第14話 筋肉と雨音の不協和音 その14
「失礼します。松久先生いますか?」
「松ちゃん先生いる?」
悠莉と蓮華は部室から出た後松久がいるであろう保健室へ来ていた。保健室にはカーテンが閉まっているベッドが1つに気怠げそうにイスに座り書類仕事をしている松久の姿があった。
「お前ら何しに来た?言っておくが俺はヒマじゃ無いからな。」
明らかに敵意を剥き出し積まれている書類の仕事にイラつきを隠すつもりは毛頭無かった。機嫌が悪いとわかりながらも悠莉達にも引けない理由がありイラついているのを承知で訪ねた。
「1年A組の魔法使いを調べたいんですがいいですか?」
「バカかお前?生徒の個人情報を教えられるとでも思っているのか?そんな下らない用事で来たなら帰れ。」
取り付く島もない徹底した拒否に蓮華は心配そうに隣にいる悠莉を見ると焦っている様子もなく、言われるのをわかっていたように冷静だった。
そんな悠莉を見て何か勝算でもあるのかと期待した蓮華の目は輝いていた。
そして悠莉は威圧とも取れる松久の対応に対して悠莉は反撃の一手にでた。
まず直立している姿勢を床スレスレまで体勢を低くし両手両膝を支点に床にへばりつき、そのまま頭を床に擦りつけるまで下げた。
悠莉の取った行動は至ってシンプルだ。古来より伝わる相手への申込み方。
それは、土下座である。悠莉は教えを請うべく松久に土下座をかました。
「お願いします!教えて下さい!」
「ちょぉっと部長!?何してるんですか!?」
いきなりの土下座に蓮華も予想外で松久と共に驚いた。まさかあって一言交わしただけで土下座までするとは思いもよらなかった。
「オメエにプライドってものはねえのかよ!?」
松久は生徒が先生に土下座している現場な
ど見られるのは避けたかった。ただでさえ最近教師と生徒の関係が面倒臭い事になっている世間でこんな土下座させているような現場を見られたら即刻職員会議行きになる。
面倒事がこれ以上増えるのは避けたい松久だったが悠莉が頼んできた要件が要件だけに簡単に言えないような情報だ。
だからせめて土下座だけは今すぐにでも止めさせないといけなかった。
「プライドなんて部員のためなら幾らでも捨ててやる!だから!教えて下さい!」
プライドなどとうの昔に捨てたものを今更拾い上げる必要も無いため悠莉は土下座への抵抗感は全くなかった。
そんな自分のプライドを守るくらいなら部員を守る。それが悠莉という人物だ。
「いいから土下座止めろ!」
さっきまでの悪態はどこへいったのか、松久はいきなり土下座を交わしてきた悠莉にドン引きと交渉のやり口がヘタクソすぎて不安しかなかった。
「教えてくれるまで上げれません!何の成果も無くしては部長の名折れ……。部員のために教えて下さい!」
なぜか教えてくれるまで動かないと頼んでいる側が流れを掌握していた。
「声が大きいんだよバカ野郎!こんな場面他の奴に見られたら洒落にならねえって言ってんのがわかんねえのか!?」
土下座だけでも厄介な上に大声で謝罪するモノだから松久はいつ誰が入ってくるかヒヤヒヤしていた。
だが悠莉はそれを逆手に取り土下座も大声も止めるつもりは無く最後も一押しとして頭を更に床につける頼み込んだ。
「だったら教えて下さい!」
全身全霊の頼み事をすると、松久はこうなったらテコでも動かないことを昔から知っている。
松久は片手で顔を押さえながら諦めるように語尾を荒げた。走り出したら止まらずに一直前に走り抜ける悠莉にウンザリさせられた。
「……っ!ああもう!わーたっよ教えればいいんだろう!?教えればよ!?絶対にバラすなよ。バラしたらわかってんだろうな。」
根負けした松久は悠莉に顔を上げるように言うと土下座の姿勢をやめさせた。
顔を上げた悠莉はまだ地面に正座をしていたが土下座では無くなっていたので松久はイスから立ち上がり資料を取りに本棚へと向かった。
「松久さん!ありがとうございます!」
「ここでは松久先生だろう。次間違えたら容赦しないぞ。」
悠莉はお礼を言うとクセで昔の呼び名で呼んでいた。それに対して松久は公私を分けるため注意をした。
松久は悠莉の父親と友人であり小さな時から面識があった。面識があったと言っても親戚のおじさんぐらいにしか覚えていない。そのため時折昔の呼び名が出てしまう時があった。
「松ちゃん先生ありがとう!」
「んで、何を知りたいんだ?」
本棚の前につくと悠莉達の方を見直して用件を聞いてきた。一刻も早く終わらせたいようで右足は何度も床を蹴っていた。
「水を扱う魔法使いを知りたいんです。」
松久の気持ちも汲んでいかないといけないと思った悠莉はすぐに調べたい用件を手短にまとめて話した。
「水ねぇ……。ちょっと待ってろ。今調べてくる。」
そう言うと松久は本棚に仕舞ってある青く図鑑のように厚みがあるファイルを片手に目的としたページまで捲るとそこに書いてある必要最低限の情報だけメモ用紙に書き写すのを5分近くやっていた。
「部長部長、松ちゃん先生って案外いい人ですよね。普段ツンケンしてるからギャップに萌えません?」
蓮華は悠莉の袖を引っ張り小声で耳打ちをした。ふんわりとした女の子特有の匂いが近付いたことで昨日の紅葉とのキスを思い出してしまった。いつまでも引き摺っている場合では無いので悠莉は蓮華の質問に難なく答えて見せた。
「男に同意を求めるな。まあでも松久先生はいい人だよ。昔から良くしてくれていたし。」
松久は昔から言い方や素行は褒められるものでは無いがちゃんと相手を考え仲間には厳しくも優しい一面を見せてくれる。
今回だって本来なら生徒の個人情報を教えるなど教師として有るまじき行為であるが悠莉達のために今こうして探して教えてくれようとしている。
「あれ?部長顔赤いですけど風邪ですか?」
「ち、違うぞ!?これはその熱いからだ!」
悠莉の顔は考えないようにしていても紅葉とのキスを思い出してしまい自然と顔を赤く赤く染め上げていた。
それに気付いた蓮華は風邪でも引いたのではないかと心配そうに悠莉を覗き込んできた。
その仕草のせいで悠莉は咄嗟に手で口を抑えキスの感触を思い出さないようにした。
もしここで思い出してでもしまったら変な気を起こしそうで怖かった。それに何故か紅葉に対して悪いと思ってしまった。
「無駄口叩いてんじゃねーよ。ほれ、これが1年A組にいる水を扱う魔法使いの人数だ。紅葉を加えたら4人いる。」
会話が聞かれたかと悠莉と蓮華は心臓が跳ね上がった。そんな悠莉に松久は1枚のメモを押しつけるように渡した。渡されたメモに目を通して見ると3人の名前が書かれていた。
「えっと……。『水崎 瞳』・『長嶋 麗奈』・『木﨑 瑞樹』、か……。よしそれじゃあ今日この報告をして解散するか。」
「そうですね。まあ3人に絞れたのはかなり大きいですね!」
書かれていたのは蓮華のクラスである1年A組の水を扱う魔法使い達の名前だった。他にも詳細な情報が欲しいと思ったが何もわからない状態から容疑者を3名に絞れただけでも成果は大きかった。
早速この情報を共有するべく部室へ行こうとしたら今度は松久が何かを問いかけてきた。
「ちょっと待て。悠莉、家の娘がお前のことばかり話すが最近あったりしたのか?」
その様子はどこか気になっているような心配をしているようなよくわからない雰囲気を醸し出していた。歯切れの悪い質問に悠莉は疑問を生じていた。
松久には今年で中学3年生になる娘がおり絶賛反抗期中であり家ではあまり話をしない。
会話をするとしても悠莉に会ったか?悠莉は何をしていた?悠莉は誰といた?と悠莉のことしか聞いてこない。
松久は大切な愛娘が男の子としか聞いてこないのに怒りがあったが悠莉という共通の話題のお陰で話せているのも確かなためあまり強くでれない複雑な思いを胸に仕舞っていた。
「え?あってませんよ?高校に入ってからは全然……。夏休みとかなら遊びに来たりしてましたけど最近はあってないです。」
悠莉はここ最近の事を思いだした。確かに松久の娘とは前から面識があり長期休暇の時に遊びに来たり宿題を手伝ったりしている。だがそれ以外ではあったことも無い。親戚の集まり見たいな頻度でしか合わない。
「そうか、……その、なんだ、身の回りに気を付けろよ。」
悠莉の答えに何かを察してしまった松久は悠莉の肩に手を置き力強く握ると渇を入れた。それになんの意味があるのかはわからなかったが悠莉はただただ頷くことしか出来なかった。
「わ、わかりました……?」
脈絡の無い言葉に悠莉は頭に?マークがついたが今はそれよりも教えて貰った人物達を調べる方が先のため悠莉と蓮華は保健室を後にして部室へと戻っていった。
悠莉達が出ていったのを確認すると松久は頭を掻き大きな溜息が出てしまった。
「はぁ……ヤバいモノが遺伝したか……。」
この言葉の意味を知ることになるのはそう遠くない未来嫌でもわかる事になる。騒がしかった保健室は一人で黙々と作業するにはちょうどいい静けさに戻り松久は机の上に残っている書類の始末を始めた。
保健室で1箇所だけカーテンが閉まっているベッドで横になっていた女子生徒も会話を耳にしていた。
悠莉達の会話を聞いていたのはもう一人居た。その女子生徒は貧血として扱われベッドで少し横になっていた。体を横にすることで安らぎを得ていると悠莉の声で現実に戻され頭に響いてきた。
何事かとカーテンの隙間から覗くと男子生徒が土下座をして何かを頼んでいる様子だった。
一体全体何が起こっているのかサッパリ理解できないが根負けした松久先生は何かを調べ物を始めるため本棚へと向かった。
本棚にしまわれているファイルを見るとメモ用紙に何かを記入し、閉じるとそのメモ用紙を先程土下座していた男子生徒に渡した。
何を渡したのか気になったがそんな心配は杞憂に終わった。なぜなら彼が次々とメモ用紙に書かれた人の名前を呼び上げた。
そしてその中に私の名前まで入っていた。彼は確かに『木﨑 瑞樹』と言った。どうして呼ばれたのか定かでは無かったが彼女『木﨑 瑞樹』は驚きを隠せないようで覗き込んでいたカーテンを掴んだては震えていた。
しかもよく見るとあの男子生徒には見覚えがある。MM部というよくわからない部活の部長だったはず。そんな人物がどうして彼女の声を呼んだのか定かではないが、嫌な予感はヒシヒシと伝わった。
何故頭のおかしそうな部が自分を調べているのか不安が襲いかかってきた。それから逃げるように聞かなかったことにしようと再びベッドへ戻り現実逃避のため眠りにつく事にした。
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