9-3 ためらいキズ
× × ×
一六七一年の十月。
ヴィラバのコンセント市において大規模な反乱が勃発した。
数世紀にわたり同盟系の役人に搾取されてきた地元民のヴィラバ人たちは、どこかの国から駆けつけてきた荷馬車から武器を受け取ると、わずか数日で街の守備隊を壊滅させた。
さらに『神の雷』と呼ばれる新兵器(?)の威力をもって、キーファーのコンセント駐屯兵団を打ち破るに至り……行く手を遮られなくなった反乱者たちは一気にコンセント城に流れ込んだ。
神聖大君・ハインツ二世は前回に引き続き、またもや窓から落とされてしまった。
一周目より約二年遅れの出来事になる。
大君の死は同盟全土に伝えられた。
ヨハンは怒りのあまり、コンセントから本国まで逃げ延びてきたフルスベルク将軍を殴り倒したらしい。
そして、ただちにヴィラバ出兵の号令を下した。
「伯父の仇討ちを行う! 北部連盟の諸侯にも協力を求める! これは我が家の義戦だ!」
ヨハンの手紙は当然ながら友邦ヒューゲルにも届いた。
二ヶ月ほど経った十二月には、本人がラミーヘルム城までやってきた。
冬に兵隊を歩かせるのは負担が大きいはずなのに、彼は三千人もの兵を率いていた。
それだけ仇討ちに燃えていたのだろう。
初めて対面する形になった赤ん坊の前でも、彼はしきりに「××、お前にオレの力を見せてやる」と息巻いていた。
首が座ったばかりの赤ん坊を力任せに抱き上げようとするほどには、周りが見えていなかった。イングリッドおばさんにしこたま叱られていた。
そんな彼の怒りが、年明けには行き場を失うことになる。
翌年一月。
アウスターカップ辺境伯の遠征部隊がヴィラバ地方を制圧したとの報告が入ってきた。
ヨハンは「偽報」だとして出征の用意を続けていたけど、すぐにアウスターカップ兵営から早馬が送られてきた。
会見は大広間で行われた。
伝令役の若手将校は藍色(アウスターカップ兵のシンボルカラーらしい)のジュストコールを自信ありげに着こなしていた。年のわりに勲章をたくさんぶら下げているから、たぶん名家の出身なのだろう……と衛兵たちが予想していた。
将校はアウグスト・ウンターシュタートと名乗った。
「我が兵団はコンセント城を制圧、ヴィラバ人の反乱者を捕縛致しました。つきましては次のヴィラバ領主をヨハン様のトゥーゲントご一門から……」
「おい、アウスターカップのゴキブリ野郎」
「はい」
「なぜお前らが手出しした。これはオレたちの問題だ」
ヨハンはぶつけどころのない感情を己の太ももにぶつけていた。
握り拳が緑色のズボンに何度も刺さる。
藍色の将校は一旦答えに詰まりながらも、毅然と説明してくれる。
「その件につきましては、そちらから助力を求める手紙が来ましたから」
「あれは外交儀礼だ。お前らはまだオレたちの北部連盟に入っていないだろうが! こんな時だけしゃしゃり出てくるな!」
「えー。めんどくせえなこいつ、雑魚のくせに」
「……なんだと」
「たかだか総兵力五千人の領主がイキってて見苦しいって話だよ。下手に出ていりゃ偉そうに。お前なんぞ俺の国なら連隊長だからな? 手足に使ってやろうか?」
「…………」
ヨハンは何も言わずにサーベルを抜いた。
さすがに将校の発言は俺としても擁護できなかった。
なんでアウスターカップはこんな奴を送りつけてきたんだ。ケンカを売っているとしか思えなかった。
「……ああっ! 間に合わなかった! すみません! 申し訳ない! ウチの若い奴が
初老の男性がラミーヘルム城の大広間に駆け込んできた。
どこかで見たことのある顔だった。ふっくらしていて、唇がたらこみたいで……うーん。思い出せない。前回も会っているはずなのに。
当時の俺は居るはずのない存在を目で探してしまい、例によって死にたくなった。
闖入者の男性は若手将校の隣に座り、荒れた息をふぅふぅと整えてから、椅子から降りてヨハン(と公女)の前に跪く。
「ふう。ヨハン公、マリー妃、お目通りを許していただき光栄の至り」
「勝手に入ってきたように見えたぞ」
「相変わらず手厳しい。五年前のヘレノポリスではお世話になりましたな。マリー妃もお元気そうで」
男性の油っぽい微笑みに、
前回、不作の翌年の大君議会に出てきて、ヨハンたちに対して北部連盟加入を拒んでいた。
この辺の細かい人名まではさすがに覚えきれない。
その点でヨハンは尊敬に値する。
「おい、カーゲル。その不届きな将校は北から殺されに来たのか? このオレを処刑人代わりに使おうというのなら、こちらにも考えがあるぞ」
「申し訳ございません。そのようなお手間はかけさせません。必ずや我が手をもって折檻させていただきますから、何とぞお許しを。ほらアウグスト、頭を下げんか!」
「その折檻とやらをここで見せてもらいたいものだな、マリー」
ヨハンはなぜか
何が面白いのか、まるで理解できなかったけど──幸いにして若手将校は一言も謝罪することなく一目散に大広間から逃げ出していた。めちゃくちゃ足が早い。数十年ぶりに全盛期のロッテ・荻野貴司を思い出したほど。
カーゲル公使はため息をついた。
「あれでも我がアウスターカップ兵営の至宝なのですが、何とも度しがたい。挫折を知らないせいか……」
「……ふん。まあいい。あの調子なら、いずれオレの代わりにサーベルを突き刺す奴が出てくるだろう。処刑人の役はそいつに任せてやる」
「カーゲル卿。そもそも、なぜあの方が伝令になったのです?」
となると、あの将校はわざわざ自分から殺されに来たのか。寸でのところで助かったけど、カーゲル公使が来ていなければ何が起きていたやら。
お茶を挟んで、話題が戻る。
ヨハンは改めてアウスターカップによるヴィラバ介入を非難した。
「大君同盟に背を向けてきたお前たちには関係のない話だったろう。なぜヴィラバに介入してきた」
「お言葉ながら、もし道路向かいの家に武器を持った連中が押し入ったなら……」
「いちいち例えるな。お前たちはいつもはぐらかそうとするが、端的に理由を話せないのか? 話す能力がないなら、外交官など返上したらどうだ」
「銃火器と魔法使いを擁する一万五千人の反乱軍が近所に沸いたのです。叩きつぶすしかないではありませんか」
カーゲル公使の答弁に、ヨハンは腕を組むしかなくなる。
つまりはそういうことだった──アウスターカップ辺境伯領は反乱の飛び火を恐れていた。
なにせ彼らはヴィラバのすぐ近く・ストルチェク連合共和国の国王選挙に介入しており、
ただでさえ外国・五大老の両方に不信感を抱いている
そこで気になるのは、なぜ一周目のヴィラバ反乱では介入が起きなかったのか。
あの時はヨハンが気持ちよく仇討ちを果たすことができた。
「……カーゲル。さっきの将校が口走っていたが、お前たちは我がトゥーゲント家門から大君を出すべきと考えているのだな。先代の息子を推すべきだと」
「もちろんでございます。先例には従うべきです」
「大君の座など、どうでもいいからか」
「とんでもない」
アウスターカップの外交官は温厚に笑っていた。対照的にヨハンの唇は結ばれたままだった。
ヒューゲルとキーファーの国力には大きな開きがある。
そしてキーファーとアウスターカップの間にも、どうあがいても埋められないだけの国力差が存在する。
兵力でいえば、五千人対八万人の争いになる。
とてもではないけど単独では太刀打ちできない。
北部諸侯がまとまったとしても、アウスターカップ相手では互角の戦いには持ち込めないでしょう……とはシャルロッテの弁だった。
ヨハンは誇り高い男だ。
だからアウグストやカーゲル公使に、アウスターカップに舐められていることに耐えられなかった。
引見が終わり、大広間では公女の父・パウル公主催のしょぼい晩餐会が催された。
本来ならパウル公と同じテーブルに座るべきヨハンの姿は、そこにはなく。
彼は来客室において、ぶつけどころのない感情をマリーにぶつけていた。
ベッドが軋む。シーツにシワができる。
死にたくなる。そのたびに死ねなくなる。
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