6-5 日和見と局外中立


     × × ×     


 大君議会の大混乱を経て、歴史の流れが変わっていく。

 ヴェストドルフ大臣が関与を否定しなかったことから、キーファー公爵家は多くの領主から公然と非難を浴びるようになった。

 被害国のオエステ王国は異教徒討伐の歴史から『旧教派の守護者』と見なされているため、特に同盟南部の旧教派による中傷は凄まじいものがあった。


 中でもルドルフ大公は子飼いの過激派旧教徒──没落騎士や庶民の子弟を出自とする、大公から「志士」と呼ばれる若者たちをヘレノポリスに放ち、各所で反ヨハンの言論活動を行わせていたようだ。

 時には言論に留まらず、キーファー家の家臣や使用人に私刑を加える者まで出てきた。

 その度にヨハンは衛兵隊を街中に送り込み、もし下手人が名乗り出てこなければ、近辺にたむろしていた志士たちを半殺しにするように命じた。


 私刑の応酬は次第に激化していった。

 各地の領邦や自由都市から志士が応援にかけつけてくる。

 ヨハンも大君の私兵部隊を預かることになり、市街地の瓦礫に潜む若者たちをしらみつぶしに叩いていく。


 志士たちがルドルフ大公の古城に出入りしているとの報告を受けると、ついにヨハンは自らサーベルを抜いて、討ち入りを周囲に命じた。

 これを止めたのがヴェストドルフ大臣だ。


「おやめくだされ! 五十名にも満たぬ衛兵隊では討ち入りなど自殺行為です!」

「オレには大君陛下からお借りした私兵がついている! 合わせて三百!」

「あのような無頼ども何の役に立ちましょう! 相手は中世期の城とはいえ大砲もないのに城攻めなど……ここは抑えてくだされ! 考えなおすべきです!」

「今討ち入らねば、オレはあの世の父上に申し開きができん。卑劣漢ルドルフの首を取ってくれる!」

「市内で本格的な戦闘を起こせば、我らの交渉相手は街を去ってしまいますぞ! 友邦にも多大な迷惑をかけることになります!」

「……ふん」


 老臣の説得にヨハンは渋々ながら応じたという。

 抜き身のサーベルは窓の外に投げられたらしい。


 当時、ヘレノポリスの殺伐とした状況に危険を感じた各地の領主たちは、次々と居城に去っていた。

 肝心の大君議会は延期と空転を繰り返しており、多くの日和見派の参加者にとって、もはやヘレノポリスに留まるべき理由は失われていた。いわずもがな大国同士の争いで自ら旗色を明らかにできるのは自主防衛可能な城持ちの中規模領邦(例:ヒューゲルなど)に限られている。多くの小国は周辺国の顔色を窺いながら、状況に流される形でどちらかの陣営に加わる。そうでなければ生き残れない。

 逆説的にいえば、未だ市街地に残っている領主たちには交渉の余地があった。


 フラッハ宮中伯ジギスムントは公女おれとモーリッツ氏を郊外の私邸で出迎えてくれた。

 初代の宮中伯が与えられたという広大な私有地には全焼状態の宮殿が佇んでいた。ライム兵が逃げる途中で放火していったらしい。

 古風な石灯の列も、ところどころなぎ倒されていた。


「酷いよね。せっかく家来の石工に作らせたのに」


 宮中伯は細眉を潜めながら邸内を案内してくれる。

 彼は使用人の小屋を召し上げて、簡素ながら応接間を設けていた。茶室のような雰囲気だった。


「さてマリーちゃん。去年の援軍の件は改めてお礼を言わせてもらうよ。本当にありがとう」

「我が家の将兵がお役に立てたようで何よりですわ」

「あの鬼隊長はラミーヘルム城で留守を守っているのかな。あれは勇将だねえ。囲っておかないと余所に取られてしまうよ」

「おほほほ」


 宮中伯が褒めていたのはシャルロッテが紹介してくれた例の傭兵隊長だ。アンリ五世との戦争ではヒューゲル隊を率いて活躍してくれた。

 残念ながら契約切れで低地に戻ってしまったので、その先の消息は掴めていない。

 シャルロッテの話によると、あれから低地の傭兵団ランツクネヒトを辞めてしまったらしい。


 宮中伯はよほど気に入っていたのか、彼の武勇伝を矢継ぎ早に語ってくれた。

 自分としては一時的に家臣扱いだったとはいえ、会ったこともない赤の他人をひたすら褒めちぎられている形なので、いちいち感心したような相槌を打たなければならないのが面倒くさかった。

 かといって相手の話を遮るわけにもいかず。

 たまに『ベルゲブーク大尉』『ライスフェルト中尉』が話の中に出てくると、ちょっと嬉しくなってしまったくらいには退屈だった。


 やがて待ちに待った本題がやってくる。


「カルステン隊長の話は尽きないねえ。ところで我が家は南部諸侯の援軍にもお世話になっていてね。トーア侯やボーデン侯には足を向けて眠れないんだよ」

「そうでしたか」

「おまけにルドルフ大公にも恩があるときた。困ったもんさ。君たちと彼ら、どっちにつけばいいのか、わからない」

「その点につきましては、こちらのドーラ女史からご提案させていただきたいことが」

「だから南北のどちらにも味方しないことにした。僕は局外中立させてもらうよ」


 宮中伯は若干ながら申し訳なさそうな顔を見せる。

 延々と長話していたのは、この話を切り出したくなかったからか?


 公女おれとしては易々と諦めるわけにはいかなかった。


「わたしたちにお味方していただけませんか。タルトゥッフェルをたくさんお渡しできます」

「アンリ五世がまた攻めてくるかもしれないからね」

「ライム王国は内戦中ですわ」

「反乱は終わったよ。市民派についた名将ケーヘンデ公も行方をくらませたらしい」

「すぐには攻めてきませんわ」

「もう決めたことだよ。トーア侯を介してルドルフ大公にもお伝えしてある。僕は嘘つきになりたくない」


 彼はきっぱりと言ってのけた。

 すでに南部側にも中立で話をつけているとなると、こちらから懐柔するのは難しいように感じられた。

 なにせフラッハ宮中伯領は西部なので周辺にはほぼルドルフ派しか存在しない。

 こちらが「味方しないと北部兵を送り込みます」と迫ったところで現実味がなさすぎる。

 タルトゥッフェルもいらないとなれば、もはや交渉にならない。

 傍らのモーリッツ氏も悔しげに頭を振っている。


 くそう。こうなったら先に山岳地方に向かったシャルロッテを早馬で呼び戻してやる。彼女の交渉力があれば状況をひっくり返せるかもしれない。

 なんて考えていたら……対面の宮中伯にウィンクされた。ビックリだ。


「固くなっちゃダメだよ。考え方を変えてみたらどうかな」

「考え方ですか」

「新教派の我が家が未加盟だと南部連合は純粋な『旧教派連合』になってしまうよね。ピュアな志士たちには好評かもしれないけど、多くの新教徒にとっては受け入れがたいはずだよ」

「南北対立が宗教対立に変わると仰るのですか」

「ヒューゲル家は新教徒だよね。ヨハン君は旧教徒。互いを認めている。要は多様性を武器にしたらいいのさ」

「多様性……」


 いきなり現代的な用語が出てきて、困惑してしまう。

 彼の言い分自体は理解できた。

 北部連盟は宗派を問わないと主張すれば、旧教徒中心の南部連合よりも味方を作りやすいというわけだ。


 そうなるとますます宮中伯には味方になってほしくなる。


「ジギスムント様、何卒わたしたちに」

「表立って味方したら南部軍に城を囲まれてしまうよ。きっと僕は追放されて、同門のエレトン公に宮中伯の地位を取られてしまうね。我が兵は君たちの敵となる。マリーちゃんはそれでいいのかい?」

「……そこまでお考えでしたら、もはや引き下がるしかございませんわ」

「うん。まあ君なりに頑張ってくれたまえ。新教徒の端くれとして心の中では応援してるからさ」


 宮中伯は険しい顔を見せた。

 考え方を変えてみろとはそういうことだった。

 彼を取り巻く状況は危うい。

 それでいて局外中立を守ってやるというのだから、悔しがる前に感謝するべきだと。

 ただのオッサンのようで、なかなか気骨のある方なのかもしれない。前回・前々回と早世されていたから、彼の人柄までは知りようがなかった。


 ちなみにモーリッツ氏が会談の礼に食料品を差し上げたいと申し出たところ、宮中伯からは「下手に関係を疑われたくない」として固辞された。ガードが固い。

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