6-1 同窓会
× × ×
ラミーヘルム郊外。タオン家の邸宅。
あの人の不在と成り行きを確かめるために。
「この度は愚父の不忠を止められず、誠に申し訳なく……私を含め家中の者は皆、取りつぶしもやむなしと覚悟しております……」
案内役の若タオンはこの世の終わりを迎えたかのような顔をしている。まだ七年早いよ。
「タオン家はつぶしません。減封もさせません。あなたの父、タオン卿が戻ってきたら丸く収まる話です」
「我が家の騎兵隊に追わせておりますが、はたして」
「自ずから戻ってきてもらいます。まずは出奔の原因を探りましょう」
三周目のアルフレッド・フォン・タオンは悠々自適の隠居生活を送っていた。
身勝手な姫君やせっかちな主君に振り回されることなく、低地の大商人にも絡まれず、気のおけない仲間たちと狩猟に興じる。夜には獲物を囲んで酒を飲む。理想の老後だと城内でも評判だった。
タオンさんの元には様々な客が訪れる。彼の交遊関係は非常に広い。同盟各地や
彼の邸宅には国際色豊かな土産物が並んでいた。その数は増えるばかりで、邸宅の傍らには個性的な酒瓶を陳列するための納屋まで作られてあった。
一方で、日常的な狩猟仲間は限られていたようだ。
若タオンの説明では多い時で六・七名。どちらかといえば『うだつの上がらない騎士階級』にあたる方々とのこと。
たしかに具体的な家名を出されても顔を思い出せそうにない。
ラミーヘルム城にはほとんど呼ばれない面子だ。
「父の友人どもはヒューゲル家の統治方針に反感を抱いておりました」
「え、反感ですか?」
「そのように純粋な反応を見せられてしまいますと、家臣の私からは言いづらくなりますが、誰しもが変化を望むわけではありませんゆえ」
「タルトゥッフェル公社の利益は家臣団にも行き渡っているでしょう。多少取り分で揉めていたとしても」
「むむう」
ヴィルヘルムは口ごもった。今の立場では言い出せないことがあるようだ。
そんな時にはエマが代弁してくれる。彼の手を取り、ゆるやかに。
「……井納。今回のアルフレッドの取り巻きは蔵麦取り、扶持人」
「土地を与えられていないから、芋を植えられなかったのか」
「村の徴税官や役人を務めてきた家柄が多い。徴税官は村落における政府の代理人。公社の駐在スタッフとは役目が被ってる」
「縄張り争いで揉めていた、と」
「公社の駐在スタッフが『公爵家の庇護』を笠に着て、徴税官や村人たちに高圧的な態度を取ることもあった」
「……そうなの?」
公社のスタッフは前回同様に国内外の有望な次男坊以下を採用しているけど、中には立場を勘違いしている奴もいるみたいだ。
考えてもみなかったな。公社の持ち主として少し恥ずかしい。
「その件はドーラ女史に是正を指示しておきますわ。エマ、他にはある?」
「エマの内偵で不当な徴税を止めさせた。手数料の名目で着服できなくなったから徴税官は公女を恨んでる」
「それは仕方ないよ。不正なんだから」
「彼らは一定の役得を前提に
「初耳なんだけど」
「エマも調べるまで知らなかった」
君が知らないなら、井納が知っているはずがない。
三周目になるまで表沙汰にならなかったのは、今までは何かしらの対応が取られていたから……と捉えるべきか。
逆に今回はなぜか対応が止まっている。評定で取り上げられてもおかしくない話だけに奇妙だ。
モーリッツ氏は知っていたのかな。
あの人、半世紀前にカスターニエ村で徴税官を務めていたらしいから、たぶん全部わかっているだろうな。
「しかしヒューゲルに不正を黙認するような制度があったとはね」
「一周目の大不作の時、パウルの救民対策を徴税官たちが中抜きしたせいで餓死者が出て『ブルネンの乱』が始まったでしょ」
「あの蛮行には歴史的な前例があったわけだ。なんか地味につながったね」
「いっそ徴税官を廃して、廷臣とか公社のスタッフに税務を代行させるべき」
「タオンさんを余計に怒らせてどうするのさ……」
今は彼が戻ってこられるような状況を作りたい。拙速な改革で国内を乱したくないのもある。
いきなり始まった日本語の会話を必死で聞き取ろうとしていた若タオンに向けて、
「んんっ。徴税官の給与体系についてはカミルに是正してもらいます。これでタオン卿の友人は満足してくださるかしら、ヴィルヘルム?」
「どうともいえませぬ。近頃は村の芋成金たちと徴税官の力関係が逆転してしまいました。芋成金には過去に徴税官から足蹴にされてきた恨みがありますから、諍いが絶えず」
「そこに、うちの公社スタッフとの
「あれでは不満が溜まるばかりでしょうな」
ヴィルヘルムは沈痛な面持ちで目を伏せる。
うーん。ますます前回の対応ぶりが気になってくる。往時のヒューゲル政府や公社はどんな手を使って不満を抑えたのだろう。シャルロッテが何かアイデアを出したのかな。
「根本的に体制を改善させます。元々はわたしが波紋を広げたようなものですし」
「それはよろしゅうございます。ただ、もし仮に徴税官たちが満足できたとしても、申し訳ございませんが、今の父が戻ってくるとは……」
「お茶が入りましたわ~」
若タオンの奥さんが三人分のお茶を持ってきてくれる。
せっかくなので二階の来客室で座らせてもらうことにした。ここに来るのも十年ぶりくらいだ。
あの頃。自分がタオンさんのふりをしてシャルロッテに偽物の手紙を送ったことが、すれ違いの始まりだった。
「父と友人たちは狩りを終えますと、大抵このテーブルを囲んでおりました。鹿肉をつまみに酒をあおり、とても楽しそうに」
「想像できますわ」
「ただ夜が深くなってくるにつれて……みんなで寄ってたかってラミーヘルム城に呪詛を吐き始めるのです。あれがよくない、これがよくない。ヴィルヘルムは評定で『あの女』に伝えてくれと」
若タオンはお茶に口をつけない。
あの女とは他ならぬマリーのことだろう。
「……それほどに皆さんから、タオン卿から恨まれておりましたか、わたしは」
「恨みといいますか、失礼ながら私が思うに、あらゆる変化の『象徴』として公女様は便利に使われていたのかもしれません。例えば、村の百姓から芋成金が出てくると、あれは公女のあそこを舐めた奴だと」
「わたしの。下劣ですわね」
「うら若き乙女のエマさんに代弁させるわけには参りませんから、あえて発言いたしました。ご容赦くだされ」
「ん?」
当の彼女は若タオンの隣で緑茶の香りを楽しんでいる。
もう必要な情報は読み取り終えたみたいだ。さすがエマ。
「ヴィルヘルム、続けてくださる」
「はい。とどのつまり父は……彼らに感化されてしまった。公女様に対する敬意や、主君への忠誠心を失いました。けしからんことです」
「あのアルフレッドがそうなるものですか」
「何年も恨みつらみを耳にしてきたなら、あの父でさえも」
若タオンは悔しそうにしていた。
自分も同じ気持ちだ。
そんな空間にあの人を閉じ込めてしまった過去の行いが恨めしい。
でもさ。出奔するほどのことなのかな。かつて命をかけて守ったヒューゲルを捨てて出ていくなんて、あの人のやることとは思えない。
「エコーチェンバー効果」
「なにそれ」
「仕方ないってこと」
エマの温かい呟きが来客室に溶けていく。
× × ×
タオン邸を出ると雨が降っていた。
外で待たせていたティーゲル少尉に傘を差してもらう。
タオン家の面々は軒先から見送ってくれた。みんな辛そうな目をしている。先代が消えて寂しいのか、お家の取りつぶしに怯えているのか。
唯一、若タオンの奥さんだけは独特の愛嬌たっぷりの笑みを浮かべている。どこぞの兵営大尉の娘だけにいざという時の対策は打ってあるのかもしれない。
旦那のほうは濡れることを
「お見送りありがとう、ヴィルヘルム」
「今後とも我が家をお引き立てくださいませ、親愛なる公女様」
彼がこちらの手を取ったところで……雨粒に混じって人間が落ちてきた。
雨合羽とゴーグルをずぶ濡れにした姿は下手したら宇宙人のようだ。
タオン兵たちがサーベルを抜いたので、
低地人の少女が可愛い顔を見せてくれた。
「ユリア、こんな雨の中を飛んできたの?」
「定期便の日ですから! あたしは低地とラミーヘルム城の結び目なので休めません!」
「どうしてタオン家まで」
「シャルロッテさんから伝言です! 秋の大君議会に合わせて、ついでにラミーヘルムにも来られるそうです! あの方ってお洒落で色気のある大人の女性ですよね! ああいう感じ、憧れちゃいます!」
「……そうですか。ご苦労様でしたね」
あの人がヒューゲルに来るのか。わざわざ。
せっかくだから徴税官の件を任せてみようかな。ちょうどいいや。
心配せずとも君の家は改易にはさせない。
あまりにも恩がありすぎる。
ふと、エマに耳打ちされた。くすぐったい。
「井納。今のうちに言い訳を考えておかないとね」
「何が?」
「シャルロッテはアルフレッドと結婚するんでしょ。マリーの予言だと」
「あっ」
どうしよう。
あの人に見捨てられたら全て終わりだ。
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