第3話 MM部へようこそ!その3
「筋肉の具合は調子良いな、特に上腕二頭筋がやる気に満ちている。これなら何かあっても100%の状態で対処できるぞ。」
『元気元気』と上腕二頭筋からの声により布団から起き出し着替えもせずに上腕二頭筋の様子を確認していた。
「朝から何気味の悪いこと言ってんのよ。さっさと準備しなさい、朝ご飯冷めるわよ。」
部屋に入ってきた楓は朝から筋肉の調子を確認している悠莉に今日最初の溜息が出た。
「……なあいつも思うんだが、どうして楓が当たり前のように家で朝食を作っているんだ?いや美味しいからいいんだけどさ……。」
「おじさんから頼まれてるの、自分が留守の間悠莉の事お願いってだから作りに来てるんでしょ。」
悠莉の父親に頼まれたからと仕方がないと肩を落とした。
「親父め余計なことを……、なあ毎日来るの大変だったら無理しなくても大丈夫だからな。夕飯だって自分で作ってるんだから朝だって……」
「却下。夕飯作ってるって言っても煮物と味噌汁だけじゃない。米、味噌汁、煮物だけの夕飯を見たらほっとけないのよ。ってか何で煮物作れるのに他の料理はからっきし出来ないの?」
悠莉が続きを言う前に楓は目をつむりながら言葉を挟んだ。
「そういえば何でだろうな……、前に作ろうと思ったんだけど焦げて炭になったんだよなあ。卵焼きも黄色から黒になってたし。」
この前作った卵焼きが奇麗な黄色から黒い煙を立ち上げ見る見るうちに黒く変色していった不思議な現象を思い出していた。
「本当変なところで器用よね。じゃあリビングで待ってるから着替えたら来なさいよ。」
「了解、毎朝ありがとうな。」
相談があった翌日の朝、悠莉の家には幼なじみである楓が朝食を作りに家に上がっており悠莉を起こしに悠莉の部屋にきていた。
悠莉と楓は昔から家族絡みで仲が良く母親が幼い頃に他界し父親も世界各国を移動しながら仕事をしており幼い頃よく一人になる悠莉を心配した小崎家は悠莉を家に招き一緒に食事をしたり泊まらせたりと色々と世話を焼いてくれて面倒を見ていた。
そのおかげで悠莉にとって小崎家は第二の家族となっており色々とあった幼少期の自分を支えてくれた大きな恩を感じており、いつか必ず恩返しを行おうと心に決めている。
なので楓が家に来ること自体はよくあり、楓も悠莉の家に居ることに違和感を感じていないので特に問題は無いが悠莉には何とも言えない気まずさがあった。
その理由として、昔からお世話になりっぱなしで今だにお世話になっている事に申し訳ない気持ちと、昔楓とあったある出来事が悠莉の中で今だ整理がついてなくそれが尾を引いていた。
「まずは着替えてだな……、ほぼ毎日来てくれてるが楓はもうあの事気にしてないのか?昔の事だしもう自分の中で整理がついてるのか?はぁ……気にしてるのは俺だけか。」
楓が部屋から出て行くと悠莉は昔のある出来事が頭をよぎっていた。
「何くだらない事言ってんのよ悠莉、昔の事なんていつまでも引きずってないわよ。」
「うお!?楓聞いていたのか?!」
部屋から出て行ったと思っていたばかりの楓が目の前に現れ、独り言が聞かれていたことに悠莉は声がうわずった。
「ったくアンタはいつまでフッタ相手を気にしてんのよ。そんなに気にされてると私もいつまでも恋愛出来ないんだけど?フッタならしっかり堂々としてなさいよ。」
楓は朝から辛気臭い顔をしている悠莉の尻を蹴り激励を入れた。
「いって!そうだよな……俺がいつまでも気にしてたら楓に悪いよな。よしっ!切り替えていくぞ!今日から小森さんの件、本格的に捜査開始だからな!しっかり気合い入れていくぞ!」
楓の蹴りで朝から辛気臭い考えは無くなり気合いを入れなすため両頬を叩いた。
「そうよアンタはそうやってればいいの、小森さんのためにも切り替えていきましょう。切り替えて……ね。」
気合いを入れ直し着替えをする前にせっかく作って貰った朝食が冷めてしまう前に朝食を食べるため楓とリビングへ向かった。
悠莉の家は2階建ての一軒家で悠莉の部屋は2階にあり他に空き部屋が1つとベランダがあり、空き部屋は昔楓が家でイヤなことがあったら家出してくるのに使っていたため半場楓の宿泊部屋になっていた。
例の一件があったため今では泊まりに来ることは無くなったが昔使っていたままにしているため、布団やタオルなどは揃っておりいつでも泊まれるようには準備はしている。
その事は楓も知っているがお互い何も追求せず過去には触れないようにしていた。
それがお互いの今の関係を壊さないで済む選択だと信じるように、過去には蓋をした。そして1階にはリビングと両親の部屋、洗面所と母親の仏間がある。
両親の部屋は母親が他界してからは父親の部屋のようなものだが、その父親は仕事で家にいない事が多いため空き部屋に変わっているが悠莉はいつでも父親が帰ってきてもいいように中はそのままに保って掃除は常にして綺麗にしている。
そして仏間には幼い頃他界した母親の仏壇が置かれ毎朝どんなに忙しくても起きたら必ず線香をあげている。
そのため楓とリビングへ行く前に悠莉は仏間により朝の線香をあげに行くと既に一本の線香があがっていた。
「楓があげてくれたのか?きっと母さんも喜んでるよ。ありがとう。」
すでに上がっていた線香を見て楓にお礼をした。
「別にお礼を言われることはしてないわよ。それより早く悠莉もあげてあげたら。おばさんも待ってるわよ。」
「そうだな、母さんおはよう。今日も俺の筋肉は絶好調だよ。あと今日から後輩の悩み相談の解決に向けて本格的に動くんだ。絶対解決して笑顔にしてみせるから見守っててくれ。」
楓に催促され悠莉は線香に火をつけそのまますでに上がっていた線香の隣に上げ深く目を閉じ母親に朝の挨拶と報告のため拝んだ。
「おばさんに断言したんだから出来ませんでしたじゃ済まされないわよ?」
「これは決意表明みたいなものだし端から失敗の事なんて考えてないよ。絶対にやり遂げる、何もしてないのに理不尽な思いをするなんて間違ってる。それに少しは成長した俺を母さんにも見てて欲しいんだ。」
線香をあげ終えると悠莉は母親の遺影を見ながら今回の相談を必ず解決すると決意を固めた。
「無理はしないでね。何かあったらおばさんも心配するだろうから…。」
「ああ、そうと決まれば朝飯食って気合いを入れるか!」
母親に線香をあげるのと同時に今回の相談解決の決意表明を終わらせると、朝食が準備されているリビングへ行くと、テーブルの上にご飯と味噌汁、焼き魚にキュウリの漬け物が準備されており悠莉は楓と共に朝食を食べ始めた。
食べている間はお互い特に何かを話すことも無く黙々と朝食を味わっていた。昔から食事中は自然と静かに食べる事が習慣で食べ終わるまで静かな空気が続いていくが、今日はそんな静かな空気は途中で終わった。
「なあ楓、今回の相談の件だが何か面倒なことが起きてる気がするのは気のせいだろうか。昨日の話だけ聞くとフッタ男子生徒の逆恨みが濃厚な気がするんだ。もしそうだったら一筋縄ではいかないよな?」
「まあ昨日の話が全部だとしたら怪しいのは告白してきた男子生徒でしょうね。でもまだハッキリしてないしそう決め付けるのは早計よ。それに小森さんがまだ何かを隠してたりしたら話しは変わってくるしね。先ずはともあれ1年B組の現状を把握するのが先決でしょうね。でも、恋愛絡みの逆恨みだったら面倒なのは確かね。」
最悪の場合面倒な事になると呆れつつテーブルに肘をついた。
「いつの時代も恋愛に恨み辛みは付きものか、殴って解決なら早いんだがな…。」
「そんな脳筋な解決認めないわよ。少しは筋肉から離れなさい。この前だってそれが原因で部活動の謹慎を喰らったのよ、今回は絶対に暴れないでね。」
「気を付けます……。もし暴れそうになったら止めてくれ、楓が頼りだ。」
釘を刺された悠莉は自分で制御できない時のために楓にブレーキ役を頼んだ。
「はいはい、ブレーキ役は任せなさい。ほらさっさと食べないと遅刻するわよ。」
楓に忠告され時計の方を見るとすでに7時半を回っており悠莉の家から学校までは徒歩で20分ほどかかるためそこまでゆっくり出来る時間は無かった。
悠莉は残っている朝食を食べ終えると学校へ行く準備を始め、すでに準備が終わっている楓は食器を片付け洗い物を始めた。
それから15分ほどで悠莉の準備は終わり最後に忘れ物がないか鞄の中を確認しているとインターホンが押されリビングに来客を知らせるチャイムが響くと、忘れ物の確認をしていた手を止めると玄関の方へ向かい来客を受け入れた。
「お?もうそんな時間か、こんな朝に来る物好きはあいつだけだな。入っていいぞ。」
玄関を開けると両手で鞄の取っ手を持ち、スカートを押さえるように玄関前に立っていた。
「桜井先輩……おはようございます……。今日も来ちゃいました……。」
インターホンを押してからようやく玄関から出てきた悠莉に紅葉は待ち詫びれたように笑顔をみせていた。
「おはよう紅葉、すぐ準備が終わるから少し待っててくれ。」
紅葉が笑顔の意味をわかっていない悠莉はすぐに準備してくると家に戻ろうとした。
「あら、おはよう紅葉今日もわざわざ来てくれてありがとう。」
悠莉の後ろから顔を覗かせた楓は紅葉の姿を認識すると挨拶を交わした。
「おはようございます……楓先輩……。今日はいらしたんですね……。」
家に戻っていく悠莉に寂しさを感じて間もなく同じ家から出てきた楓の存在に紅葉はつい声が沈んでしまった。
「ちょっと昨日の件とかで相談もあったしね。悠莉ならすぐ準備終わるから少し待っててね。」
今朝の櫻井家の来客は紅葉だった。紅葉は悠莉と登校するため学校のある日は毎日8時頃悠莉の家に来て一緒に登校している。そのため今日も例に洩れず悠莉の迎えに紅葉はやって来ていた。
悠莉は忘れ物の確認を終し楓が作ってくれた弁当を鞄に仕舞うと玄関で待っている紅葉のところへ楓と一緒に向かいそのまま家を出ると施錠し3人は学校へ向けて登校した。
登校中紅葉はいつもは悠莉の隣を歩き腕と腕がぶつからないギリギリの距離感を取っているが、今日の紅葉はいつも以上に悠莉の隣に寄り添い腕に寄りかかっていた。
傍から見ればまるで腕組みをしている恋人のように見えるが、中学生にも間違われるどころか下手をしたら小学6年生にまで間違われる程の紅葉のロリ体型のせいで悠莉と紅葉の身長差が恋人より仲のいい兄妹に見えていた。
そのせいで悠莉も紅葉を妹のように感じているためときめきよりも先に甘えてくる妹が微笑ましく思えていた。
「どうした紅葉?今日は甘えたがりなのか?」
腕組みをしている紅葉の態度に悠莉は頭を撫でていた。
「……別にそうじゃ無いです。櫻井先輩はその……腕組みされるのイヤですか……?」
腕組みまでしてしまっていることに羞恥心が出てきた紅葉は組んでいる腕に力を入れ直し上目遣いで悠莉を見上げた。
「全然イヤじゃないぞ!紅葉は可愛い妹みたいだからな!」
腕に当たる感触が強くなり鼓動が高まったが悟られてはいけないと自分に言い聞かせるようにいった。
「う……妹みたい、ですか……。」
「アンタはそうやって……、まあいいけど。後々紅葉から刺されても知らないわよ。」
悠莉からハッキリと妹みたいと遠回しに女性として意識していないと言われて傷ついてる紅葉にその事に気付いている楓は呆れながら紅葉に同情していた。
紅葉は楓が悠莉の家に居ることに焦りを感じており今もがんばって腕組みをしたが軽く流されてしまいこのままでは終われないと思いある作戦に移った。
「妹みたいなら変じゃないはず……あ、あの……ゆ、悠莉お兄ちゃん……。」
意を決し紅葉は耳まで赤くしながら最後は消え入るように呟いた。
「なん……と、紅葉もう一回呼んでくれないか?できれば上目遣いで恥ずかしながら甘えるようにして読んでくれ。」
悠莉は足を止め押し寄せてくる欲望を口に出した。
「え……、ゆ、悠莉お兄ちゃん……。こうですか……?」
足を止めた悠莉に戸惑いつつ言われたとおり、上目遣いで恥ずかしさを入れ甘えるように声色を少し猫の鳴き声に寄せた。
「楓、俺の妹が可愛いのだがどうしよう。もう紅葉を妹にしてもいいよな?いいよね!いいに決まってる!?よし!紅葉!今日から紅葉は俺の妹だ!」
頭をやられた悠莉は紅葉を抱き上げ楓に見せつけるように前に突き出した。
「落ち着けこのロリコンが!確かに今の紅葉は可愛かったわ。妹にしたい気持ちはわかる。すごくわかるけどアンタに紅葉を渡すわけ無いでしょう!紅葉、ちょっと私のこともお姉ちゃんって言ってみて?」
抱き上げ前に突き出された紅葉を悠莉から奪うように取り返し、そのまま抱き締め紅葉に真顔で欲求をぶちまけた。
「えっと……か、楓お姉ちゃん……?」
何を言われているのか理解できなかったが紅葉は言われたとおりにした。
「紅葉、私の妹になりましょう。それがいいわ、毎日美味しい物作ってお世話するから妹になってちょうだい!」
紅葉の作戦、それは妹と思われたならそれを利用して悠莉のある意味特別な関係になろうと恥ずかしながらも「お兄ちゃん」呼びをした。
作戦は成功し悠莉は紅葉の妹力に骨抜きにされ周りには登校ラッシュ時の学生や通勤中のサラリーマンがいる中にも関わらず大声で妹宣言をしていた。
これで証人ができ悠莉の妹になれる口実をゲットできたが、ここで予想外の出来事が起こってしまった。
それは、紅葉の妹力が悠莉だけでなく一緒に登校していた楓にまで影響を与えてしまっていたのだ。それにより楓から妹にしたいと言われてしまい二人して頭がバグった結果、3人でコントをしているようにしか見えなくなってしまった。
「紅葉は俺の妹だ!楓には渡さんぞ!」
「アンタに紅葉の世話ができるの!?アンタに任せて紅葉が筋肉筋肉言い出したらアンタを東京湾に沈めてやるわよ!」
「バカか!?そんな頭筋肉でできてるような頭オカシイ事させるわけ無いだろう!目一杯甘やかして癒やされて兄妹仲良く余生を過ごすんだよ!」
自分のことは棚に上げ紅葉との余勢を語り始めた。
「頭オカシイってアンタそれ自分のことじゃない!私だってずっと妹欲しかったのよ!お姉ちゃんって言われて甘やかして一緒に料理作ったりお風呂上がりに髪を乾かしあったりしたいのよ!」
「はあ!?一緒に風呂とかズルいだろ!俺だって一緒に入ってやりたいよ!」
もはや手に負えなくなっている二人の言い合いの雲行きは怪しくなっていた。
「櫻井先輩とお風呂……あ、あわわわわ……そんな……段階も踏まないで急になんて……。」
悠莉とお風呂に入るのを妄想してしまった紅葉は頭から湯気を出し目を回した。
「アンタとお風呂なんて可哀想よ!ってか男女で入浴とかダメに決まってるでしょう!」
「そんなことは無い!世間の兄妹は一緒にお風呂に入るもんだと蓮華に聞いたぞ!だから妹とお風呂に入ることは必然なことだ!紅葉!今日一緒にお風呂に入るぞ!」
今ここに、新たな一人の変態が誕生した。
「え……!?は、はい……よろしく……お願いします……。」
脳がキャパオーバーしている紅葉は悠莉の言っている意味もわからず了承した。
「アンタそれ蓮華に騙されてるわよ!しかもさりげなくお風呂に誘ってんじゃないわよ!」
高校2年生の男子生徒が朝の通学路で後輩の女子生徒を大声でお風呂に誘う現場が白日の下にさらされ一瞬で周りの空気は凍り付いた。
これまで談笑をしていた生徒や隣人と世間話をしていた主婦、電話をしながら通勤していたサラリーマン、皆動きを止め悠莉の事を見ていた。
その目はまるで不審者、いや性犯罪者を見るように冷えきっており悠莉の事を同じ人間だと思いたくないと嫌悪感を醸しだし一匹の欲情している猿として捉えていた。
そんなゴミ以下の物体を見る視線でようやく正気に戻った悠莉は落ち着いて自分の発言を思い返した。
紅葉からお兄ちゃんと呼ばれてから頭がトリップし自分が何を言っていたのか思い出すのに少し時間がかかってしまったがなんとか思い出し、自分の発言をよく思い返した。
後輩にお兄ちゃんと呼ばれ、自分の欲望が漏れだし欲望に忠実になり、オプション付きでもう一度お兄ちゃんと呼ばせ、楓と妹の取り合いをしてから、一緒にお風呂に入るぞ!っと断言した。
つまり今の悠莉は自他共に認めるただの変態だった。
「違うんだ!?今のは違うんだよ!紅葉の妹力にやられて口が滑ったというか、あれなんだよ!違うんだー!」
ようやく冷ややかな視線に気付いた悠莉は慌てながら意味の無い弁論をした。
「さ、紅葉あの変態は置いて私達は行きましょう。一緒にいたら私達も変態の仲間にされちゃうわ。」
「で、でも櫻井先輩……。」
周りに向かって必死に弁論をしている悠莉をどうするか悩んでいると楓から腕を捕まえれた。
「さあ行くわよ。学校に遅刻したら怒られるものね。」
「え……?え……わ、わかりました。」
紅葉の質問に答える前に楓は腕を引き歩き始めた。
「俺は変態じゃない!ただ妹が紅葉が可愛かっただけなんだ!俺は変態じゃなーい!」
悠莉の虚しい叫びは誰の耳にも届かず通学路を木霊するだけであり周りからの視線は変わること無く、むしろ大声を上げたことで奇異の目は増していた。
一緒にいたはずの楓と紅葉はそそくさと離れ他人の振りをしながら先に歩いて悠莉を置き去りにしそのまま学校まで登校すると、その場に残された悠莉は周りの視線に耐えながら俯きで学校まで一人で登校することになっていた。
この噂は瞬く間に学校に広まり悠莉に新たに後輩にお兄ちゃんと呼ばせて興奮するロリコン野郎という称号を得た。
そしてこの日学校では悠莉を見かけたらヒソヒソ話が始まったり、1年生の女子生徒達からは目も合わされず見かけた瞬間に逃げられ悠莉は調査できる立場では無くなった。ついでに社会的立場も危うくなっていた。
そんな悲惨な学園生活は放課後になりMM部の部室には一日で信用が地まで落ちた悠莉と、怒りを通り越して呆れている部員全員と小森も集まって各々の調査結果を話し合っていた。
「えっとですねー、調査結果を言う前に言いたいことがあります。何かわかりますよね部長?」
怒りを隠さずに蓮華は腰に手を当て悠莉を睨みつけた。
「うん……わかってる。わかってるから言っていいよ蓮華……。」
何を言われるか予想がついている悠莉は全て諦め受け入れた。
「はい、それではお許しを頂いたので遠慮無く。なにをやってるんですか部長!変な噂引き起こして今日の学校の話題を独り占めしたかったんですか!?おかげ様で全っ然情報収集が捗らなかったんですよ!?なんですかロリコンって!本当に性犯罪者になるつもりですか!?部長のアホ!オタンコナス!」
蓮華の怒りの声は部室に留まらず廊下にまで響いていた。
「はい……僕はアホでオタンコナスでクズです……。取り柄なんて筋肉しかない脳みそ空っぽのうんこです……。」
蓮華の怒りの声を聞いても微動だにせず虚ろ向いていた。
「うわマジモンで落ち込んでるし……えぇ~面倒くさい……。楓先輩どうにかなりませんか?このままだと面倒くて部長のことロリコンって言いそうです。」
何を言っても心ここに有らずと虚ろいでいる悠莉に嫌気がさし楓に助けを求めた。
「え?イヤよ面倒くさい。ほっとけば勝手に治るからさっさと調査結果を話し合いましょう。」
「おおうスパルタだなーまあ部長は後で慰めるとして、んじゃ私から発表しまーす。」
蓮華が怒っているのは、今日から1年B組の現状をクラスや同級生から話を聞こうとしたら学校内は悠莉の噂一色で中々本題に入れず誰かに聞こうとしたら必ずと言っていいほど悠莉の話題があがっていた。
そのせいで情報収集に時間がかかり思ったほど得るものが無かったのだ。
当の噂を引き起こした悠莉は本気で落ち込んでおり、相手している暇も無いので、無視して放っておく事で満場一致したため蓮華は早速1年B組の現状の調査結果を発表した。
「そうですね。まずはわかったことですけど、あんまいい話じゃないので手短にいきます。茜ちゃんがクラスからその…ハブられた原因に一つの噂が関係してました。その噂ですけど『茜ちゃんは大学生や社会人と男遊びをして援交してる。』っていう噂です。これはクラス内だけで流れていたようで公な噂じゃありませんでした。なので私のクラスはもちろん他のクラスの子も知りませんでした。一応確認だけど茜ちゃん、この噂は聞いたことある?それとこの噂は本当?」
出任せだろうと思いながらも確認のため蓮華は小森に真偽を問った。
「違います!私男遊びなんてしてません!それにそんな噂があったなんて…私初めて聞きました…。誰なんですかそんな噂流したのは!」
小森は蓮華を問い詰めるように迫った。
「ちょいちょい、流石にそんなすぐ噂の出所はわかんないよ。今日の部長の噂だってどこが出所かわかんないでしょう?まあ追っていくとわかるかもしれないけど、ただわかってるのは茜ちゃんの援交してる噂が広まってるのは1年B組だけ、つまり噂の出所は1年B組の誰かってこと。」
迫ってくる小森を両手で静止させ蓮華は可能性の話をした。
「じゃあクラスの皆が怪しいってこと……?そんな……友達だと思ってたのに……。」
蓮華の報告に小森は友人に裏切られた可能性があることに悲しみに暮れながら悲痛な訴えをあげていた。
小森もその可能性はあるかもしれないと心のどこかでは考えていたがいざハッキリと伝えられると辛い物があった。菫は小森がこれ以上悲しまないよう現状維持ができるように支えた。
「まあまあそう落ち込むものじゃ無いよ。原因がわかっただけでも十分じゃないか、おかげで容疑者を学校全体から一クラスまで絞り込めたんだ。あとは時間の問題じゃないかな?」
落ち込んでいる小森を励ますよう菫は蓮華に目を向け続きを促した。
「そうですね、菫先輩の言うとおり後は噂の出所を辿って大本に辿り着くだけの作業なので時間の問題だと思いますよ。」
菫の意図を汲み取り蓮華は解決案を述べた。
「あ……そっか今までだと誰が言ったかすらわからなかったんですもんね……。そう言われると何だか少し前向きになれそうです……。」
噂の出所に対する具体的な解決案が出てきたことで形が無かった物が型取ってきたことで心に余裕が生まれた。
「無理に元気になる必要はないわよ。ハッキリ言われたら辛いだろうし……ゆっくり受け入れたらいいわ。」
「小崎先輩……ありがとうございます。」
小森が空元気を見せようとしていたのを察した楓は無理をしなくていいと気を遣い小森もその忠告を受け取り悲しみながらも少し笑顔が見えた。
これで蓮華の報告は以上だが昨日情報収集すると言った悠莉に結果を知りながらも形上蓮華は調査結果を聞いてみた。
「それで……私と同じく情報収集するって言ってた部長は何かわかりましたか?」
蓮華は報告を終え今だ虚ろ向いている悠莉を睨んでいた。
「僕が役立たずの雑魚だってわかりました……。」
かき消えそうな声が悠莉から灯された。
「はぁ~つっかえな。そんなんでいいんですか部長、このままだと本当に役立たずですよ?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……。」
蓮華に馬鹿にされても反論せず何度も繰り返し謝り続けた。
「むう……、あーもう!さっきからジメジメジメジメと鬱陶しい!チェストー!」
遂に堪忍袋の緒が切れた蓮華は机に向かって座っている悠莉のイスを無理矢理壁側を向けるよう90度回し、そのまま露わになった悠莉の鳩尾に狙いを定め蓮華を飛び膝蹴りを撃ち込んだ。
「ごふっ!?な、なにをする…蓮華…。いきなり鳩尾に飛び膝蹴りは無いだろう……。」
悠莉の肺に入っていた空気が一気に外に排出された。
「はっ!ジメジメしてるからですよ!さっさとシャキッとして下さい!」
いつものように売り言葉に買い言葉をしてこないでずっとウダウダとしている悠莉にイライラが溜まり蓮華は悠莉目掛けて飛び膝蹴りを食らわせた。
蓮華の膝は落ち込んで脱力状態でノーガードになっていた悠莉の鳩尾に吸い込まれるように当たり、意識外からの完璧な奇襲に悠莉は一瞬息が詰まり内臓を持ち上げられる感覚に吐き気を感じた。
鳩尾を押さえながら飛び膝蹴りをしてきた蓮華に視線を向けるも蓮華は鼻で笑い全く反省している様子はなく、むしろ悠莉の態度に怒りを現していた。
「確かに…落ち込んでいたが、こんな活の入れ方あるか……?マジで吐きそうだぞ……。」
蹴られた鳩尾を摩りながら呻き声を挙げ吐き気に襲われた。
「いつまでもウジウジしてるのが悪いんですよ!部長よりも茜ちゃんの方がもっと辛いんですからね!しっかりして下さいよ!部長がそんなんだとこっちも調子狂いますよ!」
鳩尾を押さえ呻き声を挙げている悠莉を見下ろし鼻で笑った。
「蓮華の言うとおりだな、俺なんかよりも小森さんの方が大変なのに俺はあんなつまんないことで落ち込んで情け無い。よしっ!気合いを入れ直していくか!実は俺も一つわかったことがあるんだ。」
蓮華の言葉で死んでいた魂に火が入ると、悠莉は立ち上がり机に向かい直った。
「おおー!さっすが部長!自分の変態性を逆手にとって脅して聞いたんですね!ゲスい!」
「んなことするか!ちゃんと話し合いで聞いたよ!…まあ話しかけたら勝手に話してくれたけど。」
蓮華の膝蹴りにより魂と活が入り今誰が一番辛いのか、誰を助けないといけないかを思い出し悠莉は再び気合いを入れ直し自分が集められた情報を報告した。
これは昼休みに購買で飲み物を買おうとした際、この前1年B組で話しかけた時に怯えられた体型のいい男子生徒と偶然出会ったときに聞いたものでありその男子生徒は話しかけただけでまた生まれたての子鹿のように震えながら話してくれた。
「親切な男子生徒から聞いた話だが、蓮華の言ってくれた噂話も教えてくれた。それともう一つ教えてくれてな、蓮華1年B組にいた委員長君を覚えているか?」
「ああ~あのザ・委員長って感じの子ですよね、覚えてますよ。その子がどうかしたんですか?」
思い出すように顎に手を当てていると一人だけピンとくる人物がいた。
「その子なんだが最近少し様子がおかしいようでよく独り言で『あと少し……あと少し……』って呟いてるそうなんだ。教えてくれた男子生徒も委員長君の友達みたいで心配してるそうなんだが何を聞いても大丈夫の一点張りで取り付く島もない様子なんだとさ。」
「うわぁ……それって厨二病とかじゃないですか?あの年齢なら発症しててもおかしくないですよ。わかりました一応委員長君のことも調べてみますけど噂の出所を第一に調べますからね。」
「いや委員長君のことは俺が調べてみるよ。委員長君ならこの前話したときも普通に接してくれたから今度も大丈夫だろう。それに……今の俺だと他の子が怖がって逃げられるし…。」
認めたくなかったが悠莉が話しかけるだけで得られた情報があったことに、情報が集めやすいが大事な物を失っている複雑ながらも認めざるを得なかった。
「それもそうですね、じゃあ委員長君は部長に任せます!何かわかったらご褒美に私のパンツあげますね!ぜひ使って下さい!」
「いるか!そんなの貰って使ったら本物の変態になるだろうが!」
本当は気になったが周りの女性陣の目が怖かったので悠莉はそう言わざるを得なかった。特に紅葉の目が光を失い冷たいものに変わっており悠莉は恐怖を覚えた。
「ちぇっ、それが狙いだったのに。」
蓮華の冗談が入ったものの悠莉が得た情報はこの前蓮華と共に1年B組へカチコミをしに行ったときに小森の事を教えてくれた委員長(仮)の様子が最近少しおかしく彼の友人が心配しているというものだった。
小森の件自体には関係が無いように思えるが悠莉は体型のいい男子生徒が心配しているのを知ってしまいほっとくことが出来なかったので同じクラスと共通点もあるためこじつけになるが一緒に捜査する事にした。
それに他に悠莉自身ができそうな仕事も無かったのも理由の一つだった。情報収集組の報告は以上でボディガード組からの報告に移った。
「今日一日って言っても休み時間と放課後だけなんだけど、小森さんの周りに怪しそうな人影は無かったわ。ただクラスの様子を外から見たけどクラスメイト達あれは意図的に関わらないようにしてるわね。どっちかというと無視より近付かないようにしてたわ。」
「私も……特に怪しい人影は……見ていません……。」
ボディーガードをしていた楓と紅葉は今日見たところから不審な点を挙げた。
「そうか……じゃあ今のところ直接何かしてくる様子は無し……と。ついでに昨日の帰り道はどうだった?」
「そうだね、私は特に怪しい人は見ていないよ。茜ちゃんと帰れて楽しかったぐらいかな。茜ちゃんは話を聞くのが上手でねついつい話しすぎちゃったよ。」
「私も見てませんよ。というか菫先輩がメッチャ楽しそうでそっちの方がビックリでした。」
「二人ともありがとう。一応ボディガードは継続して何かあったらすぐ連絡してくれ。一先ずは直接被害がなくてよかった。」
ボディガード組と昨日の帰り道の事も一緒に報告して貰いどちらも特に怪しい人影や人物は見ていないとのことだった。
とりあえずは最悪な事にならず一先ず安心したがまだハッキリしていない部分もあるためいつ誰がやってくるか余談を許さない状況なのは変わりないのでボディガードは継続する事になった。
ここまで報告を聞き沈黙していた小森は震えながらも笑いながらお礼を述べた。
「みなさん…ありがとうございます。みなさんがいてくれて、私心強いです!」
「まだお礼を言うのは早いぞ、解決もしていないしその噂を流した犯人が襲い掛かってくる可能性もあるんだから気は抜かないようにしててくれ。」
「は、はい!気を付けます!」
「よし、じゃあ今日はこれまでにしてまた明日報告しよう!んじゃ今日は解散!蓮華と菫先輩は今日も小森さんの帰り道一緒に帰って貰ってもいいですか?」
「ラジャーです!茜ちゃんよろしくね!」
「もちろんいいよ。それでは今日もよろしくね茜ちゃん。」
「お二人共よろしくお願いします!」
大まかな報告も終わり各々新しくやることも決まり今日は解散となり、そして昨日と同じように蓮華と菫は帰り道が同じのため小森を家まで送り届ける事になった。
それから各々帰宅の準備を始め全員の準備が終わったら部長である悠莉が鍵を閉め職員室に鍵を戻すためみんなには先に昇降口で待っていて貰い、悠莉一人で職員室まで行くとちょうど職員室から出てくる委員長(仮)と鉢合わせた。
「おっと、すまない。確か君は小森さんのクラスメイトの委員長君じゃないか。」
「あ…この前はどうも…あと僕は委員長じゃないですよ。」
男子生徒は悠莉に珍しく怯えず挨拶を交わし委員長を否定した。
「そうなのか?じゃあ名前を聞いてもいいかな?俺は櫻井悠莉、MM部の部長をしている!」
「はあ……構いませんけど、僕は佐藤 浩一郎です。」
急に親しく接され警戒しながら男子生徒は名乗った。
「浩一郎君か、よし覚えた!改めてよろしく浩一郎君!」
「よ、よろしくお願いします。あの僕これから用事あるので先に失礼しますね。」
そそくさと悠莉から逃げるように会釈して帰ろうとしている浩一郎の背中に悠莉は逃げられる前に声を続けた。
「ごめんその前に一つ聞いていいかな?そんなに時間はかからないんだけど。」
「まあすぐ終わるのなら大丈夫ですけど……。聞きたい事って一体なんですか?」
逃げられないと思った浩一郎は逃げるのを止め悠莉の質問に答える姿勢を見せた。
「ああ、小森さんの噂のことだよ。」
浩一郎は悠莉の質問に空気が張り詰めるように一変し動きが止まった。
さっきまで流れるように受け答えをしていたのが嘘のように会話が途切れ浩一郎はしばらくの間沈黙を貫いていた。
悠莉はここで逃さないとたたみかけようと言葉を選んでいると沈黙していた浩一郎から先に言葉が出てきた。
「先輩、それをどこで聞いたんですか?どこの誰から聞いたんですか!?」
目を見開き追い駆られるよう悠莉との距離を一気に詰めてきた。
「風の噂で聞いたんだよ。本人もそれを気にしているようで相談されたんだ。浩一郎君は何か知っているのかな?」
明らかな変化に悠莉は心臓がうるさく鼓動を伝えたが動揺を見せないよう全身の筋肉を強めた。
「……ああ、だからMM部が教室にきたのか。どこだ?どこから漏れたんだ?ックソもう少しだっていうのに……もう少しなのに……!」
追い駆られて余裕が無い表情をしている浩一郎は右親指の爪を噛み原因を考え込んだ。
「おーい浩一郎君?聞こえてる?もしもーし?筋肉してる?」
悠莉は様子が急変した浩一郎に内心ビビりながら呼びかけていた。
「……失敗したらダメだ、失敗したらダメだ、失敗したらダメだ。」
呪詛のように唱え目線が定まらないまま爪を噛み切った。
「浩一郎君!聞こえてますか!」
浩一郎の様子を見ているのが怖くなった悠莉は声を大きくして恐怖を消すように呼びかけた。
「はっ!あ、すいません……ちょっと考え事を……。あのもう時間も無いので失礼しますね。」
悠莉の声で呪詛を止め現実に戻ってくると浩一郎は頭を下げ返事を待たず走り去っていった。
「あ、うん……気を付けてね……。あれは、アウトなやつか?」
結局質問に答えて貰うことはできず彼の変なスイッチを押してしまったのかあの質問以降何を話しかけても答えてくれなかった。
ただ、彼の友人から聞いた話はどうやら本当のようで浩一郎の様子はおかしく、その原因に小森が関係しているのは今の質問から簡単にわかった。
悠莉は浩一郎のことを元々放っておく気は無かったが目の前であんな状態を見せられたらどうにかしないと気が済まなくなっていた。
浩一郎が去った後悠莉は鍵を返しに来たことを思い出し急いで職員室に鍵を返し昇降口で待ている皆の下へ向かった。
浩一郎の件は下手なことを言ってこ小森に不安を与えるわけにはいかないと思い確信が持てるまで浩一郎の件は悠莉の胸の中にしまっておいた。
「すまん遅れた。それじゃ帰るか!」
「部長遅いですよー!」
「遅れたのに偉そうね。何をしてたのよ。」
「ん?ちょっと先生に捕まっただけだ。大したことはないぞ。」
浩一郎の事は話さず煙に巻いた。
「悠莉くん、今日の夜少し時間あるかな?少し電話したいんだが。」
菫はすれ違いざまに悠莉の耳元に呟いた。
「え?大丈夫ですけど…じゃあ電話の前にメッセージ下さい、そしたら俺から掛けますんで!」
昇降口につくと待たされて膨れてる蓮華と楓をあしらうと、菫が周りに聞こえない程の小さな声で悠莉に耳打ちをした。
何か用事があるかと思ったが内容は夜に電話をしたいという簡素な内容に多少拍子抜けするもすぐに了解の返事をしたら菫は満足げに離れ小森の隣に移動した。
それから一行は昨日別れた道まで着くと同じように別れ別々に帰宅すると、悠莉達と別れて少し経つと小森のスマホから『ピコンッ』とメッセージが届く音が聞こえた。
小森は菫と蓮華に断りを入れてからスマホでメッセージを確認すると足が止まり血の気が引いて顔色が青くなり、その異常な状態に只ならぬ雰囲気を感じ取った菫と蓮華は小森に送られてきたメッセージを確認した。
「ウソ……これってもしかして……。でも確かにいなかったよ!一体いつやったの!?」
蓮華は送られた物を見て混乱し、画面を見た小森は青ざめ持っていたスマホは連絡が無いのにも関わらず震えていた。
「どうやら私達の安全確認は甘かったかもしれないね。」
菫は小森のスマホを覗き込むと胸のウチから湧き出るモノを感じた。
「い、いや…何なのよこれ…何でこんなもの送られてくるのよっ!?」
小森のスマホに送られてきたのは一件の画像だった。その画像は今さっきまで部活をしていたMM部と一緒に座って報告を聞いている小森の画像だった。
しかしこの画像の小森はカメラの方に視線を向けて無くMM部の部員誰一人としてカメラ目線の人はいない、まるで相手に気付かれないように撮った写真。
つまり小森の盗撮写真が送られてきたのだ。
大勢が集まっている部室を堂々と誰にも気付かれる事無く盗撮してきた犯人に蓮華は怒りと悔しさがこみ上げてきた。
なんで気付けなかったのか、あんな醜態を晒してしまった自分自身が身の安全を約束したのにこんな方法で小森を傷つけてしまった事が許せなかった。
「茜ちゃん!差出人は誰!?メッセージだったらハンドルネームはあるでしょう!?」
蓮華は語気を荒げ小森のスマホに目を落とした。
「ご、ごめんなさい……わ、私……怖くて……見たくない……。」
「ちょっと失礼するよ。名前は『A』というらしいけど知り合いにいるかな?」
小森の手からスマホを借り代わりに菫が差出人の確認をした。
「そんなふざけた名前の人なんて知りません!一体誰なの……?なんでこんな……。」
起こったことが受け入れられない小森は肩を押さえ地面に膝をついた。
「まあそうだよね、こんな偽名だって丸わかりなものに心当たりなんてないか。このメッセージはブロックしておくよ。見ないと思うけど今日はスマホを切っていた方が良いね。それで明日の朝8時に部室に集合しよう。もちろん私と蓮華ちゃんが迎えに来るからそれまで家から出ないでね。それで部室に着いたら皆の前でスマホの電源を入れて中を確認する。いいかな?」
菫は小森のスマホの電源を切る前にその盗撮写真をコピーとして自分のスマホに送った。送り終えたら送信した履歴を消した。
「は、はい……よろしく……お願いします……。」
小森は菫から黒い画面のスマホを手渡されすぐに鞄の中へしまい込んだ。
「あの、スイマセン……私取り乱して……。」
蓮華は唇を噛みながら膝をついている小森に手を貸し立たせていた。
「大丈夫だよ、こういうものは先輩に任せなさい。この事は私から悠莉くんに伝えておくね。さて外に長いは危ないから少し急いで帰ろうか。」
菫の判断に従い蓮華は盗撮写真を送られ精神的に傷を負い怯え震えている小森を支えながらできる限り早足で歩き、菫は周りの警戒をしながら小森の家まで送り届けた。
小森の家には誰もまだ帰宅していないようで来るまで一緒にいようとしたが一人で大丈夫と拒否され無理強いもできないまま菫と蓮華は帰路についた。
「菫先輩、茜ちゃん大丈夫ですかね……。私やっぱり側にいたほうが……。」
一人で家にいることを心配そうに何回か後ろの小森の家を振り返った。
「精神的に参っている時はソッとしておいたほうが良いときもあるよ。構いすぎる事でストレスを与えてしまう場合もあるから本人の意思を尊重しよう。」
「うぅ……わかりました……。ごめんなさい私なんか焦ってるみたいです……。」
落ち着かない心を保ちながら蓮華は菫の言うことは最もだと言い聞かせた。
「蓮華ちゃんは優しいからね。焦ってしまう気持ちもわかるよ。でも焦りは禁物だよ、焦ったら大事なことを見落としてしまうからね。」
先程から落ち着きを見せない蓮華に菫は微笑み優しく諭した。
「う……、正論をかざされると何も言えない……。」
「さて、今日は早く帰ろう。狙いは茜ちゃんだけど私達が邪魔してると矛先がこっちに向いてしまうからね。我が身も守らないと。」
「はい……こんな時に使える魔法だったらいいのに…大事なときに使えないなんて……こんなの……。」
蓮華は広げた掌を見つめポツリと自然にこぼれ落ちた。魔法を持っていても今みたいに目の前で起こった最低な事に何の力も発しない。
広げていた掌を握りしめ、魔法が特別な力に見えていたが肝心なときに役に立たないちっぽけで無力な物に感じた。
「大事なときだからこそ自分の力で解決しないといけないのさ、魔法は夢を見せてくれる道具じゃ無く現実を見せつける道具なんだからね。」
静かな帰り道は二人の感情を表すように暗く冷たい道だった。魔法を使えても肝心なときに役にたたない事に苛立ちを覚えていた蓮華だが菫と話すうちに少しずつ怒りは削がれていき怒る元気も出なかった。
そしてこのまま二人は話すこと無く家まで帰って行った。
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