第5話 筋肉と雨音の不協和音 その5
「結局雨は降らなかったな。」
「まあ帰りはどうなるかわからないけどね。」
結局登校中に雨は降らず3人は昇降口でそれぞれ靴を履き替えていた。紅葉は1年生のため悠莉と楓と一旦別れてから廊下で合流し3人は揃って部室まで足を運んだ。
MM部の部室は朝から開いている。その理由は朝早くから菫が静かに読書をするため部室にきている。
教室だと周りの人間の騒音が多く読書に集中できないため、教室には寄らず真っ直ぐ部室へ向かい鍵を開け部室で読書に入り浸っている。
特段朝は部室に集合と決まっているわけでは無いが、誰かがいるなら自分も行こうかなと芋づる式でMM部員は自然と集まりだした。
そして朝は部室にて過ごすのが日課となっていた。今日も曇り空から逃れた悠莉達は部室へと向かった。
「おはようございます。」
「菫先輩おはようございます。」
「おはようございます……。」
3人は部室のドアを開け部室へ入るとすでに来ていた菫は読んでいた本をたたみ、3人に顔を向け穏やかな表情で挨拶を返した。
「おはよう、今日は遅かったね。さては何かおもしろいことがあったのかな?」
意表を突いてきた菫の言葉に悠莉と紅葉は目線を泳がせた。菫は悠莉と紅葉を見ながら新しい玩具を見つけたように口元を三日月型に変えた。
「お二人さんは何かあったみたいだね。よかったら先輩に教えて欲しいな?」
「な、何も無いですよ!楓といい菫先輩といいなんでそんなに突っ込んでくるんですか!?」
朝からずっと何かあったのか、何をしでかしたのかと言いよられ悠莉は精神的ダメージが蓄積されていた。
昨日の今日で紅葉との関係が元通りになる筈もなく、他の人から見てわかるほどギクシャクとした関係に変わっている。
その事実を当の本人達は気付いて無くいつも通りを演じられていると思っていた。
「俺はいつも通りですよ!さぁて!今日は依頼が来ているかな!」
悠莉はこれ以上菫に捕まっていたら昨日の件を言わされそうになると感じて部室前に設置されている筋肉型相談ボックスの確認に逃げた。
「ふふふ、これはこれは面白いことにないるようだね。」
「菫先輩あんまり虐めないで下さいよ。後始末が大変なんですから。」
筋肉型相談ボックスの確認をしている悠莉を尻目に菫の口元は更に口角を上げていた。どうやって遊ぶと一番楽しめるかあの手この手を考えていると横から楓からブレーキを踏まれた。
「楓ちゃんは気にならないのかい?あの二人絶対に何か隠しているよ。」
菫は断言するように悠莉と紅葉に目を光らせて言い切った。楓も何があったのか凄く興味はあるが、言いたくないことなら言わなくても良いと考えている。
だがそれはあくまで頭でわかっている事で心の方は菫と同じく根掘り葉掘り尋問したい気分だ。そんな楓の想いを汲み取ったのか筋肉型相談ボックスに何も無く手ぶらで戻ってきた悠莉に菫は言及を続けた。
「それで悠莉くんから襲ったのかな?」
「襲ってませんよ!?何しれっととんでもないこと言っているんですか!?」
菫に軽い口調で尋ねられ思わずキスの件を話しそうになったが寸でのところで声は止まった。
「ふむ……じゃあ紅葉ちゃんが襲ったのかな?」
「……お、襲って無いです…よ……?」
「なんで疑問形なのよ……。」
悠莉からは何も聞けないと思った菫は悠莉の側にいた紅葉に狙いを変えた。紅葉も聞かれるのは想定して答えを用意していた。
しかしキスの件を思いだせば出すほど恥ずかしさがこみ上げてきたせいで言葉が詰まり疑問形になってしまった。
「むふふ……これはこれは面白そうだね。」
菫の中では何かがあった事は確信に変わっていた。そしてどうやってそれを引きずり出すか笑顔のまま考えた。そんな菫に悠莉と紅葉は悲願するよう無罪を主張した。
「勘弁して下さいよ……、本当に何もありませんでしたから……。」
「そ、そうです……。何も……ありませんでした……。」
悠莉と紅葉は肩を落としながら菫に許しを請いだ。朝から精神が削られ悠莉は立っているのが辛くなり菫と対角線上のイスに腰をかけた。紅葉と楓も同じようにイスへと向かい、紅葉は悠莉の隣に楓は菫の隣に腰掛けた。
「はぁ~……疲れた……。もう何なんだ今日は……。」
イスに座ると悠莉は足を前に伸ばし背もたれに体重を任せ脱力した。ずっと質問攻めや拳を受けたりと散々な目を受け、授業が始まってすらいないのに疲労はピークに達していた。
ようやく一息つけると思い大きな溜息をつくと余裕が生まれた頭から何か忘れていると警告を伝えてきた。
「あれ?今日朝何かがあった気がするぞ……。何だっけ?」
頭からの警告に思いだそうと昨日の記憶を掘り返すが思い当たるものが出てこなかった。出てきたのは紅葉との関わりだけだった。
「あれぇ……?何かあった気がするんだが……思いだせん。」
「おそらくアレじゃ無いかな?」
頭を捻らせている悠莉に菫は一つの助言を入れた。
「昨日屋上から飛び降りた件のお説教じゃないかな?」
菫の言葉に悠莉の動きはピタッと止まりその言葉で記憶が掘り返された。そして悠莉の顔色をみるみるうちに青く変わっていった。
「あああああ!?生活指導室に行かないといけないんだった!?ヤッベー!ちょっと行ってくる!」
昨日職員室で8時過ぎには生活指導室に来るように言われていたのを忘れていた。昨日の夜から今までそれどころでは無い想定外の出来事が起こりすぎて頭から完全に抜けていた。
菫のおかげで思いだすことが出来たがすでに時刻は8時20分を過ぎて約束の時刻をとうに越えている。時間は過ぎてしまったが行かないよりはいいと即断した悠莉は座って間もないイスから立ち上がり生活指導室へ走り出した。
「気を付けてねー。」
「がんばって下さい……。」
「後で感想をお願いするよ。」
楓、紅葉、菫は三者三様に走り去っていく悠莉を見送った。程なくして静けさが訪れたところで菫は紅葉に向き直した。
「さてと、静かになったところで……。紅葉ちゃん、悠莉くんとはどこまで進んだのかな?」
「え……、まだ続くのですか……?」
その静けさが開けると尋問の第2ラウンドのゴングが鳴り響いた。その話題はもう終わったとばかりだと気を抜いていた紅葉は驚きを隠せなかった。
同じように楓も言及し過ぎて嫌悪感を与えると悪いと思い自粛していのに、菫はそんな事お構い無しに目を輝かせて尋問の続きをやり始めた。
「先輩に教えてごらん?大丈夫悪いようにはしないから。」
菫は対面にいる紅葉にニヤけた顔を見せながら顔を近づけ逃げられないよう逃げ道を塞ぎ始めた。
「え……えっと……か、楓先輩……。」
迫ってくる菫にどう対応して良いのかわからなくなり、菫の隣にいる楓に目線で救難信号を発信した。。
「菫先輩あんまりしつこいと嫌われますよ。」
紅葉からの救援の視線に楓は菫の前に手を出し静止を促せた。菫も止められるとわかっていたのか特に抵抗すること無く引き下がった。
イスに座り直したがニヤけた顔は変わっておらず何か企んでいる様子をみせていた。
「言いたくないのなら無理に言わなくても良いよ。」
「菫先輩がそれを言いますか……。さっきまで話すまで帰さないって感じでしたよ。」
言動と行動が反対の菫に楓は呆れ返っていた。そんな楓に菫は何事も無いように話しを続けた。
「それは楓ちゃんが止めてくれるってわかってたからワザとやってたんだよ。」
何の悪びれも無く菫は冗談を仄めかせた。そんな菫の態度に呆れと本気なのか冗談なのかわかり辛い言い方に取り付けるしまが無かった。
「そんな信用嬉しくないんですけど……。」
本音を零したところで菫は何も感じていないようで相変わらず含みのある微笑みを崩さずにいた。
「楓先輩……ありがとうございます……。」
「いいのよ別に、今回は菫先輩がしつこすぎたのが原因だから。」
紅葉からのお礼に楓は罪悪感を感じていた。もし菫が言及を続けていなければ遅かれ速かれ楓自身がその役に回っていたかもしれない。たまたま今回は偶然止める側にいっただけで紅葉からお礼を言われる筋合いは無い。
朝からずっと心に張っている種が楓の胸を締め付け居心地の悪さを与えてくる。特に悠莉と紅葉の話しになるとその種は四方八方に根を下ろし絡み取った胸を強く締め付ける。
そのせいで息苦しくなり痛みは増してきていた。痛みに一瞬顔を歪めたが何事も無かったようにすぐ元の表情に戻した。
「そう言えば蓮華ちゃんがまだ来ていないね。もうすぐ8時半になってしまうよ。」
菫はいつもなら来て騒いでいる蓮華がまだ来ていない事に疑問を抱いた。それは紅葉と楓も同じ様で3人は顔を合わせ理由を考え始めた。
「寝坊ですか……?」
真っ先に思い浮かんだのは寝坊だがその考
え始めは楓からすぐに反対された。
「いやいや、蓮華はああ見えて遅刻とかしないように優等生しているのよ。現に学年トップの成績なんでしょう?」
蓮華は改造制服や髪を染め茶髪にしていたり、部室内での行いから周りからは不真面目に思われている。
ただ蓋を開ければ中身は学年では常にトップの天才で本来は真面目な性格をしている。3人はそんな蓮華が遅刻ギリギリに来るとは思えなかった。
「はい……わからないところとか……教えて貰ってます……。」
「う~ん、そんな優等生が遅刻は考え辛いね。もしかして真っ直ぐ教室へ行ったのかな。」
「でもそれなら蓮華だったら一言メッセージ送ってくるはずですよね。」
色々と憶測が飛び交っている中放送からホームルーム5分前のチャイムが響き渡った。これ以上ここにいたら遅刻扱いになってしまうので3人は鞄を片手に持ち、まだ戻ってきていない悠莉の鞄は同じ学年の楓が教室まで運ぶ事にした。
荷物を持ち部室から出ると菫が鍵を閉め職員室に返しに行くのかと思っていたら菫はその鍵を自身のバッグの中へ放り込んだ。
「え?あの鍵返さなくていいんですか?」
「うん?ああ、この鍵は前に作った合鍵の方だから大丈夫だよ。」
「合鍵!?菫先輩それってマズいんじゃ無いですか?」
予想の斜め上の答えに何も言葉が出ず楓は顔を引きずった。まさか部室の合鍵を作っていたなんて想像できる方がおかしい。この部室は授業で使われない教室のため朝から返しに行くのは面倒臭い。
それに放課後は部活で使うため部活終わりに返すように一旦預かるのは納得できる。だが流石に合鍵まで作っていたとは思わなかった楓は何も言葉が出なかった。
「本当にこの部活には真面な人がいないのね……。」
ついこぼれ落ちた言葉に菫は遠目を見ながら軽く笑った。
「ははは……真面じゃ無いから身を守るために寄せ集まったんじゃないか。常識とか言う下らない物に縋り付いている連中からね。」
菫は今まで見せていた笑顔を廊下を歩いている学生と先生達に目を向けつまらないと言わんばかりの冷たい視線で見た。
「常識ですか……。まあ家の部はとびきりおかしい人の集まりですけどね。」
菫の変化に何も言わず楓は2つの鞄を持ち深く息を吐いた。
「でも……私はここが好きです……。否定しないで、受け入れてくれた……この場所が……。」
紅葉は菫と楓を見据え言葉に感謝を乗せ本音を伝えた。紅葉からの感謝に菫は生徒、先生達に向けていた冷たい視線は溶けた。
菫は紅葉の頭を撫でいつもの穏やかで聖母のような暖かな視線に戻っていった。
撫でられている紅葉はくすぐったようで少し目を伏せ子犬のような仕草に菫はさっきまでの冷たさが溶けていき癒やされていた。
そんな二人の様子に楓は時間を忘れさせるほど柔らかな空間に微笑ましさを感じていた。
こんな時間がずっと続いて欲しいと願うほど居心地のいい空間だったが、すぐに壊される事になる。
「あのハゲ先生!許さん!」
「まったくですよ!?何なんですかあのピカリン頭!除毛してやる!」
悠莉と蓮華は部室前で屯っていた楓達の所へ怒りを見せ、イヤなあだ名の先生を罵倒しながら走ってきた。一体生活指導室で何があったのか気になったがそれ以上に穏やかな雰囲気をぶち壊した二人に楓は怒りを覚えていた。
「アンタ達、何騒いでるのよ?」
無意識で威圧的な声と眉間に皺を寄せた楓に文句を言いながら走ってきた悠莉と蓮華は反射的に背筋を伸ばした。
「サッー!ハゲ先生から濡れ衣を被せられ文句を言ってました!ごめんなさい!」
「サッー!同じくピカリン頭から『どうせお前が犯人なんだろう』って勝手に決め付けられ、そんな理不尽に怒ってました!ごめんなさい!」
背筋を伸ばしたまま軍隊の報告のように声を張り上げた。もうすぐホームルームが始まろうとしているため廊下には足速に教室へ向かう途中の生徒達は足を止め悠莉達に視線を送った。
「話しは昼休みに部室で聞くから大声出すのは止めなさい!」
周りの視線が集まっているのに気恥ずかしさを感じた楓は一刻も早くこの場から去りたかった。注意された二人は90度まで頭を下げ反省の色をみせた。
「詳細は昼休みに話すから全員今日は昼休みは部室に集合だ!」
頭を下げながら悠莉は急遽できた案件を話し合うため昼休みに集合をかけた。反対する人はいないようで全員から了承を得ると悠莉は頭を上げた。
「急だがMM部に新たな依頼がきた。」
最後に一言付け加えた悠莉には激しい怒りが満ちていた。
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