4-1 故郷へ


     × × ×     


 一六五九年九月吉日。

 大君同盟とストルチェクを東西に結ぶゲム=ストルチェク街道は、お母様の行いにより『言い訳街道』に名を改めた。

 冗談はさておいて。お母様の弁明を右から左に受け流しているうちに、公女は国境を越えてシュバッテン伯の城付近まで辿りついていた。

 ヒューゲルの鬼門にあたる、山間の領域だ。

 もちろん、この世界には鬼門なんて概念はないものの、ヒューゲル家の人々から忌避されている点では大差ないみたいだ。


「今のシュバッテン伯は、かつて先代公が擁立した方でしてな」


 タオンさんは隙あらば昔話をねじ込んでくる。

 一周目と同じ話をされる時は辛いけど、この話は初耳(もしくは忘れた)だった。


「十五年戦争の頃ですか?」

「勃発直後ですな。シュバッテンの前当主は旧教派でしたから、速攻で攻めてやりました。あの城の正面から砲弾を叩き込みまして」


 峠道から彼方に見える中世式の古城を、タオンさんは指先でトントンと突いてみせる。

 堡塁を持たない城は攻城砲に弱い。

 兵力差もあり、即日降伏したシュバッテン伯は、本領安堵と引き換えに先代公から代替わりを迫られた。


「新当主の条件は新教派であること。シュバッテン本家は頑迷な旧教派でしたから、改宗に応じたのは傍系の中年男性だけでした」

「それが今のシュバッテン伯なのですね」

「ええ。あの日和見男でございます。惣無事令ラントフリーデがなければ、今からでも再び砲弾を叩き込んでやりたいものを」

「不穏ですわよ、タオン卿」

「失礼。しかし我々が去ってから、すぐに再改宗しやがった男ですぞ。思うところは山ほどあります」


 タオンさんの話によると、シュバッテン伯は全面降伏から一年もしないうちに家臣の説得を受けて旧教派てきがわに再転向。

 ラミーヘルム城に逆侵攻を仕掛けてくることはなかったものの、本国を離れて各地を荒らし回っていた先代公にとっては常に悩みのタネだったらしい。


 シュバッテン伯……たしか一周目のシュバルツァー・フルスブルク(公女十八歳、北部連盟の結成交渉)で会っているはずなんだけど、いまいち人相が思い出せそうにない。よぼよぼのおじいさんだった気がする。

 去年の舞踏会では見かけなかった。


「先代公のおかげで当主になれたものを、恩を忘れて反旗を翻すなど言語同断でございます」

「今も我が家とは不和なのですか? あまり名前を聞きませんが」

「不和というより、互いになるべく関わりを持たぬようにしています。ヒューゲルの御用商人たちにもシュバッテン領内は通行させていません。荷物を路上に落としてしまうと所有権の所在で揉めますからな」

「なるほど……」


 これまでヒューゲルの荷馬車や『親不孝号』がゲム=ストルチェク街道ではなく、わざわざ南のヴィラバ街道を経由してきた理由が読めてきた。

 大阪から東京に行く途中で金沢に立ち寄るようなものだ。 

 言わずもがな、北陸道より東海道を走ったほうが到着は早い。


「いずれ、シュバッテンは抑えておくべきかもしれませんわね」

「おやおや」

「歴史的な理由ではなく経済的な話ですわ」

「余計に不穏ですな」


 タオンさんは楽しそうに笑う。

 紐で結ばれた白髪が、吹き上げる風を受けて穏やかにたなびいていた。

 茶色のマントもめくれあがっている。マリリン・モンローだな。


「……ところで、そんな仮想敵国にわたしたちが立ち入っているのはなぜです? 誘拐されたりしません?」

「シュバッテンの街道守かいどうもりは私の友人でございます。ご安心くださいまし」

「話が根本から崩れましたわね……」

「いえ。それはそれ、これはこれですぞ」


 そういうものらしい。

 互いに目配せして、お母様の待つ御用馬車に戻ろうとしたところで、ふとタオンさんがその場で跪いた。

 まだ話したいことがあるようだ。個人的にはあまり待たせるとお母様がふてくされるから、早く戻りたい。


「どうかしましたか、タオン卿」

「いや、大した話ではないのですが……公女様、ストルチェクはいかがでした?」

「本当に大した話ではありませんね」

「しかし車中に戻ってしまうと、なかなか口を挟めませんからな」


 タオンさんはなるべくお母様に失礼のないように気を配りつつ、されど公女への心配もあってか、顔面に形容のしがたいシワを作っている。

 ストルチェクか。


「たった数ヶ月ではありますが……学びにはなりました。どれだけ公正・強固な社会体制も経済的な足腰が弱まってしまえばあっけなく武力に崩れてしまう。理想を保つには安定した経済が不可欠だと感じましたわ」


 あの国は貴族共和制から大君同盟のような群雄割拠・封建社会に移り変わりつつある。

 民主制の破壊者・五大老にも言い分はある。民主制では何をするにも国会の決議を待たねばならず、東方の異民族やローセ分領公国群との戦争で後手に回ってしまう。国を割ってでも、君主制の決断力を取り入れるべきだ――井納おれとしては受け入れがたい話だけど、公女としては彼らの考えを安易には批判できない。

 それこそ俺は専制国家の強みを活かして、「破滅」を止めんとしているわけだから。

 仮にヒューゲルが民主国家だったら「十五年後に破滅が起きるから我が党を支持してください!」「ルドルフ大公と戦います! 投票をお願いします!」と何度も市民に伺いを立てねばならなくなる。そんな余裕はない。

 五大老も同じ気持ちなのだろうか。


「あー公女様。そんな固い話より、あちらでストルチェク人の友人はできましたかな? 彼らは人懐っこいでしょう」

「………………」


 公女は何も答えずに馬車に戻った。

 お母様の腕がシートベルトのように巻きついてくる。便利だ。

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