅葉は悠莉の右手を包み込み持っていたのはポケットティッシュで血の跡を奇麗に拭き取った。
「はぁ、はぁ……拭いてくれてありがとう紅葉。」
息を整えつつ手当てしてくれている紅葉に左手で頭を撫でながらお礼をした。
「いえ……私も櫻井先輩と同じ気持でしたので……怒ってくれてありがとうございます……。」
同じ気持ちというのも紅葉だけでは無くこの場にいる全員が思っていることだろう。こんな悲惨なことをする犯人が許せない。
「魔法をこんな使い方するなんて……。犯人は絶対に許せないわ。」
しかも魔法を嫌がらせに使用して、間違った使い方をしているのに悠莉と楓の怒りはさらに増していた。
菫はこの惨状の被害者である蓮華を抱き締め顔を胸にうずくめるように強く優しく包み込んだ。蓮華は菫からの暖かな抱擁に軽く肩を震わせていた。
「意外とクルものがあるんですね……。あははっ……平気だと思ったんだけどな……。」
誰からも顔を見られないよう胸で隠し頭を何度も何度も撫で肩を震わせている蓮華に安らぎを与えた。蓮華はその安らぎからか言うつもりも無かった事をわざわざ声に出していた。
「これぐらい平気だと思ったてたんですよ……。ッグスでもやっぱりクル時はクルんですね……。」
蓮華は鼻を啜りながらも涙を見せようとはしなかった。見せてしまったらこの温もりのお陰で安心しきって不安を吐き出してしまいそうだった。
「蓮華、絶対犯人を見付け出して一発キツいのお見舞いしてから謝罪させるからな。だかだ……それまでもう一度俺達を信じて欲しい。」
悠莉は紅葉から右手を包み込み手当てされながら真っ直ぐ蓮華を捉えた。
「何言っているんですか、一度だって疑ったことは無いですよ。部長達なら絶対あの時と同じようにどうにかしてくれるって思ってますから!」
蓮華は最後にはにかんで平気である事を虚像ながらも伝えた。
「そうか……、なら絶対解決しないとな!」
目の前で起きたのを見るのと聞くだけでは事の重さがまるで違う。実際に見ると事がどれだけの大きさなのか、蓮華の生の反応を見ることが出来る。それにより気の持ちようも変わってくる。悠莉は肩を震わせ声が上擦っている蓮華にいち早く解決すると新たな決意を見せた。
思った以上の惨劇に悠莉達が驚いている中一人の女子生徒はそれを遠巻きで見ていた。机や引き出し、鞄にまで水浸しにしたのに眉一つ動かさなかった蓮華が先輩と思われる人物に慰められている。
「あはは……ざまあみろ。でもアイツにはもっともっとその表情を見せてよ。」
女子生徒は菫に慰められている蓮華を見て笑いを堪えていた。そんな無様な蓮華の姿をみてある事に気が付いた。
「もしかして、アイツにやるより周りの奴らをやった方が効果がある?だったら明日は……。」
女子生徒はニヤけた口元を隠そうともせず明日に備えて妙案を考え始めた。どうやったら蓮華が今以上の苦しい表情を見せてくれるか、あの澄まし顔を歪めることができるのか楽しい玩具で遊ぶように女子生徒の顔はにこやかな顔をしていた。
だからこそ気が付かなかった。彼女の事を視線で捉え犯人と核心をもって見つめている瞳があったことを……。
そしてその瞳は彼女の制裁へのカウントダウンへと変わっていくのをまだ知らないで彼女は玩具遊びに夢中になっていた。
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