5-1 商い


     × × ×     


 かつてシミュレーション系のゲームをクリアできない男がいた。

 そいつは友達から勧められた『信長の野望・革新』を信長上洛あたりで辞めてしまい、有名な『シヴィライゼーションⅤ』も近代化あたりで面倒くさくなって放り投げることが多々あった。


「やっぱスタートアップの時が楽しいんだよ」


 彼の弁によれば、自国が大国になってしまうとやることが増えるかわりに緊張感が薄れてしまうらしい。

 支配下の国や都市が多くなるにつれて、そのぶん指示を出さなくてはならない。しかも同じことの繰り返しになりがち。

 煩雑な単純作業に嫌気が差して、終わりを迎える前にニューゲームを選んでしまう。また弱小国から育て直す。

 ゲームの設計にも原因があるんだろうけど、根本的にあいつは「始めること」が好きなんだと思う。気持ちは少しわかる。


 シャルロッテの性格にも似た部分があった。

 彼女が……父親から商家を相続していたとはいえ、かつて年齢不相応な大商会を率いていたのも、どうやら次々に新規事業を立ち上げていたことが大きいらしい。

 各地で珍商品の取引や投資・新規交易路の開拓を行い、ある程度まで軌道に乗ったら部下に丸投げする。

 この手法はスネル商会を巨大化させたものの、完全に部下に任せていたことが末期には仇となった。

 チューリップ・バブルの崩壊で巨額の負債を抱えた彼女に対して、部下たちは助け船を出すどころか、自身の独立を図るという形で恩に報いた。

 彼女が借金取りに追われてヒューゲルまで逃げてきたのも、他に信用できる人がいなかったからだ。たぶん。弟さんには迷惑をかけたくなかったのかも。


 そんなわけで、シャルロッテ・スネルは常に始まりを求めている。


「二〇タイクンマルク……五〇タイクンマルク……」


 評定の翌日。

 公女おれの脳から有益なアイデアを得られなかった彼女は、ラミーヘルム城の調度品に非実在値札を貼りつけることで気を紛らわしていた。

 前回もシュバルツァー・フルスブルクの不動産鑑定をやっていたあたり、シャルロッテなりのストレス発散法なのだろうか。城内の女中たちがあまり良い顔をしていないのが気がかりだ。家格を値踏みされているようなものだからね。気分が良いはずない。


「シャロちゃん、それやめなさい」

「ああっ! これは失礼をば!」


 近くを歩いていたイングリッドおばさんにたしなめられて、ようやくシャルロッテの奇行が収まった。

 否。おばさんが廊下から消えたら、また絵画の値段を呟き始めた。無意識なのかな。

 あのまま放っておいたら、せっかく借金取りから匿ってもらっているのに、城から追い出されてしまいかねない。仮に追い出されても、前回の国外偵察の報告ぶりからして低地の追っ手に捕まることはなさそうだけど……公女おれが困る。


「シャルロッテ女史」

「ひゃあっ! お恥ずかしいところを!」


 彼女はブラウンのふわふわした毛で、自身の顔を隠してみせる。

 自覚はあったらしい。


「ええと。あなたにやってもらいたいことがあります」

「やります! 何でもやります! やらせてくださいまし!」

「気が早すぎませんこと……」


 まだ内容を話していないのに。とても契約社会に生きている女性とは思えない即答ぶりだった。

 笑窪に期待をにじませる彼女に、公女おれはご待望のアイデアを授ける。


「実は馬車のサスペンションを改良してほしいのです」

「サスペンションでごさいますか」

「砂利道でも揺れない座席を作ることができれば、タルトゥッフェルに続いて対外的な売り物になるかもしれません」

「むむむ」


 こちらの提案に、シャルロッテはブラウンヘアをかき混ぜて、頭を回し始める。女の匂いがする。

 サスペンションについては一周目の時から何とかしてもらいたい点の一つで、おそらく全ての人間が求めてやまない技術のはずだ。

 外国に出向くたびにお尻の皮がめくれてしまうのは勘弁してほしい。

 もっとも、前回はヒューゲルの工務方がいくら試作してもまともな品ができなかった。十五年以上は研究してくれていたはずだから、たぶん近世の技術水準には見合わない要求なのだろう。

 だから、シャルロッテにも本気で期待しているわけじゃない。


「――わかりました。低地人の誇りをかけて、不肖シャロは取り組ませていただきます。つきましては公社の内部に技術部門を設けましょう。いずれ鉄道を走らせる時にも、腕利きの技術者は必要になって参りますれば」

「期待させてもらいますね」

「他にはありませんか?」


 シャルロッテがぐいぐいくる。まさか、おかわりを求められるとは。

 どうしようか。こうなったら明らかに無謀な未来技術の『結晶』をいっぱい教えておいて、ひとまず本命のアイデアが浮かぶまでのつなぎにしてもらおう。

 公女のおでこに指を添えながら、井納おれは遥か昔になってしまった日本時代の風景を思い出す。


「……油を燃やして走る車を作ってほしいですわ。内燃機関を。兵営を強化するために引き金を引くだけで連射できる銃も。あらゆる分野の資料を調べられる、地図にもなる、遠くの人とも会話できる、ポケットに入るような機械もあればよいですね。あとは……」

「おおお……いつかの話の続きでございますね……!」


 シャルロッテの反応は良好だった。

 もうすぐ三十路を迎える年の女性なのに、子供のように目を輝かせてくれている。てっきり「ムリです」と言われちゃうのかなと思っていたから、ちょっと面映ゆい。


 エアコン、テレビ、ラジオ、白熱電球。

 自分が未来の話を出せるだけ出しきると――シャルロッテは礼だけして、早足で立ち去っていった。

 よっぽど『始めたく』なったみたい。


 おばさんに怒られない程度の速さで追いかけてみれば、パウル公から与えられた『専売公社』の事務室の前で、公社の若手幹部が頭を抱えていた。

 ギュンター・フンダートミリオン。

 のっぽの若者は一周目では廷臣として宮仕えの道を歩んでいたのに、なぜか今回はシャルロッテの部下になっている。

 以前イングリッドおばさんから教えてもらった話によると、国外の大学で四書五経リベラルアーツを修めてきたエリートなのだとか。


 前回は小間使い同然の待遇に反発して、ヒューゲル降伏前に城を抜け出していた。あれからアウスターカップの兵士になれたのか、今となってはわからない。


 現在の彼はイライラした様子で、しきりに頭を掻いていた。


「あのクソアマ……わけわかんねえ話をぶつけてきやがって……実現できそうな案件を精査しろって何ひとつ出来るわけねえだろ……」


 どうやら、始めるところから丸投げされたらしい。

 となると……さっきの未来の話でも、彼女のエンジンに火をつけられなかったとみるべきか。

 本気でやるつもりなら、タルトゥッフェルの時みたく自ら突き進んでいくだろうし。


 ギュンター氏には迷惑をかけて申し訳ないけど、なるべく早めに本命のアイデアをひねり出すか、エマに戻ってきてもらうから、許してほしいな。

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