30.恋が冷める瞬間?

「ヒャーハァー、最高だぜぇ」


 だんだん世紀末なアレのような叫び声をあげるようになったアッシュ。最初の雰囲気がだんだん崩れてきて、もう自制が効かないような状態になっていた。


 闘い初めてからどれくらいたっただろうか。なかなか攻めきれない中での激しい攻防。イリーナがゴブリンたちを相手にしているとはいえ、俺がもしアッシュにやられてしまったらすべてが崩れてしまう。

 飛鳥とお供達は、座りながらこちらの戦いを観戦していた。

 リセも観戦していたが、あいつはそもそも回復魔法的なのしかできないので放っておいていいだろう。


 それよりも飛鳥達勇者一行に物申したい。


「お前らいい加減こっちに加勢しろよ!」


 思わず飛鳥達に叫んでしまった。あいつらは「え?」と声を漏らし、きょとんとした顔でこちらを見ていた。

 え、何その表情。


「飛鳥様、アレ、何か言ってますよ。あ、どっち掛けます? 私はアッシュっていう魔族が勝つ方で」


 お供が懐からお金を出す。


「何言ってんのよ、諸刃が勝つに決まってんでしょう。諸刃はね、強いんだから!」


 そう言って、飛鳥が懐から金を出す。


「あ、なら私も諸刃ね。諸刃はね、すごく強いのよ。なんたって、女神なわたしの加護があるんだから!」


 そう言って、リセが懐から金を出す。ついでに俺に向けて何やら支援魔法をかけてきた。効いている様子は一切ないが。

 俺、一応魔法無効化体質らしいんだけど……あの時リセは……そういえばいなかった気がする。


「って、お前ら、賭け事してんじゃねぇ!」


 俺が命張ってるのに、周りが緩くて笑い声まで聞こえて来た。これ、怒っていいような、戦いを放り出して逃げてもいいような、そんな気がした。


「畜生、此畜生、てめぇぐらい一人で倒してやらぁ!」


 俺はのじゃロリを掲げて宣言する。アッシュは実に楽しそうに笑った。興奮が限界突破して、いろんなところが崩壊していたが、それはそれ、これはこれだ。


「なぁ、お前もっと本気で戦えるだろう?」


 俺のことを嘗め回すように見ながらアッシュは言う。


「俺にはわかるんだよ。お前、まだ力を隠しているってな。本気で来いよ。もっと、もっと俺と楽しもうぜ、熱くなれよ!」


 後半、某テニスの熱くなっちゃう系なあの人が一瞬頭によぎったが、すぐに思考を切り替える。

 俺、全力で戦っているハズなんだが。なんであいつはそんな勘違いをしているんだろう。


『のじゃ! ばれてしまったのじゃ! どうするのじゃ諸刃!』


 のじゃロリが慌てた様子で何か言ってきた。

 待て待て、こいつまで何を言っているんだ?


『何きょとんとした顔をしておる。儂をちゃんと使いこなせば今の状態の何十倍にも強くなれるのじゃ! それをあいつが察している、やばいのじゃ。諸刃は儂を使いこなせていないのがばれてしまうのじゃ!』


「使いこなすって、なんだよっ!」


 アッシュが再び攻撃を再開した。敵の攻撃を捌きつつ、俺はのじゃロリに訊く。

 正直、考え事をしながら戦うのは結構つらいところがある。気を緩めた瞬間にやられてしまいそうだ。


『のじゃ、儂の名を、名を言うのじゃ!』


「んなこと言われたってわかんねぇよ」


 全ての鬼伐刀きばつとうはそれぞれの名を持っている。

 名は鬼伐刀きばつとうの本当の力を引き出す。意思を持つ刀と言われている鬼伐刀きばつとうと対話し、その他を知ることで、本当の意味で鬼伐刀きばつとうの使用者として認められる。

 俺はまだ、のじゃロリの名を知らない。だからある意味で、俺はのじゃロリに認められていないのだ。鬼伐刀きばつとうとしての本当の力を一切発揮できていない今ののじゃロリは、よく切れる刀とたいして変わらない。


 というか、名を教えてもらってもいないのに『名を言うのじゃ!』とか、無理に決まってんだろう。


『何を言うか諸刃! 鬼伐刀きばつとうと名は……感じ取るものなのじゃ!』


「馬鹿言うんじゃねぇよ!」


 感じ取れとか不可能に決まってる。アッシュの攻撃を捌くのだけでもつらいのに、のじゃロリの相手までしていたら……。

 闘いから少し、のじゃロリの方へ意識が飛んでしまったせいでスキが生まれる。それをアッシュが逃すはずもなく、的確にそのスキに攻撃を加えてきた。身体を無理やり動かして何とか防御するものの、勢いに負けて吹き飛ばされる。


「のじゃロリのせいで無駄な体力を使っちまったぜ」


『儂のせいにするな! なのじゃ!』


 毎度のことながらのじゃのじゃうるさい。今回はいつものような雑魚じゃない。少し、集中させてほしい。


「っけ、まだ本気を出さないか……」


 アッシュは構えを解いて何かに悩むように首を傾げた。


「んー、どうやったらあいつを本気にさせられるか…………」


 無防備に悩んでいるように見えて、実にスキがない。俺が攻撃をしても、対処されるということがわかる。


「諸刃! 早くいかないと! あいつ、隙だらけだよ! 諸刃のかっこいいところ、飛鳥さんに見せてよね!」


「女神パワーを諸刃に注入してあげる。なんたって女神なんだからね。さっさとあいつ倒してよ諸刃! あいつがこっちを見る時の顔が怖いのよ!」


 リセと飛鳥がまた喚きだす。イリーナも俺とアッシュの戦いに邪魔が入らないように戦っているというのに、自称女神と勇者と来たら……マジで頭にきそうだ。


 アッシュは、視線を飛鳥とリセの方に移動させる。俺はとっさに、あいつらを守るべく、のじゃロリを構えた。


「ふむ、なるほどな。そういえば、人は怒りでさらに強くなると……異世界の書物、確かドラゴ……なんだったっけ。まあいいや。それに書いてあったような気がする。スーパー何とか人とかなんとか」


 何故異世界の書物、というか、そのネタが何なのか俺はしっている。原作読んだことないけどさ。アニメは時々見てたから。

 でもなんで急にその話をし始めたのだろう。というか、異世界に来てその漫画の話が敵から出てくるとは思わなかった。


「はっはっは、不思議そうな顔をしているな!」


 敵に心を読まれてぎょっとした。焦りを表情に出さないようにしながら睨みつける。


「まさか敵から異世界がどうのこうのって話が出てくるとは思わなかったからな」


「そうだな、でもな、異世界から何かを召喚できるのが、人間の専売特許だと思うなよ」


 アッシュがそう言うと、アッシュがあるアイテムを使った。するとアッシュの手物が歪み、そこに手を入れてあるものを取り出した。


「異世界より召喚した俺の武器だ」


 亜空間魔法に近い魔道具。イリーナが使っている亜空間魔法のアイテム版を使ったようだ。規模はイリーナほどでないにしても、物の取り出しぐらいはできるらしい。それよりも、アッシュが取り出したものに俺は目を疑った。

 アッシュが取り出したのは日本刀だった。


「読めねえのは残念だが、刀に名が彫ってあるみたいだ。相当いい代物だ」


 そう言って、アッシュが刀を構えた。


「お前らが異世界から勇者を召喚できるように、こっちは異世界の物資を召喚できるすべを持っているんだよ」


「…………異世界の物資」


 頭の中で、米やみそ、醤油や砂糖を思い浮かべた。こいつらに頼めば、俺の望む店を開けるのではないだろうか。いや、そうに違いない。


「後は、お前を怒らせるだけだっ!」


 俺が欲望に塗れた妄想をしている隙に、アッシュがリセと飛鳥に襲い掛かった。


「仲間が死ねば、その時こそお前が本気になるだろうよっ」


 アッシュは狙いを飛鳥に絞ったようだ。素早く飛鳥の前に移動して、刀を振りかぶる。

 まさかこっちに来るとは思っていなかった飛鳥が、ただ茫然と目の前の光景を呆然と見ていた。


 アッシュが飛鳥を殺そうとするとき、俺は身を挺して、飛鳥の盾になった。

 背中からバッサリと斬られ、血が飛び散る。

 赤い血が垂れ出て、途端に力が入らなくなった。


「諸刃、諸刃っ!」


 飛鳥とリセが駆け寄ってくる。イリーナも、慌てたような声を出した。


 アッシュはそんな俺を見てーー


「っち、興ざめだぜ。つぇお前と戦いたかったのによ。しかたねぇ、こうなったら、他のやつで楽しむしかねぇよなぁ!」


 冷めた表情になって俺を見下ろしていた。

 そして俺は意識を失った。

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