9-4 労い


     × × ×     


 城内の大広間では、パウル公が出征組の家臣たちを労っていた。指揮官や将校を呼び寄せて、自ら褒賞を手渡している。


 一番手柄にはライスフェルト大尉が選ばれた。

 彼の部隊はヘレノポリス会戦において、南部の大領主として名高いフロイデ侯を討ち取るという大金星を挙げている。

 イディ辺境伯との共同突撃は兵士たちの間で語り草になっていた。


 ちなみに当主だけでなく一門衆もことごとく討たれ、半ば「族滅」「根絶やし」状態となったフロイデ家はもはや戦争どころではないとして局外中立を表明。南部連合から離脱したらしい。噂では傍系出身の宰相が当主の座を継ぐことになるとの由。

 また一つ、我が家に恨みを抱く血脈が増えてしまった。


「次、ヘルムート・フォン・ベルゲブーク男爵。大儀であった」

「ははあっ」


 二番手柄はベルゲブーク家の当主。

 梯団指揮官として確実に戦功を重ねてきた。報告を聞いたかぎりでは武門の家柄に相応しい活躍ぶりだ。

 往年の軽薄さは鳴りを潜め、先代のような武人らしい佇まいを備えつつある。


 そんな親友の姿を、ボルン卿は心配そうに見つめていた。

 ささやかな式典が終わると、彼は持ち前の肥満体を揺らしてパウル公に追いすがった。


「パウル公、どうか僕を北部に行かせてください」

「私に言われても困る。カミルに言え」

「なにとぞパウル公から口添えを。守りの家訓を破る形にはなりますが、僕も先方家としてお役に立ちとうございます。北の大国を相手取るに、兵は多いほうがよろしいかと」

「ふむ……あとでブッシュクリーに相談しておこう」

「ありがたき幸せ!」


 ボルン卿は跪いたまま右手を握りしめている。

 そんな彼に訝しげな目を向ける者がいた。他ならぬベルゲブーク卿だ。

 彼らは主君が去ってから言葉を交わす。


「おい。パウル様はあのように仰ったが、出過ぎた真似はやめておけよ」

「僕の梯団が役に立たないとでも。ロート伯やトーア侯を追い返したのに」

「お前にはお前の役目があるだろ」

「戦場でカミル様を守らせてもらう。城の防御はベーア大尉に任せるさ」

「舐めていると死ぬぞ」

「ヘルムートだって!」


 二人は言い争いながらドアの向こうに消えていった──かと思いきや、すぐに戻ってきた。


 彼らを向こうから押し返したのは白髪の壮年将校だ。


「我々は北には行かん」


 たった一言でボルン卿とベルゲブーク卿を黙らせた。

 我々というのはヒューゲル兵営を指しているのだろう。


 あれ? そうなるとヨハンは約四千名の友軍を失うことになるんじゃ。

 そんなのあいつから聞かされていない。

 悩む前に身体が動いていた。


「どういうことですか、ブッシュクリー大尉」

「これは公女様。お久しゅうございます。神出鬼没であられますな」

「友邦キーファーの首都は明日にも落とされかねませんわ。まさか見捨てるつもりではないでしょうね」

「小官ではなくカミル様とヨハン公の意向です」

「あの二人の……?」

「ええ」


 大尉は首肯する。


「……ヨハン公と北部連盟の主力部隊は来週より北に向かい、抵抗を続ける味方と合流を図ります。そうなれば南部進駐中のアウスターカップ第二軍団はヘレノポリスから本国に引き返してくるでしょう」

「仮定の話だわ。予想で語らないでちょうだい」

「予知能力の公女様がそれを仰いますか」


 嫌みを言われてしまった。

 図星すぎて言い返せない。これだからこの将校は好きになれない。


「……続けなさい」

「まあ敵が引き返してこなければ僥倖です。しかし予想通り北に向かってきたなら、いずれヨハン公は挟撃を受けてしまう」

「だからヒューゲル兵を残しておき、この城で通せんぼしてしまえと」

「敵将も総兵力五千余名の城を素通りできないはずです。もしも素通りされたなら、あらゆる手段をもって敵の後背を脅かしてやればよろしい」


 理屈は正しいように思える。

 ただ第二軍団を通せんぼしたところで、北の超大国には六万名以上の兵力が控えている。

 北部連盟の主力部隊(ヒューゲルを除くと約二万八千名)では太刀打ちできそうにない。

 逆転の目があるとするなら、兵数以外の要素になる。


「魔法部隊はどうするのです」

「ヒューゲルの財産はラミーヘルム城に留めおくべし、と仰せつかっております」

「残していくなんて自殺行為だわ」


 ヨハンは十二人の魔法使いのうち我が家の六人を残していくつもりだ。

 それではアウスターカップ兵営を魔法戦力で圧倒できない。ユリアはともかく他の奴らは平然と連れていけばいいのに。なぜ遠慮したんだ。

 公女マリーの城を守るため?

 あるいは妻を守ることで彼自身の誇りを保つため……一周目で訪れたシュバルツァー・フルスブルク宮殿の天井ドームが、あの装飾が鮮明に思い出される。

 あいつは誇りのために死ぬことを厭わない。ずっとそういう男だった。


「……自殺行為よ」

「仰るとおりです。ヨハン公としては本国の家臣を見捨てられず、公女様を見捨てられず、ゆえに世界の「破滅」とやらを防ぐための無益な戦争をやめられない。さぞやお辛いところでしょうな」

「何が言いたいのかしら」


 公女おれは苛立ちを覚えつつ、大尉に問うた。

 刺々しい言葉をあえて選んできたあたり、よほど腹に据えかねたものがあるのだろう。ぜひ聞かせてもらいたい。

 大尉はすぐに答えてくれた。


「率直に申し上げて、あなたのせいでヨハン公はあらゆる敵方と手打ちできないのですよ。戦地では和解の使者を何度も追い払っておられた。好条件もあったというのに……そのせいで小官の部下は何人死んだことか。公女様は我々に無謀な殺し合いを強いている。たくさんの人に、ご自身の妄想を押しつけた結果として。その自覚が公女様には全く足りていない様子」

「大尉、「破滅」は予想や予知ではなく現実の未来ですわ。わたしが過去に経験してきた未来です」

「では未来を証明していただきたい。あなたや魔法使いの口先ではなく明確な根拠を示してください。もし示していただけたなら、小官は公爵家の御為おんため、死ぬまで戦い続けられます」

「……………」


 公女おれは何も答えられない。

 唇を抉じ開けても反論を紡ぎ出せず、咄嗟に出てきた言葉は「不敬だわ」という愚劣極まりないものだった。


「ふははは。これだから君主という生き物は……全く度しがたい……」


 大尉はひとしきり笑ってから、当てつけのように足元に跪いてくる。

 周りにいた将校たちが慌てて上官に続いた。ベルゲブーク卿やライスフェルト大尉たちも。

 彼らの制服は綺麗に洗濯されていたけど、生地は一年かけてボロボロになっていた。


 約五十名の将校団に跪かれて、自分が紡ぎ出せる台詞は次第に限られてくる。


「……皆さん、大変ご苦労様でした」


 労いの言葉。

 本当は言わされる前に言っておきたかった。

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