第12話 筋肉と雨音の不協和音 その12
教室に戻ってきた蓮華と紅葉の目に映ってきたのに困惑の表情が見えた。部室で話し合いが終わり教室に帰ろうと昼休み終了間際に教室へ戻ったからだ。
紅葉とは同じクラスで友人でもあるため二人は一緒に賑わっていた廊下を歩いて教室へと向かった。
そして教室へ戻ってくるとクラスメイトが何やら一つの席に集まっている。しかも集まっている場所的に蓮華の席がある場所に多くのクラスメイトが屯っていた。
蓮華と紅葉は顔を合わせ嫌な予感が胸に渦巻く中注目されている席へと向かい二人は一緒に向かっていった。
「ちょっとごめんね。通りますよー。」
「ご、ごめんなさい……通ります……。」
人波を掻き分けていくと何人か見知ったクラスメイトが悲観的のような哀れみろもとれる何とも言えない表情を浮かべていた。そんなクラスメイトに目も暮れず歩を進めていった。
ようやく先頭の方に辿り着き話題の中心になっている席に辿り着いた。そして二人は息をのみ何も言葉が出てこないままその席を見続けた。
「何……これ……。」
目の前のものに紅葉は言葉を失い、ようやく出てきた言葉も消え入りそうな小さな声だった。
「そういう攻め方かー、あはは……こりゃ参ったね。」
そんな紅葉とは正反対に蓮華は頭に手を置き困ったように笑った。笑ったというより笑うしか無かった。二人が見ている物体はクラスで中心になっている。
横に長い長方形で数センチの厚みがある木製でできた板に、4本のパイプが4箇所の頂点に刺さってその板を支えている。どこにでもある学校の机だがその机だけは違っていた。
表面には大小様々な水たまりがあり薄茶色の木の部分は濃い茶色へと変色していた。更に端の方には水の雫が作られ一定間隔で重力に負け下に落ちていき床にも水たまりを作っていた。
そしてその物体は変わり果てた蓮華の席だった。
ただの席なら問題は無かったが、その席には人が集まるほど異例の催し物が施されていた。蓮華の机の上と引き出し、鞄までもが水をかけられ今も雫は滴っていた。
机の上に水をかけられるのは別にそこまでダメージがあるわけでは無い。問題は引き出しと鞄が水浸しだと言うことだ。蓮華は殆どの教科書を引き出しに仕舞っている。
持ち帰って復習をしなくとも成績に何の影響も無いため鞄に入れて教科書を持ち歩くという事はしていない。
そのせいで蓮華の机の中には教科書が隙間無く山ほど積もっている。そこに水をかけられたとなったら中の教科書は無事では済まない。
「これやったの見た人いる?」
蓮華の問いに誰も頷く人はいなかった。ただ自分は無関係だと言うことだけ目で訴えている。
我が身大事のクラスメイトに呆れながら蓮華は滴っている引き出しから教科書を根こそぎ取り出した。
教科書は案の定ビショビショに濡れて無理矢理ページを開こうとすれば破けてしまうほど脆くなっていた。
乾かすにもドライヤー等熱風をだせるアイテムをもってっきていない蓮華は太陽光が差し込んできている窓際に教科書を並べた。紅葉も蓮華に沿って濡れそぼった教科書を窓際まで運び並べた。
外は生憎曇り空だが時折暖かな太陽光が入り込んでくるため置かないよりはマシだと思った。教科書はそれでよいとして問題は鞄だった。
中身にどれだけの影響を及ぼしているかまだ確認が取れていないため蓮華は鞄を空雑巾で拭いた机の上に置き中身の確認に入った。
「うへぇ~……中湿ってるよ……。でも特に大丈夫そうだね。貴重品は持っていってたし中に入ってたのなんてポーチとか小道具だけだから平気っぽい。」
「それなら……よかった……。」
鞄にも水をかけられていたが中まで浸水はされておらず少し湿っぽい、しっとり感が残っていた。
蓮華は鞄からポーチや手鏡等のオシャレグッズを取り出し鞄を空にすると教科書と同じく窓際に置き自然乾燥えを行った。
「蓮華ちゃん……私の鞄に入れてていいよ……。」
紅葉は自分の鞄を開き蓮華に前へ差し出した。蓮華の鞄が乾くまでは出てきた小物を紅葉の鞄に入れて貰いその場凌ぎはできた。
教科書と鞄はなんとか残り少ない昼休みの内に終わらせる事が出来た。だが机の方は先程空雑巾で拭いたがまだ水は残っており、終わりが見えないと蓮華は溜息をつきショックを隠し切れていなかった。
「はぁ……ありがとう紅葉ちゃん。あぁ……これどうしよう、ってか次で使う教科書もお釈迦じゃん!」
「先生に言って私のを一緒に見て貰おう……。」
一難去ってまた一難に蓮華は深く項垂れた。教科書もそうだが机の方も空雑巾で拭いた程度ではまだまだ水が残っていた。
空雑巾がいっぱいになるまで水を吸わせても尚残っている水量に蓮華はイライラしていた。
「ああ!もう!どんだけ水零したの!拭いても拭いても拭ききれないじゃん!」
「うん、確かに多いね……。それで誰も見てない……。それだと一瞬で大量の水を生み出した……?」
イラついている蓮華と冷静に現場を把握している紅葉は正反対の反応を見せた。
誰も蓮華の席に水をかけるのを見ていない。もしくは全員グルで犯人を隠しているの二択を考えた。
しかし蓮華がやった人を見たか聴いた時全員の視線はバラバラで一緒にいてくれた証人を見て無実だと訴えていた。
つまり誰も犯人を見ていないというのは本当のことだろう。だとすれば誰がどうやって一瞬で机、引き出し、鞄の3つを水浸しに出来たのか謎が残っている。
犯人はどうやって一瞬で水浸しに出来たのか考えていると放送から昼休み終了のチャイムが鳴った。
どうやら推理するのはここまでのようで今は目先の授業をどう切り抜けるか考えた方が良さそうだった。
5時間目の男教師が扉を開け入ってくるといつもと様子が違う教室に違和感を持ったようでチャイムが鳴っても席に座っていない蓮華と紅葉に視線をやった。
「お前達もうチャイムが鳴ったのに何をしているんだ?」
「え、えっと……その……。」
「先生スイマセン!私がちょっとばかし水をぶちまけてしまいましてその処理の手伝いを紅葉ちゃんにお願いしてたんです。」
蓮華は先程までイライラしていたのが嘘のように困った表情のまま紅葉を巻き込んだと嘘をついた。
とっさの言い分に紅葉はヘタに口を出さない方がボロが出ないと思いただ黙って頷きを見せた。
「またお前か……ったく面倒を起こさないようになれないのか?」
日頃から何かをやらかしている事を知らせるよう男教師は頭を抱えた。この男教師は教師歴6年になる。そんな中何度も問題児は見たことも指導したこともある。
授業は真面目に聞かないのに成績はトップをキープ、制服は自分好みにフリル等を付け加えて改造、オマケに体育着も丈を詰めてミニパンツにしている。
他にもテストで全問解き終わったら勝手に教室からいなくなり保健室で居眠り、授業をサボって仮病で保健室で居眠り等々数え切れないほど問題行動をしていた。
そのお陰で今まで見てきた問題児の中で群を抜いての問題児である蓮華には何度も頭を抱えていた。
「いやぁ~、元気だけが取り柄なので難しいですね~……。」
「はぁ……さっさと片付けて授業の準備をしなさい。」
皮肉を言っても蓮華は感情的になることなく寧ろおちょくってくる。今回も皮肉におちゃらけを混ぜた返答をした。
「はーい!あ、そうだ。先生教科書も濡れたので紅葉ちゃんから見せて貰ってもいいですか?」
窓際に乾かしている教科書を指をさし質問をした。男教師も指をさされた方を見ると、水分を沢山含み厚さが2倍近くまで膨れ上がっている教科書に目を丸くした。
「仕方ないな、花咲がいいならいいぞ。」
「私は大丈夫です……。」
「紅葉ちゃんありがとう!」
教科書として使えなくなった教科書に男教師の頭痛は酷くなる一方で、蓮華は教科書が酷い目にあっても笑顔を崩そうとしなかった。
そんな笑顔でいる蓮華が気になった紅葉は横目で男教師と話している蓮華を覗きこんだ。
蓮華は確かに笑っていた。だがその笑顔に生気は無く口角を吊り上げただけの能面のような笑顔で男教師を騙している。
その笑顔はまさに能面を被って貼り付けただけのお面だった。何も面白くないのに笑って笑顔の能面を付けている蓮華に紅葉は背筋に寒気が走った。
笑顔なのに笑っていない、笑っている仮面を付けているだけで自分を偽っている。紅葉には無表情の上に笑顔の能面を貼り付け、能面から垣間見える無表情が薄気味悪さを感じていた。
怒りたいのに怒らない、悪くないのに謝る、自分自身は悪くないのに全部自分のせいにする。
蓮華の行動に時折見える恐ろしさに紅葉は冷や汗を流していた。
どうしたらそこまで自分を殺せるのか、一つの自殺現場に紅葉の肩は震えが止まらずに紅葉はその恐怖を抑えるのに必死だった。
こうして波乱の幕は上がった。もう引き返すことは出来ない。5時間目の授業は蓮華のことを除けばいつも通り進んでいた。皆真面目に無駄口を出さず黙々と先生の話を聞くだけの単純な作業を続けた。
(なんでヘラヘラ笑っているのよ!?あれくらいじゃ屁でも無いと言うの!?バカにして!)
皆が先生の話を聞く単純な作業をしている中ある女子生徒は激しい怒りを感じていた。せっかく人目を盗んでした嫌がらせを蓮華は軽く遇いながらとヘラヘラ笑っていた。
自分の努力が否定されている気分に思わず握っているシャープペンから鈍い音を出させた。
指から伝わる怒りがシャープペンに伝わると限界を告げる声を挙げたが女子生徒には届かないままグリップに亀裂が走った。
(今に見てなさい!必ずアンタに吠え面をかかせてやる!)
女子生徒は亀裂の走ったシャープペンを見ながら決意を改にした。この決意は何の意味も成さないただの自己満足の決意に女子生徒は気付いていない。
誰も蓮華が困り果てたり吠え面に興味は無いが女子生徒には大きな意味があった。蓮華に常にトップの座を奪われ万年2位の女子生徒はスッキリする。ただそれだけの理由だった。
そんなちっぽけでどうしようも無い理由で始まった嫌がらせは今回の蓮華の対応でブレーキが壊れた。
どこまでやったら蓮華の表情を歪める事が出来るか知りたくなった。そしてブレーキの無くなった嫌がらせはアクセル全開で走り出す。
それが奈落に繋がっている事も知らずに女子生徒は不気味に笑いながら次の手を考え授業を聞かずにいた。
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