4-3 戦利品
× × ×
秋の終わり、雪がちらつく頃。
シュバルツァー・フルスブルク近郊の教会。
一ヶ月余りの準備期間を経て、両家の結婚式は盛大に挙行された。
二周目の時とは桁違いの規模だった。式次第の数も招待客の数も料理の枚数も。新郎新婦のお色直しは十数回に及び、お披露目の度に新たな酒杯が交わされる。
三日三晩の宴席が過ぎた頃には参加者から
Q.なぜ公女はベロベロになるまで呑まなかったのか?
A.酔っぱらったヨハンが何を仕掛けてくるのか、二周目で学習済みだからだ。あいつは色んな意味で『
かくして、四日目の夜を迎えた。
ヨハンは両家の主だった面子を宮殿別館に呼び寄せた。もちろんマリーも含まれている。
案内されたのは奢侈な応接間。
女主人が
何のつもりなんだろう。ヨハンは酒席に飽きたのかな。
公女の父・パウル公は未だ呑み足りないようで、カミルや若タオンに酒を探すか、使用人に注文するように命じている。
しかしながら、応接間には給仕の一人もやってこない。
「お前たち、ついてまいれ。ゆっくりとな……」
代わりにヨハンの忠臣、ヴェストドルフ大臣が入ってきた──上半身に粗末な麻袋を被った人々を引き連れて。
どこかの囚人だろうか。みんな両手と足元を紐で結ばれているから歩きづらそう。中には転びそうな女性もいる。まるで奴隷のような扱いだ。
「まるで、じゃない。あれは奴隷」
公女の傍らでエマが呟く。
この世界においても大西洋の奴隷貿易は活発に行われている。南方大陸で村八分にされた住民を奴隷商人が新大陸に売り、現地の征服者が植民地経営の労働力として使役するというビジネスモデルが形成されてから百年以上になるらしい。
大君同盟は海外進出に出遅れているため、国内で南方奴隷を目にすることは滅多にないけど、低地では船荷を担いでいる姿を何度も見たことがある。
もっとも応接間に連れてこられた五名は南方大陸の出身ではなさそうだ。
その証拠に、エマがいつになく険しい目をしている。
ヨハンの不敵な笑みとは対照的だった。
「マリー。ビックリさせてやる。お前の好きなものを並べてやったぞ。こいつらは先日マディラ沖で『水揚げ』したばかりの魔法使いだ」
「おおおっ!」
ヒューゲル家の面々はいきなり現れた『国家予算級』の存在にビックリしている。それも五人となれば、例えるなら宝石の山に出くわしたような気分だろう。
パウル公やカミルからヨハンを褒めそやす声が相次ぐ。
彼らには例の海賊船の件を伝えていないので(反対されるに決まっているからね)、ひょっとするとキーファー家からのプレゼントだと思われているのかな。そんなわけないでしょうに。山分けの予定だ。
まあ、もしかしたら全員もらえちゃう方法があるかもしれないけど、絶対にやりたくないから心の中に留めておく。
「また井納が
「今だけは心を読まないで欲しかったな」
「でもエマも、マリーが子作りに協力してくれたらヨハンはもろ手を挙げて魔法使いを手放すと思う。ベタ惚れしてるから」
「口にも出さないで欲しかったな!」
くそったれ。我ながら受け入れられない、ありえない未来を想像してしまい恥ずかしい。
例によって
ふと気づいた時には、両家の人間がみんな公女を見つめていた。
大丈夫。今の会話は小声の日本語だった。注目ぶりには別の理由があるはずだ。
若干の沈黙の後、ヨハンが手を叩く。
「おい。女のくせにオレの話を無視するとは失礼だな」
「そういうことですか……申し訳ありません。エマと話しておりましたわ」
「小者とは後で話せばいいだろ。早くお前の欲しい奴を選べ。オレも選ぶ。約束のとおり、山分けするぞ」
「わたしから交互に選ぶとヨハン様の取り分が二人になってしまいますけれど、構いませんの?」
「気にするな」
謎の男気を見せてくれるヨハン。こちらとしては三人もらえるのはありがたい。
とはいえ、当の魔法使いに麻袋をかけられたままでは選択肢があってないようなものだ。
「ヴェストドルフ大臣。そちらの方々の目隠しを外して差し上げて」
「仰せのままに」
老臣の手で、粗末な麻袋が外されていく。
五名の魔法使いは──酷く怯えていた。
遠方から船旅を強いられてきただけに目元に疲れがうかがえる。幸いにして肌の血色は良さそうだ。
手足の紐が切られ、彼らの肉体は自由になった。
なのに誰も逃げ出そうとしないのは、家族を人質に取られているから。
奴隷商人は魔法使いと家族をまとめ売りする。ある種の安全装置とするために。
俺たちの海賊船もなるべく「まとめて」奪ってきたはずだ。少なくとも去年の合意ではその方針だった。
改めて、
今さらといえば今さらだけどね。
俺は世界を救うために彼らと多くの兵士を用いて大戦争を仕掛けようとしているのだから。
とはいえ、せめて罪悪感は忘れないようにしたい。魔法使いの家族を含めて、エマと同じくらいには不自由ない生活を約束させてもらう。
さて、五名の中から誰を選ぼうか。
衛兵にするなら、あの精悍な若者だな。城の女中を任せるなら温和な老婆がいい。身近で愛でるなら幼女。
中年男性は大柄で肉体仕事に向いてそう。気弱そうな男の子は料理人に弟子入りさせたい。
うーん。
「……ヴェストドルフ大臣。彼らの能力を教えていただけますこと?」
「これは失礼致しました。すぐに通訳を呼びます」
老臣は慌てて伝令を飛ばす。
普段は仕事の出来る人なのに、今日は妙に気が抜けている。さしずめ結婚式の総指揮と二日酔いでフラフラになっているとみた。お疲れ様です。
そんな老人の様子に主君のヨハンが苛立ちを隠せずにいるので、
「××××」
「×××、××××」
あどけない少年をおばあさんが慰めている。たぶん。
あの会話、エマなら理解できるのかな?
「エマの故郷とは別の言語。雰囲気は南のほう」
「何となくわかったりしない?」
「井納は広東語を聞き取れるの?」
ダメらしい。
そうしているうちに伝令が通訳を連れてきた。
「ヴェストドルフ殿! 小娘を探してきましたぞ!」
あの子は……あれ?
どう見てもユリアじゃないか。あの子も
ヴェストドルフ大臣は彼女の手を取ると、公女の前まで連れてきてくれる。
「お待たせしております。マリー様、こちらが通訳の……」
「ユリア・ファン・ブロック女史ですわね」
「よ、よくご存知で」
「予知しておりました。その子は新大陸の低地系入植者の娘で、空を飛べる魔法使いでしょう。さては大臣、あなた六人目の存在をわたしたちに伏せていましたね?」
「誤解です」
大臣の黄ばんだ目が泳いでいる。ごまかしきれていない。
全く。疲れた顔して球界の寝業師・根本陸夫のような囲い込みをしてくれて。油断も隙もない。
「下がれ」
ヨハンが大臣より前に出てきた。
公女にとっては彼と相対する形になる。相変わらず鍛え上げられた身体だ。まともにぶつかったら吹き飛ばされそう。体格と身長差がすごい。
「お前の予言も常に当たるとは限らん。あの娘はただの通訳だ。飛行魔法など持ち合わせていない」
「では、試してみましょう。ユリア、この宝石を取ってきてくださるかしら」
「私にお任せあれ、奥様!」
ユリアは純粋な性格の持ち主なので、すぐに飛び上がってくれた。沸き上がる歓声。
彼女から宝石を受け取り、
「とても便利な子ですね。ぜひとも我が家に招きたいものですわ」
「皆の前で夫に恥をかかせやがって」
「あなたが柄にもなく、こすっからいことをするからでしょう」
「……そいつはオレの兵営で役立てる。国政を担わぬ女には無用の長物だ。手出しするな」
「戦利品は山分けの約束です。前言をすぐに
ヨハンとの問答は大抵、無益な男女かくあるべき論に落ちつく。
言いがかりと決めつけには答えがないから、先に折れたほうが敗けだ。
「……いいだろう。今までは単なる余興だ。公平に分けてやる」
「では、わたしから選ばせてもらいますわね」
「指名順は神が定める!」
ヨハンは軍服のポケットから銅貨を取り出した。
コイントスを行うつもりらしい。
そのコインが均等に作られていると、全能なる神は保証してくれるのだろうか。
そんな方法より公明正大なやり方を、俺は大昔から知っている。
「ヨハン様、ここはジャンケンで決めませんこと?」
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