4-2 MARIE KART 90


     × × ×     


 あっというまに秋になる。

 城内町には領内の村から作物が運ばれてきていた。

 小麦・大麦・ライ麦。もちろんタルトゥッフェルも。春植えの作物は輝かしい金色をまとって荷馬車を彩っている。


「てめえ、馬車に寄ってくるんじゃねえ!」

「ひいぃっ」

「今から専売公社の倉庫に持っていくんだぞ! 失せろ! ああクソ。店主、酒だ!」


 村人たちは落穂拾いの物乞いを怒声で追い払い、せっかく城内町まで来たのだからと出店でビールとフライドポテトを注文する。

 タルトゥッフェル専売公社から作物の納品代を先払いされたばかりなので、今の彼らはちょっとした金持ちだ。

 ラミーヘルム市民は彼らのような土地持ちの本百姓を密かに『芋成金』とバカにしている。

 それでいて成金の財布を目当てにした出店が大通りに並ぶものだから、当の村人たちも城内町の商人を『吸血蛭』と蔑む。

 絶え間なく続く城内外の工事も相まって、ヒューゲル公領は空前の好景気に沸いていた。


 一方で、公社は支払い超過が続いている。

 今のところ誰も住んでいない長屋をひたすら作りまくっている上に、芋成金たちから膨大な数量の穀物を買い上げたせいで数年来の貯金が消えてしまった。


 仕方ないのでヒューゲル政府=弟カミルから不足分を借りたら、案の定というか、公女は大広間で行われた『評定』で猛批判を浴びるはめになった。

 特に若タオンの批判は痛烈だった。


「諸君! 聖書信仰の庇護者でありながら予言者を名乗る不敬なマリー様は自らの虚偽に酔い、専売公社の経営に失敗された。ここは一つ未来のため、他国の君主との結婚式が間近に控える今こそ公社の所有権をカミル様に譲渡されるべきではありませんか!」

「そうだ!」「そのとおり!」

「実際問題、公女様に子供が出来たら、その子が公社の所有権を引き継ぐことになりましょう。私は他家の人間に我が国の命脈を握られてしまう状況を断じて看過できません。両家の関係発展のためにも、未来に禍根を残すべきではない!」

「我が意を得たり!」「拙者も同感だ!」


 容姿端麗な好青年の主張に同調する者が続出する。

 タオン家・ベルゲブーク家・ボルン家を始めとする領内貴族たちは公社との専売契約によりタルトゥッフェルの国外輸出を禁じられているため、せっかく栽培しても余った分は公社に格安価格で売らざるを得ない。公社はこうして安く仕入れた芋を他国に売りさばく──二周目でシャルロッテが作り上げたエコシステムは、三周目においても政治問題となっている。


 廷臣や御用商人たちも公社の利益が自分たちに回ってこない状況を好ましく捉えておらず、カミルは知らんぷりしているので、大広間に公女の味方は独りもいなかった。


 だから公女おれは何も言わずに大広間を抜け出した。

 今秋の評定はカミルの日程上の都合で「公女様がシュバルツァー・フルスブルクに出発するまで」行われる予定だ。カミルも姉の結婚式に出席するからね。

 つまり自分が早めに城を出てしまえば、今期の評定は何も決められないまま終わる。我ながら名案だった。

 せっかく不作に向けて布石を打ってきたのに、今さら自分の財布を取り上げられてたまるものか。


 大通りには『芋成金』の荷馬車が並んでいる。納品待ちだろうか。

 なかなか前に進めずにいるうちに、後ろから若タオンが早足で追いついてきた。

 窓の外から話しかけられる。


「公女様、いずこに向かわれるおつもりですか」

「シュバルツァー・フルスブルクです。なぜか旦那に会いたくなりました」

「やはり。イングリッド様があなた様を探しておられました。まだ旅支度が済んでいないと怒り心頭でしたよ」

「うっ」


 若タオンに痛いところを突かれた。

 まだ結婚式のドレスさえ決まっていないからなあ。儀礼の品も選定中だ。

 おばさんはヒューゲル家の沽券に関わると称して、自分の式でもないのに誰よりも気合を入れて段取りを進めてくれているだけに、下手したら顔面を殴られかねない。

 かといって、あの大広間に引き返すつもりにはなれず。


「おば様には北のシュワルベ村でお待ちしている、と伝えてきてくださるかしら」

「いえ……私はお供させていただきます。やんごとなき方をお一人にはできませんから」


 若タオンは家臣たちに大通りの中央を空けるように命じると、近くを歩いていた衛兵におばさんへの伝言を託し、自らは御用馬車に乗り込んできた。


「退けえ! 退けえ! マリー公女のお通りであるぞ! お前ら控えんかあ!」

「ひいいっ」


 タオン兵の号令一下、芋成金と血吸い蛭であふれていた道が左右に切り開かれていく。

 みんなのお祭りを土足で踏み荒らしているような気分だ。ごめんなさい。

 若タオンのほうに目を向ければ、彼もまた非常に申し訳なさそうな顔をしていた。もっとも彼が引け目を感じている相手は足元の市民ではなく公女おれだろう。なにせ、ついさっきまで彼は公女の批判者だった。


 ヴィルヘルム・フォン・タオン。

 決して悪い男ではない。父のタオンさんと比べてしまうと未熟な部分は否めないものの、家臣団の若手衆の中ではもっとも信用できる人物だ。

 一周目・二周目ではヒューゲル兵営の主力部隊を率いて、各地を転戦してくれた。

 公女おれの判断でヒューゲル政府が降伏した折には「お家再興のために武功を挙げてきます!」と恥を忍んで南部連合軍に加わるなど、二枚目の優男やさおとこに見えてなかなか熱い心を持っている。


 だから、何を言われても彼のことを嫌いにはなれそうにない。

 ムカついたけど。


「……公女様。先ほどは失礼致しました。評定の場とはいえ集中砲火を浴びせる形となってしまい」

「構いません。あなたの指摘にはもっともな部分もありましたわ。公社の相続権はカミルの子供が成人した時に委ねましょう」

「ありがたきお言葉。これで我が父も安心することでしょう」

「タオン卿が?」

「はい。実のところ、あの話は父のアルフレッドより託された案件でございまして」


 若タオンは苦笑する。

 彼の父とは久しく会えていない。

 手紙を出したら返してくれるけど、昼食会や年間行事にお誘いすると断りを入れられてしまう。

 こっそり遊びに行っても常に不在で、女中の話によると古い友人たちと毎日のように狩りに出ていて、引退老人のわりに忙しいみたいだ。人気者だから仕方ないか。

 そんなタオンさんからの久しぶりのアプローチが『公女批判』だったのは、正直けっこうショックだ。


「あなたのお父上は、まだ浮き世に目を向けられていたのですね。他には何か仰っていて?」

「失礼ながら公社の存在が気に入らないと申しておりました。お気に入りの狩り場がタルトゥッフェル畑に変わってしまったそうです」

「今のヒューゲルは狭いから仕方ないわ。来年、再来年までには領地が広がりますと伝えておいてくださる?」

「その旧領回収の件にしても、ひいては回収を企てている兵営幹部のブッシュクリー大尉に対しても……我が父はあまり好意的ではないのです。どうも近頃、交友関係のせいで保守的といいますか……何よりその……」

「そんな頑迷な人だったかしら」


 どうも若タオンが語ってくれるアルフレッドと、俺の知るタオンさんのイメージが合致しない。

 あの人はもっと大らかだったはずだ。

 いつか公女が結婚したくないと言い出した時には、さすがに女性なら結婚すべきだと諭されたけど。

 何だかんだで公女の生き方に納得してくれていた。


 タオンさん。近いうちにきちんと会っておきたいな。早く仲良くなりたい。

 今回の結婚式にも参列してくれないようだし。

 若タオンやボルン家・ベルゲブーク家の当主はシュバルツァー・フルスブルクまで来てくれる予定なのに……。


 いつのまにか公女の馬車は北門付近まで来ていた。

 北門衛兵たちが両脇で整列してくれている。その傍らには小柄な少女が立つ。エマだ。

 彼女は駆け足で馬車に乗り込んできた。いつものように俺の隣に座ってくる。飾り気のないドレスの裾が、公女のふくらはぎに当たる。

 その目には怒りがあふれていた。


「なんでエマを残していくの」

「ああ……ごめん。後から来てくれると思ったから」

「ウソ。何も考えてなかったくせに。みんなになじられたからイヤになって家出するなんて短絡的。脳が子供。今年でいくつになったの?」

「マリーは十五歳だけど……」

「合計」

「ああうん、本当にごめんね」


 日本語でめちゃくちゃ叱られてしまった。何とも申し訳ない。

 それにしてもぷんぷん怒っているエマは珍しいなあ。必死になってて可愛い──なんて素朴な感想を抱いていたら、手首のあたりをつねられてしまった。マジでごめんなさい。

 そんな我々の様子を対面の若タオンは興味深そうに眺めている。


「そういえば、お二人だけの会話を女中たちが研究しておりましたな」

「えっ」「えっ」

「私があの者どもに訊ねたところ、たしかイノウは公女様のこと、オイシイが美味レッカーだと。合っていますか?」

「大外れですわ」「まるで違う」

「左様でございますか。新大陸の言葉もなかなか奥深いものですな」


 若タオンはメモ帳にペンを入れる。


 危ないな。あまり日本語を学ばれてしまうとエマとの(井納としての)会話を理解されてしまう。

 ちょくちょく偽の会話を流したほうが良さそうだね。あとはなるべく人前では日本語で話さないようにするとか。

 今までにありそうでなかった話だけに、ちょっとビックリさせられた。


「……たぶん今回はエマがずっと城にいるから。ストルチェクに行ってない」

「それはあるかもね」

「井納が引きこもりなのも大きいはず。今までみたくあちこちに旅してないでしょ」

「ずっと二人で城にいたら、女中たちもわかっちゃうか……」

「失礼ながら、やはりイノウは公女様を指しておりませんか?」

「大外れです」「ヴィルヘルムはバカなの」


 俺たちは二人がかりで若タオンの問いを否定する。とりあえず彼の前では同盟語を話すようにしよう。


 北門を抜けるとタルトゥッフェルの集配基地が見えてきた。

 二周目の終盤にシャルロッテが南門前に作った施設と同じで、あの建物から輸出品を載せた汎用馬車が各地に送られていく。

 いずれは鉄道駅も併設される予定だという。


 モーリッツ氏はシャルロッテが示した『道』を正しく進んでくれている。この調子だと近いうちに行き止まりになりそうだから、その時はまた彼女の力を借りるか……エマの能力で井納から近代の知恵を引っ張り出すことになるだろうな。

 ちなみに当のモーリッツ氏は別件で低地に戻っている。シュバルツァー・フルスブルクでの結婚式には参列する予定だ。


 後ろを振り返れば、ラミーヘルム城内に芋成金の荷馬車が入っていくのと入れ替わりに、おそらく評定衆の所有品であろう大型馬車が次々と出てきている。

 公女の結婚式に遅刻したくないから慌てているのだろう。さっそく居館に戻って荷造りを始めるつもりかな。

 別に向こうですぐに結婚するわけではないから、安心してくれていいのに。

 そんな大型馬車を掻きわけるように北門から出てきたのが──『親不孝号』だった。やばい。


「あれはパウル公の快足馬車『親不孝号』ではございませんか、公女様」

「あんなの持ち出せるのはイングリッドおばさん以外にいませんわ。御者の方、もっと早く走ってくださいまし! タオン卿は兵士たちにバリケードを作らせなさい!」

「私としてもイングリッド様に逆らうわけには参りませぬ、ここはひとつ釈明を考えられては」

「釈明……エマ、何か思いつかない?」

「ない」


 くそう。

 公女おれの御用馬車は汎用馬車の改良品だ。乗り心地は抜群だけど速度では『親不孝号』に到底敵わない。

 仕方がないので、公女とエマは馬車を降りて──タオン家の騎兵に背中を借りることにした。


「井納、逃げてどうするの。どうせ行き先は同じ」

「おばさんは忘れっぽいから明日まで会わなければ少なくともマジギレされることはないよ」

「たしかにアルフレッドとは正反対」

「……そうかもね」


 タオン家の騎兵隊は北街道を駆け抜けていく。

 同盟有数の快足馬車『親不孝号』でも騎兵の移動速度には劣る。輓馬と乗用馬の差は大きい。

 ただ乗用馬の体力は長持ちしないから、シュワルベ村あたりで休ませてあげないと倒れてしまう。


 ふふふ。まさか九十年目になって今さら追いかけっこする羽目になるとは。

 子供じゃあるまいし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る