第8話 筋肉と雨音の不協和音 その8

 2時限目以降から授業に復帰した蓮華と紅葉は昼休みまでの授業を事なきを得ず終えた


(櫻井先輩は今何をしているのかな……。)


 先生の話は耳には届かずに頬杖をつき窓の外を見ると厚い雲が太陽に覆い被さり太陽光を遮断していた。薄暗くなった世界にまるで自分の心情を表しているように思えた。


 太陽が悠莉だとしたら厚い雲は紅葉だろう。太陽をひとり占めしようとゆっくりとしか動けない太陽に覆い被さり我が物にしようと必死に雲を生成している。


 しかし太陽はそれ以上に光を発して雲の隙間から太陽光が溢れ出した。太陽は雲で覆いきれる量を軽々超えていた。


(光……。やっぱり私には無理なのかな……。)


 紅葉は溜息をこぼして立てていた教科書を机に広げ授業で今やっている部分を探し出し一度考えるのを止めた。


 昼休みにも会えるため今すぐどうにかしないといけない事は無い。ただお互いにどう接していいのかわからずギクシャクしている。


(誤魔化すのもイヤだな……。また……騙しているみたい……。)


 紅葉は現状の関係を部員にも言えず騙していると感じていた。ハッキリと悠莉が好きだと言い切り胸を張れたらどれだけ良いことだろう。部員なら全員恐らく紅葉が悠莉に気があるのは察している。


 ただ紅葉が言葉にして「好きだ」と言っていないだけで好意を持っているのは周知の事実になっていた。


 紅葉も言葉にして言う勇気も出ないため何となく察して貰えたら良いな、自分から動かないでわかってくれたら楽なのにな、と考えてしまいその周知の事実に甘えていた。


 今まではそれでよかったのに昨日の夜のキスと今朝のキスのせいでその手も使えなくなっていた。


 言葉で好きと伝えるより行動で示してしまった。引くに引けない状況を自分で作ってしまったのだ。


 自滅してしまったのに対して紅葉はずっとこれからどうしたらいいのかわからなくなっていた。頭の中で何度も同じ押し問答が繰り返されていた。


「……きさん、花さ……さん……。花咲さん!」

「っは、はい……。」


 考え事をしていると急に呼び声がかかり紅葉は反応するのが遅れてしまった。そして呼び声を挙げた女教師の方を見ると教科書を片手に眉を上げていた。


「花咲さん!授業中に何を呆然としているのですか?」

「す、すいません……。」


 いかにも怒っていると言わんばかりに女教師は持っている教科書を逆の手で叩き授業中だと言うことを主張した。そんな威嚇行為に紅葉は一瞬体をひるませ謝った。


「授業中なんですからしっかり集中しなさい。」

「わかりました……。」


 授業を聞かれていないのが癪だったようで女教師は注意するだけでは物足りなく、素直に謝った紅葉に対して小言を添えてきた。


「まったく貴方は特に変な部に入っているのですから授業くらい真面に聞きなさい。」


 部活の事を言われた瞬間血は脳へ走り込み頭が次第に熱くなった。自分の事なら何を言われてもいい。


 昔から家族やクラスメイト、果ては先生にまで罵声を浴びせられていた。それのおかげで自分の事に対してならどんな罵声でも耐えられる。


 いいや、正確には傷付くのになれ痛みを感じないようになっている。


 だから今も女教師から小言を言われても冷静に対処できた。しかし部活の事、強いては悠莉のことを悪く言われるのには我慢ならない。


 今すぐにでも魔法で作った水を相手に飲ませたい。そして苦しめて藻掻いている姿を拝みたい衝動に駆られた。


 だが昔悠莉との約束で無闇に魔法は使わない様にしようと約束している。その約束を思い出し紅葉は寸でのところで欲求を抑えた。


「はい……。」


 一言だけ口に出し溢れそうになるので最小限の言葉で返事をした。大好きなMM部をまるで恥曝しの様に言ったことが許せず紅葉はスカートの裾を掴み、手を震わせながら力強く握りしめた。


「では、授業を再開します。」


 そんな紅葉の気持ちなど知る気も無い女教師は自分の独壇場である授業を再開させようと教科書に目を戻した。再開しようとした時、部を貶されて怒りを覚えた一人の声が静かな教室に響き渡った。


「せんせー!」


 怒りを覚えていたもう一人である蓮華は手

を挙げ紅葉には出来なかった仕返しが始まろうとしていた。


「はい?何ですか桂木さん。」


 これから何が起こるか知りもしない女教師は蓮華の挙手した理由を問いかけた。


「先生トイレ!」


 蓮華はニヒル口で恥ずかしげも無く明るい口調のまま教室全体に届く声量で答えた。


「急に何を言っているのですか!?」


 年頃の乙女が教室全体に届くほどの声で『トイレ』など小学生じみた行動に度肝を抜かれた。そんな女教師の様子を観察し怯んでいるのを確認すると蓮華は更に責めたてていった。


「ちょっと決壊寸前なんです!漏らしても大丈夫ですか!?」

「ダメに決まっているでしょう!?ああもう!早くトイレへ行ってきなさい!」


 とんでもないことを言い放った蓮華に女教師の頭はイレギュラーの出来事ばかりで困惑していた。


 さっさとこの馬鹿げた問答うを終わらせたくトイレへ行く許可を出した。それが悪手になるとはこの時はそこまで考えられる程の余裕は無かった。


「はーい!それでは行ってきますね!……しゃっサボれる!」


 蓮華席から立ち上がるとクラスの視線は蓮華に集まった。視線の的になっている蓮華は先生公認のサボりの口実が出来て握り拳を作りガッツポーズを決めた。


 勿論その姿はクラスメイトや女教師から丸見えだった。


「サボりは許しませんよ。」


 当たり前だが女教師はサボりは許さなかった。芝居がかったように肩を落として露骨に凹んでいる姿を見せた。


 そんなやり取りにクラスでは軽く笑いが起きた。蓮華は笑いが起きたことでついつい調子に乗って仕舞い余計な事まで話し始めた。


「げぇ聞かれてた……。先生年の割には耳が良いんだから……。」


 実年齢は伏せられているがパッと見た目は40代後半に見える。その年齢ならば老いがきてもおかしくない。


 むしろ何かが出来なくなってくるのを常に感じてしまう敏感な年頃だ。その事を踏まえて蓮華の発言は失礼以外何物でもなかった。


「いいから早くトイレへ行って戻ってきなさい!」


 大変失礼な一言に女教師は思わず声を大きく挙げた。クラスでは先程の蓮華の発言に笑いを堪えるのに必死なクラスメイトが何名かいた。


 ここで笑ってしまったら恐らく怒りの矛先は蓮華から変わってしまうと思い声を殺し俯きながら笑いを噛み殺していた。


「うひゃぁ……。マジオコだ。それでは行ってきますねー!トイレへ!」


 先生がマジで怒っているのを確認すると蓮華はしたり顔で席から離れていき教室のドアまで歩いて行った。


 教室を出る時に小さく紅葉に向かってピー

スサインを見せ笑顔で授業中のトイレへと歩いて行った。


「はぁ……他に何か質問がある人はいますか?」


 蓮華とのやり取りで疲れが出てきた女教師は蓮華と同じように他に何か質問が無いか溜息をつきながら尋ねた。


 教室の雰囲気は蓮華のおかげで張り詰めた様子はなくなり軽い談笑が始まっていた。


 そもそも蓮華自身がクラスでは中心的な人気を誇っている。見た目が改造制服や茶髪で目だっているせいで第一印象は不真面目に見える。


 だが中身は真面目な部分やテストではトップをキープしている天才的な面がある。


 困っている子や勉強でわからない場所があれば蓮華はいつでも教えてくれるおかげで教室の中で蓮華を毛嫌いしている人は少ない。


 それに話し上手で相談を聞いてくれたりと見た目に反して何でも話しやすいオーラのようなものをもっていた。


 そのおかげでむしろクラスの中心人物としての面の方が大きい。


 だから今もあんな風におちゃらけてもクラスではウザがられないで逆に笑いを取れる。そんな正反対な蓮華に紅葉は憧れをもっていた。


(蓮華ちゃん……あれってきっと私のため……だよね……。)


 蓮華が急に小学生じみた事を言い放ったのか考えたがタイミング的にMM部を貶されて怒りを覚えた時に言っていたところから考えると大方予想がつく。


 部を貶されて怒っていたのは紅葉だけじゃなく蓮華も同じだった。


 紅葉は自分から言葉を否定する事や反論には向いていないため、紅葉が代わりに代弁してくれた。


 それが少し嬉しく思えた紅葉は自然と笑みがこぼれた。


 今までウダウダと考え事をしていたが、時間がたてば前と同じ距離感に戻り元通りになると信じて紅葉は授業の方へ集中しようと黒板に書かれた問題の解説を板書した。


 その後5分ほどした後に蓮華は教室のドアを勢いよく開け中へ戻ってきた。急に開けられたドアに何名かのクラスメイトは驚き視線をドアの方へ向いていた。


「先生トイレ終わりました!」


 集まった視線など気にする気も無く蓮華は堂々と中へ入ってきた。


 そんな蓮華の態度が気に入らない女教師は今やっている授業で一番難しいとされる問題をちょうどやっており蓮華にそれを解かせようとした。


「そうですか、立っているならちょうど良いですね。今やっているこの問題を問いてください。」


 黒板に書かれている問題に手をやり解くように促した。


「戻ってすぐに問題を解かされるとは……。」


 いきなり問題を解かされるとわかった蓮華は露骨にイヤな顔を浮かべた。


「何か言いましたか?」


 だがそんな蓮華を見て見ぬフリをして女教師から早く解くように白いチョークを蓮華に渡し黒板前まで立たせた。逃げ場がないと踏んだ蓮華は溜息をつきながら問題と睨めっこした。


「いえいえなんでもないですよ!この問題ですよね。」


 蓮華は女教師から言われた黒板に書かれている問題に向かい合うと白いチョークを走らせた。


 走っている白いチョークは止まること無く丸文字を書き続けしばらくしたうちに蓮華は白いチョークを元の場所へ戻した。


「先生!出来ました!」

「……正解です。でも今度からトイレは授業が始まる前に終しておいて下さいね。」

「なはは……すいませーん……。」


 後頭部に手を当てばつの悪そうな表情を見せ蓮華は自分の席へ戻っていった。戻る際に蓮華は紅葉へピースサインを見せ紅葉も小さくピースサインで返した。





「何であんな奴がトップなのよ……!ふざけてるくせにっ……!」


 少女の握っているシャープペンからミシッ……と軋む音を奏でた。その目の先には独特的な改造した制服を平然と着こなし授業中にも関わらずトイレなど大きな声で叫び出ていく蓮華の姿が写っていた。


 少女には蓮華の姿が憎しみの対象として捉え、心から憎しみと怒りが掘り起こされた。そしてそれは教室から出ていく蓮華を姿が消えてからも睨みつける源になっていた。


 更に戻ってきたと思ったら難問を解されたあげく正解までした。少女のノートにはまだ半分も解けていなかった。


 この問題は蓮華が出ていった後すぐに出た問題で考える時間なら蓮華よりも多くアドバンテージは取れていた。


 しかし蓮華はパッと見ただけですぐに解いた。まるでできの違いを見せびらかせる様にやられて少女の怒りは指先に込められシャープペンは歪みを見せひびが入った。


 少女の瞳には憎しみと妬みに燃え、そこに燃料を投下され消えない火となりおちゃらけている蓮華の姿を見据えていた。

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