31.女神(偽)のひそかな想い
飛鳥とリセの目の前で諸刃が倒れた。深く切られた傷口から、どくどくと、赤い血が垂れ流れる。
飛鳥とリセは諸刃のそばによる。
「諸刃、しっかりして、起きてよ。私を一人にしないでよ!」
慌てふためくリセを飛鳥が落ち着かせる。
目が揺れ、飛鳥もかなり動揺していたが、深呼吸して何とか自分の気持ちを落ち着かせているようだ。
「リセ、落ち着いて。あなたは女神様なんでしょう。だったら諸刃の怪我ぐらい治せるはず。諸刃が助かるかは、あなたの腕にかかってるの」
そう言って、飛鳥は立ち上がる。そして持っていた剣を構えた。まっすぐ前を睨みつける。その先には、諸刃を切り捨てて、今はお供どもを適当にあしらって遊んでいるアッシュの姿があった。
「私が持っているのは戦うための力だけ。悔しいけど、諸刃のことは頼んだわよ」
「う、うん……」
飛鳥は戦場へ駆け出し、アッシュに立ち向かった。イリーナも、そばに寄りたそうにしているのだが、ゴブリンたちの数が多すぎてどうにもできないでいる。
だが、周りの仲間たちが抑えてくれているおかげで、リセが回復に専念できる環境が整った。諸刃の傷口にそっと手をかざす。
「こんな怪我、すぐに直してやるんだから。なんたって、私は女神なのよっ!」
そう言って回復魔法をかけるが、諸刃の怪我は一向に治らない。回復魔法をかけながら、リセはこれ以上血が出ないように傷口を抑えた。
「止まって、ねえ止まってよ、なんで止まんないのよ」
回復魔法には自信があった。ほかのことは全てダメダメでも、回復と幸運度を上げる魔法だけはスペシャリストと言ってもいいレベルの腕を持っていると自負していた。多分回復魔法とリセの相性が良かったのだろう。
そんな絶対的自身のある魔法でさえ、誰かの役に立つこともできない。このまま諸刃が死んでしまうと考えただけで、リセは落ち着かなくなっていく。軽くパニック状態になっていた。そんなリセに、のじゃロリが追い打ちをかける。
『リセ、すまんのう。諸刃は、魔法に高い抵抗力を持つ魔法無効化体質なんじゃ。回復魔法じゃどうにもならんよ』
「…………そんな、それじゃぁ諸刃は」
回復魔法が効かない事実を知ったリセの表情は、絶望に染まった。いくら使っても効果のない回復魔法。べっとりと付いた諸刃の血。顔色がどんどん青くなる。涙を流し、無駄だと分かっていながらも回復魔法をかける。
リセの頭の中には、これまでの諸刃との思い出が頭の中に浮かんでいた。
諸刃と出会う前は、ずっと一人だった。誰も構って貰えず、仲間になっても捨てられて、どこにも自分の居場所がなかった。そんなリセを受け入れてくれたのが、諸刃だった。
また一人になってしまう。
受け入れてくれる人がいたのに、また手放してしまうと、とても焦っていた。どうすればいいのか分からず、ただ無駄だと分かりながらも回復魔法をかけ続ける。
のじゃロリは、早く傷口を塞ぐよう処置を施さないとと、言っていたがリセの耳には入らない。
一人がいやだから、だから一生懸命頑張ろうとした。
そこでリセはふと思った。
(私、なんて身勝手なことを思っていたんだろう……)
リセは、自分が諸刃を助けよとしているこの気持ちが、自分が一人になるのが嫌だからと自分勝手な気持ちで慌てているのが、とても不純な何かのような気がした。まるで利用するだけ利用して、捨てていった今までの仲間のように……。
心を落ち着かせるために、リセは深く息を吐く。
(違う。そうじゃない。私は、一人の仲間として、諸刃を助けたい)
回復魔法を更に強める。淡く光り出してそれがだんだんと強くなっていく。
『のじゃああああ、そんな気張るシーンじゃないのじゃ! 丁寧にやるシーンなのじゃ! そして目を覚ました諸刃とイチャイチャするシーンなのじゃ! ムフフフフ、そして、そして!』
(気が散るからやめてほしい……)
のじゃロリはのじゃロリだった。諸刃が倒れるというシーンを目の当たりにして、自分が得意とする回復魔法が効かないことを知った。それでもなお頑張ろうとするリセに、のじゃロリは小ばかにするような言葉をかける。
『それにしてもビンビン来るのじゃ! のひょひょひょひょひょ!』
そして何かを感じ取ったのか、不気味に笑い始めた。
(本当に、気が散るからやめてほしい!)
諸刃を助けたい一心で回復魔法をかけるリセにとって、のじゃロリの小ばかにするような声がつらかった。集中しているのにのじゃロリの声がノイズになって、集中が途切れてしまう。
リセはいったん深呼吸して心を落ち着かせた。かえってその行動が良かった。
「魔法が無効って言っても、結局抵抗力が高くて効果が出にくいだけなんだ」
リセは無駄に魔法の知識を持っていた。適性が回復と幸運度を上げる魔法以外になかったが、それでも誰かと一緒にいたくて、魔法を必死に覚えた。その時に、魔法無効化体質のことも知っていた。
「だったら、その抵抗力を超える魔法を使ってやればいいっ」
リセの魔法が力強く輝きだす。諸刃の危機とのじゃロリの煽りが、リセの限界を突破させようとしていた。
「私はここで自分の限界を超えてやる。諸刃を助けられなきゃ、私は諸刃の仲間でも何でもないんだから!」
『そうやって気張ってそれっぽいこと言っちゃうの、すごく寒いのじゃ。リセよ、アタマ大丈夫かのう』
ここぞとばかりに茶々を入れてくるのじゃロリにカチンときたリセの魔法は、さらなる輝きを見せ、限界を突破した。
その神々しい光は、敵味方関係なく足を止めさせる。
「こ、これはなんだ……寒気がする」
アッシュはその光に嫌な感じがして、光の出所を探る。そしてリセに目を付けた。
「っち、とりあえずやっておくか」
アッシュがリセの方向に足を進めようとしたその時、横から飛鳥が飛び出して来て、バールのような何かでアッシュの頭を殴りつける。
「なんでこんなものがここにあるか分からないけどラッキーだったわ。あんたに邪魔されるわけにはいかないのよっ」
「くそ、雑魚は黙ってろや!」
ちらりと飛鳥はリセの方に視線をやる。
(私がちゃんと食い止めてあげるから、お願いよリセ、諸刃を助けて)
と心の中で思っていたつもりがうっかり口に出しちゃう飛鳥。その言葉を聞いたアッシュが攻撃を緩めた。
「あいつが復活するのか?」
思わず口に出していたことを悟った飛鳥は、諦めて隠すことなく話す。
「そうよ、諸刃は復活するの! そしてアンタなんかペッチャンペッチャンのコテンパにしちゃうんだから!」
「…………ほう、それなら待ってやらんこともないな」
「…………どうして? どうして諸刃を……」
アッシュは頬を赤く染めて、にやりと笑う。
「あいつは…………いいっ!」
アッシュの言葉に飛鳥は困惑した。でも、それ以上にリセが困惑していた。というか邪魔しないでほしいと心の中で呟きまくっていた。
額から汗が垂れる。息苦しさを感じながらも、回復魔法を止はしない。
「私は女神よ、女神なの! こんな、こんな怪我、すぐに直しちゃうんだからっ!」
さらに強い輝きが放たれて、そして光が収まった。リセは力尽きるようにその場に倒れる。
『のじゃー、失敗したのじゃー、言わんこっちゃないのじゃー』
おちょくるようなのじゃロリの声に、リセがイラっとしつつも、それでも笑った。
「馬鹿言うんじゃないわよ。私は女神よ!」
その言葉と同時に諸刃が起き上がった。のじゃロリを手にもって、アッシュを真っすぐ睨みつける。
「のじゃロリ……お前おちょくり過ぎだよ。リセ、ありがとな」
「べ、別に諸刃の為にやったんじゃないんだからね」
「ここでその反応かよ」
苦笑いを浮かべながらも、諸刃はのじゃロリを構えた。のじゃロリも、諸刃が復活するのを分かっていたかのように、『のじゃあああああ』と奇声を上げる。なぜこのタイミングで奇声を上げるのだと首を傾げたくなる。
「リセ、お前のおかげであいつに勝つことができるぞ」
『のじゃあああ、諸刃よ、ようやく儂の名を感じ取ったのかっ!』
「ああ、死の境目をさまよって、ようやく分かったよ。お前のことが。うっかりあっちに行かなかったのは、リセのおかげだけどな」
『のじゃ! やっとなのじゃ! にょほほほほほほほほほほ』
のじゃロリは気持ち悪い笑い声をだし、諸刃は不敵に笑う。
「さぁ、第二ラウンドといこうじゃねぇか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます