第5話 MM部へようこそ! その5

 盗撮事件から翌日、MM部メンバーと小森は8時前にはすでに部室に集合していた。昨日の夜に連絡を受け緊急事態だということは全員把握しておりそのせいで自然と部室の中の空気は重くいつものように騒いでいる雰囲気はどこにも無かった。


 部室のカーテンを閉め入り口ののぞき窓には悠莉が家から持ってきたタオルでカーテンの変わりにして外から見えないようにしていた。


 悠莉は永机に集合しているメンバー小森を見渡すと皆表情は硬く、笑いながら茶化してくる蓮華もこの時ばかりは笑顔を見せず珍しく真剣な表情で座っている。


 そして盗撮された被害者である小森は表情を隠すように俯き両手で膝を押さえながら震えを押し殺していた。


 その様子を見ればまだ何も聞かされていない楓と紅葉は内容がわからなくとも小森に何かよくないことが起こっているのはすぐにわかった。そんなメンバーを前に悠莉は重たい口を開き昨日の件の説明を始めた。


「朝早くに集まってくれてありがとう。時間も無いからすぐに本題に入らせて貰う、昨日下校途中時小森さんのスマホに盗撮写真が送られてきた。しかもそれが撮影されたのは昨日の部活中だ。」


 激情に駆られないよう拳を抑えながら感情を殺すようにして話した。


「盗撮写真……?なんでそんな物が送られてきたのよ!しかも部活中に盗撮された!?」


 初めて聞かされた『盗撮』という言葉に楓は驚きを隠しきれないまま思わずテーブルを叩き立ち上がってしまった。


「櫻井先輩、それって本当ですか……?」


 紅葉も初めて盗撮被害の報告を受けたが取り乱す事無く感情を出さないまま悠莉に確認をした。


「残念だが本当だ。盗撮写真が送られてくる時にはその場に蓮華と菫先輩が一緒にいた。俺も昨日菫先輩から報告を聞いて初めて知ったんだ。」


 立ち上がっている楓と座りながら俯いている紅葉に悠莉は眉をひそめながら伝えた。


「だとしたら……私達……犯人に気付けなかったことに……。ごめんなさい……。」

「紅葉だけのせいじゃないから謝らないでくれ……、俺も盗撮されるなんて思いもしなかった。小森さん、身の安全を約束すると言っておいてこんな体たらくを晒してしまって申し訳ありません。」


 盗撮の事を聞いた楓と紅葉は他にも言いたいことがあったが、悠莉はそんな事よりも小森に向かって頭を90度下げ謝罪をした。


 相談しにきてくれた日に身の安全を約束しておいて小森にこんな怖い思いをさせ心に傷を付けてしまったことに罪悪感があった。


 悠莉の謝罪に小森は頭を上げその顔は酷く疲れ切っており何か言いかけては声を出せないで辛う時で絞り出せた言葉はとても弱々しかった。


「気にしないで下さい……、私は大丈夫ですから……。」

「っ……信用を裏切ってしまって本当に申し訳ありません。」


 悠莉は小森の状態を今朝始めて見たが、自分達の無力さ故に疲弊しきっている彼女の身を直視する事ができず頭を下げることしかできなかった。


「だから……大丈夫ですから。そんなに謝んないで下さい……。」


 悠莉の謝罪が本当に盗撮被害が自分にあったことを思い知らされるようで鬱陶しく思え小森の声に怒りが見えた。


「……必ず早急に犯人を見つけ出す。そして絶対に謝罪させる。……ん?。」


 悠莉は小森から怒りが見えた声を聞き謝罪を止め頭を上げようとした瞬間、悠莉の頭にノイズのように途切れつつ音割れをしている声が入ってきた。


『……~~っ!~~……~~っ!ふふっ……』


 最後の方は消え入りそうで何を言っているのかわからないが引っかかりを覚えた。それに言及する前に楓に遮られた。


「意気込むのはいいけど何か考えはあるの?長引くと小森さんが保たないわよ。」


 楓は怒りは収まっていないが一度座り直し解決案があるのか悠莉に問いかけた。


「考えはある。楓と紅葉は小森さんのボディガードを続けてくれ、誰か怪しい奴がいたら躊躇わずぶっ飛ばしていい。蓮華と菫先輩は噂の出所を頼む、わかり次第すぐ報告をくれ。そいつを絞り上げる。俺は少し気になる事があるからそれの調査をする。」


 悠莉は昨日一晩考えた案を見渡しながら伝えた。


「私はそれでいいですよ。盗撮までしてきた奴を許してなんかおけません。部長、もし犯人がわかったらそいつぶっ飛ばしていいですか?」


 悠莉の案を受け入れた蓮華に、いつものようなふざけている姿や雰囲気は感じられなかった。そのかわり蓮華から激しい怒りと後悔が感じられた。


「ダメだ、犯人を逆なでするような事はするな。もし犯人がわかったら一番にメンバーに報告だ。一人で勝手な行動はするなよ。」


 悠莉は昨日の考えていた案をみんなに伝えると、近くで何も出来なかったことに悔しさを感じていた蓮華は悔しさと卑劣な行為をしてきた犯人に怒りで頭に血が上っていた。過激な発言に悠莉は宥めるよう説得を試みるが蓮華は止まることは無く語尾が強くなり始めた。


「何でダメなんですか!あんなヒドいことしてる奴をぶっ飛ばしていいじゃないですか!?」


 両手の拳でテーブルを殴りつけそのまま立ち上がると蓮華は悠莉に猛抗議した。


「どこの誰かわからない奴相手をぶっ飛ばしていいなんて言えるか、もし凶暴な奴が犯人だったらどうするんだ。そんな危険な事部員の安全を任されている部長として許可できない。」


 頭に血が上っている蓮華に釣られて感情に身を任せないよう爪を手の平に食い込ませながら危険性を説明した。


「そんなの関係無いですよ!茜ちゃんがこんな怖い目にあってるのにどうしてダメなんですか!危険とかそんなのしりませんよ!」

「怒りたい気持ちはわかるが冷静になれ、自分の身を守れない奴が他人を守れるわけ無いだろう。」

「部長の分からず屋!私の魔法だったらどんな奴がきてもぶっ飛ばせますよ!」

「蓮華、絶対に魔法は使うな。他のみんなも相手をぶっ飛ばすために魔法は使うなよ。これは部長命令だ。」


 魔法と聞こえた瞬間悠莉の眉を顰め一音低くして声をだした。


「なんでさ!私の魔法使ったらすぐに終わるのに!あんなヒドいことする奴なんか魔法使ってぶっ飛ばしてもいいじゃん!こんな時ぐらいにしか使えない魔法なら使ったっていいじゃん!」

「ちょっと蓮華!それは……!」


 蓮華の言葉に楓は嫌な予感がすると幼馴染みの勘が働き、すぐさま悠莉を止めようとしたが間に合わなかった。


「魔法を使ってぶっ飛ばしてもいいだと……?ふざけるな!いい加減にしろ蓮華!」


 蓮華を宥めるよう怒りを押さえるようにしていたが悠莉は蓮華の一言が引き金となって押さえ込んでいた怒りが爆発した。そして悠莉は怒声を上げ立ち上がり、テーブルを殴りつけるとテーブルから鈍い音が鳴り部室に冷や水を垂らした。


 悠莉の本気の怒声に蓮華は体が竦み頭に昇っていた血が下がっていくのと同時に自分が悠莉を本気で怒らせてしまった事を理解した。


 蓮華に対し本気で怒っている悠莉を他のメンバーも一瞬だが体が竦んで止めるタイミングを逃してしまっていた。


「蓮華!もう魔法で人を傷つけ無いって約束しただろう!使えないって言われてるが魔法だってな使い方を誤ったら人を殺せるんだぞ!魔法が使いようによっては危険なモノだってお前が一番よくわかってるだろう!」


 蓮華の胸ぐらを掴む勢いで廊下にまで響く怒鳴り声を挙げた。


「あ……う、うぅ……そうだけど……グスッ……だって……だって……うぅ、グスッ……ヒック、茜ちゃんが、グスッ……可哀想で……。うえぇぇん!ごめんなさい!」


 迫り来る悠莉の怒りが鬼の形相に見えた蓮華は、魔法を駆使しても絶対に勝てない恐怖と今にも殴られそうな勢いに涙を堪えることができず溢れ出した。


「あんなことする犯人を許せないのはみんな同じだよ。でもだからといって犯人に何をしていいわけじゃない。蓮華の小森さんを思う気持ちは伝わってきたけど、その純粋な思いを暴力を振る理由に使うな。俺も少し言いすぎた……ごめんな蓮華……。」


 泣いてしまった蓮華に悠莉も頭から血が下がり、年下の女の子を泣かせてしまった罪悪感が襲い掛かってきた。


「部長のバカー!グスッ本当に怖かったぁー!ヒッグ泣き止むまで頭撫でて下さい!うえぇぇん……!」


 悠莉から怒りが消えたのを確認できた蓮華は少し余裕を取り戻した。


「ちゃっかりしてるな……、はいはい、泣き止むまで撫でててやるからしっかり反省しろよ。」


 悠莉は泣きじゃくっている蓮華の頭を撫でていると周りから視線を感じ視線の方へ顔を向けると、二人の様子を三者三様に見ている部員と小森がいた。


 楓と菫は呆れつつお互いヒートアップしなくて一安心し、紅葉は頭を撫でているのを恨めしそうに見つめ、小森は何が起こったのかついていけなかった。


 悠莉は撫でてる手を止めず咳払いをしてから今後の纏めに入った。


「ゴホンッ、えーとそれじゃあ今後はさっき言ったような事で大丈夫か?」

「私は大丈夫よ。怪しい奴がいたら組み伏せてやるから。」


 楓は指を鳴らし殺る気を見せた。


「噂の出所を探るのは些か自信は無いが、やれる所までやってみるよ。」


 菫は言葉とは裏腹に余裕を垣間見せていた。


「私も……大丈夫です……。あの、櫻井先輩……蓮華ちゃんの次私もいいですか……?」


 蓮華に羨望の眼差しを向けながら悠莉に予約を入れた。


「え?ああいいけどちょっと待っててくれ、蓮華がまだ泣き止まなくて……。小森さんも今後はさっき言った方針で大丈夫か?」


 泣いている蓮華と一緒に頭を撫でるのは荷が重いと感じ終わった後でやると約束し、最後に呆然としていた小森に確認をとった。


「えっ!?あ、大丈夫です!?」

「そうか、よしじゃあこれで朝の緊急会議は終了だ。これからは迅速且つ安全にやっていくぞ!」


 こうして朝の全体の緊急会議の幕は閉じた。それから小森が教室へ戻るときに楓と紅葉についていって貰ったが、紅葉が頭を撫でてくれないことにご立腹をたてたので終わったら紅葉のして欲しいことをするという条件で楓と一緒に小森のボディガードしに行ってくれた。


 そして泣きじゃくっていた蓮華は悠莉に頭を撫でてもらっている間に、いつの間にか眠ってしまっていたようで寝ている蓮華を放って置くわけにもいかず悠莉はしばらく部室に残る事にした。


「泣いて頭撫でて寝るとか子供かよ。ったく無防備に気持ちよく寝やがって……。」


 机に突っ伏して寝息をたてている蓮華の頭を撫で息を吐いた。


「エッチなイタズラでもしちゃうのかな?」


 二人の姿に菫はニヤニヤと悠莉の思春期の欲情を煽るようにニヤけていた。


「そんな事しませんよ。菫先輩は教室に行かなくていいんですか?」


 菫の言葉に意識して眠っている蓮華を見ると、吐息と共に上下に揺れる黒髪のポニーテールに手入れを怠っていないのであろう白くきめ細かな肌が生み出したコンストラクトに悠莉の理性は揺さぶられた。


 だが、寝ている女の子を襲うなど男の風上にも置けぬと理性との勝負に打ち勝った。


「私はここが落ち着くからね。あ、もしお邪魔だったら出ていこうか?大丈夫私は理解がある方だから安心していいよ。」


 菫はニヤけ顔は崩さずに悠莉の理性が無くなって蓮華に襲いかかるのを期待していた。


「この先輩は……何もしませんよ。……あの、菫先輩昨日の電話の件ですけど……。俺少しわからなくなってきました。」


 思春期の男心をおちょくってくる菫に強がるように言い、すぐ真面目な表情に戻した。


「わからなくなってきたとはどういう事かな?」


 教室に戻らず部室に残っている菫に悠莉は昨日言われた菫の考えについて新しく思うことができていた。

 蓮華も眠っており話すのにはちょうど良いと思い悠莉は隣に座った菫の顔を見ながら静かに寂しそうに声を出した。


「俺、昨日は小森さんのことを信じたいって言いましたけど……信じられるかわかんなくなってきました。小森さんの表情筋が一瞬ですけど笑ってたんです。」


 蓮華の頭を撫でる手は止まり、昨日決めた事を実現できそうか雲行きが怪しく躓いてしまい菫と目を合わせることができなかった。


「笑っていた?それは最後の蓮華ちゃんと漫才めいた事をしているときかな?」

「いえ、俺が頭を下げて謝ったときに聞こえてきたんです。小森さんの顔の表情筋達の笑い声が……一瞬だったので聞き間違いかも知れないですけど……。」


 小森へ謝罪をしている時、直接頭に叩き込まれ耳を塞いでも防ぎようのない声の正体は小森の表情筋の声だった。


「つまり彼女は謝っている悠莉くんのことを心では嘲笑っていたかもしれないと。それで悠莉くんはどうしたいんだい?彼女を疑う?それともまだ信じていたい?」


 菫の質問はまさに悠莉自身決め倦ねている問題だった。悠莉が謝罪したあの一瞬、悠莉の耳に微かに小森の表情筋達から笑っている声が聞こえてきたのだ。


 何に対して笑っていたのかはわからないが、だが微かに聞こえてしまったものがずっと頭に残っていた。そのせいで昨日決めた事が揺らぎ始めどっちが本当の小森なのかわからないでいた。


 小森のことを信じていたいと思う気持ちはあるが信じるためには小森の見えないところが多すぎて悠莉は悩み、こうして菫に相談していた。


「私はどっちを選んでもいいと思うよ。信じるのも、疑うのも人間誰しもが持っている感情だがらね。疑ったとしても軽蔑はしないし騙されたからと言ってバカにしたりはしないよ。だから、後悔しない方を選んでいいんだよ。」


 悩んでいる悠莉に菫は目を伏せどちらかを強要させる事無く、どちらを選んでも悠莉の味方だと言い悠莉が選択しやすいように余裕を与えた。


「後悔しない方ですか……?でもどっちを選んでも後悔するかもしれない……。」


 どちらを選んでも大丈夫だと菫から余裕を貰うが悠莉はハッキリさせることができずどちらに転んでも後悔が付きまとってきた。


「だったら後悔しても自分が納得できる方を選べばいい。悠莉くん、きみはどっちだと心が納得する?」


 先に後悔がきている悠莉に菫は後悔がくるのを前提にどう向き合いたいのか悠莉の心に聞いた。


「俺は……信じていたいです。疑うより、相手を信じて騙されるバカの方がいい。きっと疑ったままだと信じてあげられなかったって後悔する。そっちの方が……イヤだ。」


 悠莉はどんな結果になっても納得できるのはどちらか、心がどうしたいのか菫と話すことで道が見えた。


「なんだ、答えは出てたじゃないか。それじゃあ悠莉くんはしっかり彼女の事を信じていなよ。大丈夫もしもの時は私も力になるから。」

「菫先輩、ありがとうございます。すいません昨日は信じるとか言っておきながら優柔不断になってしまって……精神力を鍛える必要がありますね。」

「ほどほどにするんだよ。悠莉くんは未完成だからこそ面白いんだからね。」


 決めるための一押しが無く揺らいでいた気持ちは菫から背中を押して貰ったおかげで悠莉は改めて小森の事を信じることに決めた。

 菫はそんな悠莉を満足気に見つめていると今ま寝ていた蓮華がモゾモゾと動き出し寝惚け眼のまま悠莉と菫を捉えた。


 数秒間二人を見つめていると意識がハッキリしてくるのと同時に自分が泣きじゃくった後に頭を撫でながら寝落ちした事を思い出し、次第に顔を赤く染めていき遅れて恥ずかしさが込み上がってきた。


「うわー!やらかしたー!恥っず!泣いただけじゃ無くて撫でられて寝るとか子供じゃん!恥ずかしいー!」


 一度上げた顔を今度は赤面を隠すように机に突っ伏した。


「おはよう蓮華、今日は朝早かったし眠くなるのもしょうが無いな。グッスリ眠れたか?なんならまた眠るまで頭撫でてやろうか?」


 慌てている蓮華が可愛く見え悠莉はついからかった。


「おかげさまで熟睡できてバッチリ起きましたよ!思い出させないで下さい!本当に恥ずかしいんですからね!乙女心を理解して下さいよ!」


 からかってくる悠莉に顔を勢い良く上げ顔は赤みが残ったまま怒鳴りつけ恥ずかしさを誤魔化した。


「はははっ蓮華ちゃん、悠莉くんがそんな繊細な乙女心を理解できるわけ無いだろう?筋肉筋肉言ってるような脳筋だよ?そんな人がガラスよりも繊細な乙女心の理解なんて…………諦めよう。」


 猿が英語を話す事ができなように悠莉に乙女心の理解などできるはずがないと菫は確信しながら断言した。


「そうですね、部長ですもんね。非モテの童貞が乙女心なんてわかるはず無いですよね。」


 悠莉に茶化された蓮華は起きてそうそう顔を赤くしながら反論するも今回ばかりは勝ち目が無いことを理解しているため別方向で菫と協力して責めたてた。それは悠莉に効果が覿面で今度は蓮華と立場が逆転し悠莉の方が焦っていた。


「あんたら言いたい放題だな!あと勝手に童貞って決め付けるなよ!」


 言いたい放題の挙げ句童貞扱いされたことに悠莉は脊髄反射で反対した。


「え!?童貞じゃ無いんですか!?誰をヤりすてたんですか!?楓先輩?紅葉ちゃん?」

「悠莉くんに女性経験があったなんて意外だね。それでどこの馬の骨とヤったのかな?それとも妄想上の百戦錬磨なのかな?」

「あ、いや……そのー……ごめんなさい見栄張りました健全の童貞です……。」


 つい見栄と意地を張ってしまい蓮華と菫から問い詰められてしまい悠莉はどんどん背を縮こめ事実を吐いた。


「なんだやっぱり無いんですね。まあ、もしあったら紅葉ちゃん辺りから刺されると思いますけどね。」


 悠莉に女性経験が無いとわかり蓮華はやっぱりと興味を失った。


「いやいや案外楓ちゃんが刺すかもしれないよ。これを踏まえて他の女と肉体関係を結ばないか?私は修羅場が見たい。」


 男女の修羅場が好きな菫は修羅場を作ってくれないか悠莉に頼んだ。


「そんな恐ろしいこと言われてしようとなんて思いませんよ!修羅場が見たいって最低な理由ですね!?」


 菫からインスタント食品を作る感覚で悠莉に修羅場を作るよう頼まれ悠莉は全力で拒否した。


「あ、私も見たいのでさっさとそこら辺の女捕まえて修羅場って下さい。ちゃんと録画して後世に伝えますから!」

「だからやらねえよ!?っつかそもそも今は恋愛とかに興味が無いし肉体関係とかも興味が無いんだよ。」

「え?部長インポなんですか?かわいそう……だから寝てる後輩にも欲情しなかったんですね……。」


 蓮華は口に手を当て悠莉に同情の眼差しを送り笑いを堪えた。


「盛大な勘違いをしてるんじゃない!インポじゃねーよ!健康体そのものだ!」

「妄想補正は現実には反映されないよ?」

「妄想補正無しで健康体ですよ!?菫先輩は俺を妄想豊富な童貞筋肉に仕立て上げたいんですか!?」


 どんどん自分に勝手な負のイメージがついてくることに悠莉は耐えきれず声を大にしていた。


「うーん……妄想で発散できなかったら私が手伝ってあげてもいいと思っただけだよ。」

「だから……!って、はい?え?今なんて?て、手伝う?」


 また勝手なイメージをつけられると思い込んでいた悠莉は否定する言葉が先に出たが、菫の言葉をもう一度考えなおすと素っ頓狂な声が出た。


「菫先輩何言ってるんですかー!?」


 菫の爆弾発言に悠莉は意味を理解するのに処理が追いつかず呆然とし、蓮華は先ほどとは違う意味で顔を赤くして菫に詰め寄っていた。


 予想通りの反応を示してくれたことにご満悦している菫は両肩を蓮華に掴まれ前後に体を揺すられながらも笑顔で笑いながら言葉を続けた。


「いや、私なんかのあられもない姿の自撮り写真でよかったら送るよ?まあそれで悠莉くんが満足してくれるかはわからないけどね。」


 悠莉に見せつけるように胸元のボタンを人差し指と親指で弄くり回した。


「あられもない姿の自撮り写真!?」


 菫の胸元のボタンに目がいってしまった悠莉は、そのまま豊満な菫の胸をガン見しあの胸を使ってどんなモノを撮ってくれるのか妄想が始まった。


「何興奮してるんですか部長のエロ!菫先輩はもう少し自分の体がエロいことを自覚して下さい!部長が本気で襲ったらどうするんですか!?」


 蓮華はまた顔を赤くしながら菫に自分の体が思春期の男子に悪影響を与えている事を自覚するよう注意した。


「なっ!?お、俺はそんなことしないぞ!?」

「部長は黙ってて下さい!」

「あ……はい……。」


 菫のあられもない姿を想像してしまった悠莉はキョドりながら必死に否定したが下心までは隠し切れていなかったため蓮華から叱咤を受けた。


 両肩を押さえ込みながら顔を赤くしながら迫っている蓮華にひるむことなく菫は二人の反応を楽しみながらさらに状況をかき乱していった。


「そうだね、こういうのはどうだろう?下着姿のまま手で目隠しをしている写真はいかがかな?」

「し、下着姿!?」

「何想像してるんですか!?マジドン引きですよ!?」


 隣で妄想している悠莉に蓮華の顔は引き攣った。


「他にもパンチラや裸Yシャツとか制服の半脱ぎ姿もいいかもしれないね。」

「パンチラ裸Yシャツ制服半脱ぎ!?」

「なんで全部に反応してるんですか!?欲求不満なんですか!?変態なんですか!?ドスケベなんですか!?」


 蓮華は菫の言葉全てに反応した悠莉にドン引きを越えいっそ清々しく思えた。


「悠莉くんさえよかったら……本番も、いいよ……。」

「なん……だと……!?本番……!?」

「もうー!部長も一々興奮しないで下さい!菫先輩もそんな顔赤らめながら可愛らしく言わないで下さい!」


 菫の提案してくる姿をことごとく妄想してしまい思春期真っ只中の男の性が裏目にでていた。

 

 蓮華も菫の言うこと全部に反応している悠莉に腹をたてながら普段はボケる側の蓮華がツッコミをしている状況に疲れを見せていた。


 そして菫は二人の反応に満足したようで最後に色々と妄想してしまっている悠莉を現実に引き戻した。


「でも私が一番したいのは……、メッセージで『悠莉くん今日はこれで許してね。(菫18禁画像)』を誤って楓ちゃんと紅葉ちゃんに送信して炎上する悠莉くんが見たいんだ。」

「What?」


 菫の願望に悠莉は日本語を失った。


「私はもう疲れたんでツッコミしませんからね。自分のエロを呪って下さい。」


 冷や汗を滝のように流している悠莉を白けた目をした蓮華は放って置いた。


「さあ悠莉くん炎上してみようか。大丈夫私は羞恥心を、悠莉くんは命を失うだけだよ。」

「デメリットが大きすぎるだろうが!?対価と得るものが釣り合って無いですよ!そんな一時の快楽のために命を賭けたく無いですよ!?」


 等価交換を無視した条件に悠莉はそんな悪魔の条件にのるほど愚かでは無かった。


「あはは、冗談だよ。そんな本気でするわけないだろう。ああ、でももし本当に欲しくなったら言ってくれていいよ。下着姿までなら許容するから。」

「そんなことはしないですけど頭の片隅には置いておきます。」


 菫の下着姿を頭の片隅で妄想し大切にしまった。


「へー、ハッキリ断らないで頭の片隅に置いておくんですね。へー……部長のエロ。」


 悠莉の頭を覗いたように妄想を見透かした蓮華には悠莉を先輩として敬う心は残っていなかった。


「そ、それよりもうすぐホームルームが始まるな!そろそろ移動しないと遅刻になってしまう!」

「あ、逃げた。追求されるのイヤだからこの人逃げたー。」

「ほら蓮華早く準備しないと遅刻扱いされるぞ!」


 菫の言葉を大切に頭の片隅にしまい後輩から冷ややかな目で見られながらも屈すること無く教室に向かう準備を始めた。


 ホームルームまで残り15分あったが蓮華から言及されるのを避けるため悠莉はそそくさと準備し菫も二人で遊べて満足したので同じく準備をした。


 蓮華は腑に落ちない様子であったが二人が準備をしたので仕方なくツッコミで疲れた体に鞭を打ち席を立った。


 全員準備が終わり悠莉は逃げるように部室から出ようとした際に、蓮華は悠莉に対して菫の言葉をハッキリと断ら無かった事とツッコミをさせられて疲れさせられた事が今だ怒りが残っておりムカつき始めた。


 そして背中を見せている悠莉に目掛けて蓮華は助走を付けて悠莉の背中に飛び乗った。


 悠莉は急な衝撃に態勢を崩しかけるがなんとか日頃鍛えている自慢の筋肉で踏みとどまり衝撃の原因を確認するため後ろを見ると蓮華が背中にしがみついて、おんぶしている形になっていた。


「いっつつ……蓮華急に飛び乗るな!危ないだろう!」


 背中の衝撃に耐えながら危険なことをしてきた蓮華に注意した。


「部長が悪いんですよ……、部長が鼻の下伸ばすから。だから罰として私の教室までおんぶして運んで下さい。」


 ふて腐れながら反省している様子は無かった。


「滅茶苦茶言いよるなこの後輩……、なんだか知らないが教室まで運べばいいんだな?まったく仕方ない後輩だな。」


 何を言っても仕方が無いと諦めた悠莉は蓮華の要望通りこのまま教室まで届ける事にした。


「ちゃんと運んであげるなんて優しいね。」


 じゃれ合っている悠莉達に菫は母親のように微笑んだ。


「まあ蓮華くらいの重さならいい筋トレにもなりますしね……って痛ててて!」

「私は重くありません!女の子にそんな事言うのデリカシーがなさ過ぎですよ!」

「デリカシーじゃなくて今はデリバリーしてるんだが……。」

「つまんないこと言ってないでさっさと行きますよ!」


 蓮華に耳を引っぱられ痛みを残しながら悠莉達は部室を後にした。それから悠莉は3年の教室は3階のため階段で菫と別れ、1年の教室がある1階まで蓮華を背負いながら歩いて行った。


 教室に行くまで生徒の目があり、悠莉の噂がまた何か新しくできそうな気配があったが悠莉はもう諦めておりどんな噂が出てきても気にしないつもりでいた。


 一緒に注目されている蓮華は周りの目など気にする気も無く右手を前に出して前を指さし背中で騒いでいた。騒がれる度に落ちそうになる蓮華を支え直しながら教室まで移動していた。


「あんまり騒ぐなよ。落っこちても知らないぞ。」

「やだなー部長のために騒いでいるんですよ?」

「うん?どういう事だ?落とさないよう腕の筋肉とバランス感覚を鍛えてくれているのか?」


 蓮華の意図がわからず悠莉は確認を込め蓮華に話しかけた。


「違いますよ。そんな筋トレじゃなくて私が騒ぐことによって部長は合法的に私のおしりを触れるんですよ?どうですか?嬉しいですか?」

「ああーなるほどね。嬉しい嬉しい。落ちないようしっかり捕まっておけよ。」


 蓮華の意図を聞いた悠莉は手にくる蓮華の柔らかく弾力のあるおしりより動く度に背中に伝わってくる二つのつつしみ深い感触の方に意識がいっていた。


「むぅ……反応が今一ですね。もしかして部長って後輩に興味が無いんですか?熟女好き?」

「極端すぎるだろ……、だからさっきも言っただろ、今は恋愛とか興味は無いんだよ。」


 0か100しかない答えに悠莉は物事をハッキリさせている蓮華らしい答えだと感心しながら、悠莉もハッキリさせている事を述べた。


「恋愛に興味が無いんですか……。それは……悲しいです。好きな人ができて一緒にいられるのって当たり前じゃ無いんですよ?それができるのは学生までなのに……。」

「……そうかもな、社会に出たら仕事やら付き合いやらできっと恋人とずっと一緒にいるのは難しいだろうな。」

「それがわかっているのに恋愛はしないんですか?」


 わかっていて恋愛はしないと言い切る悠莉の声が寂しく思えた蓮華はどこか悲しそうに尋ねた。


「……そうだな。」


 蓮華はそれ以上何も追求する事はできなかった。おんぶされているせいで悠莉の表情は見えなかったが、悠莉が話す言葉が異常に静かで後悔しているように聞こえ蓮華も自然と騒ぐのを止め背中にもたれかかった。


 背中に微かな重さが加わった事に気付きこれ以上騒ぐ様子を見せない蓮華に穏やかに笑い教室に着くまで騒ぐことは無かった。


「ほれ、教室に着いたぞ。こっからなら行けるだろ。」


 教室前で背負っている蓮華に降りるよう言うと蓮華は足をバタつかせ抗議した。


「教室の中まで入ってもいいんですよ?」

「バカをいうな、そこまでしたら流石に恥ずかしいだろうが。」

「はーい、それじゃあ部長ありがとうございました!またお願いしますね。」


 背中から飛び降りスカートのシワを伸ばすようはたき悠莉にお礼を言った。


「ちゃんと自分で行きなさい。それじゃまた放課後に部室でな。」

「はいはーい、部活でお会いしましょう。」


 教室の前で蓮華を降ろし中に入っていくのを確認してから悠莉も自分の教室に戻ろうと背を向けた瞬間背後から冷たく圧し殺されそうになる悪寒が襲ってきた。


 背中にはさっきまで背負っていた蓮華の温もりが残っていたがその温もりは一瞬にして消え去り生き物の生存を許さない冷気が背中一面に覆い被さった。


 振り向くのも恐ろしく悠莉の筋肉達は恐怖で声を出せない悠莉に変わり怯え悲鳴をあげていた。耳を突くような筋肉達の悲鳴に頭痛を覚えるがそれ以上に後ろから感じる圧に今は生存の危機に立たされている事を否が応でもでも意識させられている。


 恐怖で萎縮してしまった筋肉を動かすこともできずその場で立ち止まることしかできない悠莉の後ろでゆっくりと足音がこちらに迫ってくるのが聞こえてきた。


 近付かれるごとに後ろから圧をだしている人物から発せられる筋肉の声が少しずつ…少しずつ…ノイズが取れるようにハッキリと聞こえ始めた。


『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』


 繰り返される筋肉からの悲鳴、人は怒ると自然と体に力が入ってしまう。そうなると普段使わない筋肉や使用している筋肉にも異常に力をいれてしまい必要以上の力に筋肉から悲鳴があがってくる。


 そんな筋肉の声を嫌でも聞こえてしまう悠莉は後ろの人物は激しい怒りをもちながら動けない自分に近付いてくるのをジッと待っているしかなかった。


 そして筋肉の声が次第にハッキリと大きくなってくるにつれ、後ろの人物との距離が近付いてきているのを教えていた。


 その人物が辿り着くまでの間はほんの数秒だったが悠莉と筋肉達にとってはその時間は途方にも長く感じ、それは絶望を意味し処刑を待たされている罪人と同じ境遇だった。


 だが、その時間にも終わりはやってきた。悠莉の後ろにはその人物がすでに辿り着きそして後ろから感情が感じられないほど冷たく低い声が悠莉の心臓を掴んだ。


「櫻井先輩……どうして蓮華ちゃんをおんぶしてたんですか……?私達が出ていった後、部室で何をしてたんですか?」

「も……紅葉……?それは、だな……。」


 声の主が紅葉だと気付き声が続かなかった。


「頭撫でるだけじゃなくておんぶまでした理由は何ですか……?教えてくれますよね?」

「そ、れは……何というか……な、成り行きで……だな……。」


 紅葉の言葉一つ一つが心臓を握り潰すように締め上げてくる感覚に吐き気が襲ってくるがここで一つでも答えを間違ってしまったら取り返しのつかない事になるのは本能が教えていた。


 さらに部室での出来事を話すとなると菫からからかわれた話しの内容まで教えないといけない、だがそんな事を話してしまえばどうなるかなど想像するまでも無い。


 どうにかその事を隠しながら紅葉の拷問を回避し、尚かつ納得する答えをださないといけない窮地に追いやられていた。悠莉の心臓は過剰に動悸し紅葉の言葉を待ち構えた。


「成り行きですか……。蓮華ちゃんを泣かせた罪悪感から蓮華ちゃんのわがままを断り切れないのはわかります……。でもどうしてそんな事になったんですか?」

「さ、さすが紅葉……俺の思いをしっかり把握しているな……。」


 現場にいたように正確なほど悠莉の考えを当てている紅葉に悠莉は得体の知れない恐怖を感じていた。


「櫻井先輩のことならわかりますよ……。でもまだ全然足りません、まだまだ知らない事ばかりでもっと知っていきたいのに他の子と仲良くしてて頭撫でたりおんぶしたり他の子が先に知りたいことを知っていってる……。」


 怖くて振り向けない悠莉は答えを間違えてしまったのか焦燥感に駆られ、刺されるかもしれないと身構えた。


「答えを……間違えたか……!?地雷原を踏んだ気がする……!?」

「櫻井先輩……考えが口から漏れてますよ。大丈夫です、まだ地雷原に片足をいれただけですから……。」


 心で考えるほど余裕が無く考えが漏れている悠莉に紅葉は薄らと笑みを浮かべた。


「そうなのか……?紅葉、すまなかった。お前の気持ちをわかってやることができなくて……。」

「大丈夫ですよ……怒ってないので……あの、部室で言ってもらった今度何でも言うことを聞いてくれる願い……2つにしてもいいですか……?」


 紅葉は発している空気を緩め悠莉に尋ねた。


「あ、ああ!大丈夫だぞ!俺にできることなら何でも聞いてやるからな!」

「ありがとうございます……。ではこれで失礼しますね……。」


 紅葉は満足するようにパタパタと足音を立て教室へ戻っていった。


「お、おう…!またな…ってもう行っちゃったか……。はあぁ~……怖かった……怖かったよ……。」


 一度しくじったかと思われたが紅葉は願い事を2つにして欲しいとお願いするだけで呆気なく帰ってしまった。


 死地から解放された悠莉は大きく息を吐き冷や汗を吸って重くなったシャツの不快感を覚えながらも無事に生還できたことを喜んでいた。


 それが一時の解放でしかないことに悠莉はまだ気が付いていなかった。


 そんな未来のことはつゆ知らず時計を見るとすでにホームルームまで5分を切っていたため悠莉は急いで2階にある自分の教室へ走って向かった。

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