7-1 ロマンスか、死か


     × × ×     


 戦争には大義名分が不可欠だ。

 私利私欲を満たすために組織的な殺人・破壊・略奪行為を遂行できる時代は数世紀前に終わりを告げており、正当性を自他に示さなければ「会話の通じないヤバい奴」扱いされてしまう。

 すなわち内心では隣人を屈服させたい・隣人の土地を切り取りたい・地域の主人になりたいなど純粋な欲望を抱いていても、表向きは話し合いの決裂を装わなければ、国際社会から白い目で見られる。存在を危険視されて包囲網を敷かれたら、比類なき強者でも未来が危うくなる。


 その点をルドルフ大公はわきまえていた。

 彼の戦略は毎回同じだ。


 ①大君の甥・ヨハンを焚きつけて「北部連盟」を結成させる。

 ②ヴィラバ市民に大君を殺害させる。

 ③教皇から戴冠を受けて新たな大君に即位する。

 ④大君に従わない賊軍として「北部連盟」を討伐する。終わり。


 ルドルフは旧教徒の守護者・正統な神聖大君という大義名分を活用することで、本質的には自己中心的な野心家でありながら多くの諸侯を味方につけてきた。表向きは新教徒の保護も訴えることで新教派の団結を防ぐ気配りも怠らなかった。

 結果、一・二週目では南部・西部の『雄侯』と称される旧教徒の大領主に加えて、新教徒の名門フラッハ家までルドルフの旗下に馳せ参じた。


 北部諸侯の戦力不足は否めず、ヨハンたちは北の超大国アウスターカップ辺境伯に助力を求めた。多くの譲歩を引き換えに。

 モーリッツ氏に言わせれば「北部諸侯は開戦前から外交的に敗北していた」ことになる。


 ならば、と三周目こんかいは先手を打たせてもらった。

 まずは大君陛下を危険なヴィラバから避難させる。ヨハンに手紙で話をつけておき、陛下には彗星の来訪前にキーファーまで行幸してもらった。

 これで陛下は死なずに済み、ルドルフ大公は正統な大君に即位できなくなる。ルドルフが北部連盟を討伐するための大義名分も失われた。


 次に南部連合の加盟国を切り崩す。

 すでに西部の盟主フラッハ宮中伯は局外中立を表明してくれた。すると西部の小領主たちも宮中伯に合わせる形で中立姿勢を示すようになり、ついには『ライン中立盟約』を結んで「あらゆる列強の干渉を拒否する」と宣言した。元々西部には十五年戦争以来の新教徒が多いため、旧教派中心の南部連合には魅力を感じられなかったのだろう。

 もちろん金銭面、具体的にはスネル商会の根回しも絡んでいる。仕事熱心なコーレイン氏によると他の低地商人から買い取った債権を武器に借金返済の猶予をちらつかせたら、けっこうな数の西部領主たちが中立側に傾いてくれたらしい。


 こうした政治の流れにより約五十家の西部諸侯のうち、南部連合に加わったのはトーア侯だけとなった。

 公女官房の推計によれば、ルドルフ大公は動員兵力の三割を失ったことになるという。

 もはや南北戦争の主導権は公女おれたちに移りつつある。


 おさらいになるけど、三周目の目的は南部連合とアウスターカップの両方を叩きのめし、彼らに「破滅」の魔法を使わせない──具体的には敵国から魔法使いを取り上げてしまうことだ。

 未だに「破滅」の魔法使いが何者なのか判明しない以上、公女おれがなるべく多くの魔法使いを抑えておくしかない。

 その状況で一六七五年を迎えられたら、おそらく歴史は変えられる。


「ライム王国やスカンジナビア帝国は倒さなくていいの」


 今まで外国が「破滅」を起こしたことはなかったはずだよ、エマ。

 管理者に見せてもらった前任者たちの映像でも、あの忌まわしき五芒星が空に浮かんだのは常に同盟国内だった。

 きっと何かしら理由があるのだろう。

 もし管理者がライム王国や他の国々まで滅ぼせというなら、もうお手上げだ。

 たった二十五年で世界征服できるものか。自分でやれ。


 とにかく公女は南北の敵を倒すことに集中する。

 これだけでも大変な難事業になる。

 公女としては南のルドルフを叩いてから、北方に兵を進めるつもりだ。南北の大国を同時に相手するのは北部連盟の戦力では自殺行為だからね。


 問題は大義名分だった。北部連盟にはアウスターカップに攻め込むだけの政治的理由がない。公女おれはやる気まんまんでも他の諸侯がついてきてくれないと、互角には戦えないだろう。

 ヨハンやフランツは協力してくれるとしても……むむむ。

 とりあえずルドルフ大公を倒してから考えるとしようか。エマやモーリッツ氏、兵営の将校たちにもアイデアを出してもらって。


「シャルロッテには期待してないの」


 あの人にはしばらく休んでもらう予定だよ。

 タオンさんの忘れ形見が成長するまで忙しいだろうからね……あれからタオンさんが亡くなるまでに何があったのか知らないけど、さすがは低地商人だけにちゃっかりしているなあ。おめでとう。



     × × ×     



 一六七〇年・三月某日。

 ラミーヘルム城の大広間には数年ぶりにヨハンとフランツの姿があった。彼らの傍らには将校たちが控えており、主君の諮問を待ちわびている。

 他の北部領主たちも同じく打ち合わせ用のテーブルを囲んでいて、お付きの家臣を含めると百名以上の集まりになっていた。


 公女の弟カミルは客をもてなす主人ホストとして気がかりが多いのか、落ちつかない様子だ。両手の指を掻きまわし、役目を代わってほしいとばかりに何度も公女おれのほうを見てくる。

 残念ながら各国兵営の合同作戦会議なので女性は入れてもらえません。いつぞやのように大広間の端で傍聴させてもらう。


「――稀有な血統と大君陛下に対する忠誠心を歴史の荒波の中で保ってこられた、北部の名立たる方々とお会いできましたこと、誠に光栄でございます。諸侯におかれましてはヒューゲルまでの長旅、疲労も溜まっておられましょうが、事態は風雲急を告げております。まずは我が兵営より報告をさせていただきます」


 ブッシュクリー大尉は挨拶を済ませてから、我が家の飛行娘ユリアが探ってきた敵状を諸侯に伝えていく。


「先日ルドルフ大公がクレロからエーデルシュタットに戻りました。噂の通りならば教皇猊下から戴冠を受けたと考えてよろしいかと」

「対立大君の出現とはな。オレの知るかぎりでは正統性などカケラもないが?」

「ヨハン様の仰るとおり、今の大君陛下の威光が汚されることはありません。ただし我らが来月にも決戦に敗れてしまえば、話は変わってきましょう」

「来月、もうルドルフはロート伯を出してきたか」

「いかにも」


 大尉のテンションがちょっとだけ上がった。彼にしてみれば『血まみれ伯爵』は憧れの存在だからね。

 他の諸侯にとっては当然ながら忌むべき天敵だ。

 往年の戦争で刃を交えてきた中高年の当主たちは見るからに恐れおののいていた。


「ははは! おじいたちは怖がりですねえ! たかが老将の一人や二人に怯えておられる!」

「グリュンブレッター辺境伯の坊や、おいの叔父が『血まみれ』に殺られたのは、たしかおめと同じ年ごろだったのー」

「それはあなたと同じく男らしくなかったからでしょう、女もどきのルートヴィヒ伯」

「うちの叔父が合わせて三人殺されたからの。せずねこっちゃ。みんな、おめみたいにやちゃけねやろこだったかい?」

「何を言っているのか全くわからんわ、田舎者!」

「もちゃねぐで」

「だから! いい加減にしてく──んぎゃっ!?」


 グリュンブレッター辺境伯は側頭部に飛び蹴りを喰らい、そのままテーブルに倒れ込んでしまった。

 下手人は可憐な少女だった。

 なぜかインネル=グルントヘルシャフト家のジュストコールを身にまとい、ルートヴィヒ伯とそっくりな口元を大きく歪ませている。


「よくも俺様の兄上を侮辱してくれたな! 許せん、辺境伯であろうが成敗してくれる!」

「やめえ! こんな席で見苦しい、ほたえなあ!」

「しかし兄上!」

「おいのことはええから。ああグリュンブレッターの坊や、血は出てないかあ、あんべえぃかのー!」


 ルートヴィヒ伯は倒れたままの辺境伯を介抱する。

 どうやら可憐な少女はルートヴィヒ伯の弟君だったらしい。どうりでめちゃくちゃ可愛いはずだ。

 モーリッツ氏も「まるで天使のようだ」と呟いてから、自分用の手鏡を取り出していた。わざわざ比べるのか。


 ここでヨハンが手を叩いた。

 ざわついていた大広間が静まり返る。


「……ルートヴィヒ、グリュンブレッター殿、陣中から退場してもらおう。両成敗だ。沙汰は追って下す」

「ヨハン、ほたえてすまんのー」

「オレの友なら時を考えてくれ。お前も弟も……お前らが適当にやり過ごしてくれたら、そんな雑魚は夜中にボコボコにしてやったぞ」

「おいよー」


 ルートヴィヒ伯と問題児たちが姿を消して、合同作戦会議は仕切り直しとなる。

 面子の見映えが一気にむさ苦しくなったせいか、ヨハンが公女おれを手招きしてきた。

 面倒だけど行くしかない。


「ご用ですか、ヨハン様」

「いや、お前ではなくドーラを呼んだつもりだが」

「……は?」

「勘違いしてくれるな。兵站の件だ。公社の補給能力を皆に知らせておきたい。なるべく多くの兵を決戦地に送り出すために もな」


 ヨハンは再び傍聴席に手招きして、モーリッツ氏とエマを呼び寄せる。

 公女としては釈然としない。

 紛らわしい呼び方しやがって。人前で恥ずかしいじゃないか。お前の隣でイディ辺境伯が笑ってるぞ。


「ほほほ。キーファー公は奥方と仲睦まじゅうごさいますな」

「愛されているからな」

「我が女房など挨拶しても返事もしません」

「うちの奴はオレが教育してやった。女にはしつけをしてやるべきだ。なあマリー?」


 自分もあいつに飛び蹴りしたくなってきた。

 女中さんに気つけのワインをいただいて、気持ちを取り直す。

 先ほどから大尉やモーリッツ氏の説明を受けている人々、北部の領主たちはそれぞれ兵隊を連れてきている。

 報告によれば合わせて一万五千名。決戦を仕掛けるには心もとない。もっと兵士を呼び寄せてもらうためにも「公社の兵站保証」は大切な話になる。


 当然ながら味方にタダでタルトゥッフェルをくれてやるわけではない。収益分岐点のギリギリまで格安にして、必要に応じて人数分提供していき、渡した分だけ後から請求させてもらう。

 前線指揮官や兵士たちが明日の食べ物の心配をせずに戦えるようにする。

 これはブッシュクリー大尉が『血まみれ伯爵』の経営方式を参考にして、モーリッツ氏と相談しながら組み上げたシステムだった。


「……それなら本国から主力部隊を呼び寄せられますな、ジューデン公」

「ゲホゲホ……オーバーシーダー公の仰るとおり」


 同盟北部の有力者たちが前向きな反応を示してくれている。

 その様子にヨハンは珍しく笑みを浮かべた。


「ヒューゲルの芋女どもに北部連盟オレたちが本気を出せるように取り計らってもらった。決戦は近い。すぐにもありったけの兵力をヘレノポリスに向かわせてもらいたい!」

「おおっ!」

「ついでに言っておくが、打倒ルドルフの暁には敵領地は切り取り次第、取り放題とするように大君陛下から仰せつかっている。くれぐれも努力してくれ」


 彼の説明に、言葉では言い表せないほどの歓声が鳴り響いた。オッサンたちが蛮族みたいな喜び方をしている。

 前回まで戦後処理であれだけ揉めていたのに、ヨハンもずいぶんと譲歩してくれたものだ。

 誰かに入れ知恵されたのかな。

 それとも公女おれと同じで「破滅」対策に全てを賭けてくれているのか。


「なんと。芋女とは……パウルの子女、えらい言われようだぞ」

「モーリッツ卿のことでしょう?」

「ふはは。そんなまさか。某が……エマよ、調べてきてくれ」

「なんでやねん」


 エマのめちゃくちゃ適当なツッコミに、モーリッツ氏はわかりやすく肩を落としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る