32.のじゃロリが本気を出した!

 リセの回復魔法で怪我が治った俺は、再びアッシュに向かってのじゃロリを構えた。

 ちらりとリセを見ると、仰向けになって死にそうな表情をしている。はぁはぁと荒々しく吐く吐息が妙に艶めかしい。一体俺な何を考えているのやら。


『諸刃、わかっているかのう』


「ああ、分かってるさ」


 生死の境をさまよっている時、のじゃロリの何かを感じた。気のせいかもしれないが……。

 鬼伐刀きばつとうは鬼を狩るための刀であると同時に、それぞれが意志を持ち、使い手を選ぶ。真に鬼伐刀きばつとうに選ばれた主は、鬼伐刀きばつとうの名と共に本当の姿を知る、そんなことを訊いたことがあった。


 今までその意味がよく分かっていなかった。というのも、現在では鬼狩り事態人が少なく、じっちゃん出さえも鬼伐刀きばつとうに選ばれてはいなかった。まあ、雑魚鬼程度なら鬼伐刀きばつとうを使わなくても鬼月流の剣術のみでどうにかなるんだがな。


 だから今まで鬼伐刀きばつとうの名のことをよく分かっていなかったのかもしれない。だけど、生死の境をさまよって、ようやく理解した……ような気がする。

 この馬鹿でのじゃのじゃうるさい馬鹿刀の本当の名を……。


『なんかすごく馬鹿にされているような気がするのじゃが』


「多分気のせいだ」


『なのじゃなのじゃ、でも気になるのじゃ』


「戦いが終わってか教えてやるよ」


『儂は何を教えられるのじゃ、不安じゃ、不安なのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


 この駄刀は……。相変わらずのうるささだと思った。でも、それでいいと思う。いつものこいつとなら、あの鬼を、アッシュをぶちのめせる。


「行くぞのじゃロリ……いや、桜花っ!」


 俺は生死の境をさまよった時に感じた、のじゃロリの真名を唱えると、のじゃロリの刀身がうっすらとした桜色に変わった。

 のじゃロリを持っているだけで、なんだか力が湧いてくる。これが、鬼伐刀きばつとうの本当の力何だと驚きを隠せない。


『のじゃああああ、やっと諸刃が儂の始解を解き放ったのじゃ、にょほほほほほほほ。やっぱり諸刃はやってくれると思っていたのじゃあ』


「なんだよ……ってちょっと待て、始解ってことはまだ解放されてないことが……」


『のじゃ、もっとあるのじゃ。まだ諸刃は儂のは先っちょを触り始めただけなのじゃ』


「先っちょって……ちょっと言い方がうざいぞのじゃロリ」


『桜花って呼んでっ!』


 などと、新たに解放された力に驚き、また、鬼伐刀きばつとうの知らない部分を知った。のじゃロリに確認しつつ、解放された力の確認をしていると、アッシュが俺達の前にやってくる。


「おう、もういいか?」


「なんだ、敵なのに待ってくれたのか?」


「何、俺は強い奴とは正々堂々と戦うって決めてるんだ。その方が、面白いだろう?」


 不敵に笑うアッシュにつられて、俺も笑った。そして俺たちは互いに前に出て……激しい戦いが始まった。


 俺たちは真剣に戦っているはずだった。はずだったんだ。だけど周りがそれを許さない、なぜ、俺たちは味方のはずなのに。


「私は絶対に諸刃が勝つと思うの。だから諸刃に賭けるわ!」


「何言ってんのよリセ。諸刃が勝つのは当たり前だわ」


「いえいえ飛鳥様、ここはアッシュという敵にかけるのがいいかと。多分敵が勝ちますよ」


「いえいえ、主殿が勝つに決まってます。お前人間なのに何言ってるんですか。はいはい、ゴブリンたちも、一列に並んでどっちが勝つか選んでくださいね」


 なんか賭け事が始まっていた。おれとアッシュは真剣に戦っている。今も殺すか殺されるかの戦いをしているのだ。刀と刀が激しくぶつかり合い、互いの全力を出し合って戦っている。

 俺の攻撃をかわしたアッシュはそのままカウンターとばかりに攻撃を繰り出し、俺は姿勢を変えてのじゃロリもといい、桜花で受け止める。のじゃロリが受け止めるたびに『もう少し優しくしてほしいのじゃ!』と言ってくるので、更に気が散ってしょうがない。


「おいアッシュ。敵のお前にいうのもなんだかあれだが、すごく戦いにくくないか?」


「すまん、俺もそれ思った。まさか俺の部下まで賭け事を始めるとは思わなかった」


 イリーナの影響力がヤバ過ぎた。さすがと言ってもいいかもしれない。ゴブリンの皇女としての力を発揮し、敵のゴブリンまでもまとめ上げ、俺とアッシュが1体1で戦える環境を整えた。それだけならまだいい。

 ついでに勝った後のことも考えて、敵方のゴブリンを上手く騙し、取れる元を取っているというあくどいことまでしていた。


「……場所移すか」


「俺もそれ思った」


 俺とアッシュは真剣勝負をじゃまされないように場所を移動した。それに、俺たちが全力を出すと、周りを巻き込みかねないという事情もある。決して、決して、賭けの対象になったから逃げだしたという訳ではない。



 少し離れた場所で、俺たちは二人きりになった。風の音がよく響く。息を吐き、集中してアッシュを真っすぐ見つめる。


『のじゃああああああああああああああ』


 突然のじゃロリが騒ぐ。いつものことだから気にすることはない。


『何をしておるか諸刃。もっと力入れるのじゃ! 気合入れるのじゃ』


「俺は気合入れて戦うタイプじゃないんだよ。少し黙ってろ、桜花」


『おっふ、わ、分かったのじゃ。それならいいのじゃ』


 すっとのじゃロリを構える。


「行くぞ、アッシュっ」


「こいや、諸刃ぁぁぁぁああ」


 鬼と鬼狩りの、真の闘いが幕を開けた。今までのは序章に過ぎない。あのバカで空気の読めない集団がいたから仕方がない。だが、うるさいのも消えた。もう、俺たちの戦いをじゃまするものはいない。



 ◇◆◇◆◇◆



 あれからどれぐらいの時間が経っただろうか。時間の感覚すら忘れる程夢中になって戦った。

 力と力、技と技のぶつかり合い。今までの鬼狩りで感じたことない感覚に高揚感が増した。

 戦うのが楽しいと思ったのは、これが初めてかもしれない。


 互いに体力の限界が近づいている。


「はぁはぁ……お前、やるじゃねぇか」


「互いにな、まさか鬼とここまで楽しく戦うことになるなんて思わなかった」


「だが次で最後だ」


「ああ、そうだな」


 体力はもう限界だった。のじゃロリのことを重く感じるほどだ。


『のじゃ、最後の勝負じゃのう。行けるか、諸刃』


「ああ桜花。やってやろうぜぇ」


 まるで青春漫画の一シーンのように、俺たちは構える。のじゃロリを構えると、だんだんと力が湧いて来た。まるでのじゃロリと自分が一緒になったみたいに。


 柔らかい風が吹く。一呼吸おいた後、俺たちは駆け出した。

 正真正銘、最後の一撃。互いの全てを出し合った最高の一撃で、俺とのじゃロリは勝負をきめにいった。

 そしてーー。


「っく…………」


 アッシュの攻撃に大きなダメージを追った俺はその場に膝をつく。傷口から少量の血が流れる。


「くそ…………負けたか」


 鬼に負けたというのに、なんだろうか。すがすがしい気持ちになった。今までこんな気持ちになったことはない。アッシュは、なんだろう、ただ強い奴と戦いたいだけのアホに見えたからだろうか。

 俺は負けた、そう思っていたのに、アッシュの口から出てきたのは、全く別の言葉だった。


「この勝負…………お前の勝ちだ」


 そう言って、どさりと倒れる。


「くはーー負けた。畜生。勝ったと思ったんだけどな。負けたからには仕方がない。潔く死んでやる。さぁ、殺せっ」


 殺せって言われても、俺も体力の限界だ。もう動くことも難しい。

 だからもうしばらくこのままだろうなと思ったが、この状況をぶち壊す者たちが現れる。そう、あいつらがやってきたのだ……。

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