9-5 果実


     × × ×     


 南北戦争は漫然と続いていた。

 一六七一年・八月。

 あと一歩でルドルフ大公を捕えられたところまで踏み込んだのに、北部連盟は「君都」エーデルシュタットを落とせなかった。

 さすがは異教徒の包囲にも屈しなかった城塞都市だ。


「おのれぇ……まだ落ちないのか……」

「フハハハ! 我の城を落とせるものか! 我の人生は初めから全て決まっている! ここで落ちる定めではないわ!」


 アウスターカップの司令官・ゲレティヒカイト大将が歯ぎしりしている姿を、ルドルフ大公は宮殿の窓から嘲笑あざわらっていたらしい。

 ユリアがその様子を上空から注視していたところ、彼女の存在に気づいたルドルフは椅子からひっくり返っていたという。


 ともあれ、ヒンターラント兵は二ヶ月におよぶ防衛戦を乗り切り、味方のロート伯が西から引き返してくるのを待った。

 対するアウスターカップと北部諸侯は「敵に挟まれる前に叩きのめす」として、ロート伯の三万五千人をエーデルシュタット郊外でお出迎えすることにした。

 この会戦においてヨハンは自分のマスケットで三十人くらい殺したらしい。たぶん誇張が入っているけど、手紙にはそう記されていた。


 ただ彼の周りにも敵兵が現れるほど敵味方が入り乱れる争いになったのは本当だったようで、お互いの陣形がズタボロになったところにエーデルシュタット城から打って出てきたルドルフ大公の近衛兵団が近づいてきたため、仕方なくヨハンたちはヴィラバまで逃げることにしたそうだ。

 以降、同盟南部では膠着状態が続くことになる。


 北部に目を向けると、前回と同じくオエステ王国軍が上陸作戦を仕掛けてきた。一周目で公女おれが降伏したのは彼らだった。今回も指揮官はクリサンテーモ伯のおじいさんが務めているらしい。

 前回と大きく異なるのは、オエステ兵が北西部のアイヒェカップ港(マウルベーレの飛び地)に上陸したことだ。キーファー本土ではなく。


「大尉、なぜです?」

「公女様の仰る、キーファー領のヨハネスハーフェン港はアウスターカップ領に程近い港です。あんなところに上陸したら、相手は橋頭保を築くより前にアウスターカップ兵に取り囲まれてしまいます」

「なるほど」


 ブッシュクリー大尉の説明はわかりやすかった。

 そんなわけでオエステ兵・約八千名はマウルベーレ領に攻め込んできた。

 当主のマウルベーレ伯フランツ──ヨハンの弟は南方におり、兵士たちも大方不在だったので、あっさり落とされるかと思いきや、なぜか城方がオエステ兵の攻勢を退けたという。それも三度にわたり追い払ったというから、いったい何があったのやら。噂では姓名不明の囚人が指揮を執ったとのこと。


 やがて大尉の話にも出てきたアウスターカップ第三軍団が来援したため、クリサンテーモ伯は港から海路で本国に戻っていった。


「……やはりアウスターカップはすごいですね。いったい、何個軍団を持っているのかしら」

「小官の知るところでは三つです。いざとなれば国内の予備役を呼んできて、追加の軍団を作るでしょう。あそこは徴兵制ですから、兵卒の代わりは効きます」

「徴兵制……」

「もっとも今の情勢を鑑みれば、辺境伯はスカンジナビア帝国の進出に備えているはず。他国に介入できるのは現状の三個軍団として、第三軍団が今回の件で同盟北部に釘付けとなると……この戦争、しばし固まりますな」


 ブッシュクリー大尉は机上の駒を泳がせて、なぜか楽しそうにため息をついた。

 彼が語ったとおり、同盟北部でも状況は固定化された。

 本来なら停戦交渉が始まりそうなものだけど、あいにく南北に大君が並立している状況では終われない。


 一六七二年に入ってからも南北戦争は続いた。

 同盟南部では七月まで小競り合いが続き、その後も一進一退の攻防が行われているとの噂が流れてきている。

 なぜ七月で区切ったかといえば、七夕あたりからヨハンの手紙が届かなくなったからだ。


 九月にキーファーの伝令が持ってきてくれた手紙によると、ユリアが空中でいきなり雷に打たれてしまったらしい。

 ついでにいうと、十一月には公女の二人目の子供が病死した。この世界ではよくあることだった。



     × × ×     



 一六七四年。五月某日。二周目の「破滅」まで、あと一年。

 我らがヒューゲル公領は北部連盟の後方基地として立派に役割を果たしていた。

 名産品のタルトゥッフェルは南部の前線地帯で小競り合いを続けている兵士たちに届けられ、ラミーヘルム城内町の工房ではタルトゥッフェル専売公社の注文を受けて様々な軍用品が作られている。

 あらゆる木箱にハーフナー印が刻まれ、公社の汎用馬車で南街道に運ばれていく。

 公女おれの目指した「富国強兵」の夢が、赤の他人の戦争を支える兵站システムの一部として組み込まれている。


 おかげで公社の売上は右肩上がりだ。

 シャルロッテは左手で舶来品の扇子をパタパタさせながら、ラミーヘルム城の南に設けられた荷捌き場を案内してくれる。

 今日は城から出るつもりではなかったんだけど……この頃はもっぱら出たくないという気持ちが強いのに、彼女は半ば強引に公女おれを連れだしてきた。イングリッドおばさんもそれを止めてくれなかった。


「我が公社の中核施設、とくとご覧あれ!」

「ただの倉庫ではありませんか」

「ここではヒューゲル領民から納められた商品作物を仕分けております。あちらの区画にある木箱はジューデン公の兵営に向かいます。そちらはマリー様の旦那様の兵営から注文を受けた火薬類です」


 シャルロッテが指差した箱にはキーファー公の紋章が刻まれていた。あのように箱単位で紋章を刻印することで、文字が読めない労働者でも間違えることなく輸送できるようにしているらしい。

 荷捌き場の出荷口にもそれぞれ紋章が掲げられている。箱の中身や出荷日は木札の色で管理されていた。

 詳しいことは知らないけど、昔テレビに出てきたアマゾンの倉庫みたいだ。

 ヒューゲル内外の人足たちが滞りなく走り回っている。


「この仕組みはあなたが考えたのですか? シャルロッテ女史」

「大まかには不肖シャロが考えました! 細かい部分と実際の運用はギュンターに任せております」


 シャルロッテの目線の先には公社副代表ギュンター・フンダートミリオンの姿がある。あのノッポ、いつも上司から仕事を押しつけられている気がするけど、きっとそれだけ能力を見込まれているんだろうな。

 なぜか目が合い、目を逸らされた。


「ふふふ! どうですかマリー様! 私はマリー様の命令を実行しておりますよ!」

「え、命令?」

「まさかお忘れですか!? 以前、ヒンターラント大公を倒せと仰ったではありませんか。私は兵站面であの面長デブを倒してみせます。不肖シャロ、やってやりますれば!」


 あの件を覚えていたのか。

 あの時はかなり強めに不可能だと返されたけど、彼女なりに覚えていてくれたらしい。

 ちなみに面長デブはルドルフ大公のことだ。


「さてマリー様。次が本日のハウプトシュパイゼン(※メインディッシュ)でございます。目を丸くされること請け合いです」


 シャルロッテに手を引かれて、荷捌き場から外に出る。

 荷捌き場の周りには人足・強力の仮宿や酒場などが並んでおり、南街道を挟んで小さな街のようになっていた。

 ラミーヘルムの街が城外に拡大しているとも捉えられる。人足たちは単純に「南町」と呼んでいた。


 そんな新しい町の端っこに、新しい荷捌き場が建設されている。

 ヘルメットもなしに人足たちがレンガや木材を運んでいて、ちょっと危なっかしい。


「新しい荷捌き場が必要なのですね」

「さすがマリー様は話が早い。いずれはこちらに統一するつもりでして」

「そのわりには小さくありませんか?」

「まだ上手くいくかわかりませんから……とりあえず様子見から初めてみようかと!」


 彼女は内部を案内してくれる。

 さっきの荷捌き場が機能しているわけだし、心配しなくてもよさそうだけど。

 なんて考えていたら……目の前にとんでもないものが見えてきた。


「……これは」

「本日の目玉商品! 苦節十数年、大変お待たせしました! ご注文の──『鉄道』です!」


 出荷口にあったのは馬車鉄道だった。

 桟木を鉄板で補強した線路が南街道に向けて伸びている。

 レールを走るための四頭馬車は汎用馬車の改良型で、地方規格の木箱を多数搭載できるように制作されている。

 車輪は木製だった。鉄板で補強されている点は線路と同じだ。


 かつて利用していたものと比べたら、遊園地のオモチャ以下かもしれないけど。

 これは紛れもなく鉄道だった。


「……乗せてもらってもよろしくて?」

「もちろんでございます。ぜひぜひ! 線路が七百歩ほどで途切れておりますから、まだヘレノポリスまで向かうことは適いませんが!」


 俺は数十年ぶりに車両に乗り込む。

 当然ながら普段の馬車と変わらなかった。改良型だからね。でも荷台の片隅に座らせてもらうだけで、何だか満たされた気分になってくる。

 御者が鞭を入れた。馬車が前に進んでいく。ほとんど揺れない。砂利道より軽快に走ってくれる。されどゆっくりと。

 これなら嘔吐公も吐かずに済むかもしれない。


「マリー様。お初にお目にかかります」


 線路沿いを徒歩で追いかけてくる形で、初老の男性が声をかけてくる。身なりの良さからして相当の金持ちだ。どこかの女商人とそっくりなふわふわのブラウンヘアを帽子で抑えつけている。


「もしかして……シャルロッテ女史の弟さんかしら?」

「いかにも! 我が名はジークムント・スネル! 偉大なるヘンドリク・エドゥアルト・スネルの息子にしてジークムント・スネル商会の代表! 以後お見知りおきを!」


 ジークムントはある地点で追いかけるのを諦めて、そのへんの草むらに倒れ込んだ。

 シャルロッテが「あいつ太りすぎです」と笑っている。


 彼女の弟の存在はかなり前から知っていたけど、ああして顔を合わせるのは初めてだった。

 彼女が話すところによれば、あの弟さんが紹介してくれた鍛冶屋のおかげで「線路」「馬車」の加工が上手くいっているらしい。

 そのへんの話はしっかり覚えておきたい。三周目で役立つから。

 あとで線路や馬車の設計図も見せてもらおう。

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