第6話 MM部にようこそ! その6
授業後の休み時間になっても小森の見守りは続いている。休み時間に先輩が教室まで行くと周りから不自然がられる可能性があったので休み時間は同学年の蓮華と紅葉がA組から隣にあるB組に顔を出していた。
蓮華達が授業が終わったばかりのB組を覗くと周りの生徒達は席を立ち短い時間の中だが退屈な授業の愚痴を言い合ったり友達と会話を楽しいんでいる中、小森は誰とも話さないで次の授業の準備を黙々としていた。
いや、話さないといべきより誰も小森の近くには寄ろうとせず、小森の席の周りだけ一線ひかれてそこから先は危険地帯を知らせるような雰囲気が醸し出されてクラスメメイト達は全員見て見ぬふりをしてる。
確かに小森には援交や男遊びをしていると噂がでているがそれをネタに酷いいじめのようにからかわれたり暴力や持ち物に何かされている様子は無くいじめられて無視されているより、どちらかというと関わらないように避けているようだった。
イジメによる無視なら無視している相手の反応を見てそれを笑いの種や玩具にしてクラスの笑いものにさせるため、定期的に相手を見る必要があり距離を置いても目線は向くはずだ。
だが、今の小森の事を見ている人物は誰もいない、さらに小森の様子を話しているクラスメイトさえおらずイジメとは違う避け方をされていた。
そんな教室を入り口から覗いている蓮華と紅葉はこの消化不良な空気が気になっていたがほぼクラスメイトがほぼ全員がいる教室で「何でこうなってるの?」など聞ける事もできず、ましてや教室に入って小森の席まで行って仲良く話しに行くのも勇気がいる状態だった。
「なんだか気味が悪いね……。あの噂だけでここまでなるかね?なんか魚の骨が喉に詰まってる感じ……。」
小森を認識しないように存在を把握していない教室の様子に蓮華は顔を顰めていた。
「刺さってる感じね……。確かに……何か変な雰囲気……。」
蓮華の言い回しに訂正を入れ紅葉もB組の小森を認識していない様子に違和感を感じていた。
「ここでドりゃー!って突撃したらどういう反応するかな?」
気持ち悪い雰囲気を見ていると壊したくなった蓮華は冗談のつもりで紅葉に話した。
「……案外いい案かもしれないよ。蓮華ちゃんが小森さんに突撃した時……周りのクラスメイトがどんな反応するか……試す価値はあるよ?」
「ええ、めっちゃ勇気いるんだけど……。ええいままよ!女は度胸!蓮華、行きます!」
冗談で言ったことを真に受けられ引けに引けなくなった蓮華はヤケクソ気味に扉の前に立った。
「気を付けてね……。」
「オッケー!オッケー!見ててね紅葉ちゃん!すぅ……はぁ……失礼しまーす!お邪魔しにきましたー!」
蓮華はB組の扉を勢いよく開けると扉から聞こえてきた大きな音と改造制服を着ている女子生徒という目を引く組み合わせに教室内の雑談は止まりクラスの視線は蓮華に注目されていた。
自らやっておいて多くの視線が一気に集中してたじろぐもすぐに頭を振りきり目的である小森の席まで視線に耐えながら向かった。
援交や男遊びの噂だけでこの教室の雰囲気が作られていると感じるには違和感があった蓮華達は、昨日の盗撮の件もありあまり悠長に構えておけないと思い多少強引な手にでていた。
「小森ちゃん!借りてたノート返しにきたよ!」
蓮華は言うなりノートを懐から取り出し小森の前へ差し出した。
「れ、蓮華ちゃん!?どうしてここに……それよりノートなんて貸してたっけ……?」
「この前一緒に勉強した時コピーとらせてもらったときだよ!いや~ごめんね返すの遅くなっちゃって……。」
後に引けない蓮華は戸惑う小森にお構い無しでノートを押し売りのように押しつけた。
「う、うん。それは平気だけど……あれ?このノー…ト…?」
「あ、私次移動教室だからもう行くね!バタバタとしちゃってごめんね!んじゃまた今度ね!」
「あ……え、えっと……何だったの?ノートなんて貸してたことなんて無い…よね?」
口八丁で小森にマシンガントークを炸裂させ相槌を打つ間もなく呆然としている小森を後ろに蓮華は脱兎の如く教室から消えた。
教室には何をしにきたのかわからないないまま準備していた次の授業で使う教科書を両手で持ったまま固まっている小森だけが取り残されていた。
嵐を引き起こした蓮華はB組から出ると廊下で待っていた紅葉の近付きそのまま紅葉を抱き締めると勢いに任せて行動のツケを払うように顔が赤くしながら涙目になりながらヤケクソ気味に誇ってきた。
「どうよ紅葉ちゃん!やったよ!やりましたよ!全身全霊でやりきったよ!あの空気の中突っ込んでみんなの視線を独り占めにしてやりましたよ!」
「うぎゅ……蓮華ちゃん苦しい……。」
「あ!ごめんごめん、つい照れ隠しで抱き付いてしまったよ。それで紅葉ちゃん、私の羞恥心を犠牲に何かわかった?」
胸に紅葉の頭を抱えるように抱き締めていると胸から苦しそうな悲鳴が聞こえ蓮華は手の力を弱め紅葉を解放した。
「うん、蓮華ちゃんが小森さんに話しかけた時……クラスの人青ざめてた……。」
「青ざめてた?それはあれかな?『やっちまったなぁああ~コイツ……。死んだぞ。』ってやつかな?」
「多分そうだと思う、みんな何かに怯えているようだったよ……。」
蓮華小森に接触した際に紅葉が見たものは、談笑や次の準備をしているクラスメイト達の青ざめた表情だった。
その表情は何かに怯え自分のせいではないと言い訳して自分を正当化する様子は許しを請うように見えた。
そして小森に話しかけている蓮華に向けられていた視線は何かを訴えようとするも言うことを禁じられ破れば罰せられてしまう恐怖心が見え、それからはこれ以上何かを起こす前に早く終わって欲しいと悲願する目になっていた。
「そうなると……、茜ちゃんをああいう状態にしておかないと犯人から怒られるってこと?じゃあ犯人はクラスの人を脅してまで茜ちゃんを追い詰めてる?」
蓮華はB組の様子から犯人はクラス全員を脅している可能性を考えていた。だがそうなると、犯人がクラス全員を脅してまで小森を追いつめる理由がわからず蓮華は思わず頭を抱えた。
「どうだろう、犯人が小森さんをクラスメイトの前でヒドいことしてて……余計なことをしたらもっと酷い仕打ちをするって言われてるのかも……。」
頭を抱える蓮華に紅葉は反対に脅されているのがクラス全員ではなく、小森の可能性を考えていた。クラス全員を脅しにかけるなど
「何にせよクラスメイトは茜ちゃんの事に対して何か知っていて口外できない理由がある。あと、茜ちゃんをクラスで孤立していないといけない理由もあると……。」
「うん、この事は櫻井先輩達に伝えておくね……。」
「よろしくね紅葉ちゃん。」
紅葉は今蓮華と話したこととクラスの状況を簡潔にメッセージにまとめグループに送信した。合間の休み時間で既読が付くか不安だったがすぐに全員から既読がつき、悠莉から指示が送られてきた。
『報告あろがとう。蓮華と菫先輩は昼休み部室集合。楓と紅葉は小森さんのボディガードをしてくれええ』
「ふふ……、櫻井先輩打ち間違えてる……。」
スマホに送られてきた悠莉のメッセージに打ち間違えがあり、思わず短い笑いを零してていた。
「紅葉ちゃん!?目!目が怖いよ!?それハイライト仕事してないよ!?笑うなら目も笑って!?」
「え……?そうかな……。」
紅葉にとってはただ悠莉の打ち間違えを笑っただけだが、蓮華には目から光を失うにつれ口角だけが上がっていき、目と口が反比例しながらスマホを覗いているホラー映像に映っていた。
「でも可愛いからオッケーだよ!いいなー部長、紅葉ちゃんにこんなに好かれてて。」
「櫻井先輩は……私の、恩人だから……。だから、私の全部で……恩を返すの……。」
「そっかそっか!じゃあ部長のためにもがんばりますか!」
メッセージを読み短く『了解』とだけ送りスマホを仕舞うと、次の授業まで時間が迫っており紅葉と蓮華は次の授業について話しながら自分のクラスへと戻っていった。
そして、彼女達が教室を去った後B組から騒ぎ声の一つ聞こえず誰もいないのを思い起こさせる物静かな雰囲気が感染して異変を感じさせていた。
B組の生徒達は最初関わらないようにしていた小崎に蓮華が話しかけてきた時から話し声は止まり、影で蓮華を止めようとする動きを見せようとする者もいたが近くにいたクラスメイトから止められ何もできなかった。
話題の渦中にいる小森はクラスの雰囲気など気にする気は無く興味がない手つきで机の上に置いていた教科書を意味も無くめくり、数秒で最後のページまでめくり終えやり場の無くなった手で頬杖をつきそのまま溜息をこぼした。
自分を中心にクラス全体が空気を変えている状況にはすでに馴れ親しみ、窓を眺めていた小森が反対方向であるクラスの方に視線を向けるとクラスメイト達は目線を下に降ろすか逆方向にズラして目を合わせようとしない。
その上視線に入っていないクラスメイトまで目を逸らす徹底した行動に孤独感による悲しみよりも呆れを通り越し感心の域に入っている。
自分の一挙一動にクラスが警戒しているのが飼い主の顔色を伺うペットに思え小森は教室にいる間はずっと溜息しかついていない。最近はクセのように溜息をつくようになり今も何百回とついたか覚えていない溜息を無意識のクセで行おうとした所に一人の男子生徒が近付いてくる影があった。
「小森さん、さっきの人MM部の人だよね?何かあったの?」
「え?!ううん!ただノートを返してもらっただけだよ。」
いないように扱っているクラスメイトが急に話しかけてきたことに驚きを見せながら蓮華が持ってきたノートを引き出しから取り出し男子生徒に見せた。
クラス全員が徹底的に無視している中話しかけてきた男子生徒に戸惑いと困惑が小森の中で生まれ、男子生徒を警戒しながら表情を覗った。
「へー……ノートを……ね。そうなんだ、てっきり何か相談しているのかと思ったよ。」
「そんな事無いよ……。そろそろ次の授業始まっちゃうよ?」
男子生徒の何かに渇望する眼差しは小森の背中に悪寒を走らせた。ザワつく背中を悟らせないよう笑顔を作り上げ一刻も早く男子生徒の眼差しから逃れたかった小森は逃げるように席へ戻る理由を作った。
「そうだね、じゃあこれで失礼するよ。」
「うん、心配してくれてありがとうね……。」
アッサリと席へ戻る意思が見え小森は安堵したが背中の悪寒は今だザワつき男子生徒の顔を見ることはできず下を向いた。
「何かあったら言ってね、みんな小森さんの味方だから。」
「……ありがとう浩一郎君。」
小森に話しかけてきた男子生徒の正体は浩一郎であり、他のクラスメイトが近付かない雰囲気に目も暮れず急に話しかけてきたことに驚きがあったが何とか自制心で押さえ込み何くわぬ顔でお礼を言い視線を自分の机に戻した。
小森の対応に話が終わったと感じた浩一郎は自分の席に戻る際に小声で放たれた言葉が小森の耳を突き刺した。
「昨日の写真お気に召しました?ふふっ……これでいい……これでいいんだ。あと少しなんだ…!誰にも邪魔なんかさせない……!」
小森にしか聞こえないほど小さな声だったが小森に恐怖を与えるには十分だった。
「なっ……!?」
浩一郎から放たれた言葉に小森は蛇に睨まれたように体が竦み頬に冷や汗が一筋流れ落ちた。盗撮のことはMM部の人達以外誰にも言っていない、ましてやクラスの人とは一度口を聞いていないためその情報をクラスメイトが知っている事などありえない。
現状盗撮のことを知りえているのは被害者の小森と相談したMM部、それと盗撮を行った犯人しか知らないはずだった。だが浩一郎の目は何か見透かしたようにハッキリと小森にだけ聞こえる声量でどんな反応をするのか楽しむように言葉を残していた。
小森は浩一郎の言葉が蜘蛛の糸のように心に絡みついて蜘蛛の巣に囚われた獲物の気分のまま午前中の授業を受けた。案の定そんな状況では集中などできずノートをとる手は止まり先生の話も上の空で何も頭に入ってこないまま昼休みを迎えていた。
小森が上の空から戻ってきたのは4時間目の授業終了のチャイムによって昼休みを迎えクラスが昼休みムード一色になってからだった。
どうやら意識が上の空にある間に午前中の授業は全て終了していたらしく小森は机の上に置いてあった使わななかった教科書を鞄にしまい込む代わりに弁当を取り出した。
その弁当を持ったまま教室から出ると廊下には最近一緒にご飯を食べている楓と紅葉の姿があった。
楓は弁当で紅葉はコンビニ袋持っており小森が合流するといつも一緒に食べている屋上へ階段を昇って向かった。
屋上は昼休み中開放され生徒達が好きに使えるスペースになっており、MM部に相談をした日から小森は楓と紅葉の3人昼休みを屋上で過ごすようにしていた。
いつも通り屋上にやってくると生徒達が疎らにいるが混んでいることは無く屋上に設置されている3人掛けベンチに腰を下ろし女子の昼食会が開かれた。
「小森さん、教室で何か変わった事はなかった?蓮華が特攻してきたらしいから何か動きがったら教えてね。」
「特に何も変わっていません……。」
朝の浩一郎の事が頭に過ったが浩一郎の声を思い返すだけで背中にあの時の悪寒を思い出すため小森は切り出せずにいた。だが、そんな異変を逃さない瞳が小森の嘘を貫いた。
「小森さん……人が嘘をつく時って瞬きが増えて目が左上に向くんだよ……。今の小森さんにピッタリ……。」
「え!?う、うそ!?」
紅葉の指摘に小森は慌てて持っていた箸を弁当箱の上に置き自分の顔を触って確認したが目線や瞬きなど自分では確認する事ができないと思い手を止めるが、どうやら時すでに遅く楓と紅葉からの視線が痛いほど貫いていた。
紅葉に嵌められて顔を落と言い逃れできない状況に諦め今朝の浩一郎との一件話した。
「はい……、実は今朝蓮華ちゃんが教室を出て行った後に男子生徒が声を掛けてきたんです。」
「男子生徒が?あれ?でも蓮華の報告なら教室の雰囲気は小森さんを避けているように書かれてたけど?」
報告と違う環境に楓は頭を捻らせ小森に聞き辛いことを直球で聞いた。
「それはその通りです……。クラスからは避けられています、だから急に話しかけてきた子が不気味で怖かったんです……。」
「避けられてる子に話しかけてくる男子生徒……。その男子生徒からは何か言われたりしていない?例の写真の件とか。」
「えっと……それは……。」
「言い淀むということは……言われたんですね……。」
言い辛そうにしている小森の変わりに紅葉は答えを先出しした。
「う、うん……。『昨日の写真はお気に召しましたか?』って、私の反応を楽しむように聞いてきたの。」
「何よそれ……一体どこの誰よ!?名前を教えて、ぶっ飛ばしてくるわ!」
怒りが達した楓は弁当を持ったまま立ち上がり箸を握りしめた。
「楓先輩……落ち着いて下さい……。ぶっ飛ばしたらダメって、櫻井先輩言ってました……。」
「犯人なのよ!?このまま見過ごせるわけないでしょう!」
「ダメです……。問い詰めても、証拠が無いって……シラをきられるだけです……。」
楓の怒っている理由はわかっているが証拠も無い状態で問い詰めたところ決定打に欠けるため意味が無かった。
それに問い詰めたせいで犯人を中途半端に追いつめて過激な行動に出られる危険性もある。紅葉はそうなると面倒事が増えてしまうのが億劫だった。
「殴って吐かせるでいいでしょう。」
全て拳で解決できると思った楓の言葉には不思議な説得力があった。
「それはもう……脅迫になります……。」
犯人と思われる人物からの挑発と思われる行動に楓は舐められているのが気にくわず箸を持ったまま握る拳を作っていた。楓の拳から箸が軋む音が聞こえ片手で箸を折りそうな勢いに引目を感じながらも紅葉は小森の表情を伺っていた。
小森はこの大事なことを二人に嘘をついてまで隠そうとしていた。こちらが偶然嘘を見抜いたから彼女の口から聞くことができたが、もし気付かないでいたら状況は悪化していてもおかしくない。
怖くて言えなかった、盗撮までされてそんな理由では納得ができないし、何よりこんな犯人に繋がる情報を伝えないで隠すなど小森が何を考えているのか紅葉にはわからなかった。
楓はそんな小難しい事は考えておらず、犯人がわかったのならぶっ飛ばすと悠莉に似た脳筋な考え方をしていた。頭に血が上って冷静さを欠いてる楓に紅葉は最低限の抑止力で抑えると小森に被害が出ないように目を立てて勝手に周りを警戒してくれている楓を利用して、小森の行動を目を離すことなく監視した。
「そういえば聞きたいことがあったんですけどいいですか?」
「何でも聞いていいわよ。」
「お二人はどうしてMM部に入ったんですか?」
教室であった嫌なことを忘れようと現実逃避するように話題を強引に変えてきた小森に楓は気持ちを落ち着かせてから男子生徒の事を聞ければいいと思い小森の話題に乗っかった。
「ああ……なんて言うか成り行きかしらね。私悠莉とは幼馴染みだから悠莉が始めるって言ったのを聞いてそのまま手伝う形で入ったのよ。」
「私は……櫻井先輩に助けられたから……。近くにいたいと思って……。」
紅葉は顔を赤らめ指先を弄くりながら悠莉に助けられた時のことを鮮明に思い出していた。
「おお!幼馴染みの手伝いと先輩に恋したからなんですね!久々に恋バナを聞きました!」
「悪いけど私のはLoveじゃなくてLikeだからね。腐れ縁で一緒にいるだけだから恋愛には発展しないわよ。」
年頃の女子としては恋バナが大好きで楓と紅葉がMM部に入部した理由を聞くと沈んで暗かった表情が明るさを取り戻していた。楓は予め釘を刺していたが久しくお預けをされていた恋バナが聞けて小森は我慢できず紅葉にターゲットを決めて質問攻めに入った。
「でもでも!紅葉ちゃんは好きなんだよね!?どういう所が好きになったの?」
「好きになったところ……。優しくて、頼りになって、そのままの私を受け入れてくれて、なにより人の心を理解してくれるところ……。」
「おおー!見た目じゃなくて中身が好きとかガチなんだ!じゃあ他にこういう事されたい、したいなぁ~って思うのはある?!」
紅葉は悠莉への気持ちを誤魔化さずに一つ一つ胸に仕舞うように流し続け、止め処なく出てくる恋バナに小森の質問攻めは更に続いた。
「な、名前で……呼びたい……。あ、あと……ギュッて……優しく抱き締めて欲しい……。」
「はぁ~紅葉かわいい。純粋な気持ちが眩しいわ。」
「楓先輩に同意見です。好きな人に対する欲望が純粋すぎるよ紅葉ちゃん。でも本当に好きなんだね。」
「うん……。助けてくれた恩人であるし……側に居たいと思ってる……。だから、櫻井先輩に危害を加えたりする人は誰でも許さない。」
紅潮しながら恋の色を出していた乙女から一変、顔色を朱から白に戻り周りに黒く重い空気を醸しだした。悠莉に危害を加えた人を許さず地の果てまで追いかけ存在を許しておかない深い恨みを感じさせた。
「あ、あはは……重めの愛だね……。」
「アイツは紅葉の想いに気付いているのかしら……。」
久しぶりの恋バナに舞い上がっていた小森だったが、悠莉に対するストレート想いを隠すことなく両手で朱に染まった頬を抑え恋する乙女の瞳で話す紅葉に、甘々な悠莉への想いとそれとは反対に苦く辛い悠莉に対する執着を一緒に見せつけられ、興味本位で聞いてはいけなかった事に後悔した。
紅葉の想いは悠莉に害する者をどんな手段を使ってでも排除する意思が宿っており、その時の顔は恋する乙女などメルヘンなものでは無く異常なほどの依存度で笑顔は消えて無表情になっていた。
あまりの変わりように楓と小森は苦笑いを浮かべこれ以上その話題を広げないよう止まっていた昼食を再開した。
黙々と昼食を食べているとコンビニのパン2つだけの紅葉はすぐに食べ終わってしまい手持ち無沙汰になっていたので二人が食べ終わるまで静かに辺りの警戒をした。
一応悠莉から小森のボディガードを頼まれているため、紅葉がどれだけ小森の事を疑っていようと悠莉からの仕事を無下にはできないので周りにこちらを監視している人物はいないか、怪しい動きをしている者はいないか目を光らせた。
「ん……?何かいる……。」
屋上の入り口、向かい側のベンチ、それから小森の監視もしていると入り口付近からこちらを見ている視線と目が合った。
「うん?何か言った紅葉?」
「誰か……入り口付近からこっちを見てました……。」
紅葉は目が合った入り口を指差し楓に居場所を伝えた。
「本当!?とっ捕まえて吐かせてやる!」
「え……!?ま、まさかまた盗撮?」
「私は小森さんの側にいます……。」
紅葉から言われた怪しい人影に向かい楓はすぐに屋上の入り口まで走り出すと、紅葉の言うとおりこちらを見ている人影があり楓はスピードを落とさず入り口まで突っ込んでいった。
こちらに走り出してきた楓の存在に慌て始めた人影はすぐに逃げようと階段に戻ろうと走り出したが、速度を緩めないで突っ込んできた楓の速さには敵わず背中に乗られるように前のめりに押し倒された。
その人物は抜け出そうと藻掻いているが楓は右手で頭を抑え左手は相手の左手を掴み腰に押さえつけ逃げられないように拘束した。
「さぁて……言い訳を聞かせてもらうわよ。」
「ギブギブギブギブギブギブギブ!」
「ギブじゃわからないでしょう!さっさと覗いてきた理由を教えなさい!」
組み敷いている人物の悲鳴に耳をかたむけずに掴んでいる手に力を込めた。
「誤解だ!俺は覗きなんてやってない!」
「そんなことよりその面見せない!」
右手で押さえた後頭部を鷲掴み床からその人物の顔を持ち上げ正体を暴いた。
「だーかーらー誤解だって言ってるだろう!?」
「え?悠莉?アンタこんなところで何やってるの?」
持ち上げた人物の顔は関節を決められ痛みで涙目になっている悠莉で楓は決めていた腕から力が抜けた。
「お前らの様子を見に来たんだよ!そしたらお前が急に走り出して押さえ込んできたんだろう!?重いから早く退いてくれよ!」
「え?なに?なんて言った?重い?そんなことないわよね?」
「痛ででででっ!関節技を極めようとするな!?肘が壊れるー!」
紅葉が見たという怪しい人影を楓が取り押さえ顔を拝むとその人影の正体は悠莉だった。予想外の人物に楓は驚くが悠莉から失礼な発言をされすぐにいつもの調子に戻り、失礼な事を言った悠莉の左手を捻りながら上に上げ関節技を極めた。
しばらく痛めつけた後楓は悠莉の上から退き床の上で力尽きている悠莉を見下し背中を踏みながらここに来た理由を尋ねた。
「それで?アンタは何でここにきたのよ。いつもなら私達に任せて来ないじゃない。」
「ふげぇっ……!昨日盗撮があったから心配して来たんだよ。そしたら組倒されるし踏まれるし……。」
「ごめんなさい、紅葉から怪しい人影があるって言われたから犯人かと思ったのよ。悪いとは思ってるわ。」
「だったら足を退けてくれませんかね?悪いと思ってる人の態度じゃないよね?伝えたいことあるからお願いできませんか?」
悠莉からの言い分を仕方なく聞き足を退けると、悠莉は溜息をつきながらズボンについた汚れをはたき落とし立ち上がった。それから一度体を伸ばすと楓に向き直り周りに人がいないか確認した後に楓の耳元まで顔を近づけ小声で話した。
「小森さんには気をつけろ。」
「どういう事?なんで彼女に気を付けないといけないの?」
悠莉の言葉が理解できず楓の頭には何個もの疑問が浮かんだ。今回の件で楓は情報収集に加わっていないため、自分の知らない場所で何かが起こっていてもそれを知る術が無く現状では圧倒的に情報が足りなかった。
情報が無い楓にとって今朝から一変した悠莉の言葉を受け入れるには幼馴染みだから信じるなどという都合のいいことは理由にはならず、小森が盗撮の被害にあっている以上納得のいく理由が必要がいる。
「確証はないが彼女は何か隠している。だから用心に超したことはない。」
「そうなのね……、こっちからも一つ報告があるわ。小森さん教室で一人の男子生徒から『昨日の写真はお気に召しましたか?』って聞かれたみたい。」
悠莉の言葉の真意を知るには至らなかったが冗談や嫌いだからでそんなことを言わないのは長年から知っており深く追求はしなかった。
何も知らされない事に心のどこかで素朴感を感じたが、悠莉が詳細を言わない以上何か理由があると言い聞かせその心に蓋をした。
「なに!?そいつの名前は聞いたか!?」
「ごめん、私が取り乱したせいでまだ名前は聞いていないの……。今そこにいるから聞いてくるわ。」
「お願いしたいが、本当の事を言ってくれるかわからない。その人物については俺が直接その男子生徒に聞いてみる。」
悠莉は屋上に戻ろうとした楓の腕を掴み止めた。
「心当たりがあるの?」
「ああ、だから今日の放課後にでもそいつに事の真相を話して貰う。」
「気を付けなさいよ。何かあってからじゃ遅いのよ……。」
知らないところで何かが始まる予感に不安を隠せなかった楓は目を伏せ悠莉から視線を外した。
「俺と蓮華と菫先輩でそいつに話を聞いてくるから、楓と紅葉は小森さんを頼む。」
「了解したわ。こっちは任せて、しくじったら容赦しないからね。」
「任せておけ!いざとなったら筋肉でイチコロだ!」
事前に蓮華と菫と一緒に話し合って決めた内容を伝えると悠莉は屋上に行くこと無くそのまま階段を下り教室へ戻っていった。
悠莉の背中を見送った後に楓は屋上のベンチで待っている紅葉と小森の下へ戻ろうとするが悠莉から言われた『小森さんには気をつけろ』という言葉が胸に突っかかり足が進まなかった。
男子生徒の告白を断って変な噂が流されクラスからハブられたあげく盗撮までされた子を疑うことができなかった。
気を引き締めろという気合いの入れ直しの意味ならよかったが、悠莉の言葉そんな意味で言ったのではなく何か確信ができたから気をつけろと忠告したことぐらい幼馴染みならすぐにわかった。わかってしまったからこそ小森への疑いが芽生えてしまった。
だが、小森の事を信じていたい気持ちは悠莉も同じであり悠莉は部長という立場から部員の安全を守らないといけないため自分の思いを押し殺して言ってくれた。悠莉の顔を見ればそれぐらい読み取れた。
なぜなら、楓と話している間の悠莉はずっと悔しそうで悲しそうな顔をしていた。そんな悠莉を見てしまったら自分もわがままを言っている場合では無いと思い紅葉と小森が待っているベンチへと向かった。
「二人ともごめんね、おまたせ。」
「楓先輩……人影はどうでした……?」
「ああ……あの人影ね、悠莉だったわ。昨日の事もあったから心配で見に来てくれたみたいなの。何か調べたいことがあるってもう戻ったけどね。」
言葉に不安と素朴感をださないよう気を付け、大きく肩をすくめてから溜息と共に肩を下ろし身振り手振りで呆れる様子を現した。
「そうだったんですか……。よかった部長さんで……。」
「櫻井先輩……会いたかったな……。」
「それでアイツからの伝言で今日の部活は蓮華と菫先輩と一緒に調べ物があるから私達だけでやっててくれってさ。」
伝言を伝えると小森は何か考えこみ、うねり声をあげ閃いたように右人差し指をあげながら楓に提案した。
「でしたら今日私行きたい場所があったのでご一緒に来てくれませんか?」
「昨日あんなことがあったばかりで危険よ。」
悠莉の忠告を受けたせいか小森の言葉が嘘を含んでいるように感じてしまい楓は食い入るように否定した。
「すいません……でもどうしても必要な物なので……。一人では怖くて行けないので一緒にお願いできませんか?」
軽く掻い摘まんで悠莉との会話を説明し今日の部活はここにいる3人でする事になったと伝えると、小森は顎に人差し指を当て考える仕草のまま楓と紅葉にある提案をした。
小森からの提案に楓は悠莉の言葉を思い出し懸念しながら否定を試みるしてみるが、心のどこかで彼女は犯人ではないと願うものが邪魔をしていた。言い淀む楓を横目に紅葉はアッサリと小森の提案に対して否定することなく引き受けた。
「うん……大丈夫だよ……。どこに行く予定なの……?」
「やった!えっとね、隣町にあるお店なんだけどいいかな?」
「全然………じゃあ放課後一緒に行こうか……。」
「ありがとう紅葉ちゃん!楓先輩はどうですか?」
「え!?そうね紅葉も行くなら一緒に行くわ。二人だけだと危険だからね。」
紅葉なら出かけるのを止めると思い込んでいた楓は予想外の行動に困惑しながらも答えた。
「それじゃあ放課後よろしくお願いします!」
「こっちこそよろしくね。」
盗撮された翌日に出かける事が危険な事ぐらい理解できているはずの紅葉が小森の提案をアッサリと承諾したのを以外に思えた楓はついその場の勢いで答えてしまい二人と一緒に付いていく事になった。
出かけられることに喜んでいる小森を脇に、紅葉の行動が気にかかった楓は小森の目を盗んで紅葉に先ほどの真相を問いただした。
「紅葉どういうつもり?なんで了承したのよ。」
「……小森さんにも、リフレッシュが必要と思ったからです……。」
楓から問い詰められるが顔色を一切変えず、また小森から視線を離さないまま紅葉は淡々と決められた答えを復唱するように言った。
「リフレッシュ?」
「ここずっと……盗撮とか噂のせいで、精神的に余裕がないと思ったので……。危険なのはわかってます……。」
紅葉は淡々としていたがしっかり危険性は把握している事を伝えた。
「そう……危険だとわかって言ったのならいいわ。ごもっともな理由だし否定する気が失せたわ……。それなら絶対に危険には曝せないわよ。」
「はい……ちゃんと守ります……。」
紅葉が了承した理由に楓は納得してそうそうに引き上げ、放課後のお出かけが今から楽しそうにしている小森の話を聞きにいき二人はしばらく女子トークに花を咲かせていた。
紅葉は二人が女子トークに夢中になっている間気づかれないよう制服のスカートのポケットからスマホを取り出し、二人の目線から隠れるようにある人物に連絡を入れた。すぐに連絡を打ち終わるとすぐに返信が返ってくると紅葉は目線だけスマホに落として直ぐさま返信の中身を確認した。
『放課後小森さんと出かけます。こっちは任せて下さい。』
『了解。彼女には気を付けてね。こっちも終わったらすぐに向かうね。』
『念のため、魔法は使わないようにね。今は使うときじゃない。』
『わかってます。』
最後に一言だけ打ち返すとスマホをスカートのポケットに仕舞い一呼吸置いた後に何事もなかったように楓達の会話に混ざり予鈴が鳴るまで3人での女子会を楽しんでいた。
そんな楽しい時間もすぐに終わりを告げるチャイムにより打ち切られると、楓と紅葉は小森を教室まで送り届けるとそれぞれ自分達の教室へ戻っていった。そして、それからこの案件の全てを終わらせる放課後が始まった。
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