第11話 筋肉と雨音の不協和音 その11
話しが一段落し昼ご飯を食べ終わると今後の対応を考えるべく悠莉達の話し合いは継続した。
「とりあえず蓮華、何か変わったことがあったら報告するようにしてくれ。」
「はーい、まあ無いことを祈りたいですけどね……。」
蓮華には何かあったらすぐに連絡を寄こすように伝えると、蓮華は承諾しながらそうならないことを願っていた。
そんな蓮華が微妙な表情を浮かべている横で弁当を片づけ空いた手で菫が挙手をした。
「写真の件は私に任せてくれないかい?」
先程見せた写真の解析を行うと進んで進言してきた。菫はその写真に何かしらのヒントがあると踏んでいた。出所不明の写真の出所が気になったのもあったがこの件の始まりが写真からのためどっちみち調べる必要がある。
「菫先輩がいいなら異論はありませんですけど、何か気になる点でもありましたか?」
悠莉は特に反対する理由も無いので菫の進言を受け入れ、松久から借りていた写真を菫へ渡したた。
「現状は何も言えないけどわかったら報告するよ。」
悠莉から写真を受け取ると菫はもう一度写真を見直した。中年の男性と改造した制服を着ている女子生徒が並んで歩いてる。どうしても援交の現場にしか見えない場面に菫は何か引っかかっていた。
その引っかかりを解くために進言したと言っても過言は無い。写真に集中している菫を後にして残ったメンバーの役割分担を考えた。
「私達は何するのよ?」
「うーん……蓮華の側にいるとかじゃないか?」
楓の質問に無難な答えを返したが楓は予想通りと言いたげに溜息を零した。
「はぁ……、それだと犯人が勘付いて何もしてこないかもしれないわよ。犯人を特定しないと解決にはならないでしょうが。」
幾ら蓮華にボディガードを付けても犯人が野放しになっている以上問題は何も解決しない。
むしろ犯人を警戒させるだけさせて予想外な一手を打ってくるかもしれない。そうなってしまったら解決するのが難しくなる。
「それもそうか……でも何もしないとなると蓮華にまた被害が出るかもしれない……。俺達が何もしない間に何も無ければいいが……、俺と楓は遠くから見守るか。んで紅葉はいつも通り過ごしてくれ。」
悠莉は煮え切らない所もあったが楓の言うことも一理あり渋々ながら遠くで普段通りの生活を余儀なくされた。ただちょくちょく見守るつもりではいるが楓にその考えはバレているだろう。
「それじゃあ蓮華への嫌がらせ犯を捕まえるためにがんばるぞ!」
「相変わらずのネーミングセンスの悪さですね。皆さんご迷惑をお掛けします……。」
「部員の悩みはみんなの悩みだ!気にするな!」
深々とお辞儀をした蓮華の頭に手を置きそのまま頭を撫でた。蓮華は擽ったそうに目を細め、頭に置かれたいる大きくて暖かい手が気持ちよかった。
「にゅふふ、部長頭撫でるの上手ですね。」
「そうか?そんな気にしたこと無かったが。」
「……櫻井先輩?蓮華ちゃん?」
今まで静かだった紅葉は二人が馴れ初め始めているのを見るとスイッチが入ったようで瞳から余裕と光が消えていた。
「も、紅葉?どうした?」
「仲……良さそうですね……。」
悠莉は静かな殺気を肌と筋肉で受け冷や汗が背筋を伝い選択肢を間違えれば大変な事になる。そう本能と筋肉達が伝えてきた。
現に紅葉の華奢な体の筋肉からは
『ガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマンガマン』
っと必死に押さえつけている。
「紅葉ちゃんあれヤバくないですか?」
「相当ヤバい……。筋肉からガマンガマンってメッチャ言っているのを押さえつけてる。」
撫でられていた手は止まり蓮華は小声で悠莉に紅葉の様子を聞いた。筋肉の声が聞こえなくてもよろしくない状態である事はヒシヒシと伝わってきた。
悠莉はまだキスの件を引き摺っているため紅葉との距離感をどうすれば良いか整理できていない。だが今はそんな事をいっている場合では無い。そう感じた悠莉の行動は早かった。
「紅葉ちょっといいか?こっちに来てくれ。」
「何ですか……?」
相変わらず筋肉からは『ガマンガマン』と押し潰しているが悠莉は近付いてきた紅葉の頭を蓮華と同じように撫で始めた。
「わっ……え……さ、櫻井先輩……?」
いきなり訪れた暖かな体温に紅葉は戸惑いを隠せなかった。頭から大きく固いゴツゴツとした男性を意識させる手の感触に紅葉は借りてきた猫のように大人しくなった。
八切れんばかりに張り詰めていた筋肉も『すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……』とリラックスしている声に変わっていた。そんな声に悠莉はホッとするとゆっくり優しく包み込むように紅葉の頭を可愛がった。
「何かあっても結局こいつらはいつも通りなのね。」
朝から悠莉と紅葉の様子がおかしかったはずが今では頭を撫でている。いつも通りの光景を見せられた楓は蓮華が大変な目に合いそうなのに呑気でいる二人に呆れていた。
そんそんな楓の肩を叩き同じことを思っていた菫も呆れていた。
「まあいいじゃないか。しんみりしているよりは賑やかなの方が気が紛れるだろうしね。」
楓の肩をノックするように軽く叩き手を置いた。菫は後輩の女の子を二人同時に頭を撫でている女誑しのようになっている悠莉を楓が置かれた手に気を向けている隙にポケットからコッソリと顔を出したスマホから写真を撮った。
「そうかもしれませんけど緊張感が無いんですかねあの3人は……。特に当人の蓮華まであんな調子で……。」
自分の事のはずなのに一緒になって混ざっている蓮華に楓は心配8割呆れが2割といったように見ていた。
「ふふっやっぱり楓ちゃんは優しいね。誰よりも部員のことを考えてる。」
「……一番考えてるのは悠莉ですよ。アイツほど部員を大切に思っている人はいないですよ……。」
楓はすぐに返事が出来なかった。自分はただ心配をしているだけで絶対に解決しようと何かを犠牲にしてまで行動することが出来ない。そんな自分が優しいとは思えなかった。むしろ臆病者だと自負している。
その反面悠莉は部員のためなら嫌っている魔法を何の戸惑いも無く使用する。例えトラウマが思い返されても魔法使い続けるだろう。自分の身をそこまでして削って守ろうとしてくる悠莉と比べたら楓の心配など取るに足らない。
「そうかもね……、部員のためなら何も戸惑わない。度胸と言って良いのか何かをしでかす危険性が一番あるね。」
同じように思ったのか菫も楓と同じ意見を持っていた。それと悠莉には危険な面がある事を思いだした。最近の事なら屋上から飛び降りてまでして楓と紅葉の元へと走って行った。
一歩間違えれば大怪我では済まないのは簡単に理解できる。だがそれを承知の上で飛び降りて走り出した悠莉に菫は一つの恐怖を感じていた。それと同時に何故そこまでできるのか興味も湧いていた。
「だからブレーキ役が必要なんですよ。」
楓の目からは心配と不安な色を浮かべ、両手に花状態の悠莉を見ていた。
「それが楓ちゃんの役割なんだね。でも、その居心地の良い場所を取られかねないようにね。」
「……わかってます。あくまで今は私がブレーキ役ですけど……他の子でも代えが利く脆い居場所ですから。」
厳しい言葉が楓に突き刺さった。ブレーキ役が必要と言ったが、それは代用が利く誰でもいい役割でもある。
今は幼馴染みとしてブレーキ役をしているが、もし悠莉に大切な人ができたら幼馴染みより、その大切な人か止めた方が有効打になる。
そんないつ奪われるかわからない危うい状態にいることを確認の意味で菫は聞いた。
「わかっているなら私は何も言わないよ。その居場所をどうするかは楓ちゃん次第だからね。ただ、後悔だけはしないようにね。自分の心に嘘はついてはいけないよ。」
楓は痛いところを突かれ少しだけ俯き影をみせた。そんな楓に菫は全てを見透かしたように最後にアドバイスを付け加えた。
「肝に銘じておきます。……嘘か、どこから嘘なのかな……。」
小さく呟く楓は自分の思いがどこから嘘になっているのかわからなかった。それ以前に自分の気持ちがわからない。
どの立ち位置にいたいのか、『幼馴染み』、『恋人』、『友人』、『お世話係』等の関係性を考えたがどれもパッとこなかった。
一度フラれているせいで出てきた関係性のどれを育てても枯れるイメージしか持てなかった。
フラれた事が関係性を変えるための一歩に絡まり付き楔となっていた。
それを知ってなのか菫のアドバイスは楓に深く刺さってきた。全てを見透かされているように言われ何の反論もできなかった。元から反論する気は無かったが素直に肯定する事も出来なかった。
それから悠莉達のじゃれ合いはお昼休み終了5分前まで続いた。頭を撫で終わり温もりが冷めていくとき紅葉は物足りなさそうに悠莉を見つめた。
もっと撫でて欲しい、あわよくば押し倒して欲しいと紅葉は今朝から頭を悩ませていた。そのせいあってか悠莉との適切な距離感を失われ0か100しか無くなっていた。
「もう……終わりですか……?」
ここで悠莉が負けて押し倒すまではいかないものの抱き締めるかキスをしてくれたら紅葉にとっては万々歳だった。
そのため紅葉は無意識のうちに目を蕩けさせ、顔をほんのり赤く染め、瞳を麗麗し小首を傾げ、上目遣いで物欲しそうに見つめ上げた。
「い、いやその……時間も時間だろう?」
そんな紅葉のおねだりに悠莉は今すぐにでも抱き締めてもっと愛でていたいと思った。女性にここまでさせ何もしないなど男では無い。
据え膳食わぬは男の恥ともいう。キスまでしてこんなおねだりされては悠莉の理性などあって無いに等しい。
だが悠莉は数少ない自制心をフル活動してなんとか耐えた。危うく朝の時のように抱き締めてしまいそうだったが寸でのところで手を止めた。
こうして悠莉と紅葉のイチャつきは終了した。お腹いっぱいの光景を見せられた3人はすでに戻る準備を済ませていた。そんな3人を見て悠莉は慌てて後片付けを済ませた。
そうこうしている間に時間は過ぎていき、悠莉達5人はは授業が始まる前にそれぞれの教室へ戻って行った。どうか何事も起きていませんようにと祈りも込めて昼食会議は幕を閉じた。
その願いは虚しくも打ち消され、意味を成さないのはまだ知らない。そして、ここから蓮華の嫌がらせは始まっていき、それは部員を巻き込む大きな事件にまで膨れ上がっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます