第12話 MM部へようこそ! その12
その後職員室で生徒指導の先生と鉢合わせ今日は時間が無いから明日生活指導室に来いと説教の予定を入れられ、保健室の先生はまだ残っているか聞くとすでに帰宅されているようで悠莉は紅葉を背負ったままみんなを待たせている下駄箱まで向かった。
下駄箱に付くと背中で眠っている紅葉の事を追求されたが疲れて眠ってしまったことにしてそのまま紅葉を起こさないように下校した。
いつもの別れ道で蓮華と菫に別れを告げ紅葉を背負ったまま楓と共に日が沈み星が輝き始める道を歩き始めた。
「今日は大変だったな……。屋上から飛び降りて、町内マラソンして、片道ダッシュして、これじゃあ明日は筋肉痛だな。」
「鍛えるのはいいけどほどほどにしておきなさいよ。ホント悠莉は昔からとんでもないことする癖は治ってないのね。」
改めて今日の出来事を振り返ると一つだけ常軌を逸していることに楓は溜息交じりの声がでてしまった。
「しょうが無いだろう頭より先に体が動くんだから。」
「そうね脳味噌筋肉だからしょうが無いわね。ふぅ……それで、紅葉が眠ってる本当の理由は一体どうしてなの?」
「……疲れて眠ってるだけだ。紅葉なりにがんばったんだよ……。」
楓の問いに本当のことを話すべきか悩んだが、自分の落ち度の説明をしたらいいのか思い浮かばず楓から視線を外し目を伏せた。
「アンタは嘘をつくのがヘタね。そんな私が悪いですって顔に出てたら何かあったなんて丸分かりよ。」
「はぁ……隠し事は出来ないか。」
何かあるのは間違いないと核心している楓からの言葉に悠莉は溜息を吐きながら誤魔化し切れ無いと諦め自分は隠し事も出来ない不器用な人間だと思っていた。
幼い頃から一緒にいる楓に隠し事をする方が無理なのかもしれないと苦笑いを浮かべ背中で寝息をたてている紅葉の顔を見ると休んでいたおかげか学校では蒼白く血色が悪かった顔色が今はほんのり赤くなり血色が少しづつ戻っているようで顔色が良くなっている気がした。
紅葉の顔色に満足し悠莉は楓に向き直り鍵を返しに行っている間の事を話し始めた。
「紅葉は今回の件で小森が最初から疑っていた。それは菫先輩も同意見でお互い裏で連絡を取り合っていたそうだ。そんな回りくどい事をしたのは俺が小森さんを信じていたいっていう我がままのためにしていたんだ。ただ……紅葉は俺達に隠し事をしていたのが気になって謝ってきたんだ……。」
「なるほどね、それで暴走した紅葉は疲れて眠ってるわけか……。そんなことがあったのね……。別にそんなこと気にしなくていいのに……って言いたいけど紅葉にとっては大問題なのよね。」
楓は悠莉の背中で寝ている紅葉を起こさないように頭を撫でた。
「自分で言うのもアレだが……紅葉にとっての居場所はここしか無いのかもしれないな。」
「言いたくないけどそうでしょうね……。でもそれは紅葉だけじゃなく蓮華や菫先輩にも言えることよ。みんな何かを抱えているからMM部に入ったのよ。」
お互い本当は言いたくないことだったが、今の紅葉を見て蓮華、菫の『居場所』について改めて考える必要があった。
皆部活では何ともないように振る舞っているが、それぞれに思うところがありMM部に身を置いている。それは他人が簡単に踏み込んでいい領域では無い。
「そうだよな……だから作った責任者として部員全員を守る必要がある。そのためにこのクソッタレな魔法を使って鍛えているんだ。」
瞬間、悠莉からは恨みと憎しみが湧きでた。
「本当に無理だけはしないで。悠莉が自分の魔法もそのせいで筋肉も嫌いなのはわかってるから。」
「昔のことだ。もう気にしていない。」
眉をひそめながら過去の記憶に傷つけられるのを耐えながら悠莉は無理に強がって言ってみたが自分でも隠せていないと思う態度に楓はもちろん悠莉が強がっている事ぐらいわかり、悠莉も楓には強がりだとバレるのが承知の上で言っていた。
部室での悠莉は筋肉や筋トレだと何かにつけて口に出しては蓮華とふざけ合い道化を演じているが本来の悠莉を見てきている楓には痛々しく思えた。
部員全員を守りたいと思っている悠莉の手伝いをしたいと願うも誰かを守ろうとして自分の事を傷つけ騙しボロボロになっていく悠莉を見ていられなかった。
部員全員守るのなら悠莉自身も守って欲しいと願っていたが自分では悠莉を助ける手段も部員全員を守る手段も思いつかず結局全て悠莉に任せてしまっている。
今回も楓は自分は大して役に立っていたとは思わず真相を探り当てるどころかずっとその犯人の側にいたのにも関わらず最後まで気づくことは無く何もできなかった。
ショッピングモールで小森と対峙した時も力では勝っていたはずが魔法使いでもない後輩の小森の気味の悪い違和感に呑まれ自分でどうにかしようとせず悠莉が来てくれるのを待っていた。
楓は悠莉に自分を大事にして欲しいと願っているだけで自分自身がその悠莉を傷つけている要因になっているのが許せなかった。
願うだけで何もできない無能と思っている楓は悠莉の心配しかできずこれ以上言うことができずにいた。
「そろそろ家に着くが……紅葉どうしよう?起きるかな?おーい紅葉?そろそろ起きろー。」
「んにゅ……すぅ……。」
負ぶっている紅葉に声をかけるがかわいい寝息が聞こえるだけで返事は返ってこなかった。
今度は揺さぶりながらもう一度声をかけてみると身動ぐ様子をみせたため少し大きめの声をかけた。
「紅葉さーん?あの家に着いちゃうんですけど?起きてくれませんかー?」
「やだ……。」
「やだじゃないよ。つーか起きてるじゃないか!」
「おはよう……ございます……。」
狸寝入りができないと諦めた紅葉は名残惜しそうに背中越しから挨拶を交わした。
「『おはよう』というよりもう『こんばんは』だけどな。起きてそうそうだが紅葉の家まで送っていくか?」
「今日は……櫻井先輩のお家に……泊まります……。」
「了解、家に泊まるんだな。うんうん、家に泊まる……ん?家に泊まる?泊まるだと!?」
「ダメですか……?」
悠莉の家に差し掛かりそろそろ紅葉を起こして一人で帰れるか送って行かないといけないか聞くため背中に負ぶさっている紅葉の体を揺すり眠りから醒ますと寝惚け眼をしながら悠莉の家への宿泊を希望した。
想定していない答えに悠莉は言葉の意味を理解するのに言葉を繰り返しようやく理解すると眠そうに目をこすりながら悠莉の返答を待っている紅葉に掛けた声が不自然に高くなっていた。
「そ、そんな急にお泊まりなんてなぁ!?色々準備もあるだろう?着替えとか箸とか教科書とか!」
「教科書はクラスにあるので……、箸は特になくても……着替えは……鞄に入っているので……。」
「準備が良すぎない!?家族!親はいいのか?!娘が外泊なんて心配するんじゃ無いのか?」
「大丈夫です……気にしないので……。」
『家族』という単語に紅葉は一瞬顔を伏せた。背中越しにいて悠莉にはわからなかったが楓はその瞬間を見逃さなかったが、おそらく気軽に踏み込んでいい領域では無いと思い何も言わずにいた。
「外堀が全て埋まったー!でも泊まっていきたいって言われてもだな…。」
「櫻井先輩…言うことは2つ聞いてくれる…約束でしたよね…?それの1つ目のお願いです…。」
「うぐ……約束なら仕方ないな。しょうが無い……泊まっていけ。」
「ありがとうございます…。不束者ですが…よろしくお願いします…。」
何時ぞやの約束で蓮華を教室まで負ぶって行ったときに紅葉からの無言の脅迫で言うことを2つ聞く約束をしていたことを思い出すと、色々頭に言い訳が浮かんでいたが奇麗さっぱり消え失せ約束なら仕方ないなと二つ返事をした。
そんなやり取りをしている間に悠莉の家まで着くと約束通り紅葉は悠莉の家に泊まることにして玄関前で二人のやり取りに呆れている楓と別れた。
「楓また明日な。」
「楓先輩……お疲れ様でした……。」
「はいはいお疲れ様。悠莉は紅葉に変なことしないようにね。紅葉も何かされそうだったら連絡寄こすのよ。」
一人暮らし状態の男の家に泊まるのに女性として心配な事が多く、あまりにも無防備すぎではないかと思い釘を刺した。
だが紅葉からしたら襲って貰った方が都合が良かったので釘は刺して欲しくなかった。むしろ襲ってもいいとGOサインを願った。
「そんなことするか!気を付けて帰れよ。」
「……わかりました。」
「それじゃあまた明日。」
二人に手を振りながら玄関前を後にすると見えなくなるまで二人は楓に手を振り見えなくなると悠莉は玄関の鍵をポケットから取り出し鍵を開けると紅葉と一緒に家に入りリビングに行く前に仏間で線香を上げ母親に帰ってきたことを報告した。
紅葉も同じように線香を上げると悠莉と一緒にリビングへ行き鞄を椅子の上へ置くと二人はソファに並んで座りようやくゆっくりすることができた。
「はあぁ~……やっと我が家だ。ゆっくりできるぞー。」
「お疲れ様です……。」
「ゆっくりしたいが夕飯の支度もしないとな、紅葉何かリクエストあるか?」
「櫻井先輩を……食べたいです。」
「肉系統かー、たしかこの前作った肉ジャガが残っているな。それでもいいか?」
「はい、大丈夫です……。」
渾身のボケを見事にスルーされた紅葉はやるせない思いを持ち、仕返しに姿勢を直すついでに隙間が空いていた距離を埋めた。隣からほのかに甘い香りが漂い、悠莉は首だけ匂いの方へ向けると紅葉が密着と言っていいほどの距離まで詰めていた。
いつも抱き付いたり腕にぶら下がりボディタッチをしてくる事も多く、悠莉は疲れもあり何も言う気力が無かった。
「よし、じゃあ夕飯はそれでいいとして、夕飯にするにしてはまだ早いしな……夕飯まで何するか。」
「ゴロゴロしたいです……。」
夕飯にしてはまだ早い時間に何をして時間を過ごすか紅葉に尋ねると紅葉は答えると同時に隣に座っていた悠莉の太ももに仰向けに頭を乗っけると頭の位置を動かし丁度いい位置に収めると悠莉を見つめ膝枕をさせた。
悠莉も膝の上で動く紅葉に擽ったさを感じながら止めることはせずに紅葉のやりたいようにやらせており、仰向けで見つめてくる紅葉に見つめ返していると紅葉は両手を上げ悠莉の顔を掴みイジり始めた。
「いっひゃいどうひた?」
「伸びる……伸びーる……。」
紅葉はスライムで遊ぶように悠莉の両頬を摘まみ360度グルグルと円を描きながらどこまで伸びるのか計っていた。
「ひほのかほであほふんじゃありまふぇん。」
紅葉から触られている両頬から予想以上の痛みがきてしまって口が回らなくなっていた。そんな状態になっているのを理解した上で紅葉は薄く笑みを浮かべわざと聞こえないふりをした。
「何言っているかわかりません……。」
「ぶはぁっ!人の顔で遊ぶんじゃありませんって言ったんだよ。急にどうしたんだよ。」
紅葉がわかりきってしてきたのはわかっていたため悠莉は紅葉の両手を掴み顔からはなした。
「おもしろそう……だったから?」
「疑問形かよ……。せめてそこはハッキリしてくれないと遊ばれ損なんだが……。」
「……じゃあハッキリさせます。」
紅葉は一度離した両手を再び悠莉の両頬を掴みそのまま手の平で押しては引き押しては引きを繰り返した後に紅葉の小さな親指と人差し指でほっぺたを摘まみ上下左右に動かし最後に大きく丸を描いてから外側に引っぱり伸びきった頂点で指を離し悠莉の顔が反動で揺れているところを両手で取り押さえそのまま腕に一気に力を入れ真下に引き寄せた。
真下に顔を引っ張られている悠莉は急な力の衝撃が首に痛みを与えその痛みに顔を顰め声を出そうとしたが声を出すよりも先に真下で仰向けのまま膝枕をして待ち構えていた紅葉から口を塞がれた。
「んぅ……」
「んんっ!?」
首の痛みを忘れさせるような小さく柔らかな感触が唇に当たり悠莉の首の痛みによる声は紅葉の中へと消えていき紅葉は悠莉の声が入ってくるのを感じると、さらに求めるように手の力を緩めず悠莉の顔を固定し逃がさないように引き寄せた。
引き寄せられた事で触れるほどの感触から存在を主張するように小さく柔らかな感触に厚みができより鮮明に表現された感覚に悠莉の意識も一緒に引き寄せられた。
突然の事に何が起こっているのかどうするべきなのか色々と考えなければいけないことがあるが、悠莉は何も出来ず与えられる感覚と温もりが思考回路の一個一個を停止させていった。
周りの音が消えてから紅葉とのキスは数秒間の出来事だったが二人の時間は進むのを拒み同じ時間を何度も繰り返していた。
どちらとも無く空気を求めるように塞がっていた口を開けるため後ろ髪を引かれる思いでキスは終わりを迎えた。
「ぷはぁ……はぁ……、しちゃった……。」
吐息の艶がいつもと同じように息を切らしているだけなのに紅葉からは年相応以上の女性に見える。
急激に女性らしくなった気がした悠莉はいつも通りの対応を心掛けた。しかし紅葉を見れば見るほど火照る肌や唇を押さえる手の動作に高まる鼓動が限界を知らないかった。
「い、いや、しちゃった……ってレベルを超えているぞ……。え?今キスしたんだよな?口と口がくっつけるやつ……。」
覚束ない口を回しながら確認すると紅葉はソファーに備え付けていた青色の正方形にのクッションに顔をうずくめそのクッションの中に真実を隠すように呟いた。
「はい……やっちゃいました。」
「そ、そうか……やっちゃったか……。そっか……やっちゃったのか。」
キスが終わった後紅葉は悠莉の膝枕から頭を上げ隣に座り直すとリビングに立て掛けられている時計の秒針の音が大きく波打ち音を殺している二人の間に割って入ってきたが、それよりもお互い心臓の音の方が大きく波打っており体を内側から壊すような鼓動を押さえながら目を合わせられない気まずい空気が流れていた。
お互い何かを喋ろうと口を動かそうと意識すると先ほどの小さく柔らかい感触を思い返しそれのせいで意識が削がれ何も言えない状態が続いていた。
だがずっとその空気もままではいられないため悠莉は暴れ狂っている心臓の鼓動に耐えながらも口火を切った。
「そ、そろそろ夕飯にするか!時間も丁度いいしすぐに準備するな!」
「は……はい。」
「椅子に座って待っててくれ!すぐ用意するから!」
悠莉は早口に捲したてるとソファーから飛び上がり逃げ去るように台所で夕飯の準備を始めた。
あまりに早口で捲したてられロクに返事が出来なかった紅葉は台所で忙しなく動いて恥ずかしさを紛らわしている悠莉を見つめさっきまで触れていた唇に手を触れ感覚を忘れないように何度も思い返していた。
台所でわざと忙しなく動いている悠莉はソファーに座ったまま自分の唇に触れて感覚を思い出している紅葉の姿に誤魔化していた心臓の鼓動は一際大きくなり悠莉も先ほどの感触を思い返していた。
唇に当たる小さく柔らかい感触から与えられた温もりに紅葉の吐息が直接体へ入ってくる危険な悦楽に悠莉は頭を振り考えを吹き飛ばした。
どのような意図で紅葉がキスをしてきたのかはわからないがここで変な気を起こし一晩の過ちを犯してしまうわけにはいかないと自分に言い聞かせずっとうるさく鳴り響いている心臓を黙らせるよう右手で作った拳で心臓部を叩きつけた。
「ゴホッ!ゴホッ!いっつつ……何とか心臓は黙ったな。しかしどうしたものか……このまま何事も無く過ごすか、笑って誤魔化すか、しっかり考えるべきか……。いやしっかり考えるべきなんだろうが……。」
力で心臓の暴走を急停止させた反動で咳き込んだが何とか心臓は平常運転に戻り思考回路も付き始め紅葉との関わり方を考えていた。
紅葉がふざけてこんな真似をするとは考えづらく冷やかしやからかい目的でやったとは思えないため、残されているのは紅葉の気持は本物で悠莉とそういう関係を望んでいる。自惚れかと思ったが実際紅葉からキスをされた以上自惚れで済ませるには厳しいものを感じていた。
淡々と考え混んでいると火に掛けていた肉ジャガから沸騰している音が聞こえ慌てて火を消し今はまず夕飯の準備に集中する事にしてとりあえず考えるのを中断した。
それから程なくテーブルの上には夕飯が準備され席に着いた悠莉と紅葉は頂きますと手を合わせ夕飯を食べ始めたが、重たい空気は変わらず無言の食卓が広げられていた。
肉ジャガを摘まみながら紅葉の様子を見ると紅葉は目線を合わせ無いよう夕飯に集中して話しかけても返答が出来るか怪しいと諦め夕飯に集中しようとした時に紅葉は箸を止めないまま悠莉に話しかけてきた。
「あの、先ほどのですけど……私の2つ目のお願いということで……お願いします……。」
「えっ!?あ、ああさっきのことな!紅葉の言うことを聞くっていう約束の2つ目ってことだな!」
キスの件はこちらから切り出していいのか判断が難しく、紅葉からキスの話題をふってくるとは思わず声を詰まらせた。
「はい……、なので返事とかは……考えなくても大丈夫です……。」
慌てる悠莉を確認すると紅葉は小さくゆっくりと夢を棄てる気持ちで呟いた。自分勝手な行動で悠莉の荷物になるのなら、無かったことにして今までと同じように片想いの自分に戻り変わらず接してもらった方が良かった。
「悪いがそれはできない。時間がかかろうと返事はするつもりだ。」
「え……?」
悠莉はまだ夕飯を食べ終わっていないが箸を置き紅葉を真っ直ぐ見ると、紅葉は戸惑いながらも手を止め顔を伏せながら悠莉の顔を窺うように見つめた。
話を聞いてくれる姿勢になってくれたことを確認すると悠莉は紅葉の目を逸らさず真っ直ぐに捉え言葉に力を入れながら考えていた事を話した。
「紅葉があんなことふざけてやる子じゃ無いのは知っている。それに無意識でやってしまったことでも約束ってことにして有耶無耶にさせない。俺は紅葉とキスをした事実は変わらないし、やったことにはしっかり答えをだすべきだと思う。だから俺はたとえ紅葉がいらないと言っても返事をするぞ。」
「……迷惑じゃないですか?私が勝手にしたのに……。」
一度棄てた夢を取り戻され目の前に突きつけられ迷いが生まれた。逃げずに真っ直ぐ向かってくる悠莉を我が身大事で楽な方に逃げてしまった紅葉は直視できないまま置かれた箸を見た。
「迷惑じゃない。少なくとも俺はそう思っている。紅葉はどうなんだ?本当に返事はいらないと思っているのか?」
「私は……できたら……欲しいです……。でも、こんな私なんかが……返事を貰っても……」
「いいも悪いも何も無いだろ、告白するのも恋するのも誰だってしていいんだ。」
紅葉は悠莉の想いは純粋に嬉しかった。悠莉はいつも後ろ向きでネガティブ思考の紅葉を否定しないで寄り添い接してくれる。こんな面倒臭い自分でも見捨てないで真っ直ぐに向き合ってくれている。
悠莉は逃げないで進んでいるのに、それなのに紅葉は他者と関わるのが怖くて逃げているくせに好きな人とは一緒にいたい。離れたくないと子供のわがままを言っている。
それにもっと側で触れあっていたいと悠莉の優しさにつけ込んで都合のよい関係性を築いていきたいと思っている自分が卑怯で惨めに思えた。
そんな自分が嫌いで嫌気がさした紅葉は口にしてはいけなかった単語でお互いを切り裂いた。
「でも……私は……『毒物』ですよ……。こんな……『毒物』なんかが……危険があったのに……勝手にキスして……返事まで貰うなんて……都合がよすぎます。」
紅葉は唇を震わせ自分の事を『毒物』と言い表した。本当は悠莉はから返事を貰いたい、付き合って恋人同士になりたいと願っていた。
だがその願いが強くなるほど紅葉のもっている魔法は『毒』となりその願いを打ち壊してくる。
その単語を聞いた時、悠莉の頭の中で何かが切れた。頭に血が上ってくるのがわかったが流れを止められず勢いは増していき、冷静さを失うには十分な血流が脳に溜まった。
テーブルを叩きつけ立ち上がりその反動でイスは音を立てて倒れたがその音をかき消すほど大きな声が悠莉から発声された。
「二度と自分の事を『毒物』なんて言うな!次言ったら許さねえぞ!」
「あ……ごめん、なさい……。」
「お前は毒物なんかじゃ無いそんなこと言う奴がいたらまたぶっ飛ばしてやる!だから自分で毒物なんか言うな!俺は紅葉がどこへ逃げようと煙に巻こうが絶対に返事を出すからな!?」
「はい……、ごめんなさい……言わないって約束でしたのに……。」
「あっ……、怒鳴って悪かった…。でもちゃんと返事はするつもりだから心配するな。」
悠莉の怒鳴り声に自分が言ったことを思い出し謝る紅葉に悠莉は倒れたイスを起こし座り直すと怒鳴ってしまったことを謝罪しながらも紅葉の言葉に怒りを覚えていた。
紅葉は魔法せいで以前『毒物』と蔑まれていた時期があり偶然その事を知った悠莉は『毒物』と言い散らしていた奴らを殴り飛ばした後に全員土下座させ事態の終息をしたことがある。
それ以降紅葉と一緒にいるようになり『毒物』と言ってくる人はいなくなっていた。だから今紅葉からその言葉が出てきた事に以前の怒りが蒸し返した。だが、それ以前に悠莉は紅葉がまだ自分の事を『毒物』だと認めている事が何よりも辛かった。
「空気を悪くしたが……夕飯を再開するか。この肉じゃが味が染み込んできてるから旨いぞ!」
「いただきます……。」
重くした空気を無理矢理にでも軽くするため夕飯の肉じゃがの器を持ち口にかきこんだ。紅葉も肉じゃがを口に運び、悠莉の言うとおり味は染みこんで深い味を出していた。
「食って寝る!疲れた時はそれが一番だ!」
「食べてすぐ寝たら、ダメですよ……?」
「そうだな、食ってから筋トレしないといけないからな!」
悪くなった空気を戻すように明るく声を出しながら少し冷めた夕飯を再開させた二人は普段通りを意識しながら会話を心掛けた。所々ぎこちない箇所もあったがそこはお互い目を瞑り追求せず時間が自然な関係に戻してくれるのを待ち続け夕飯の時間を過ごしていった。
夕食後紅葉は後片付けの手伝いをしてくれると食器を流し台に運び、備え付けられているスポンジを手に取り水に濡らすため蛇口の栓に手をかざした瞬間紅葉の手は止まった。かざした手は栓を捻ると現れてくる水に対し
て恐怖で震えていた。
「無理しなくていいぞ。まだ怖いだろう?」
「ごめんなさい……、触れたら魔法が……。」
「片付けはしておくから紅葉はソファーに座って休んでいてくれ。」
「はい……本当に、こんな魔法……消えたらいいのに……。」
自分の魔法に恨みと憎悪を込めながら否定するが持って生まれてしまったものを今更取り除け無いのはわかっている。そのせいで、もうどうしようもでき無い事が余計に嫌悪感を高めていた。
紅葉の魔法、『触れた水を有害に変える』即ち紅葉が触れた水は水道水やミネラルウォーター問わず、どんな水でも人体に影響を及ぼす有害な物質に姿を変貌させる。
紅葉自身は有害に変えた水を飲んでも平気なため毒味をしても魔法で変貌したのか、他の人が飲まないと判断ができない。
そのせいで紅葉は自分が水に触れてしまったら危険な毒物に変えて他の人を傷付けると感じて普段から水を触らないように気を付けていた。
水に触れないという事は料理全般はもちろん、お風呂も湯船に入るのなら家族の中で一番最後に入らないと魔法で変貌させたお湯が家族を襲う危険性がある。
湯船に入った後は魔法で汚染させた可能性がある湯船のお湯を捨て、シャワーで洗い流し奇麗にして万が一の可能性を潰している。他にも海やプールなどにも行けくとは出来ず、水泳の授業は見学を余儀なくされ一度も泳いだことは無い。
魔法でここまで生活が制限されることは比較的に少ない事例で他の魔法使いも大なり小なり何かしら不便なモノを抱えているが紅葉にとって魔法は一つの障害だった。
無意識に発動している魔法のせいで水に触れない生活を強いられている挙げ句、自分だけで無く家族や周りを巻き込む毒物として厄介者とされていた。
紅葉は自分が他人と関わると相手に危険が生じると幼い頃から頭に刷り込まれて他者との交流を断ち切っている。
その他者には家族も含まれており、家では水を毒にする厄介者とされ家族から除け者扱いされてきた。それは幼い頃から今も続いている。一緒に暮らしていても何年も家族とは話しをせず関わりを切っていた。
悠莉は紅葉の肩を叩くとソファーで休んでおくように促し一人で食器洗いをしながらソファーで溜息をつき膝を抱える紅葉に目線を送った。
告白とは言えないがキスはもう告白のようなもので返事を出すといった手前、悠莉は紅葉という人物について思い返していた。
魔法のせいで生活も制限され他者との交流も家族とも断ち切る事になった紅葉がさっきの様なことをしてきたのは心からのSOS信号なのかもしれない。
助けて欲しいのに肝心の求め方を知らず孤独に慣れてしまい、精神が疲れ果てているのに気付かないで、誰かに依存しなければ壊れてしまうほど追いつめられている。
いつもの過剰なスキンシップや距離感もそこからきていると考えれば悠莉の存在は紅葉にとってかけがえのない存在になる。
だからこそ紅葉への返事は同情や義務感で考えてはいけない。いらない同情は相手を見下す事にもなり、義務感で付き合えばそう遠くない将来お互い破滅して道連れになる。
選択一つで紅葉の将来を大きく変えてしまう決断を出すのには今の悠莉では荷が重く返事をするのはまだまだ先になりそうだった。
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