第15話 筋肉と雨音の不協和音 その15
「さてと、どこからツッコんでいけばいいのかしらね。」
楓と紅葉は1年A組の目の前にやってきていた。紅葉からすれば見慣れた教室の光景だが、楓にとっては後輩の教室で尚かつMM部という頭のおかしい悠莉がいる事で有名な部の人間として来ている。
その時点でどこに行くにもだが、見知っているところとなれば余計に敷居が高かった。中へ入るのを躊躇していると紅葉は心配そうに楓の方を覗きこんだ。
「大丈夫ですか……?入りづらいなら……私だけでも大丈夫ですよ……?」
楓は人との関わりがヘタクソなわけでは無い。むしろその反対で誰とでも仲良くなれる。
老若男女問わず楓は自分を偽らずサバサバとした性格故にとっつきやすく相手にしやすい。その楓が中へ入るのを躊躇しているのを見ると、紅葉は何か別の理由で入ることが出来ないかもしれないと考えた。
「ああ、ごめんね紅葉。ちょっと考え事をしていたの。ほらMM部としてくるとなるとあのバカのせいで相手も警戒しそうだからね……。」
数々の噂を独り占めにしている悠莉が所属している謎の部であるMM部が聞き込みに着たとなれば相手は警戒する。
噂は尾びれがついて広がっているだけだが、本質の部分は本当のため一個一個誤解を解いていく暇が無い。そんなことするよりも誰かの悩みを解決しまともな部であると証明した方が速い。
そのため今はまだ噂のせいで酷い誤解が生じている中の行動を強いられている。だから上手くその誤解を躱しつつ相手に話を聞く方法を楓は考えていた。
「あ……確かにそうですね……。みんな、警戒しそう……。」
楓の言うとおりMM部=ヤバい連中と方程式を作られかけている現状に紅葉は気が付いた。
「教室にまだ人がいるみたいだけどどう攻めるかな……。」
教室の前でアプローチを考えていると扉がガラリと開き教室から鞄を持った二人の女子生徒が談笑しながら出てきた。
「あ、っと……すいません。」
「ううん平気よ。それよりこっちも扉前に立って邪魔しちゃってごめんね。」
一瞬ぶつかりそうになるも楓は身を捻って女子生徒達の歩く道を邪魔しないようにした。彼女達も扉を開けたら人がいたことに驚きを見せていた。
ぶつかりそうになっても丁寧に避けて気遣ってくれた事から女子生徒達の中では初対面の楓の印象は良好的だった。
そこで楓はこの気を逃さないようにすかさず言葉を紡いだ 。
「あ、そうだ。実は今四大元素の魔法使いを探しているのだけどクラスにそういう子いない?実は宿題で魔法のことを調べてこいって面倒臭いのが出ちゃってね……。よかったらでいいんだけど教えてくれない?」
蓮華が水浸しの被害を知らないフリをして四大元素と言う言葉で暈かし質問をした。現状では紅葉以外の1年A組は全員容疑者であるため目の前にいる二人の女子生徒が犯人の可能性もある。
そのためこの場は犯人と思われる人物から勘付かれることが無いように言葉を慎重に選び警戒心を煽らないようにしないといけない。すると二人の女子生徒達はお互い顔を見合わせ質問に応じた。
「四大元素ですか?一応私達『水』の四大原則の魔法使いですけど……。」
「はい、といっても私のやれることなんて指先からチョロチョロ~っと水を出すだけですけどね。」
楓は心の中で(ビンゴッ!)と叫んでいた。1発目から当たりを引けた楓はそのまま逃がさないように搾り取れる情報は全部絞りだす勢いで女子生徒に牙を突き立てた。
「へーそうなんだ。よかったら見せてくれない?これで宿題も終わるからさ!そうしたら先輩が二人へ宿題を手伝ってくれたお礼に飲み物ご馳走するよ。」
「マジですか!?それなら何回でも見せちゃいますよ!ね!麗奈ちゃん!」
物で釣られた髪の毛がベリーショートの女子生徒は見るからに顔を明るく目を輝かせた。そしてその後ろにいる女子生徒は鞄で口元を隠して照れくさそうにしている『麗奈』と呼ばれる黒髪ロングの女子生徒に確認をとった。
「う、うん……。見せるだけならいいよ瞳ちゃん。」
照れ隠しなのか口元を隠していた鞄は更に上に上がり顔全体を隠した。そしてその鞄の横から顔を出し『瞳』と呼ばれる女子生徒の意見に賛成した。
こうして4人は自販機が置いてある体育館の方まで歩いて向かうことになった。
偶然なのか必然だったのかわからないが楓と紅葉は容疑者でもある水を扱う魔法使いを見つけることができた。
楓はすぐに見つけられてラッキーと内心ではガッツポーズをし、後はどういう魔法か見せて貰い。どんな手口で蓮華に嫌がらせをしたのかわかると事件は解決に向かっていけると思えていた。
しかし紅葉の中では何か違和感というかスッキリしないろころがあった。容疑者は今目の前に2人いる。だがまだ魔法を直で見せて貰えていない。
もしかすると同じ水を扱うだけでハズレかも知れないと思い期待はせずに見ることにした。
二人の正反対の意見が胸の内で繰り広げられている間4人は体育館前にある自販機まで歩を進めた。自販機まで歩を進めている途中に楓と瞳は意気投合したのか話が弾み盛り上がりを見せていた。
「へぇ~MM部って何でも屋みたいな部活なんですね。噂だと屋上から落ちたり格闘技の人を病院送りにしたりって聞きましたけど。」
楓と紅葉は麗奈と瞳に一応簡単な自己紹介とMM部に説明しておいた。初めはMM部という事を知り顔を青ざめていた二人だったが楓が噂の一個一個を丁寧に潰していき、本来どういう部活なのか一から説明した。
そうすると変な噂のせいでマイナスイメージをもたれていたMM部のマイナス部分を払拭していた。その甲斐あってか瞳と麗奈の警戒心を解くことに成功しお互い話せる所まできていた。
「ああ……それはあながち間違ってないのよね。屋上からのは見てないからどうやったのか知らないけど、柔道部とレスリング部の噂は試合上で病院送りにしたのよ。」
こうやって噂の真実を伝えていた。そうすることで誤解無く正しい情報を伝える事が出来る。
「えぇ……、その部長さんヤバいっすね……。」
瞳は楓から噂の真相を知らされドン引きしていた。正しい情報が伝わったとしても悠莉の奇行が裏付けられるだけでMM部のマイナスイメージを全て悠莉に押しつけていた。
悠莉に押しつければMM部という部活が危ないのでは無く、櫻井悠莉という人物が危ないという構図が出来上がった。
と言うよりも実際MM部のマイナスイメージの大半の原因は悠莉にあるためこういった構図になってしまうのはある意味自業自得なのだ。
「ええ、本当頭がおかしいわ。後始末するこっちの身にもなって欲しいわ……。」
ドン引きしている瞳に楓は溜息をつき首を横に振った。大抵の問題の後始末は楓が行っている。
先生への説明、誤魔化しまで咄嗟に思いついた言い訳を上手く使いなんとかその場凌ぎを何度もしてきた。
「でもちゃんと説明して貰えると噂通り怖い人じゃ無さそうですね。」
噂だけで怯えたのが馬鹿らしく思えた瞳は両手をググッと上に上げ背伸びをして変なイメージと共に息を吐き出し、新しいイメージを取り入れるように深呼吸をした。
「まあ尾びれ背びれがつくのが噂だからね。そこら辺はもう会って見ろとしか言えないわ。」
「会うのは怖いですけど……でも怪しい部活じゃ無いんだって事はわかりました!」
「そう思えてくれただけでも嬉しいわ。」
上手くマイナスイメージを払拭出来たようで瞳の表情からは警戒心が無くなっていた。そのかわりに新しくできたイメージに興味が出たのか瞳の心に探究心が生まれ目を明るくさせた。
楓と瞳が話しで盛り上がっている中で二人の後ろを付いて歩いていた紅葉と麗奈の間には目に見えない壁が出来上がり会話が無かった。
二人とも自分から話しをするタイプでは無いため自然と無言の空間が出来上がるのは仕方が無い。それにクラスメイトであっても 今まで話したことが無かった二人は何を話したらいいのかわからなかった。
「あ、あの……MM部って大変なんですか?」
沈黙を破るべく意を決して話してみた麗奈に驚いた紅葉は口をもどかしながら質問に答えた。
「えっと……そ、そこまで大変じゃないです……。」
せっかくの沈黙を破るチャンスを無に返してしまった。本当はここから部活の話をして
もっと話題を広げていこうと思ったのだが続く言葉が出てこず質問をバッサリと切り捨てる返答になってしまった。
そんな事が先程から続きお互い何を話したらいいのかわからず、ずっと一言二言で会話が途切れていた。
「え、えっと……麗奈さんは……その、瞳さんと昔から仲がいいんですか……?」
質問をバッサリと切り捨ててしまったのが気になってしまった紅葉は麗奈に瞳との仲を聞いた。沈黙を破る突破口としては無難な所を攻めてきている。
相手に興味があることを示せば相手からしても話が弾みやすいと考え二人の関係を聞いた。
その時何かのスイッチが入る音がした。麗奈は困っていた表情から一変し満面の笑みを浮かべた。
会話の基本的な攻め方をした紅葉だったがそれがとんでもないスイッチを押してしまうとはこの時梅雨にも思わなかった。
「瞳ちゃんとですか?高校で運命的な出会いをしたんです。なのでまだ出会って間もないんですけど親密度は高いと思います。だっていつも一緒にいてくれるんですよ?学校は勿論、休みも一緒に遊びに出かけたりお家に行ったりしてます。他にそこまで仲がいい人はいますか?いいえ、いません。瞳ちゃんと一緒にいる時間が多いのは私なんです。あ、家族は除きますね。あれは産まれながら一緒にいるチートなので。だから私は瞳ちゃんの仲では一番なんです。一番仲が良くて一緒にいる時間が長くて親密度も高いお友達なんですよ。この前だって……」
(やらかした……この人特定の人物になると語り出す……面倒臭い人だ……。)
入ってしまった暴走機関車スイッチに紅葉は後悔していた。何も知らなかったとは言えここまで話し込まれるとは思いもしなかった。予め知っていたらそんな危険なスイッチを押したりはしない。
恐らくこの長い語りは目的地に着くまで止まることは無いだろう。そう思えるほど息継ぎ無しでずっと話し込んでいる。紅葉は押してしまった責任から逃れることは出来ず自販機までの道のりでずっと麗奈の瞳語りを聞く羽目になった。
長く短い道のりであった自販機に到着した4人の表情からは対極的な物が見えた。楓と瞳はこの道のりの間で意気投合し、瞳はMM部について興味を持っていた。
それを餌に楓は話術巧みに興味を惹かせて情報を搾り取っていたが、楓も瞳のことは気の合う後輩と捉えていた。
反対に紅葉と麗奈はずっっっと麗奈から瞳の事を語られて紅葉は適当に「うん……。」「そうなんだ……。」「よかったね……。」と相づちを打って心を無にしながら聞いていた。
麗奈はそんな適当な反応でも気にする様子は無く、むしろ反応して聞いてくれるのが嬉しくて更に語りに力が入った。そんな悪循環に飲まれた紅葉は自販機までの道のりは長くマラソンをさせられている気分だった。
何はともあれ自販機まで着いた一行は自販機を前に約束していた魔法を見せる事にした。
「それじゃあ約束通り魔法見せますね!これが私の魔法です!」
「ええ、お願いね瞳ちゃん。」
瞳は手の平を上に向け集中するように目をつむった。そうした瞬間手の平から水色の光が発光した。そしてその光は徐々に形が波打っていき輝きを失っていくと瞳の手の平一杯に水が生成された。
「これが私の魔法です!って言ってもがんばってもこれぐらいしか水を作れないんですけどね。」
生成された水を見せるように手の平を楓の目の前までもってきた。それを後ろから覗いていた麗奈は目が血走り呼吸を荒げていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ひ、瞳ちゃんの聖水……!」
「……うわぁ。」
血走っている麗奈に思い切り引いている紅葉は思わず声が漏れてしまった。純粋に気持ち悪いと思ってしまった紅葉はドン引きを隠せなかった。
「ありがとう、それで後ろでヤバい表情しているけど……あれ大丈夫なの?」
魔法を見せて貰っている後ろで鼻息荒く血走っている麗奈を指さし瞳に問いかけた。明らかに女の子がするような表情では無かった。
「ああ、大丈夫です!時々ああなるので慣れました!」
「そ、そうなのね……。あの子の魔法も見たいんだけどいいかしら?」
あっけらかんと言う瞳に肩を透かしたが麗奈も水を扱う魔法使いだったため確認をしたかった。
「はーい!麗奈ちゃん!魔法見せてだってさ!」
瞳は麗奈の側に行くと楓の代わりに用件を伝えてくれた。そして麗奈は顔を赤く染め上げお願いされたことに喜びを感じていた。
「う、うん。瞳ちゃんの頼みならいくらでも……。」
勘違いをしているが細かな修正は面倒だった瞳は取り敢えず魔法を見せてくれるならそれでいいと思った。
そして麗奈は右手の人差し指だけを立て大きく深呼吸をした。人差し指の指先から瞳と同じように水色の光が現れるとそこから水が生成され緩い曲線を描くように射出された。
「私の魔法は指先から水を出すだけなんです……。」
「見せてくれただけでも有難いわ。二人ともありがとうね。それじゃあ約束通りジュース奢るわよ。」
「ヤッター!麗奈ちゃん何にする?」
「わ、私は瞳ちゃんと同じのがいいな……。」
楓は500円玉を自販機に入れ二人が選ぶのを待った。瞳は自販機と数秒間睨めっこすると何を飲むか決めかねていた。そんな表情を観察するように麗奈は穴が開くほど瞳のことを凝視した。
「悩んでる瞳ちゃんかわいい……!」
「……この人、犯人云々の前に人として危ないですね……。」
「紅葉、そういう事言ってはダメよ。ちょっと愛情表現が独特なだけよ……。」
瞳が飲み物を選んだのはそれから数秒後だった。瞳と麗奈は同じ飲み物を飲んでいる間に楓と紅葉は話し合いを始めた。
お互いに何か気になった点があったか話し合おうとしたが、麗奈の見せる歪んだ愛情表現に全て持っていかれてしまい何も得ることができなかった。
飲み物を飲み終わった二人は楓にお礼を言うと下駄箱の方へ歩き始め解散となった。それに連なって楓と紅葉も一度部室に戻って成果を伝えようと部室へと戻っていった。
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