4-4 第一回魔法使いドラフト会議
× × ×
ジャンケンの説明を十秒で済ませて──
彼らが自然の摂理を飛び越えるたびに応接間では拍手が巻き起こる。
特に『山崩しのカスパー』は強烈な印象を残してくれた。
異民族の若者が念じるだけであらゆるものを崩壊させていく。
「×××」
木箱の五段ピラミッドが前触れなく不自然に崩れ落ちた。
通訳の説明によると、大まかに彼自身から半径三十メートル以内の物体なら何でも崩せるという。ただし生物は除く。魔法発動に必要なパンの数は対象物の大きさによる。
ヒューゲル家臣団は興奮を隠しきれない。
「あの魔法があれば、要塞の稜堡を打ち崩せるぞ!」
「アンリ五世の『長城』も怖くないな!」
「拙者の梯団に加えてくだされ!」
武門のベルゲブーク卿を筆頭に『山崩しのカスパー』の指名を求める声が相次ぐ。
ヨハンの家臣団も熱心に推しているようで、若手将校が攻城兵器としての有用性をヨハンの弟フランツに説いている。あの魔法使いはこの世で唯一、現役の星形要塞を一撃で破壊できる存在だと。
もっともフランツを説得したところで、彼の兄が聞く耳を持つわけがない。
いくらカミルや家臣団に懇願されても、一巡目の指名方針は変えない。ユリアは絶対に欲しいから。
ちなみに他の四名の魔法使いについては『山崩し』『飛行』より魅力に乏しいものの、使い方次第では役立ちそうな能力を持っていた。
幼女の『人気者のシルヴィア』ちゃんは半径二百メートル以内にいる相手から注目を浴びることができる。いつでも好きな時に。
老婆の『虚像のメルセデス』は人物の
泣き虫な男児『粉雪のオラフ』は右手を握ると一粒の氷を生み出せる。飲み物を冷やしたい時には大活躍できるだろう。
中年男性の『揉みほぐしのドミニク』は肩凝りを治せる。我が家のパウル公とハイン宰相、キーファー家のヴェストドルフ大臣あたりはめちゃくちゃ欲しがっていた。かくいう
指名候補者の能力を把握できたら、次は両陣営で指名順を詰めていく。
一位指名は決まっているので、二人目と三人目を選ぶためにあらかじめ「欲しい奴ランキング」を作っておく形だ。
いわゆるウェーバー方式で交互に選んでいくと、自分が欲しかった奴を先に指名されてしまう──なんてことが起きる。
そんな時には混乱せずにランキングを適用する。ヨハンにランクCの選手……じゃなかった魔法使いを指名されたら、落ちついてランクDを指名すればいい。下手に考えなおして身内で揉めたりすると、その場の流れで指名が決まり、全体の指名戦略が崩れてしまう。もはやドラフトあるあるだな。
あとはジャンケンで指名順の先攻・後攻を決めるのみ。
いわずもがなウェーバー方式では先攻が圧倒的に「得」だ。一位指名は選び放題となるし、二位以降も選択肢が多くなるからね。
先攻の一・三・五人目と、後攻の二・四・六人目の差は歴然としている。
だから
例えば「わたしはグーを出しますわ!」と高らかに宣言すれば、ジャンケン未経験のヨハンは困惑するはずだ。このあたりの駆け引きは日本時代の小学校で鍛えてきた。エマによると
「おい、マリー。お前の家から代表者を出せ」
「わたしがジャンケンをしますわ」
「バカにしてくれるな。予知能力と読心術は公平性に欠ける。お前とエマ以外で掛かってこい」
ヨハンは応接間の中央で腕を組む。まるで王者が挑戦者を待ち構えるかのように。
反論せずに強引に近づこうとしたら、メガネの将校に引き止められた。
「お待ちください。小官が出ましょう」
「えっ、ちょっといきなり」
「お任せあれ」
ブッシュクリー大尉はオールバックの白髪を整えながら、怪訝そうな顔のヨハンに歩み寄っていく。
「なんだお前は」
「ヒューゲル家中、兵営大尉の騎士カール・グレゴール・フォン・ブッシュクリーでございます」
「そうだったか」
ヨハンのほうは初めて大尉の存在を認めたようだ。あいつはあんな性格でけっこう人見知りだから、他人の名前を覚えるまで時間がかかる。
前回は雑魚を相手にしないだけだ、と言い訳していたな。
そんなことより。
大尉は作法通りの礼を示してから、ヨハンと正対する。
「恐れながら、小官がお相手つかまつる」
「オレの相手が単なる騎士とは。率直に言って不躾だな。ヒューゲルは家臣団の教育もなっていないようだ」
「小官は
「ほう」
若き君主が一転して満足そうな笑みを浮かべる。
まずい。大尉は先攻を譲るつもりだ。
「お待ちなさい! 談合は公平性に欠けます!」
「これはオレたちの勝負だ。マリーはいちいち口を挟むな」
「ヨハン様の卑怯者! ブッシュクリー大尉、我が家の家臣なら下がりなさい!」
「小官はカミル公の家臣です」
二人は公女が教えたとおりに右手を突き出す。
まずは互いにグー。
次いで──もう見るまでもないや。
くそったれ。別に『山崩しのカスパー』も役に立ってくれるとは思うけどさ。これから十年先まで戦争が続くわけだし。攻城戦の機会は必ず訪れる。
でもユリアなら、局地的な勝利より大きなものを生み出せるはずなんだ。
あの子がいたら世界情勢を誰よりも早く把握できる。井納では活用できない報告でも他の誰かが有効に使ってくれるはずだ。例えば今ここにいないモーリッツ氏とか。
ユリアに手紙を持たせたら低地のシャルロッテと常に連絡を取れるし、前線部隊に命令を下すこともできる。早馬だと間に合わない話も迅速に伝えられる。
今すぐ逃げて別動隊と合流しろ、敵に各個撃破されるぞ──『銀河英雄伝説』の自由惑星同盟もユリアがいたならアスターテ会戦で負けなかったはずだ。ユリアが宇宙まで飛べたらの話だけど。飛べるのかな。
とにかく自分はダイナマイトなんかよりドローンが欲しかった。くそう。
「マリー様。よろしければヒューゲル家の一人目を指名してくださいまし」
「……わかりました」
ヴェストドルフ大臣に促されて、
なぜかヨハンがこちらを睨んでいた。今までにないほど怒っているのが伝わってくる。
それでも公女のふくよかな双丘に一旦視線が行くあたり、年頃の若者らしい。
というか、なんで怒っているんだろう。
「おい。お前は結婚相手に恥をかかせて、何のつもりだ。オレに気に入らないところがあるなら、二人きりの時に話したらどうだ」
「はい?」
「何がいけない。居丈高なのは血統だ。家臣と領民を統べるために稀釈されてきた。容姿は両親に似た、変えようがない」
見れば、ヨハンの右手はチョキの形をしたままだ。
一方で大尉の右手は力強く握られている。まるでハサミを砕いた岩石のように。
「えっ、負けたのですか?」
「そうだろうが! みんなグルになってオレをたばかりやがって」
「あらあら……それはそれは……」
何となくヨハンのチョキをほぐしてやると、彼は悔しそうにこちらの指先を跳ねのけてきた。
大尉のほうは同僚や部下たちの抗議に忙殺されており、
なぜ大尉は俺の考えていたブラフを使って、あえて勝利をもぎ取ってくれたのだろう。
エマが大尉に何か伝えたのかな。
あるいは大尉は兵営の中ではただ一人ユリアの有用性に気づいていて、だから失礼を承知で勝ちに行ったのか。
何にしろチャンスはありがたく使わせてもらう。
「第一巡選択希望魔法使い
ヒューゲル公爵家
空飛ぶユリア
ニーウ=ポンス植民地出身」
「第一巡選択希望魔法使い
キーファー公爵家
山崩しのカスパー
ヌーベルライム植民地出身」
「第二巡選択希望魔法使い
ヒューゲル公爵家
虚像のメルセデス
ヌーベルライム植民地出身」
「第二巡選択希望魔法使い
キーファー公爵家
人気者のシルヴィア
ヌエバ・オエステ副王領出身」
ドラフト会議の司会者に声が似ているという理由で発表者を任せたボルン卿が、両家の指名を伝えてくれる。
ヨハンに幼女シルヴィアを取られてしまった。可愛いから欲しかったのに。
そうすると兵営のランキングではランクEの『粉雪のオラフ』を指名することになるけど、パウル公とハイン宰相が『揉みほぐしのドミニク』を推してくる。
逆に若手将校たちは製氷能力を氷菓子に利用したがっており、かくいう俺も久しぶりにアイスクリームは食べたい。
彼らから判断を委ねられた
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