第3話 筋肉と雨音の不協和音 その3
以前として部屋の中には楓からの殺気が充満している。悠莉は裁判で判決を待っている被告人はこういう気持ちなのかと現実逃避をしてなんとか自我を保っていた。
そんな中紅葉に二人の視線が集まり被告人質問のように紅葉からの言葉を待った。
「えっと……昨日の夜、その……雷が酷くて一緒に寝てくれたんです……。」
「か、雷が怖くて一緒に寝た?何よそのかわいい理由。」
「ああ……確かにそんな事を言われた気がするな。」
紅葉に言われてようやく頭が昨日の夜に何が起きたのか思い出した。確か、お風呂から上がってきた紅葉を空き部屋に案内し何か言われた気がしたがその時は睡魔にやられて記憶が無い。それからお休みなさいと紅葉と別れて自分の部屋に入り泥のように眠った。
そして真夜中に誰かが入ってきた記憶はあるが誰かまでは寝惚けて覚えておらず何か言っていたが聞き取れないため了解と返事をした。おそらくその人物は紅葉で一緒に寝ようと言われて無意識に承諾してしまった。徐々に鮮明に思い出してきた悠莉は頭の靄が晴れ納得した。
「なるほどな!つまり俺が寝惚けて一緒に寝るのを許可したのか!あははは!終わった……。」
「こんの馬鹿たれが!」
「ゴフッ……!?」
楓からの右ストレートを鳩尾に鈍い音を立てて受けた悠莉は息を詰まらせ前に倒れ込んだ。
結局紅葉から説明があっても殴られるという未来は変わらず、全身を痙攣させながら悠莉は昨日の無責任な自分を恨んだ。
「櫻井先輩大丈夫ですか……?」
「お、おう……全然平気だぞ……。」
鳩尾から聞こえた音が致命傷になっている気がしたが悠莉は鳩尾を手で抑え苦し紛れに紅葉に笑顔を見せた。顔面蒼白であまりにも痛々しい笑顔に紅葉は引き攣った笑みを返すしか無かった。
悠莉に一発かました楓の視線は紅葉を捉え、紅葉はその視線を感じ取り体を震わせながらも悠莉の心配をしていた。と言うよりも体が危険信号を発信して楓の方を向けない。悠莉の方を見ているおかげで楓の方を向かないですんでいる。
しかし、楓に無防備な背を向けている状態で背中から刺のように視線が飛んできているのを感じてしまい怖くて振り返る事ができなくなった。
どう切り抜けたらいいか考えを張りめぐらせるがどれもいい案が思い浮かばない。どう行動しても最終的には楓からの説教が待っている。
それがわかった時点で紅葉は考えるのを諦めて潔く楓からの説教を受けようとゆっくりと刺のある視線を飛ばしてくる楓の方を向き直した。
「ご、ごめんなさい……。」
「はぁ……全く年頃の男子のベッドに潜り込むなんてダメよ。悠莉なら手を出したりはしないと思うけど。」
「だったら殴るなよ……。いってぇぞこれ……。」
楓は紅葉の頭を軽く撫でた後に当てるだけの力が入っていないチョップをした。てっきり怒鳴り声がくるかと紅葉は体を竦めていたが楓からきたのは溜息と軽い注意で済んだことに楓の表情を覗った。
紅葉の瞳に映ったのは何かを噛み殺し、やりようの無い気持ちの行く先がわからないで押しとどめている楓の姿だ。紅葉は楓の姿がまるで自分の気持ちを正直に伝えられないで押し殺しているように見えた。
楓と悠莉は幼馴染みの関係だとわかっている。悠莉はともかく楓が悠莉のことをどう思っていたのか聞いたことは一度も無く聞く機会が無かった。
紅葉は楓の表情が脳裏に焼き付き踏み込んでいいのかわからない壁を踏み込もうと楓の目を見てタイミングを計った。
「あの……楓先輩……少しお話が……。」
グウゥ~~……。紅葉が楓の事に踏み込もうとした瞬間に誰かの腹の音により紅葉の声はかき消された。楓と紅葉は音の発生源に目を向けると後頭部を掻きながら気まずそうに苦笑いをしている悠莉がいた。
「あの、だな……。腹減ったんだけど朝食にしないか?」
「いいわよ、じゃあ準備してくるから準備して待ってて。あ、それと紅葉何かさっき言いかけてなかった?」
「あ……えっと、私もお腹空いたな……って……。」
「それならいいけど、じゃあアンタ達さっさと準備してなさいよ。」
楓は朝食の準備のため部屋を出て行き1階のキッチンへ向かった。楓が部屋から出たことにより殺気は散り行きようやく穏やかな朝を迎えることができた。悠莉は軽くなった部屋に軽く体を伸ばし強ばった体を解すと体中に血液が周り体が軽くなった。
体が軽くなったついでに新鮮な空気を入れるため窓を開けに窓際まで行くと目に飛び込んできた外の景色に項垂れた。
「げえ……曇り空かよ。晴れだと思ったのに……。」
雨音も聞こえなかったため晴れだと思いカーテンを開けて外を見たが生憎の曇り空が広がっていた。楓が来るまでは雲一つ無い快晴だったが、楓の怒りとともに天気も移り変わったように曇り空に姿を変えていた。
「櫻井先輩、昨日の夜は嵐でしたよ……。雷と大雨でした……。」
「マジか……。雨の日って嫌なんだよな。」
紅葉から記憶に無い昨日の夜の天気を聞き更に悠莉のテンションは下がっていった。朝から楓に殴られ、朝日を浴びようとすれば曇り空に変わり一日の始めが躓いてばかりで溜息しか出てこない。
あからさまに落ち込んでいる悠莉に紅葉は何かをしてあげられないか考えていると昨日した事を思いだしてしまい顔が赤くなった。昨日の悠莉の反応から嫌がっている素振りは見られなかった。
ならば落ち込んでいる悠莉の手助けになるかもしれないと紅葉は一大決心し悠莉の側まで近寄った。
この時の紅葉は朝からの恐怖体験、低血圧、脳への酸素が足りず真面な思考回路をしていなかった。
「櫻井先輩、櫻井先輩……。」
「うん?どうした?」
「えい……ちゅっ……。」
悠莉の腕を両手で掴み下に引っ張り体勢を斜めにさせると、紅葉は背伸びをして悠莉の頬にキスをした。昨日は唇にしたが今日はそこまでの勇気が出なかったのと楓がいるため頬で留めた。
腕を引っ張られ何事かと思った矢先に紅葉は背伸びの小さくか弱い顔が近付き頬に昨日と同じ感触が襲ってきた。理解するのにどれ位の時間を有したのかわからない。只でさえ朝から紅葉と一緒に寝た事や楓からの右ストレートを喰らったりしたことですでに悠莉のキャパオーバーしている。
それに加えての紅葉からのキスに悠莉の頭は真っ白になった。そして、キャパを越えた悠莉はとりあえず近くにいた紅葉を抱き締めた。
悠莉の体に甘く花の匂いとふんわりとした小さな感触が襲ってきた。キスされた勢いで抱き締めてしまった。
紅葉の体は女性として足りない部分が多いが匂いや感触はしっかり女性として魅力的で悠莉の理性は崩壊寸前で抱き締める手を強めた。
強められた手に紅葉は悠莉に抱き付くよう更に密着した。胸の高鳴りが聞こえていないか心配になったが、丁度当たっている左胸から心臓の音が聞こえてきた。
どっちの音なのかわからないがお互い同じ気持ちでいた。二人の心音が重なる度ゆっくりと距離が縮まるように心音は重なっていく。
止まらない心音からきお聞こえるのは隠しようのない想いだった。
「紅葉……そのだな……きゅ、急にするのは止めてくれ……。心臓に悪い……。」
「ふぎゅ……わかりました……。でもアプローチは続けますからね……?」
「あ、ああ……取り敢えず飯食いに行くか。」
紅葉を離しお互い顔を赤く染めてるのを隠すように目線を泳がせそのまま1階のリビングまで歩いて行った。当然ながらリビングまでお互い恥ずかしさのあまり声をかけ辛く無言を貫いた。
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