第11話 MM部へようこそ! その11
悠莉達が部室に着くと隣町から走ってきたおかげで足の筋肉に乳酸が溜まり足が張り物理的な悲鳴を上げながら悠莉と楓と小森は息を切らし疲れ果ててその場に倒れ込んだ。
悠莉に担がれていた紅葉だけは疲れを見せておらず倒れ込んだ3人に部室に置いてある紙コップの中に指が入らないよう飲み物を準備するとそれぞれに渡した。
紅葉から飲み物を受け取ると流し込むように一気に飲み干し失われていた潤いを確保すると、悠莉はフラつきながらも紅葉の手を借りて立ち上がりすでに部室で待っていた浩一郎の座っているイスまで歩いて行った。
悠莉の状態に浩一郎は不安と心配が入り混じった表情を作り悠莉と小森の事を見ていた。
「浩一郎君……ぜぇ……小森さんから……ぜぇ……ぜぇ……全部聞いた……ぞ……。」
「櫻井先輩……一回落ち着いた方が……。」
「そ、そうですよ。落ち着くまで待っていられますから。」
息を切らしショッピングモールの二の舞になっている悠莉は呼吸を整えすぐに真実を伝える準備をした。
「いや、もう落ち着いてきた……。ふぅ……よしっ、改めて小森さんから全部聞いた。何でこんな事したのか浩一郎君をどうしようとしたのか。話は俺からじゃなくて直接小森さんから言ってもらう。」
「はい……。私から話します。」
悠莉の後ろで同じように倒れ込んでいた小森は悠莉が浩一郎と話し始めるのと同じタイミングで乳酸が溜まり軋む膝を無理矢理上げ一動作ごとに痛みが襲ってくる体に耐えながら浩一郎の前まで歩を進めた。
覚束ない足下に浩一郎は手を貸そうと腕を伸ばすが小森はそれを断り小森は自分の力で心配そうにしている浩一郎に近付き痛みに耐えながらできる限り笑顔を作るも真っ直ぐ浩一郎の目を見れず俯いてしまった。
「あの……浩一郎君、その……ごめんなさい。自分勝手な事に巻き込んで……。MM部に相談したのは……。」
「無事で…よかった…。本当によかった…。」
浩一郎から発声られた一言目に小森の暗く歪んでいた心にあの放課後の時と同じ暖かなオレンジ色の夕日が差し込んだ。
「え……な、なんで……?」
「だって、小森さんが……本当に自殺するかと思ったから……。そうなったら……もう
……だから、無事でいてくれてよかった……。」
浩一郎の声は震えながら消え入りそうなほど乏しい音だったが小森には不思議と体中に鳴り響く大きな音に聞こえた。小森は利用していた浩一郎からてっきり攻められるとばかり思っていてどんなに攻められても受け入れるつもりでいた。
だが実際浩一郎から出た言葉は小森を攻めたてる言葉などでは無く小森が無事でいてくれた事に対する感謝と安堵であった。どうして利用して嫌なことを脅してまでやらせた浩一郎が自分の事を心配してくれてあんな優しく声を掛けてくれたのかわからなかった。
訳がわからないまま小森は早口に全部の本心を曝け出し己を責めるように吐き出した。
「止めて!私は浩一郎君を脅して無理矢理言うことを聞かせたんだよ!?MM部に相談したのだって浩一郎君からはもうあれ以上の事はできないって、快楽を得られないって見限ったから後始末を頼むように相談したの!全部浩一郎君に責任を押しつけて逃げようとしてたのにどうしてそんな優しいことが言えるの!?」
「小森さんの事が大事だからだよ!どんな形でも僕は小森さんの隣に居たいと思ったから!だから……まだ生きててくれたのが嬉しかったんだ……そうしたらまた……。」
小森の悲痛な叫びを聞いても浩一郎は嫌がる様子は見せず、無事でいてくれた事を一番に嬉しく思い微笑みをみせた。
「ダメだよ……、そんなに優しいなら私の側に居たらダメだよ。知ってるでしょ?私は破滅願望が強くてそれにもう魅入られてる……私の側に居たらまたこんな風に酷いことさせられるよ?」
すでに小森は自分が後戻りできないほど破滅願望に魅入られていたのは知っていた。
だがそれを押さえる術を持つことができずに暴走した結果、今回のように浩一郎を巻き込み追いつめ最悪な結末を餌に利用した。
その事が小森の中で罪悪感が大きくなっていき呼吸も安定せずに胸が苦しくなっていた。
「それでも、僕は小森さんの側に居たい。どんなに酷いことをさせられても小森さんと一緒に居たいって思うほど僕は小森さんに惹かれてる。」
「今度はもっと酷いことをお願いするかもしれないよ?孤立とか精神的なものじゃ無くて暴力とかお願いされてもいいの?」
「あんまり酷すぎるのは難しいかもしれないけど……。どんなことをお願いされても小森さんと一緒にいたい。これは変わらないんだ。一緒にいてくれるだけでボクはまた……あの……。」
マニアック過ぎるものは難しいと苦笑いを浮かべるがそれでも浩一郎を小森から目を離さなかった。
ようやく手に入る。様々な出来事を引き起こしてきたけれどこれでようやく手に入れることができる。
手が届きそうなほど前にあるモノに浩一郎は達成感と飢えていた心が満たされていくのを感じた。
「浩一郎君……。」
自分の言っていることはおかしなものだと理解しているが、それを受け入れようとしてくれている浩一郎の姿に小森の恋心は再熱した。
「……なあ最後のやつただのSM願望じゃないか?」
「いえいえレイプ願望かもしれませんよ?」
「シッ……!今いいところだから二人は黙ってなさい……!」
悠莉と蓮華は空気を読まずにバカなことを言って楓から頭に鉄拳をくらい部室の隅に引きずられているのを気にせず、本心を曝け出しても浩一郎の揺るがない気持ちに小森は直視できず目線を泳がせながら手を忙しなく自分のスカートの裾を引っぱるように触り次の言葉が出てこなかった。
戸惑いを隠せていない小森に追い打ちをかけるように浩一郎は意を決してあの夕暮れの教室で言った時と同じように言った。
「小森さん!僕なんかでよかったらまた小森さんの恋人にしてくれませんか?」
「……は、はい。」
顔を赤らめ俯いたまま返事をすると浩一郎は全ての鎖から解き放たれ自由の身になった。
そして今まで会えず話せなかった分を取り戻すかのように小森を強く抱き締めた。浩一郎から伝わる暖かさが温もりを忘れ荒んだ小森にまた幸せを与え、もうこれを壊そうとは思えなかった。
「これで……あの味は……ボクだけのものに……」
「ヤッター!ハッピーエンド!ハッピーエンドだー!」
「ヒューヒュー!惚気てんじゃねーぞコノヤロー!」
「あんた達は黙ってなさい!」
疲労が溜まって頭が正常に働かない悠莉と最近重たい空気が続きふざけられていなかった蓮華は我慢の限界で部室の隅にで空気にそぐわない言葉で雰囲気をぶち壊そうとしていたが楓からの牽制のケリが悠莉の頭と蓮華の腰に襲い掛かり二人は床に崩れ落ちた。
ヤジを飛ばされた当の二人はすでに二人だけの世界に入って悠莉と蓮華のヤジは届いていなかった。
こうしてMM部を巻き込んだ恋人同士の痴話げんかは終わりを迎え、これからも浩一郎は今回のような小森の破滅願望に振り回され今回以上の苦しさや辛さを味わうかもしれない。
だが浩一郎はその辛く苦しい味よりもすでに小森から得られるあの甘く濃厚な蜜の味の虜になっていた。
あの味を味わえるのならどんなに辛く苦しい味でもその先にあの味が待っているのならば耐えられる。どんな形でも、どんな手段を講じろうともあの甘く濃厚な蜜の味が手に入るのならば小森の想いや自分の恋心がどうなってしまっても構わないとさえ思っていた。
すでに浩一郎の恋心は変わり果て、小森への恋よりも禁断の味に魅了され始めて感じていた小森への淡い想いは消えておりあの味を求め彷徨うだけの愚者に成り果てていた。
小森はそんな浩一郎の変化に気付かないまま浩一郎の告白を受け入れ新たなスタートを切れると今度は小森の方が夢と理想を抱いていた。
因果応報とでもいうべきか、浩一郎の夢と理想を打ち壊し禁断の味を与えてしまい逃げられないようにしていたはずが今ではその逆になり浩一郎が小森の夢と理想を打ち壊す側へと回っていることにまだ小森はまだ気付いていないが、数週間後には否が応でも気が付いてしまいそして気付いたときにはもう全てが遅かった。
そんな結末はいざ知らず今はお互い一時の幸せを噛みしめるように抱き締め合い仮初めでできた抱擁が終わると浩一郎と小森はMM部にお礼をした後に頭を下げ二人は手を繋ぎながら夕暮れに染まった校舎を後にした。
「ようやくこれで一件落着……だな。」
「最後はなんかただの痴話げんかに巻き込まれた気分だけどね。」
「やっと重い空気から解放される~、うちでシリアスなんて無理ですよ。」
「お疲れさま……でした……。」
浩一郎と小森が部室から去って行くと、悠莉、楓、蓮華の3人は一気に脱力しイスに座りこんだ。ようやく張り詰められていた空気と最後に残された甘ったるい匂いに解放されいつもの緩い空気が戻ろうとしていた。
「みんなお疲れ様、これで終わりといきたいけど……実は悠莉くんに素敵な報告があるんだ。」
「え?素敵な報告?なんですか!?何かご褒美でもあるんですか!?」
これにて一件落着したように思えた一行だったが、菫はまだ何かあるように悠莉に素敵な報告があると笑顔で申し上げた。
悠莉は菫のその報告が気になり今回屋上から紐無しバンジーや隣町町内マラソンに片道ダッシュなど体を張ってがんばった事を自負しておりそのご褒美が貰えるかと気分があがっていた。
一体どんな素敵な報告なのか、プロテインか筋トレグッズを貰えるのか…それとももしくは前に話して菫のあられもない姿の写真なのか悠莉の妄想は膨らんでいた。そんな妄想をしているのも楽しかったがやはり答え合わせの方が楽しみで待ちきれず悠莉は菫に何を貰えるのか緩みきった笑顔で聞いていた。
「菫先輩勿体ぶらないで話して下さいよ!一体何を貰えるんですか?」
「貰えるか、そうだね確かに貰えるよ。」
「なんですかなんですか!?」
腕組みをしながら頷き楽しみにしている悠莉に脅迫行為のお灸をすえるかの如くゆっくりと話しだした。
「先生からの有難いお説教がね。」
「ゑ?今何と仰いました?あの、聞き間違いじゃ無かったらお説教と聞こえたのですが…。」
楽しい妄想から一変して悠莉は耳に筋肉が詰まって聞き間違いをしたのではないかと菫に今一度聞こえたことを聞き返した。
間違いであって欲しい、いやきっとそうに違いないあれだけ体を張ってがんばったのだからお説教などくらう筈がないそうに違いないと自分に言い聞かせながら菫からの返答を待っていたが世の中自分の思い通りにはいくわけもなく悲しい答えが返ってきた。
「その通り一つも聞き間違えていないよ。悠莉くんが屋上から飛び降りた後に先生が屋上にやって来てね、あんなバカなことした奴は誰だってお怒りだったよ。」
「屋上から飛び降りた……ってアンタ何やってんのよ!?」
ショッピングモールで一度聞いていたが何かの冗談だと本気にしていなかった楓は本当に屋上から飛び降りた事を知り絶句した。
「うるせえ時間が無かったから仕方なかったんだよ!菫先輩もちろん誤魔化してくれたんですよね!?」
「ちゃんとそんなバカは2年A組の櫻井悠莉くんですと答えたよ。」
菫の表情は笑顔を見せていたがその裏に悠莉が今回行った行為への怒りが置かれていた。
「嘘だろう!?明日生活指導送りじゃないかー!?」
「今回ばかりは部長が悪いですからね。しっかりと反省してきて下さい。」
「一緒に生活指導受けますよ……?」
「気持ちだけ貰っておくよ紅葉……、はぁ~せっかく奇麗にまとまったと思ったのに最後にこれかよ……。屋上から飛び降りるぐらい大目に見てくれてもいいだろう。」
「何バカなこと言ってんのよ。こってり絞られてきなさい。」
一片の希望も無くなり力無く項垂れると完全下校時間を知らせるチャイムが悠莉の気持ちを映し出したように日が暮れて暗くなってきた部室に響きわたった。
最後の最後に酷い仕打ちを喰らった悠莉はやってしまった事は仕方がないと諦めて受け入れ天井を見上げながら溜息をついた。そんな悠莉に紅葉は元気を分けて励ますように腕に組み付き何も言わず悠莉の隣を独占した。
恋人でも無い関係にしては近すぎる距離感で異性が腕に組み付いてくれば思春期の男子高校生ならば意識してしまうだろうが、悠莉にとって紅葉からのしてくるボディタッチは出会った当初からされてた。おかげでもうすでに馴れているため驚きも無く悠莉は紅葉の頭を抵抗なく撫でている。
そんな2人のやり取りもMM部では当たり前の光景で、楓達は何も言わずに着々と帰りの支度を終した。
全員が帰り支度を終わらせてから部室に鍵を掛け職員室まで鍵を返すため悠莉は腕に組み付いている紅葉をぶら下げ放課後の廊下を歩いた。
他のみんなには先に下駄箱で待っていてもらい完全下校時間が近い学校には生徒の人影は無く差し込む夕日は悠莉と紅葉だけの影を廊下に作り出し鍵を返しに行っている悠莉と紅葉は現状二人きりになっていた。
「はぁ~明日先生と生徒指導室で話し合いか……嫌になるな。」
「不安なら、一緒についていきますよ……?」
「さすがにそれは紅葉に悪いから遠慮しておくよ。」
組み付いている紅葉は悠莉の顔を覗き込むよう小さな顔を前に出した。悠莉は腕の痛みを堪えつつ笑みを作って答えた。いつも悠莉を一番に心配してくれる紅葉の優しさに癒やされながら屋上から飛び降りた際の痛みが残るのを我慢していた。
「そう言えばもう終わったことだけど何で紅葉達が隣町にいるって菫先輩はわかったんだ?紅葉は何か知らないか?」
「菫先輩に教えたの……私です……。昼休みに隣町に行くと、メッセージを……。」
覗き込んできた小さな顔に夕日が這い寄り深い影が浮き彫り初めた。
「そうだったのか、教えてくれてて助かったよ。でも俺にも一言あっても良かったんじゃないか?なんて掘り返したら意地悪いな。」
「すいません……。実は今回の件…‥本当は菫先輩と二人だけで連絡を取り合ってたんです……。」
2人の影が伸びている廊下で悠莉は今回の件で気になった疑問を軽い気持ちで思いつき紅葉に聞くと、腕に組み付いていた紅葉はその手を離し悠莉の腕から降りた。痛みから解放されたが紅葉が急に離れたことに悠莉はザワつきをかんじた。
そして腕から降りた紅葉はそのまま足を止め窓から刺さる夕日によってできたオレンジ色の場に立つとそのまま顔を俯きゆっくりと答えた。
俯いた紅葉の顔色が気になったが丁度紅葉の顔に夕日が差し掛かり俯いている顔に影が足され、その影は表情を覆い隠し呑み込む深い影に姿を変え紅葉の表情は真っ暗になり紅葉の表情が悠莉にはわからなかった。
「菫先輩と連絡を取り合っていたのは別に悪いことじゃないからそんな謝る事じゃないぞ。」
「今回の件……菫先輩と、意見が一致したんです。それで……全体報告とは他に……連絡してました……。」
隠し事がバレてしまい怒られてしまうと恐れるように小さな体を震わせた。
無論悠莉は怒る気は端から無いが、震えてしまっている紅葉をこれ以上追いつめてはいけないと言葉を選んだ。
「菫先輩と意見が一致したって……じゃあ紅葉も最初から小森さんを疑っていたのか?」
「はい……何か知ってる……いえ、ナニかしていると……そんな匂いがしたので……。」
悠莉は小森から特に何も匂いや変な感じはしなかったが、紅葉は熟し腐った果実のような匂いを感じていた。
その匂いはヒドく甘く花に纏わり付き蜂蜜を鼻に塗られた感覚を初対面の時に味わっていた。
「そうか……2人共スゴいな。これが女の勘っというやつなのか……。俺は筋肉の声を聞いてもサッパリだったぞ。大まかな感情しかわからないから仕方ないけどな……。」
「私のは、女の勘……とは違います。だって、初めから櫻井先輩やMM部の皆さん以外の人……誰一人信用していませんから。」
紅葉は初めから小森のことを信用などしておらず終始疑惑の目を向け続け、同じように小森に不信感を覚えていた菫とお互い疑いの目線が小森に向いているのを知ると何も言わずとも互いの意見が一致していると悟り裏で二人は共同しながら小森の監視をしていた。
日中の学園生活は紅葉が見守りの仕事をしていたのでその時の情報を送り、反対に帰り道ではそちらを担当していた菫から情報を送りお互い情報共有をしながら小森が怪しい動きをしないか目を光らせていた。
その事を悠莉に告げると紅葉に刺していた影は紅葉が悠莉に隠し事をして感じていた罪悪感のように次第に大きくなると、顔から首へ、首から胸まで浸食していき、ついには上半身を包み込むほどに成長した影は悠莉に紅葉の表情は疎か存在自体が影に消えていく錯覚さえ覚えさせた。
悠莉はその影に浸食されて消えそうな紅葉に向かってまだ影がきていない右手に慌てて掴み確かに存在している事を確認するとそのまま紅葉が影に消えないように引き止めるため手を握った。
「そんな回りくどい方法をとってたのは俺が小森さんを信じていたいっていう我がままをきいてくれたからなんだろう?」
「櫻井先輩の考えの……はぁっ…邪魔になりたく無くて……隠し事をして……。はぁっ……はぁ……信じようとしてる皆さんに……隠し事して……ごめんなさい……。」
息が乱れ呼吸が速まる気配に悠莉は握っている手に力を込めちゃんと自分がいる事を伝えた。
「俺のためにありがとうな……、二人には特別迷惑をかけたな。紅葉、だからそんなに自分を責めるな……。隠し事をされたぐらいで俺は紅葉を嫌いにならないし軽蔑したり怒ったりもしない、みんなだって同じだよ。」
「でも……はぁっ…はぁっ…ごめんなさい……、ごめんなさい……。」
握っている手も紅葉を落ち着かせるには何の役にも立たず呼吸は荒くなる一方で治まる気配が無い。それでも悠莉は諦めずに紅葉に言葉をかけ続けた。
「信用しようとしてくれてるだけでもうれしいよ。」
悠莉は謝る紅葉の手をしっかり繋ぎ直しここで離したら嫌な予感がしていた。
紅葉は元々人間を一切信用していない強い人間不信を抱いている事は紅葉と出会った時から変わっておらず、人間を信用できなくなっていた紅葉は自分は最低な生き物だと自分を責め続けるのを放っておけずMM部に入部させ、それからようやく悠莉や部員達の事を信用できるようになってきていた。
なので悠莉からしてみれば初対面の小森を疑っていたのに納得はしており、自分達に隠し事をしていたとは言えやっていたことはただの同じ考えをしていた部活仲間の菫と意見交換をしていただけで、その理由も自分勝手な事で悠莉の邪魔をしたく無いからという考えがあったから行ったにすぎず誰からも責められる筋合いは無い行動だ。
むしろ最悪な危険性を考えて事前に手を打って対策し部員の安全を考えた行動をしてくれた紅葉に悠莉は感謝していた。
紅葉が責任をとることや怒られる要素などどこにも存在していないが紅葉は隠し事をしてしまった事が信用を裏切ったと感じてしまい罪悪感でできた影から縛られたように体を震わせ、その震えは掴んでいた右手を通じ悠莉の手に伝わりその震えは手だけでは留まらず悠莉の心まで不安に震えさせた。
「大丈夫だ!紅葉は誰も裏切っていない!隠し事だって俺達の身を講じてくれた結果だ!だから誰も悪くない!」
「はぁっ……!はぁっ……!ごめんなさい……はぁ……!ごめんなさい……。」
紅葉の焦点は悠莉を捉えようとしていたが左右に小刻みに揺れ視界に靄がかかり体から酸素が失われていった。
「謝るな!紅葉は正しいことをしたんだから責める必要は無い!今日だって紅葉のおかげで居場所がわかって向かうことができたんだ!」
「はぁ…!はぁ…!はぁ…!ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「紅葉?しっかりしろ紅葉!紅葉!」
握っている手から伝わってくる震えは呼吸が浅く速くなっていくにつれ大きく揺れた。
どんなに強く握っても震えだした手は止まらず悠莉は思わず両手で包み込むが紅葉の罪悪感まで包みこむことはできなかった。
そして紅葉に呼吸が安定しないままの状態で裁くように罪が襲ってきた。
「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
紅葉の体から力が失われ握っていた手から力が抜け落ち罪悪感に心臓を握り潰され呼吸を上手く出来ず浅く速い呼吸を何度も何度も繰り返しながら目の前にいる悠莉に自分の過ちの許しを乞うべく何度も何度も何度も何度も謝り続けた。
過呼吸になりかけている紅葉は言葉を止めることなく謝り続け悠莉はそんな紅葉を見ていられないと握っていた手を引き寄せ力無く座り込んで謝り続けている紅葉を強く抱き締めた。自分よりも一回り以上小さい紅葉は悠莉の体に丁度収まり外敵から守るように体の中で震えている紅葉を包み込んで落ち着きを取り戻すまで言葉をかけ続けた。
言葉をかけ続けている間悠莉は紅葉がここまで自分を追い込み責め続けていた事に気付かず軽い気持ちで話題を振った自分のバカさ加減に情け無くなり怒りを感じていた。
部員の安全が第一と誓っておいて紅葉にこんな辛い想いをさせてしまう事になってしまい鉄の味がするほど唇を噛み締めた。
「ごめんな……!辛い想いに気付いてやることが出来なくてごめんな……!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「もういい……!もう謝らなくていいから…!」
自分を責めることでしか罪の償い方を知らない紅葉は何度も何度も謝り続けた。呼吸が上手くできず酸素を取り込めなく酸欠になりかけ苦しんでも止めることは無くただただ謝り続けた。
呼吸困難になり苦痛を伴おうとひたすら謝り続ける紅葉を見ていられなくなった悠莉はいてもたってもいられず、今にも潰されそうなその小さな体を罪悪感から守るように抱き締めた。
「うっ…ゲホッ!ゲホッ……!うっ…!ごめん……な、さい……ご、めん……な……さい……」
「紅葉…?どうした…?おい紅葉!?」
過呼吸になりながらも常に休むこと無く謝り続けていた紅葉の体は限界が訪れ糸が切れたように動きを止めそのまま悠莉の胸の中に倒れ込んできた。
急に意識を失い倒れ込んできた紅葉に焦燥感を駆られたが胸の中から聞こえる静かな寝息に悠莉は胸をなで下ろし今度は悠莉が力無く床に座り込んだ。
体からの自己防衛で気を失ったのか紅葉は悠莉の胸の中で眠るように意識を失い寝息をたてていたが顔色は悪いままで悠莉は油断できな状況にいた。
とりあえずゆっくりと休める保健室に運ぼうかと思ったがすでに完全下校の時間で先生達も帰っている人がいるため、まずは職員室に行き保健室の先生がまだ残っているか確認した方が二度手間にならないと考え鍵を返すのとついでに保健室の先生が残っているか確認しに眠っている紅葉を起こさないように背中に背負い職員室まで向かった。
「ごめんな紅葉……。そこまで追い詰めていたなんて思ってもいなかった……。人間不信になったことを一番に気にしていたのは紅葉だったのにな……。紅葉は悪くない……気付かなかった俺が悪い。そうだ、俺がしっかり守らないといけない。紅葉も楓も蓮華も菫先輩もみんな……守らないと……。『魔法』のせいで居場所を失ったみんなを俺が守らないといけないんだ。そのためのMM部だ。」
悠莉は紅葉を背負ったまま自分に言い聞かせるように呟き部員全員を守ると決意を新たにしてすでに夕日は落ち影が支配している廊下を歩き始めた。
MM部は表向きとしては生徒の悩みを相談する活動のため設立されているが、本来の目的は楓、紅葉、蓮華、菫達の居場所を作るために悠莉が設立した。
正確には『魔法』のせいで自分の居場所を失い彷徨える魔法使いの居場所を作るために設立された。
紅葉も蓮華も菫も望みもしない自分の『魔法』のせいで勝手なレッテルを貼られたり嫌悪されたり邪魔者にされたりと世間から追い出された者の集まりがMM部だ。
『魔法』が発見され魔法自体は大した威力が無いとわかってから表向きは平和で差別は無いと言われているが、社会問題にまで発展しないものの差別や批判は存在していた。
誰もそれを問題視する気が無く揉み消しや表に出てきても知らない学校でイジメがあった、どこかの地域でスリがあった、どこかで自動車同士の衝突事故があった程度の認識しか示さない。
問題にならないだけで辛く悲しんでいる者は存在する、悠莉はその事を知っているためMM部を設立しみんなを守るときめていた。
悠莉の呟いた決意を朦朧としている意識の中聞いていた紅葉は全身に力が入らず何も反応出来なかったが悠莉の言葉はしっかり心に入り罪悪感が消えていくのを感じる事が出来自然と笑顔を浮かべ再び意識は遠のいていった。
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