3rd LAP・無我夢中編

プロローグ3 夢のつづき


     × × ×     


 何も見えない。生温かい。体の自由が利かない。

 体育座りで拘束されている。

 聴こえてくるのは鼓動と鈍い音だけ。

 エヴリナお母様の胎内だ。三度目ともなると何の感慨も湧かなくなる。

 寸前までサバのアニサキスに苦しめられていたので、やっと死なせてもらえたという気持ちのほうが強い。壮絶に苦しかった。もっと楽な方法で自殺することも検討したけど……いかんせん勇気が足りなかった。

 なにせ井納おれは二周目のあの時も舌を噛んで死ねなかったわけで。

 逆に今回は何があっても生き続けなければならない。

 果たすべき使命のために。


『…………』


 おかしいな。どこからともなく声が聴こえてこない。

 管理者には訊ねたいことがたくさんあるのに。どこに行ったんだ。

 井納純一の魂が「隣の世界」の一六五〇年のマリー・フォン・ヒューゲルに移っている時点で、今さら管理者の実在性を疑うことはできない。神は死んでも管理者はいる。

 まさか天命の限界とやらで、もはや井納純一に割けるだけのエネルギーが残っていないのかな。

 二周目の暇な時期、エマに手伝ってもらって『管理者との会話』を自分の記憶から引っ張り出したことがあったけど、たしか管理者は「いちいち付き合っていられない」などと言っていた。


 だからといって、放任されるのは酷すぎる。

 そもそもエネルギーとやらをケチりたいのなら、一周目を始める前にきちんと研修を行うべきだった。

 例えば「隣の世界」の言語や歴史を伝授するとか。

 ラスボス的な存在のルドルフ大公を追い詰めても、もっと強大な力を持つアウスターカップ辺境伯が「破滅」を引き起こしてしまう可能性があるとか。


 あらかじめ教えてくれていたら、一周目・二周目で対応できたかもしれない。

 何でもかんでも初見でやらせないでほしい。


『…………』


 これだけ不満をぶちまけても反応がないあたり、本当に管理者は来ていないみたいだ。まるで存在を感じられない。

 せめて三周目が終わったら井納純一はどこに行くのか、生まれる前に教えてもらいたかった。




 やがて──目の前が明るくなる。


「うえぇぇ……」

「おお! 女の子だ!」


 赤ん坊なので視界がぼやけている。タオンさんの声がまだ若い。イングリッドおばさんとパウル公が近くにいるのはわかる。みんな喜んでくれている。

 あとは乳母さんと、もちろんお母様と……あの背の低い人は何者なのだろう。


「よくやった」


 老人の声。そのまま立ち去ってしまう。

 追いかけてみたいのはやまやまだけど、いかんせん赤ん坊なのでお母様の乳首を求めずにいられない。


「んむんむ」


 本能のまま強引に吸ってしまいそうなところをなるべく穏やかに。

 かつて自分があげる側だったからこそ、お母様の乳首が痛まないように気をつかってあげたい。

 まあ、公女おれはほとんど乳母さんに任せていたけど。

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