第13話 筋肉と雨音の不協和音 その13

「水浸しの被害にあっただと!?誰だそんな事した野郎は!?」


 放課後の部室には悠莉の大声が響き渡っていた。それもその筈、昼休みに気を付けようと言った矢先に水浸し被害にあったと蓮華と紅葉から報告を受けたのだから悠莉もつい大声になってしまった。蓮華はあまりのうるささに耳を塞ぎたくなった。


「全く教科書が全部お釈迦様ですよ……。困ったなぁ困ったなぁ……。」


 蓮華はハンカチを片目に当て泣き真似をしながら報告をした。


「全部って、蓮華アンタまさか教科書持ち帰っていないの?」

「楓先輩痛いところを突きますね。予習や復習なんてしなくても平気なので全部置いてますよ?だって荷物になるじゃないですか。」


 予習や復習なんてしなくても出来るのが当たり前だと言わんばかりに蓮華は胸を張って言い切った。


「頭良い発言は相変わらずムカつくわね。」


 余裕そうに見えた蓮華につい悪態をついてしまった楓だが、蓮華はそんな事お構い無しに更に調子に乗り始めた。


「ふふんっ!私は天才ですから!」


 蓮華が頭がよく成績はトップをキープしているのは周知の事実で蓮華は自他共に認める天才だ。


「今はそれどころでは無いだろう!水浸し被害にあったんだろう!?もっとこう……何かあるだろう!?」


 水浸しの被害にあったのにいつもと様子が同じ事に悠莉はツッコミをいれた。教室へ戻ったら自分の席が水浸しでした等されたら気分に落ち込みや心が重くなる。


 だが蓮華にはそんなものを感じさせないおちゃらけを見せていた。


「うぅ……私悲しいです……。水浸しにされて濡れ濡れになっちゃいました……。」


 悠莉に言われて悲しむ素振りを見せたが言い方が少し卑猥で誤解を招く発言を選び、蓮華は楽しみの一つである悠莉イジりが始まった。


「言い方!その言い方だと誤解を招く!ほら見ろ紅葉の目から光消えたじゃないか!?」


 悠莉は慌てて蓮華の発言の訂正を求めた。悠莉の隣に座っている紅葉の華奢な筋肉達から警告が聞こえ始めたのだ。


『ギリギリギリギリギリギリ……』筋肉が鈍く擦れる声が悠莉の背中を寒くさせた。


「……随分楽しそうですね。」


 相変わらず筋肉達からは『ギリギリギリギリギリギリ……』と擦れる声が聞こえ紅葉からの声も1トーン低く感じた。


 ここで答えをしくじれば紅葉から何をされるかわからない悠莉は両手を前に出し宥めようと試みた。


「も、紅葉?落ち着こう?な?落ち着いて話し合おう。」


 紅葉から出ている有無を言わさない黒いオーラに悠莉の頬には一滴の汗が伝っていた。宥めるのに失敗したか内心焦っていると紅葉から黒いオーラは消えた。


 消えたことでほんの一瞬安堵をつくがまた新しく話題を作られ休息を奪われるのだった。


「部長にかけられるならまだよかったのに。」

「頼むからそういう事を言わないでくれ!せっかく納まったのが溢れかえってきているだろう!?」


 ジト目で睨まれる紅葉に悠莉はたじろいでいると顎に手を当て何かを考えている菫から質問がとんできた。


「水浸しになったと言うがそれはどういった感じだったのかな?少量の水をかけられた?それとも大量の水をかけられた?」


 細かい指摘かもしれないが菫にとっては重要な部分のようでふざけた様子は無く蓮華もそれを察したように先程までの笑顔を引っ込めて答えた。


「もうバケツをひっくり返したようにザーッとなってました。お陰で床にまで水たまりが出来てましたよ……。」


 両手でバケツをひっくり返す動作をしながら思い出したくない光景だがここで渋っても変わらない。蓮華は顔に出ないようなるべく笑顔を崩さずに惨状を説明をした。


「目撃者はいなかったのかな?」

「あ~……ええっと……。」


 すかさず飛んでくる質問に蓮華は言葉を詰まらせていた。普段おちゃらけているが蓮華はこういった精神的にくる攻撃の耐久は低く本当は思い出したくも無かった。


 だが、思い出して伝えないと何の解決にもならないため嫌な記憶をムリくり掘り返そうとした。


「はい……。誰もいないみたいでした……。」


 蓮華が嫌な記憶を掘り返そうとしていると、話し辛い事を汲み取った紅葉は一旦悠莉から離れ菫からの質問に今度は紅葉が答えた。


「一瞬で水浸しにしたのか……。なるほどなるほど、面白いね。」


 聞きたいことを聞けて満足したようで菫は口元を緩めていた。一体どこの誰が、どうして、何のために、どうやって派手な嫌がらせをやってのけたのかわからないことが多く出てきたため菫は興味が出てきた。


 そして興味が出てきた菫は気分が僅かに上がっており珍しく失言を発してしまった。


「菫先輩!面白いって不謹慎ですよ!蓮華が直接被害にあっているんですからね!?」


 菫の失言を咎めるように楓は目付きを鋭くさせ威嚇のように声を挙げた。そのお陰で菫は自分が言った言葉を思い返し不適切な言葉だったことを理解した。


「おっと……。そうだね楓ちゃんの言うとおりだ。今のは配慮に欠けていた。ごめんね蓮華ちゃん……。」


 菫が頭を下げると蓮華は大きく両手を振り大丈夫ということを伝えた。頭を下げ終えた菫に蓮華は困った表情を浮かべていた。先輩に頭を下げさせてしまったら後輩として居心地が悪かった。


 そんな居心地の悪い場所から逃れるべく蓮華は傍観していた悠莉に向かって話しかけた。


「いえいえ!大丈夫ですよ!それより犯人をさっさと取っ捕まえちゃいましょう!」

「あ、ああそうだな!さっさと取っ捕まえてバカなことを止めさせるぞ!」


 紅葉からの言及に精神を磨り減らしていた悠莉は紅葉の事で頭がいっぱいだったせいで遅れて蓮華の言葉に乗っかった。


「取り敢えず犯人がどうやって人目を盗んで水浸しに出来たのか考えないといけないわね。」


 仕切り直しとして楓は一つ一つ問題を解決していこうと起こった問題を挙げていった。すると1個目から菫の声に遮られた。


「ああ、それならある程度予想はついているよ。」

「本当ですか!?菫先輩!」


 菫が言うや否や蓮華は言葉に立ち上がり顔を近づけ齧り付いた。大きく齧り付かれ身を後ろに逃がし説明に入った。


「恐らく魔法を使ったんだよ。水を操る魔法で予め用意していたペットボトルか水筒の水を操って水浸しにしたんだと思うよ。浮いている水は視認し辛いしね。それに今日は生憎の曇りで電気はついていても全体的に暗いから尚更だっただろうね。」


 机、引き出し、鞄の3つを水浸しにするにはそれなりの水の量と手間がかかる。昼休み中に行われたなら教室には生徒が多くいたに違いない。


 それらの目を盗んで水をかけに行くのは到底出来ない。仮に出来たとしても目撃者がいるはずだ。


 それがいないというならば考えられる方法は一つだ。


 魔法を使っての仕業。誰の目にもつかずに大量の水をもってきて水浸しに出来る方法はこれしか考えられなかった。


 魔法で水を生成する事は出来るが量が少なく、ある実験では最高で250ml程しか作れないと言われている。


 なので今回の件で使われた魔法は水を生成するのでは無く操る方だと菫は考えた。一回で操れる量は生成するのと同じ最大で250mlほどしか操れない。


 だがそれは一回の量であり、複数回こなせば1L程は操れるだろう。それだけの水があれば机、引き出し、鞄の3つを水浸しにする事は容易い。


「これが私の考えだけどどうかな?」


 そんな菫の考えに悠莉達は聞き入ることしか出来なかった。しばらく悠莉達4人は目を合わせ話しについていけていないようで無言が続いた。


 その静寂を破ったのは部長であり一番のおバカである悠莉だった。


「なるほど!水を扱う魔法使いが犯人なんですね!」

「いや、犯人かどうかはまだなんとも言えないよ。」


 微妙に的外れな事を言い出した悠莉に軽くツッコミを入れたが悠莉の勢いは止まらず早速その魔法使いがどれ位いるか紅葉と蓮華に尋ねた。


 話を聞かないで突っ走っている悠莉に菫は肩を落とし呆れるも悠莉らしいと思い笑みを零していた。


「よし!紅葉、蓮華!水を扱う魔法使いはクラスに何人いる?結構メジャーな魔法だから多いか?」


 魔法の多くは火・水・風・土の四大元素の内どれか一つを扱う物が多い。指先や手の平から四大元素を生成したり、自分を中心に半径2mまでの四大元素を操ったりするのが殆どの魔法使いと呼ばれる。


 割合的に魔法使いの8割は四大元素のいずれかを使用する魔法使いである。残りの2割は悠莉の筋肉の声を聞く、紅葉の水を有害な物質に変えるといった特殊な魔法になる。


 その特殊な魔法は希少な魔法で解明できていない所が多い。ただわかっているのは使いようが全くない上に、厄介事がつき回ってくるハズレのようなものだった。


 そのため四大元素の魔法使いはクラスの全員か、8~9割になる。言い換えれば紅葉と蓮華以外のクラスメイト全員が容疑者で犯人を絞り込めていない。


 全員の魔法を覚えているなら話しは変わってくるが、蓮華も紅葉も残念ながら誰がどんな魔法を使うか覚えていない。


 まず魔法自体が特技として胸を張って言えるほどのポテンシャルが無いため自分の魔法を進んで説明する人は少ない。


 例えば指から火を生成出来る魔法を持っていたとする。魔法で出来る火はロウソクの火より一回り小さな火しかだせない。


 それならライターやマッチを使った方が早い。そんなものを自慢気に話せることでも無いため自己紹介等ではサラッと流すように言っているのが殆どだ。


 中には魔法を過信して自慢気に話したり、珍しい魔法なら長所のように話してくる。


 そのため自己紹介をしっかり聞いていても全員の魔法を把握するのは難しい。だから紅葉も蓮華も困ったように眉をひそめた。


「う~ん……どれ位ですかね……。」

「すいません……わからないです……。」


 二人は力になれそうに無いとわかると頭を下げた。


「そんな気にしないでくれ、相手が魔法を使ったとなったらこっちも黙ってはいられないからな。」


 悠莉は右手を握りしめると『ミチミチミチ……』と筋肉の声が聞こえたが無視して力を加えた。そんな悠莉に楓は後ろから脳天にチョップを喰らわせた。


「物騒なことは無しで行くわよ。幸い1年A組を調べたら犯人に繋がりそう何だから余計な手間を増やさないで。わかった?」


 悠莉が怒りに我を忘れそうだったのを防ぐため楓はブレーキ役として悠莉に釘を刺した。今回はすでに容疑者は1年A組とわかっているためヘタに暴れられて犯人に警戒されたら面倒になるためいつもより深めに差しておいた。


「わ、わかっております……。そんな筋肉任せで行こうとは微塵も考えておりません!」


 悠莉は背筋を真っ直ぐに伸ばし敬礼をした。


「もし前回みたいに脅したら……もぎ取るから。」


 前回尋問染みた事をしたのが楓にもバレてしまい後日こってりと絞られていた。正座をさせられ3時間の説教に土下座と様々なお叱りを受けていた。


「さー!イエッサー!」


 楓からの圧力に思わず軍隊のように返事をした。何をもぎ取るとは言ってなかったが想像できるものは心臓をもぎ取られると思い悠莉は顔を青くしながらも部長として今日の活動の指示を出した。


「それじゃあ今日は2組に分かれて1年A組の魔法使いの魔法を調べるでいいか?」

「いいですよー!でも具体的にどうするんですか?」


 悠莉の指示に返事をしたのはいいが具体的にどう動くのか聞いていなかった。蓮華からの質問に悠莉は少し考えると口を開いた。


「蓮華と俺は松久先生のところで生徒の情報が無いか聞いてくる。紅葉と楓と菫先輩はA組の人から水を扱う魔法使いがいるか探りを入れてくれ。」


 狙われている蓮華が同級生に探りを入れるのは危険だと判断した悠莉は一緒に別のアプローチを考えた。


 悠莉もある事無いことの噂のせいで下級生に怖がられているため探りを入れるのが尋問に変わってしまう危険性があったため、A組の探りから身を引いた。


「了解。紅葉、菫先輩よろしくお願いしますね。」

「わかりました……。」


 悠莉の考えを読み楓と紅葉は首を縦に振った。また悠莉が尋問してしまう前にさっさとケリを付けようと楓は意気込み紅葉と菫に向かい声をかけた。


「すまないが私はこの写真を調べたいからパスするよ。」


 菫は写真を見せこの調査にあたると進言した。意気込んで頼んだ矢先に躓き楓は肩を落としそうになったが写真の事も調べないといけないので菫にお願いすることにした。


「じゃあ紅葉と一緒ね。よろしくね。」

「はい……、よろしくお願いします……。」


 こうして蓮華への嫌がらせの真相を探るべく活動が始まった。悠莉と蓮華は松久先生がいる保健室へ向かい、楓と紅葉は一階にある1年A組に向かいそれぞれ己の役割を全うすべく動き始めた。






 4人が部室から出ていくと部室には菫だけが残っていた。5人いると賑やかな部室だが1人になった途端騒音は消え静かな空間へと変わった。


 菫は手に持っていた写真を隅々まで見まわした。何か不自然な場所はないか、合成されていないか目に見えてわかるところはないか見ていた。


 本来ならデータとして貰えればそういったソフトか何かで合成写真かどうかわかるが現物だと目視だけでは限界がある。菫は一度写真から目を離し机の上に置くと大きく溜息をついた。


「はぁ……全く面倒なことを引き受けてしまったよ。でもたまには先輩らしい所を見せないとね。」


 菫は軽んじた自分の行動を責めるがすぐに立ち直した。普段は傍観者としてみんなが問題を解決するところを見ていた菫だったが今回は傍観を決めずに自ら仕事を取りにいった。


 理由としては2つある。一つ目は好きな部員が危険な目に合わせられている可能性が高いため、そしてもう一つは……。


「しょうが無い。見ててもらちが開かない。面倒だが使おうかな。」


 菫は右手を写真の蓮華らしき女の子が映っている箇所に置くと目を閉じた。そして大きく息を吸い込み深く深呼吸をすると右手から小さな光が発現した。


 その光は写真に映っている女の子に触れると吸い付くように女の子の部分だけ切り取り菫の手に戻ってきた。


「はぁ~……疲れた。集中力を使うから『魔法』は使いたくないんだけどね。」


 先程やってのけたあの光は菫の魔法だ。菫の魔法、それは『発した光で物体を引き寄せる』。


 範囲は短く手で触れた物か、光が届く数センチほどの距離でしか引き寄せる事ができない上に集中力を使うため何回も使うことが出来ない。途中で集中力が切れてしまうと自分の所へくる前に落ちてしまう。


 この魔法の使い道だが、身も蓋もないことを言うと自分で取りに行った方が早い。そんな遠くの物を軽く引き寄せたりできないため使い道が無いに等しい。そんな使い道が少ない魔法をわざわざ写真に使ったのには理由がある。


「まったく、困った物だな……。この写真の女の子、蓮華ちゃん本人じゃないか。」


 菫は右手に引き寄せた女の子の写真を見てそう呟いた。この写真に映っていた女の子は蓮華であると確信していた。


 なぜなら、今さっき使用した魔法で引き寄せる対象を『桂木蓮華』にして魔法を使用した。


 つまり写真に映っていた女の子が蓮華では無かったら右手に引き寄せられることは無かった。だが、魔法は発動して右手に対象としていた『桂木蓮華』がくっ付いた。


 もし合成写真で合成された部分を引き寄せたなら写真は合成前に戻るはずだが、写真には蓮華が映っていた箇所は白くなっており合成では無いと証明していた。


 これらで導き出される答えは一つしか無かった。あの写真は本物で蓮華が夜の繁華街にいたのは間違いない。


「ふぅ……さてと、これは一体どうした物かな……。なんで夜の繁華街に中年の男性と一緒にいるのを隠したかったのか……。仕方ない大事にせず本人に聞こうかな。」


 どうして嘘をついてまで隠す必要があったのかわからないが、それ以上にこの事をどう説明するかそれが菫の今の重要課題だった。部員全員の前で聞いてしまえば事は大きくなるのは目に見えてわかっている。


 そうなると今後の調査にマイナスの影響を与えかねない。それに今の蓮華には嫌がらせが行われている。


 もしもこの事実が白昼の元に晒されたら嫌がらせはエスカレートしていくだろう。そうなってしまっては困るため、菫は帰り道で二人きりになれるチャンスで探りを入れようと決めた。

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