第4話 MM部へようこそ! その4

 その電話がかかってきたのは唐突だった。悠莉は楓が朝のうちに作り置きしてくれた夕飯を食べ終えてから、菫からの連絡がいつきても返信できるようスマホを近くに置きリビングで日課の筋トレに励んでいた。


 魔法のせいで筋肉から鍛えて欲しい場所や休みたい場所の要望がイヤでも聞こえてくるため毎日夕飯後は筋肉の要望に答えるように筋トレに精を出している。


 そのおかげでボディビルダー程の筋肉は無いものの、ガッチリし過ぎず動きやすく体型に合った筋肉量を維持できている。

 

 そして今日の分の筋トレが終わりに差し掛かる頃近くに置いてあったスマホからコール音が鳴り響いた。


 事前に菫からの連絡がくることは下校する間際に伝えられたが、今スマホからはメッセージが届く音ではなく着信音が鳴っており本来ならメッセージがきてから折り返しで電話をかける流れのはずで急な着信音に悠莉は違和感を覚えた。


「もしもし菫先輩、急な電話どうしたんですか?電話するっては聞きましたけど……。」


 違和感を隠せなかった悠莉は電話越しで目の前に相手がいないにもかかわらず首を傾げた。


『もしもし悠莉くん、ごめんね少し状況が変わってね。急ぎの用だったから電話をしたんだ。今は大丈夫かな?』

「はい大丈夫ですけど、何かあったんですか?急な用事って……まさか小森さんに何かあったんですか!?」


 菫の口調は普段と変わらずおっとりとしたものだったが、菫が事前に連絡を入れずに電話をかけてきた事に悠莉は嫌な胸騒ぎがした。


『落ち着いて、悠莉くん達と別れてからしばらくして茜ちゃんのスマホに画像が送られてきたんだよ。差出人の名はA、もちろん茜ちゃんは知らない人物のようだけど問題はその画像なんだ。』


 淡々と説明する口調は徐々に低く変わった。悠莉は菫の顔を見れなくとも菫の表情が強張っていくのが想像できた。


「知らない人物から画像を送られてきた?それでその画像はっていうのはどんな物だったんですか!?」

『茜ちゃんの盗撮写真だよ。しかも今日の部活中に撮られている。まったく私達の危機管理能力が低くて我ながら呆れてるよ。誰も盗撮されてるなんて気付かなかったんだからね。』

「部活中に盗撮……?どこからですか!一体盗撮犯はどこから盗撮をしたんですか!?」


 悠莉は小森に身の安全を守ると約束しておきながら全員が集まっている部活中にまんまと盗撮され、そしてその事に誰も気付けない体たらくを晒してしまったことに怒りを覚えながら電話越しにも関わらず大声をあげていた。


『だから落ち着いて、電話の後にその写真を悠莉くんに送るから。』


 説明するより実物を見せた方が早いと判断した菫は盗撮写真を送る事を悠莉に告げた。


「すいません……取り乱しました。小森さんの状態はどうですか?」

『大分参っているようだったね。知らない人から盗撮写真を送られてきたんだ、怖がるのも無理はないよ。しばらくはソッとしておいてあげよう。』

「わかりました…。小森さんには楓と紅葉に見守ってて貰って犯人捜しは俺と蓮華と菫先輩でやりましょう。それと明日の朝部室で話し合いたいので8時集合でもいいですか?」

『お、ドンピシャだ。本当は悠莉くんと同じ事を茜ちゃんと蓮華ちゃんにも言っていたんだ。その確認もしようと思ったけどやる必要は無さそうだね。』


 予想が当たったと明るい声を挙げるがすぐにもとの声色に戻った。


「さすが菫先輩ですね仕事が早くて助かります。じゃあ明日の朝8時に部室集合でお願いします。一応小森さんも参加して貰えるようお願いしても大丈夫ですか?」


 予め小森と蓮華に言いたいことを伝えてくれていたようで悠莉は菫の行動の速さと正確さに改めて感心した。


『小森さんのことなら問題ないよ。さて、これがさっき起こった事案の報告で、ここからは私が電話で話したいと言っていた内容に切り替えるけどいいかな?』

「そうでしたね元々菫先輩が話があるって言ってましたもんね。すっかり盗撮事件で忘れてました…。」


 盗撮事件のおかげで本来の要件があったことを頭から抜けてしまっていた悠莉に菫は電話で伝えようとしていた本来の要件に話を切り替えていった。


 電話越しから伝わってくる菫の真剣な様子に悠莉は改まって姿勢を正しその場で正座をしながら聞いた。


『酷いなー、まああんな事があったら仕方ないけどね。では、切り替えていくとして悠莉くん今回の犯人は誰だと思う?』


 開口一番目の急な質問に悠莉は呆気にとられすぐに返事が出来なかった。


 ここの菫の言う犯人は噂を流し小森を孤立に追い込んだ人物の事を言うのか、盗撮の犯人の事を言うのか悩んだが、菫がこの盗撮が起きる前に話があると言っていたのを思い出し悠莉は噂を流したと思われる人物を答えた。


「え?急ですね。現状で一番怪しいのは……小森さんが振ったっていう男子生徒じゃないですか?」


 クイズのように聞かれて悠莉は小森から聞いた話を思い出し、確証は無いが怪しいと思われる人物を答えた。


『うん、私もそう思っていたよ。茜ちゃんの話を聞く限りだとその男子生徒が怪しい。だけど、ここでなんだが悠莉くんと蓮華ちゃんの捜査の中にその男子生徒の名前が挙がってこなかったのはどうしてだろう?一番怪しいのならすぐに名前が出てくるはずだろう?少なくとも年頃の男女の惚れた腫れたは噂になりやすいと思うけどね。』


 菫の言葉はハッキリと言わなかったが、菫が誰を疑っているのかその影は見え隠れしていた。


「あ……確かに、ずっと小森さんの噂だけが話しに出てきてその男子生徒の事何も出てきませんでした。うわ~……一番怪しい人物を調べてないとか無能かよ……。」

『まあまあそう気を落とさないで、その人物の名前が挙がってこないのもしょうが無いよ。だって茜ちゃん本人から一度もその男子生徒の名前が出てきて無いんだからね。おかしいよね、どうして茜ちゃんは名前を出さなかったのかな?クラスに茜ちゃんの噂を流した人物がいるとわかったのならその男子生徒の名前がすぐ出てくると思うけどね?どうして茜ちゃんは何も言わないでいたんだろう?そもそも本当にそんな男子生徒は存在していたのかな?』


 菫の言葉は靄をかけていた人物の影が少しずつ形成されてきた。悠莉もその影の予想はついていたが認めたくない一心で気付かないフリをしていた。


「でも名前を言って相手に気付かれたら何をされるかわからない恐怖で言えなかった可能性もありますよ!それに振った相手を晒し者みたいに言うのを戸惑ったって事も考えられますし……。クラスの人も失敗した告白を言いふらしたくないだけで、それ以上に小森さんの噂の方が興味を引いていただけかもしれない!」


 あらゆる否定の理由を絞り出し菫からその影の名を断言されるまで悠莉は認める気は無く否定し続けるつもりでいた。だが無情にもその気はすぐさま失われる。


『茜ちゃんを擁護する様に考えたら悠莉くんの考え方もあるかもしれない。だからハッキリ言うよ……私は茜ちゃんを疑っている。彼女は被害者ではなく加害者の可能性が高いと考えてる。彼女が犯人に繋がりそうな大事な情報を隠しているメリットが無い、仮にあるとしたら嘘がバレないように噂を利用して、その間に裏で何か行っているかもしれない。これが私の考えだよ。』


 菫からハッキリと小森が怪しいと断言され悠莉は反論しようとしても言葉が出てこなかった。


 悠莉達は1年B組の情報を調べている中でずっと小森の噂の件しか出てこなかったため噂の真否と出所に目がいき肝心の告白してきた男子生徒の事を失念していた。


 その男子生徒に関する情報だけ何も集められていない状況で菫の考えを否定できる言葉など出てくるはずが無かった。けれど、それでも悠莉は菫の考えを「はい、そうですね」と肯定することは出来なかった。


「……菫先輩、俺はまだその考えを納得できません。そんな自分を陥れる様なことに何の意味があるんですか?俺は真実がわかるまで小森さんのことを信じます。だから……菫先輩の考えを受け入れることはできません……。」


 菫が言うことは最もで冷静に私情を入れなければ菫が感じている疑惑は当然とも言える。

 

 だが、悠莉はわざわざ自分を陥れる理由もわからずそんな状態で小森を疑えないと菫の言葉を歯を食いしばりながら否定した。


『そんな暗い声を出さないで言いよ、私の考えもあくまで予想だからね。確実な情報も無いしそんな気にすることはないよ。ただ、彼女を信じるのはいいが、逆に彼女から裏切られるかもしれないというのは肝に銘じておくようにね。』


 最後に釘を刺すように忠告をすると、菫は悠莉の答えが自分の予想通りの答えで満足していた。


「はい、菫先輩の忠告はしっかりと肝に銘じておきます。いざという時は部員の安全が第一なので、その時は……覚悟を決めます。」


 菫に釘を刺された悠莉は何が一番大切なのか優先順位を菫に伝えいざという時の覚悟を決めた。


『うんうん、頼りにしているよ部長さん。さて長々と話してしまってごめんね明日は早いしもう電話を切るよ。それじゃあお休み悠莉くん。』

「お疲れ様でした菫先輩。また明日。」


 スマホの通話ボタンを押し通話を切ると悠莉はスマホを床に転がしそのまま大の字に寝転がりそのまま目を閉じて菫の言ったことを思い直した。


 小森がなんで振った男子生徒のことを教えないのか、クラスメイト達から小森が告白を断った話題が聞かれないのか、そもそもそんな男子生徒は存在しないで小森の嘘なのか、盗撮事件が起きただけでも頭は冷静ではいられないまま、そこに菫からの通告で悠莉の頭はパンク寸前だった。


 もし小森が嘘をついていて本当に告白してきた男子生徒がいなかったのなら何故小森はそんな嘘をついたのか?


 相談しに来た本当の理由が噂をどうにかして欲しいだったらそんな嘘をついても意味は無い。むしろ邪魔になり自分の首を絞める事になる。


 だったら小森自身が裏で何かをしていて誰かを貶めるような事をしているのか?悠莉の頭にはそんな考えばかりがグルグルと回り答えの出ない迷路に迷っていた。


 寝転がりながら唸っていても何も解決策が見えてこないと感じた悠莉は筋トレをして汗をかいていたのを思い出し気分転換にシャワーを浴びにいった。


 シャワーを浴びている最中も考えが止まることは無かったが冷水を頭から被り無理矢理頭を冷やすと少しずつ冷静さが戻ってきた。


「ふぅ……、今のまま小森さんの事を考えてもしょうが無い、情報が揃ってから考えるしかない。それと、菫先輩がわざわざ電話であの考えを伝えたって事は最終判断は俺に任せるって事でいいのかな?みんなに言って無いなら助言の一つとして受け取っておこう……。」


 シャワーの水音が聞こえる浴室で悠莉は独り言で考えを纏めていた。そうやって口に出して考えを言うことで自然と頭の中も整理されていく感じがしてきた。


 息詰まっている状況にようやく一息をつけれるようになり悠莉は深い溜息をつきくが、まだまだ考えないといけないことがあるため今だ冷めない頭に冷水を被りながら次の行動を考えた。


「はぁ……これからどうするか、まず告白してきた男子生徒を突きとめたいが菫先輩の言うとおり嘘だったらはぐらかされる可能性もあるか……。バレないようにこれは俺一人で調べるか。あと盗撮犯は……多分その告白してきた男子生徒だと思うんだよな。それ以外の怪しい奴がでてこないしな……。う~ん……これ全部告白してきた男子生徒の仕業じゃない?」


 普段頭ではなく筋肉で考えている悠莉の脳内はすでに許容オーバーのため「これも全部あいつの仕業なんじゃね?」と簡単な答えに辿り着こうとしていた。


 情報が揃っていないのに決め付けるのは愚策だと悠莉もわかってはいるが頭の疲れには勝てずもうそれで解決しないかと考え始めてしまっていた。


 こんな状態ではいくら冷水で頭を冷やしても仕方が無いと思い冷水をかけ過ぎて冷え切ってしまった体をお湯で暖めなおすとお風呂から上がった。


 お風呂から上がりリビングの床に置きっぱなしにしていたスマホが点滅してメッセージが届いている事を知らせていた。悠莉はすぐにメッセージを確認すると差出人はさっきまで電話をしていた菫からで要件と付属に画像がつけられていた。


『これが例の盗撮写真だよ。ちなみに彼女のスマホから私の方へ勝手に送っておいてから彼女のスマホから写真を消しておいたよ。』

「抜かりないな、こういうところを見ると菫先輩って敵に回したら面倒なタイプだ。これが盗撮写真か……ご丁寧に小森さんが中心で俺達全員が入るように撮りやがって……!」


 菫から送られてきたのは例の盗撮写真であり、その盗撮写真は中央にMM部の部員達と永机に座って話し合っている小森の背中が写り奥には窓ガラスが見えていた。

 

 その写真に写っている誰一人としてカメラ目線になっている人はいないため明らかに不自然な1枚で盗撮だとすぐにバレるものだった。


「こんな事して何が楽しいんだよ。それで、これが撮られたのは入り口に付いてるのぞき窓からだな。ってかそこ意外盗撮出来る場所ないしな。明日にでもカーテンか布かなんかで見えないようにして対策するか。」


 応急手段ではあるが何もしないよりはマシなため悠莉は家に置いてあ適当なタオルを準備した。


 それからMM部のグループにメッセージで『緊急事態のため明日8時に部室集合。詳細は明日部室で話す。筋トレを怠るなよ。』っと連絡を入れると各々から承諾の連絡と悠莉をバカにした言葉が送られてきた。全員の返事を確認すると悠莉は明日の朝は早いため早めに就寝についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る