第10話 筋肉と雨音の不協和音 その10

 4時限目が終わると学校には疲れた声が溢れかえっていた。長い時間拘束されていた授業から一時的に解放される昼休みは学生にとっては休息の時間だ。


 友人とお昼を共にしたり、昨日の楽しいTVの話題で盛り上がったり、恋人がイチャついたりと自由を手に入れられる。


 その休息の時間に蓮華は4時限目で使った教科書を鞄に仕舞い、代わりに弁当を取り出すと後ろの席にいる紅葉に話しかけた。


「紅葉ちゃん早く部室行こう!」


 早く部室に行きたい蓮華は教科書を片付け途中の紅葉を急かすように笑顔で催促した。


「うん……。ちょっと待ってて……。」


 催促してくる蓮華を軽くあしらいマイペースで片付けを始めていた。そんな紅葉に蓮華は我慢ならずつい余計なことを口走ってしまった。


「もう~そんな悠長にしてたら愛しの部長さんに会えないよ!」


 いつもの軽い口調で話すと、鞄へ仕舞おうとした教科書が紅葉の手から消えた。


「……~~っ!」


 声にならない声をあげ紅葉は手に持っていた教科書を床へ打ちまけた。ドサドサドサッと音を立てて落ちていく教科書よりも蓮華は顔を耳まで赤く染めている紅葉に興味があった。


「おやおや~?どうしたのかな紅葉ちゃん?

やっぱり昨日ナニかあったのかな~?」


 蓮華の表情はニヒル口で目を細め顔を真っ赤に染めている紅葉にニヤけ面になっていた。一体うら若き男女二人の間でナニが行われていたのか。


 それは年頃の乙女にとっては大好物の餌だ。そんな餌を与えてしまったら食い切るか飽きるかの二択しか無い。紅葉はどうしたらいいのか赤い顔でわちゃもちゃし始めた。


「な、何もなかったよ……。ほら準備終わったから、部室に行こう……?」


 顔にナニかありましたと書かれているがそれをバレてないと必死に隠しているのを見ると蓮華は何も云えなくなった。このまま突けばぼろが出るはずだが、紅葉がそこまで隠すのなら無理強いは出来ないと良心が勝った。


「う~ん……まあ言いたくないならいっか!うんうん!それじゃあいっちょ行きますか!」


 紅葉は鞄からパンが入ったコンビニ袋取り出したのを確認した後、蓮華は紅葉の手を掴み颯爽と部室に向かって歩いて行った。





 蓮華と手を引っ張られ手を引かれている紅葉は教室を駆け出し部室まで歩いていた。部室に近付くにつれ周りの生徒は少なくなった。


 部室があるのは2階の教室とは反対方向にある特別室連にある。特別室連自体授業以外では使われることは無く、授業以外では生徒の出入りはほぼ少ない。


 しかもその連の最奥に部室があるため訪れる生徒はまずいない。


 人気の無くなった廊下を歩き部室までやってくると二人は一緒に中へ入っていった。中には窓際で読書を嗜んでいる菫とその向かい側に座っている楓は頬杖をつきヒマそうに待っていた。


「すいません遅れました。」

「すいません……。」

「ん?ああ大丈夫よ。言い出しっぺの悠莉が来てないんだから。」


 部室には悠莉以外全員揃っていた。楓は言い出しっぺである悠莉が来ていないのにイラつきを隠し切れてなく貧乏ゆすりが止まらず激しさを増していた。


 楓のイラつきを見て蓮華はふざけたら大変な目に合うと理解すると当たり障りのない話題を選び出した。


「そうだ!部長がくる前にお話があります。」

「一体何かな?蓮華ちゃんが真剣な表情なんて似合わないよ。」

「何?何かあったの?」

「蓮華ちゃん……?」

「今回の依頼主ですけど、便宜上は私になってます。」

「そう、蓮華が依頼主なのね。……は?どういう事?」


 楓は納得しかけたところで違和感に気が付いた。基本この部は依頼主から悩みを聞いてそれを解決する。


 例えそれがどんな内容でも解決する言わば便利屋である。ただ、悠莉の数多い噂と怪しげな投書箱のせいで悩みを相談してくる生徒は少ない。


 だがしかし、きた相談事は全て解決しているため実績だけを見ると100%の解決率を見せている。そしてその内容はどれも本当に困っていて助けてほしいという訴えが強い物ばかりだ。だからこそ今回の依頼主が蓮華だということに違和感があった。


 失礼かもしれないが悩みがなさそうに見える蓮華が依頼主というのに楓は今回の相談事は面倒事になると感じていた。


「すまない遅れた!」


 部室の扉が勢い良く開けられてから勢い良く入ってきたのは部長の悠莉だった。少しばかり息を切らしており走ってきたことがわかる。悠莉は謝罪をするや否定位置のイスに腰をかけた。


「授業が終わった後先生に呼び出されてしまってな……。さて時間も無いし食べながら今回の依頼の件を話そう。」


 悠莉は右手に持っていた弁当を机に広げた。走ってきた割には中身は交じりあっておらず奇麗な状態だ。どうやら悠莉は走りながらも弁当だけは揺らさないよう器用に右手の筋肉に指示を出し固定して走ってきていた。


 悠莉が弁当を開くと他の4人も各々持ってきている昼食を机の上に並べ始めた。


「依頼主が蓮華ってのは聞いたけど一体アンタ達何をやらかしたのよ?」


 依頼主が蓮華だと聴いた時から楓の中では悠莉と蓮華が何か問題を起こしたと確信していた。


「勝手に何かやらかしたと決め付けるのは良くないと思います!」

「部長と同じです!」


 悠莉が挙手をして抗議すると蓮華もそれにのっかってきた。楓がいち早く決め付けたのも部内きってのトラブルメーカーだからだ。片や常軌を逸する行動を取る悠莉、そしてそれに便乗してばをかき乱す蓮華。


 この二人が合わさって何も起きないはずがない。だから楓は話を聞く前から頭を痛めていた。


「ゴホンっ!実はだな、蓮華に濡れ衣が着せられているんだ。」


 出鼻を挫かれそうになったが何とか軌道修正させようと悠莉は一度箸を止め咳払いをすると依頼の本題に入った。


「濡れ衣ですか……?」

「蓮華ちゃんに濡れ衣か、してその濡れ衣は一体どういった物なのかな?」

「蓮華に濡れ衣がね……、俄に信じられないけどどういった濡れ衣なのよ?」


 三者三様に反応を示すと説明しようとする悠莉を手で制して当の本人である蓮華から話しだした。


「なんか夜の繁華街を歩いているとか、ホテル街におっさんと一緒にいたとか、そんな根の葉も無い出鱈目を言われました。」


 聞いていた3人はワケがわからないと言った表情になっていた。蓮華の言ったことを平たく言えば援助交際をしている容疑がかかっているのだ。3人は蓮華がそんなことをするはずが無いとわかっているが状況があまり飲み込めていなかった。


「つまり、蓮華ちゃんに援交している容疑があると。」

「おおう、菫先輩ド直球に言いますね。まあその通りなんですが……。」

「ごめんね、でもこればっかりはしっかり確認した方が良いと思ってね。」


 蓮華が少しばかり暈かしていった事を菫は靄を外しその正体をハッキリと言い当てた。流石に直球で援交と言われると心にくる物があり蓮華は両手で左胸を抑え後ろに仰け反った。


「それで何で蓮華が援交疑惑をかけられているのよ?」

「それはですね……。部長お願いします!」


 自分の口からでは説明が出来ないと思い悠莉にはパスを出した。悠莉はオカズを食べながら急にきたパスにオカズが喉に突っかかりそうになったがすぐに飲み込み代わりに説明を始めた。


「っぶはぁ……。今日職員室に一通の封筒とパソコンにメールが届いたらしいんだ。そんでその中身を見たら蓮華と思わしき人物が夜の繁華街を歩いていたり、ホテル街をおじさんと歩いている写真があったんだ。」


 事の発端は職員室に送られた1通の封筒とメールからだった。悠莉はポケットに手を入れ職員室で見た写真を取り出し全員が見えるようにテーブルの真ん中へと置いた。この写真は顧問である松久から預かっているものであり調べるために借りていた。


 そして肝心のしゃしんには、夜の繁華街が看板が明るく怪しげに光って蓮華と思わしき人物が中年の男性と一緒にいるのが映っていた。何故蓮華と思われたのか、それは制服に原因があった。


 蓮華は制服を改造してフリルを付けて他の生徒音は一目で違うとわかる。何度も戻すように注意されても蓮華は戻す気は無かった。 


 そのせいで今回写真に映っている改造したと思われる制服を身に纏った女子校生が蓮華ではないかと誤解を生む原因になっていた。自業自得な部分もあるが被害者なのは変わらない。


 菫は置かれた写真をまじまじと見ながら写真に映っている女子校生と蓮華を照らし合わせた。


「ふむ……イタズラにしては本格的だね。蓮華ちゃん誰かに恨まれるようなことしているかな?」


 顎に手を当て誰かに恨まれたり恨みを買っていないか聞いた。もしいればその人物が犯人の可能性が高い。


「いや~、迷惑はかけても恨まれるようなことはしてないと思うんですけどね……。」


 苦笑いと共に蓮華は頭を掻きながら申し訳なさそうに答えた。


「本人に自覚は無し……と。蓮華、今のうちに迷惑をかけている人達に謝っておきなさい。」

「申し訳ありませんでした!」


 蓮華は反射的に謝ったが誰に対して何を謝ったのかわからない。只単に楓には逆らえない蓮華は素直に謝ってしまった。


「それにしてもいったいどこの誰が何のためにこんな事したのかしらね。」

「松久先生は愉快犯か本当に蓮華に恨みがある奴の二択と言っていたな。俺は後者だと考えている。」


 楓の疑問に悠莉は写真を借り時に少し松久と話しており、松久が言っていた事を代弁した。そして悠莉の考えは後者だと思っていた。


 理由としてはまずこんな手の込んだイタズラを面白半分でするにしてはあまりにも手をかけすぎている。わざわざ職員室に封筒を送ったり、パソコンに写真のデータを送信したりと明らかにする愉快犯のやることを越えている。


 それに愉快犯なら教師では無く生徒にターゲットを絞って教室等に写真を貼った方が蓮華を陥れやすい。


 そうしなかったのは出来なかったからなのか、しているところを見られたくなかった。それか本気で蓮華を停学や退学に追いやりたいと思っている。


 理由を考えれば幾らでもでてくるが悠莉は何か胸騒ぎを感じていた。


 犯人の目的は何なのかどうして蓮華なのか、写真を送って何がしたいのかわからないことだらけで悠莉は不穏な空気を感じていた。そしてそれは空想で終わらず現実となって襲いかかってくることになる。





 時は昼休みは開始まで遡り1年の教室で、蓮華と紅葉が教室を出て行った後にとある女子生徒は先程まで話していた席に移動した。


 昼休みは席関係なくみんなそれぞれの席に座っているため誰か他の席の近くにいてもおかしくない。だからこの女子生徒が蓮華の席の近くにいてもおかしい点は無い。


「っあんたがいるせいで……!」


 席の側にいるのにはおかしな点は無い。だが女子生徒が手に持っていたのは紙コップに入っているコップを持っていた。昼食の時の飲み物といえばおかしくないが、その女子生徒の手にはそれ以外何も持っていない。弁当もパンも持っていなくて水の入ったコップしか手にない。


「おちゃらけてるくせに……!っつ!」


 女子生徒は恨みを打ちまけるようにコップに入っている水を蓮華の鞄へかけた。


「はぁ……はぁ……ふふ、ざまあみろ。」


 女子生徒は激しい鼓動を押さえスッと胸が軽くなるのを感じた。昼休み中の教室で行われた行為は誰かの目に入ってしまう可能性は高い。だが幸か不幸か今の行為を見ている人は誰もいなかった。


 この小さな嫉妬心が大きな出来事に育ってしまうとは誰も思いもよらなかった。そして育った先で蓮華が止められていた魔法を使う事態にまで発展することになる。

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