2nd LAP・富国強兵編

プロローグ2 夢の跡


     × × ×     


 何も見えない。生温かい。体の自由が利かない。

 体育座りで拘束されている。

 聴こえるのは鼓動と鈍い音だけ。


 過去の経験から察するに――俺はまた死んでしまったのだろう。今は死後の世界ではなく胎内にいるはずだ。

 エヴリナお母様のお腹の中で、産まれる時を待っている。


 せっかく日本に戻れたというのにあっさりと「夢」に強制送還されてしまった。

 また公女として生きなければならないらしい。

 怒りや悲しみはさほど沸いてこないけど、やはり日本に多少の未練はあるわけで、ほんの一時でも希望を持たされたのは少し癇(かん)に障った。


 何より、またサバのアニサキスで死ぬ羽目になったのが解せない。どれだけ苦しかったことか。もっと楽に死なせてくれ。

 あえてトイレでの嘔吐死を「再演」した理由を教えてもらいたい。


『気になりますか。

 気になるでしょう』


 どこからともなく子供の声が聞こえてきた。

 両耳の鼓膜に届いているわけではなく、脳内に直接話しかけられている。

 こいつ……あいつだ。


『私はこの世界の管理者です。

 井納さんには「破滅」を避けられなかった罰を受けてもらいました』


 いやいやいやいや!

 あんなの初見ではどうにもならないから。クッヒェ家に幽閉されるまで色々と努力したけど、気づいたら白い光に包まれていたし。

 そもそも、三回チャンスがあるから三周目までに「破滅」を回避できたら大丈夫という話だったはずだ。

 一度の失敗でまた死ぬほど吐かされるなんて納得できない。胎内からリスタートさせてほしかった。


『井納さん。生き物は痛みを与えたら学習するものです。

 これに懲りたら次の二十五年はもっと努力してください』


 相手の声色からは抗いがたいものを感じた。

 くそう。なぜか歯向かう気になれない。

 甘んじて受け入れるしかなさそうだ。期待に添えるように努力するしか。


「……だったら、もうちょっとヒントをもらえませんか」

『甘えてはいけません』


 ズバッと切られた。

 せめて公女が何をしたらいいか、例えば一年ごとに具体的に教えてもらえると心強いのに。


『不可能です。

 わたしがあなたのために割けるエネルギーはすでに天命で決まっています。

 いちいち付き合っていられません。それに我々は生者には口出しできない決まりです』


 そんなんじゃ次も失敗してしまいますよ!


『自信を持ってください。あなたは以前の挑戦者の多くより健闘しています』

「え?」

『実際あのような罰を与えたのは、あなたに期待しているからですよ』


 期待云々はさておいて。

 自分より前に公女マリーを演じていた者がいた?

 初耳だった。


『あなたは五人目です』


 目の前に、例によって映像が流れてくる。


 中年の白人女性が、研究所みたいなところで過労死していた。

 彼女は管理者に目をつけられ、残り二十五年の命を「破滅」の阻止に捧げることになった。

 井納ではないマリーの人生が走馬灯のように流れていく。

 ヨハンと結ばれて三人の子供をもうけ、幸せそうな家庭を築いていた。そして二十五歳であっさりと「破滅」を迎えた。


『ハンナ・シュナイダーはドイツ系の女性でした。マリー・フォン・ヒューゲルの生まれた土地と文化が似ているので現地に順応しやすいと考えられましたが、逆に順応しすぎてマリーに染まってしまいました』


 何だか恐ろしいことを言ってのけながら、管理者はまた別の映像を流してくる。

 次に出てきたのはインド系の女性だった(死因は寿司を喉に詰まらせて窒息死)。

 こちらもヨハンと結ばれて、幸福を噛みしめながら「破滅」を迎えている。


 三人目のアジア系の女性も同じだった。

 彼女には余命が五十年以上あったので「二周目」も行われたけど、結果は変わらなかったようだ。


『二人目からはマリーに染まらないように別の文化圏で生まれた女性を送り込みました。しかし、彼女たちも思春期を迎える頃には過去の自分を捨ててしまいました』

「破滅を阻止する使命も忘れてしまったんですね」

『だから四人目にはあなたと同じ男性を選びました。異性なら染まりづらい』


 正しさにあふれた子供の声が、目の前の映像を変えていく。


 いかにも頭の良さそうな白人男性が出てきた。

 メガネと白衣が似合っている。まだ若い。過労死。


『ロベルト・マイヤーはドイツ系の男性でした』


 彼は公女として「破滅」を止めるために力を尽くそうとした。しかしながら、彼もまた年月を経る中で次第にマリーに染まっていった。

 ヨハンとの婚約には初めこそ抗っていたけど、やがて葛藤の末に受け入れるに至っている。子供は五人。

 ただ、前任者とは対照的に「破滅」阻止の使命だけは忘れることなく、キーファー家の力を利用して(詳しい経緯は不明だけど)ルドルフ大公を居城に追い込んでいた。


 ところが、自らの城を取り囲まれた大公が『最終兵器』の魔法使い部隊を出してくると、彼らを叩くことはできずに「破滅」を迎えている。

 やはり「破滅」を引き起こすのはルドルフ大公らしい。あいつを殺せたら、何もかも上手くいくのかな。


『ロベルト氏には二十五年と少ししか余命がありませんでした。井納さんにはあと二周あります。努力してください』


 自分が選ばれた経緯は何となくわかった。

 ただ……今の話は、できれば一周目を始める前に聞かせてほしかったような。チュートリアル抜きでニューゲームに突入させられた気分だ。


『……もう天命の限界です。では、上手くいこうが上手くいくまいが、また二十五年後に会いましょう』


 子供の声が消え去る。

 そこに「居る」という存在感も脳から失われていった。


 やがて――目の前が明るくなる。


「うえぇぇ……」

「おお! 女の子だ!」


 例によって、赤ん坊だから視界がぼやけているけど……今回は同盟語を学習済だから、周りの声を理解できる。


「エヴリナお姉様によく似ていますわね!」

「おめでとうございます、パウル公。これは可愛い子になりますぞ」


 父・パウル公だけでなく、イングリッドおばさんやタオンさんも公女の誕生を祝ってくれていた。

 ありがたい気持ちを噛みしめながら、公女おれはお母様の乳首を吸った。


 いよいよ二周目が始まった。

 今度は上手く世界を回してやる。

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