29.男に愛をささやかれてもうれしくない
ゴブリン帝国のなんやかんやが終わって急いで飛鳥のもとに駆け付けてみれば、なんか変な奴に襲われていた。
しかも鬼。俺の知っている鬼とはちょっと違うが、この戦闘狂っぽい感じはたまにいる。
強い力でねじ伏せるより互角の戦いを楽しむタイプは無駄に強い。これは、マジで厄介な敵かもしれないな。
「リセ、怪我した奴らの治療は任せた。イリーナ、雑魚どもを引き付けてくれ、こいつ相手に雑魚まで構ってられない」
イリーナとリセに指示を出す。イリーナは「了解した」といい、異空間魔法でゴブリン帝国の衛兵を召喚して、群がるゴブリンどもを駆逐するべく動き出した。
飛鳥やそのお供達は「ゴブリンがゴブリンと戦っている……」と驚いていたが、別にそこまで驚くことでもないと思う。
人間だって戦争とかして同じ人間同士で殺し合ったこともあったんだからな。
それよりもリセの反応が酷かった。
「べ、別にアンタの為にやってるわけじゃないんだからね。諸刃に捨てられないためにやっているだけなんだからね。ねえちゃんと見てよ。私、役に立っているでしょう? なんたって女神なんだからね。ねえ、見てよ。私をちゃんと見てよっ!」
リセがちょっとどころかかなりうざかった。こっちは戦闘中というか、気を抜いたら一気にやられかねない状況なの察してほしい。
それにしてもーー目の前で戦う魔王軍幹部の姿に頭が痛くなるのを感じた。
激しい攻防。俺の攻撃も全く通らないわけじゃない。こういう戦いをする鬼とも、何度も戦ったことがある。
まあ、俺が戦った鬼はこの鬼よりも弱かったがな。
「いいねいいね、そこの勇者なんかよりもできるじゃないか。俺はアッシュ。魔王軍幹部、鬼人のアッシュっ。てめぇ、名は?」
「鬼が人に名を聞くか」
「俺は強い奴の名を覚えておきたいんだよ。ほら、名はなんだ」
割と武人みたいなやつなんだろうか。純粋に戦いを楽しんでいる。
コイツの言うことなんて聞く必要はないのだが、雰囲気的に答えそうになってしまう。
そんな状況下の中で、リセが横から割り込んでくる。
「その人はにょろもんた。名前がすごく恥ずかしいの。だから虐めないで!」
それを聞いたアッシュが、少しだけ可哀そうな何かをするような目をしてーー
「そ、そうか。お前も苦労しているんだな……」
なんてことを言われてしまった。
よくよく考えたら、名前なんて教えて呪いでもかけられたらヤバかったな。
ちらりとリセを見ると、何も考えてなさそうな顔をしていた。
こ、こいつ……と思ったのもつかの間、アッシュが「さあ、続きを始めようかぁ!」と言って突撃してきた。
敵のバトル狂ぷりにはまいってしまうが、こいつを倒さなければ生きて帰れない。それに、俺は一応鬼狩りだ。こいつのような鬼なんかに負けられない!
アッシュの激しい攻撃を捌きつつ、俺も反撃に出た。相手の攻撃を逸らし、誘導させ、隙を作らせて一撃を入れる。
圧倒的に力の強い鬼に勝つために人が手に入れた、戦うための技術を使い、じわりじわりとダメージを蓄積させていく。
そのたびにアッシュは嬉しそうな表情になっていくので、俺は凄く嫌な予感がしてきていた。
そう、ギャグマンガにありそうな、無駄にシリアスな展開を意味不明なことでブレイクするような、そんな気が……。
「ああ、良いね、良いよお前」
「気持ち悪い、さっさと消えろ」
隙をついてのじゃロリで一撃を加える。避けられてしまい急所を外してしまったが、ダメージは与えられた。
アッシュは肩から血を垂らし、腕を抑えている。
そんな状況でも奴は笑っていた。頬をほんのりと赤く染めて、無垢な少年のような表情を浮かべていた。
「お前、本当にいいよ。最高だよ。ここまで俺と戦えたのはお前が初めてだ。本当に、好きになってしまいそうだ」
ぞっとした。いやもうね、あれね。こう、狙われちゃいけないところを狙われているような気がするんだよね。お尻がぞわっとしたよ、マジで。
「お、おれにそんな趣味はない!」
そう言いながら、ちょっとずつ後ずさる。
「さあ、俺ともっと楽しもうぜ!」
「く、来るんじゃねぇええええええええ」
頬を赤く染めて鼻息を荒くしたアッシュが、興奮気味に襲い掛かる。もう変態以外の何ものでもない。
ただ、気を抜くと本当にやられてしまいそうになる。
こいつはそれだけ強い。激しい攻防の中、突破口を探しているのだがそれがなかなか見つからない。スキを見つけて一撃を与えても、アッシュの常人を超えた身体能力で避けられてしまい、致命傷には届かなかった。
そのたびにアッシュの興奮度が増して、攻撃が激しくなる。
だんだん攻撃を捌くのが難しくなり、ダメージを与える数が少なくなってくる。いったん距離を取って体制を立て直し、呼吸を整える。そしてのじゃロリを鞘に終い、集中力を上げた。
「てめぇ、どういうつもりだ。もう戦わないつもりか、俺との愛を語らないつもりか!」
愛を語ったことなど一度もない。
男にそんなことを言われてもうれしくなかったが、まあいいだろう。
俺はもう一度大きく息を吐き、構えた。攻撃を捌き切れないなら、速度と威力重視の型で、一気に決める。
「鬼月流雷の型五式、雷切っ」
雷を斬るがの如く、自由落下からの踏み込みによる突進に加え、特殊な力の加え方をすることにより威力とスピードが格段に上がった一撃をアッシュに打ち込もうとした。
紫電一閃で雷を斬るという戯言から生まれたにしては馬鹿にできない、そんな一撃。更に鬼を倒すために改良に改良を重ねて生み出された一撃なら、アッシュにも届くだろうと確信していた。
「わぁ! 雷切! かーっこいぃ!」
後ろで飛鳥が握りこぶしを作りながら楽しそうに俺たちの戦いを見ている。勇者様? そんなところで見ていないで動けよ。戦えよ!
馬鹿な飛鳥の声を聴いて、一瞬集中が途切れた。そのため、アッシュに与えよとしていた一撃にスキが生まれる。アッシュは、不完全な雷切を何とか避ける、が、完全によけきれることはなく、身体から血を流す。
「なかなか痺れる一撃じゃねぇか、にょろもんた」
「っち、これで仕留められたらよかったものの……あいつのせいで」
血を垂れ流しながらアッシュは楽しそうに笑っている。本当に、戦いを純粋に楽しんでいるようだった。
コイツのような戦闘狂タイプは何を考えているのか分からないので、さっさと討伐したいところだが、これは、一人じゃきついか。
「イリーナ、そっちの状況はどうだ」
「だめです、ご主人! 数が、多すぎます。ここに住んでいる人達何やってんだ! おかげで同族を殺すことに……」
イリーナの部下らしきゴブリンが、そっと囁く。
「大丈夫です。人間も、戦争という殺し合いで同族を殺しています。群れが違えばルールも違うのです。同族殺し、別に問題ありません。人間的なルールで考えれば、ですが」
「そうだね、私たちはゴブリン帝国のゴブリン、主殿、数は多いけど、一匹たりともそっちにはいかせないよ!」
こちらに向けてぐっと親指を立てるイリーナが頼もしく見えた。が、これだと状況が何も関わらない。
「飛鳥、そろそろ戦えるか? こいつ、強い」
飛鳥はきょとんとした表情を浮かべて、首を傾げる。
「え、男同士の熱い戦いでしょう? 私が邪魔しちゃダメなんじゃないの?」
命がけの戦いを男同士の熱い戦いとはいわない。飛鳥は使い物にならなそうだ。
ニタニタと楽しそうに笑うアッシュを前に、再び気を引き締める。
さて、どうやってこいつを討伐するか……めんどくさい戦いになりそうだ。
『のじゃ、リセと儂には声をかけてくれんのかのう』
「そうよそうよ、私にも声をかけなさいよ!」
………………めんどくさい戦いになりそうだ。
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