第6話 筋肉と雨音の不協和音 その6

 授業は退屈だ。もう知っている事を先生が独自の解説とやり方を自分勝手なペースで教えている。


 これじゃあただの自己満足の授業で誰のためにやっているのかわからない。私はもう終えている所だから関係ないけどね。


 厳しくいっているが授業事態はわかりやすい授業だと思う。前にクラスメイトもわかりやすい授業だと言っていた記憶がある。


 だけど私は授業でやっている所はとうの昔にやり終えて理解している。だから退屈でつまらない。


 退屈すぎて窓の外を見ると分厚い黒雲が広がって今にも雨が降りそうな天気に変わっていた。念のため持ってきておいた傘が余計な荷物になるずになりそうで得した気分を味わえた。


 得した気分を味わっていると後ろの席の紅葉ちゃんからペンで背中を突かれ何事かと目線を黒板に戻すと先生があからさまに怒っているのがわかるほど私を睨みつけていた。


「桂木さん、よそ見をしているというのは私の授業がつまらないからですか?」


 30代半ばの女教師は私の事をスゴく怖い顔をしながら睨みつけた。やっぱりこの先生は授業することに誇りを持っているみたいだ。


 ちゃんと言うことを聞く子はかわいがり、反対に私みたいな授業中関心を持たない生徒には容赦が無い。


 そんな先生のことを頭の中で情緒不安定の高齢期ババアとあだ名をつけている。誰かに言うことでも無いし、特に面白くも何とも無いから自分の中だけで呼んでいるようにしていた。


「いえいえ、雨降りりそうでイヤだなぁ……。と思ってたんですよ。」


 私は頭を掻きながら肩身を狭め本心がでないように気を紛らわせる動作を行った。冷静を装うように苦笑いで誤魔化して難を去ろうとした。


「……。そうですか、じゃあ次の問題を桂木さんお願いしすね。」


 私が嘘を言っていると長年の教師の勘おそらくそう訴えてきたのだろう。意地の悪いことにあのババアは今やっていた授業の応用問題を選んできた。


「ええ……面倒臭いです……。」


 唐突に問題をフラた私は口をへの字に口を曲げあからさまに拒否したいと全身で表したが、先生はお構いなく蓮華を黒板に来るよう催促してきた。


「ウへ~……面倒臭いなあ……はぁ……。」


 重い腰を上げ先生が立っている黒板に向か

って歩いた。クラスメイト達の視線は奇異な物を見る目が多い。なんて言っても私の制服は勝手に改造して他の物とは違うしようとなっている。これは私なりのしっぺ返しである。


 紅葉ちゃんからは心配そうな顔をされたが私は平気だと小さく手を振り余裕を見せた。


「四の後を言わずに解きなさい」


 黒板前で私は肩を落とし溜息を零しながらも白いチョークを持ち回答を書き始めた。途中で悩んで手が止まることもなく指揮棒で音を奏でるように振った。指揮棒に合わせて音を奏でてきた黒板からは一定のリズムが鳴った。


 それもそうだ、この程度の問題ならすぐにわかるし悩む必要が無い。何たってこっちは小さい頃から教育熱心なバカ親から勉学を叩き込まれ最悪な英才教育受けているのだから。


 解いている最中に先生は苦虫を噛み潰したような顔で見ていたから、私も満面のドヤ顔を決め抵抗した。


 そして黒板からリズムが消え指揮棒である白いチョークを元の場所へ戻した。手についた粉を手ではたき落とし制服が汚れないように奇麗にしてからドヤ顔を決めたまま先生へと報告した。


「これでいいですか?先生。」


 やってやったぜと心で想ったが怒られそうだから言うのは止めてドヤ顔だけにした。怒られるのには馴れているけどやっぱり怒られていい気分はしない。


「……正解ですね。もっと真面目に取り組んで貰いたいものですね。」

「何言っているんですか先生、私は何時でも真面目ですよ!」


 先生は正解されたのが悔しいのか梅干しを食べたような顔をしている。先生なのに正解した生徒にその顔はいかがなものか。態度は気に入らないがしてやったから気持ちは軽くいい気分だ。


 もう問題も解いたし何もすることが無くなったようだったので席に座って『例の件』を考えないといけない。頭を捻らせながら先程の問題より難しい『例の件』に脳をフル活用させようとした。


 だが、そんな時間はこないで最低な時間に変わった。


「そうですね。昔から真面目に勉強を取り組んでいたからわかったんですよね。親御さんに感謝しないといけませんね。」


 先生の言葉で心臓の音が何音も高く跳ね上がった。何を言ったのか理解できる準備をするまでに優に数秒用いた。数秒間で私はさっきまでの軽い気持ちがどんどん冷めていくのを感じた。


 その間の体は硬くドヤ顔も消え動くのを止めた。血の気が引き体から一度力が脱けていく感覚に囚われ倒れ込みそうなのを何とか右足で踏ん張りをつけて体勢を立て直した。


 その際に顔は床を見つめ先生が言った言葉を脳が理解しようと何度も何度も言葉が頭に渦巻いた。


 実際に止まっていた時間は数秒間にも満たなかったが私にはもっと長く縛られているように思えた。


 ようやく動けるようになった体でどうか勘違いであって欲しいと願いもう一度確認のために聞き直した。


「あ?今なんて言った?」


 意識したわけでは無いが私の心はアイツらへの恨みと憎しみによって低く重い声を出していた。それに気付いていない先生はご丁寧にもう一度同じ事を言ってくれた。それが私にとってどれだけ爆弾になるのか知らないまま敬うように言い切った。


「ですから、勉強を教えてきてくれた親御さんに感謝しないといけないと言ったんです。」


 声色の変化に気付いていないのか、只の間抜けなのか知らないが先生は同じ事を繰り返し教えてくれた。


 それが私にとってどれだけ最悪の選択肢なのかも知らずに先生は神に感謝している信者のように感謝を強要してきた。


「あんな奴らに感謝……?」


 小さく呟き、爪が食い込むほど右手に力を加え、私の胸から沸々と湧きでる憎悪と嫌悪が合わさった異物を授業中に吐き出さないように抗った。それなのにこのアホな先生は私に新たな燃料を追加し怒りに着火しそうになった。


 止められるか?いや、無理だ。注がれた燃料は私の胸に溜まっていきその近くには火薬が置いてある。今それを片付ける暇など無いため爆発するのは時間の問題だろう。


「な、何ですか桂木さん。この話しは以前貴方のご両親に言われたことがあったんです。」


 何故か慌てた様子をみせた先生は私が今聞きたくない単語を発してしまった。もうダメだ。胸に溜まっていた燃料に火がつき始めた。


 私の右手に力が更に上がった。指先に暖かな液体が付着してから鉄の匂いが鼻についた。私は無意識のうちに血が出るほど爪を食い込ませていた。それでも怒りと憎しみは納まらない。


「アイツら……!余計なことをべらべら喋りやがって……!」


 何とか小さく誰にも聞こえないように呟くことができた。我ながら大声を出さなかっただけマシだと思う。


 だけど本当は先生の胸ぐらを掴んで思いっ切り叫んで訂正してやりたいと思った。だが流石にそれは授業中にしてはマズいと残っていた理性が食い止めた。


「桂木さん?大丈夫ですか?」


 俯いている私に先生は今頃になって異変を感じたらしい。目の前にいるのにこちらを見ないで教科書と睨めっこしているからわからないんだ。


 そんな授業が上手なだけで生徒をよく見ていない先生に思わず鼻で笑いたくなる。


 大人はみんなそうやって自分勝手で独りよがりを子供に押しつける。こっちの気持ちを一切考えないで自分達の達成感のために子供を利用する。そんな奴らなど全員……


「せ、先生……蓮華ちゃん、具合悪そうなので……保健室に連れて行きます……。」


 聞き慣れた声に胸から湧きでてきた気持ちは外に出ること無く胸の中で霧となり霧散した。聞き慣れた声は紅葉ちゃんからで驚いた。普段なら授業中に必要ない事以外は喋らないのに今大きな声で何かを言ってくれた。


 紅葉ちゃんの大きな声は普通の人の普段の声量と同じぐらいだがハッキリと言葉にした。


 紅葉ちゃんを見ると、席から立ち上がり私の前までやってきた。どうして私の前に来ているの?状況が飲み込めない。


 どうしたらいいのか考える暇も与えられず紅葉ちゃんは私の腕を掴み見事私は捕まった。


 紅葉ちゃんの小さい手が腕から首元へと場所を変え、襟元を鷲掴みにしてくるというなぞの現象に反射的に振りほどこうとした。


「も、紅葉ちゃん?え?あ!ちょっ……!ってか力強っ!?」


 掴まれた襟元を外そうと抵抗したがピッタリとくっ付いたように動かず私は引きずられた。


「あ~れ~……誰か~……。」


 そのまま私の虚しい声だけが教室に残り本体は廊下へと連れ出された。教室から出る直前みんな呆気にとられているように見えたが私には関係が無いからどうでもよかった。


 ただ見えたからそう思っただけ。見てなかったら何も感じなかった。だって、全員つまらない空っぽの容器にしか見えない。


 だからそんなモノには興味が無いから。

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