5-4 総量規制


     × × ×     


 反乱で寸断されていた南北街道の交通状況が回復してくると、周辺諸国の状況が徐々に公女の耳にも入ってくるようになった。

 予想されたとおり、一揆は同盟各地で発生していた。

 特に同盟北部では、ほぼ全域で反領主を掲げる反乱が起きていた。

 北部は元々土地がやせているため、今回の旱魃かんばつが民衆の生活に致命的な飢餓をもたらしていたらしい。なのに役人たちは素知らぬふりで税を取り立ててくる。抵抗は必然的だった。生きるためには抗うしかない。

 哀れに思った牧師が私財を投げうち、ジューデン公領において役人たちから食べ物を取り戻すための『慈悲救済軍』を結成すると、途端に参加者が続出した。彼らは各地の一揆を糾合して、今では総兵力七万人を数えるほどになったという。


 彼らが各地を荒らし回っているために、北部はますます荒廃しているようだ。

 なにせ七万人が各地の食べ物を奪いながら進んでいるのだから。そうでもしなければ彼らは飢えて死ぬしかなかった。当然の帰結として、彼らに食べ物を奪われた側は餓死を強いられた。救済軍は役人や領主だけでなく、行く先々の地元民からも穀物を取り上げていた。

 もはや、紛争というより生き残るための生存競争だった。俺は彼らを責められない。城でぬくぬくしていただけの公女に何が言えようか。


 ……ある地方都市の新聞社は「慈悲救済軍は巨大なバッタの群れ」と主張した。

 発売翌日、その新聞社は何者かの手により放火されたという。


 もちろん、領主たちだって黙っていない。

 北部諸侯は対抗する形で協約を結び、キーファー公ヨハン三世(公女の婚約者)を中心に六万人もの征討軍を結成したらしい。

 このうち五万人は、アウスターカップ辺境伯という同盟東部の大領主から供出を受けたとのこと。

 五万人といえば、この世界の大都市の人口に匹敵する。

 うちの総兵力が千二百人、大国のキーファーでさえ五千人程度だったはず……いったい、どんな技を使ったら五万人以上の兵隊を維持できるのだろう。ただでさえ大飢饉で収入不足だろうに。

 日常的に兵士たちを食わせていくだけの穀物をどこから調達しているのやら。まるで想像がつかない。


「タルトゥッフェルですよ! タルトゥッフェル!」


 そう語ったのはシャルロッテだ。

 ラミーヘルム城が包囲されていた時には近くの自由都市で暇を持て余していた彼女も、ブルネンの死により城内の勉強部屋に戻ってくることができた。

 ちなみに上記の話のほとんどは彼女から得たものだ。武官ティーゲルと共に同盟各地を回らせていたから、城内の誰よりも国外の状況に詳しい。


「タルトゥッフェルはやせた土地でも育ちますからね。アウスターカップでは百姓たちに強制的に栽培させているのを見かけました。おかげでこんな不作の年でも彼らは食べ物に困っていないわけです」

「なるほど。ところでタルトゥッフェルって何でしたっけ」

「ああっ。あの日の楽しい夕食から三年も経っているのをすっかり忘れておりました。不肖シャロ、不覚でございました。あれです。ホクホクした芋です」

「ありがとうございます。こちらこそ失念しておりました」


 ジャガイモのことだったか。

 そういえば三年前にそんな話を聞いた気もする。バルト海沿いでは野菜が育ちにくいからジャガイモを栽培しているのだとか。

 こんなことになるなら、ヒューゲルでも栽培させておけば良かったな。ヨハンにも強く訴えておけば良かった。後の祭りだけどさ。


「……種芋なら仕入れております。栽培法もティーゲルに学ばせました」

「あなたはさすがですね」

「お褒めいただき光栄です。マリー様の慈悲が五臓六腑に染みわたります。おかげ様で脳髄まで冴えてきました。不肖シャロ、忘れていた話を思い出しちゃいましたね」


 シャルロッテは切り揃えられたブラウンヘアをふわふわさせながら、勉強部屋の片隅に放り投げられていたスーツケースを持ってくる。

 彼女は中から紫色の手帳を取り出した。やけに使い込まれた手帳だ。表紙の端がボロボロになっている。

 読ませてもらうと──詩集(?)だった。


「われいま幸いに、まことの愛を知り、かぎりなき悦びをたまわり……」

「ああっ! それ違う! こっちです! すみませんすみません!」


 代わりに渡されたのは同じ色の手帳。こちらのほうが新しい。

 俺は改めて表紙をめくる。

 国名と数字の列が目に飛び込んできた。例を挙げるならヒューゲル=0とある。そんな表記が何行も続いている。


 キーファー=1~3

 フラッハ=0~2

 シュバッテン=0

 マウルベーレ=0

 エレトン=1~2

 アウスターカップ=5~7

 …………


「まさか、これは各国が保有している魔法使いの数ですか?」

「いかにもです」


 公女の問いにシャルロッテはうなづく。

 本当だとしたら、非常に有力な情報になる。なにせ「破滅」を起こすのはおそらく魔法使いだ。

 俺は管理者に見せられた映像を思い出す。もう十六年前の話だけど、何度も思い出しているから忘れちゃいない。

 あの映像では複数の魔法使いたちが草原から五芒星を放っていた。一人二人じゃない。もっと多かったはずだ。

 そうなると「破滅」の容疑者として怪しいのはアウスターカップ辺境伯と──もう一人。


「ヒンターラントのルドルフ大公は十二人以上の魔法使いを抱えているのですか……本当に?」

「アイム・ユア・ダース・ベイダーは三年間でおおよその奴隷商人から話を聞いてきましたので。売り手が手を組んで独占ギルド化しているぶん、各国共に仕入れ先が限定されますから、おおまかには正しい数字だと考えていただけます!」


 シャルロッテは自慢げに腰に手を当てて胸を張る。

 そのわりにはおおよそ、おおまか、なんて若干自信なさげな言葉が聞こえてきたけど、たぶん完全ではないという意味合いなのだろう。

 たしかに抜けもあるからね。エマがどこにもいない。


「……エマはどういう扱いなのですか?」

「ああっ。すっかり忘れていました。まーアレは由来が特別ですからね。たしか、わたくしの部下の船に自分から乗り込んできたはずです。だからギルドは通してないんですよ。いわばスネル商会の密輸品です」

「あの子、自分から同盟に来たの」


 知らなかった。あの時はエマ自身の話をほとんど聞けなかったからなあ。

 シャルロッテも知ってるなら教えてくれたら良かったのに。


「はい。家族が同伴してないので、高く売れなかったと部下から聞いております」

「家族がいないと安いだなんて、子持ちシシャモみたいですね」

「シシャモ? なんですかそれ」

「魚の名前です」


 思い出したら食べたくなってきた。こっちの世界でもいるのかな……いやいや。なるべく食べ物のことは考えないでおこう。状況が状況だけに。

 ちなみにシャルロッテの話によると、子持ち・家族持ちの魔法使いが高価なのは人質になるかららしい。

 逆に単身赴任の魔法使いは前世のトカレフ拳銃のような扱いになっている(安全装置がない)。

 だからお母様でもエマを購入できた。安かったから。


「ところでシャルロッテ女史、あなたに任せたお金はどうなりました?」

「ああっ。マリー様の脳も冴えておられます!」

「忘れたりしませんよ」

「……もしマリー様が、ご自分もエマのような存在を手に入れたいとお考えならば、おやめくださいませ」


 シャルロッテは公女の足元に跪いてきた。両手を合わせている。まるで神に祈るように。


「まさか、お金を全損したのですか」

「心外でございます。わたくしの才覚をもってすれば、全損などありえません。ただ一つだけ申し上げておきますと、各港で情報料を取られすぎました」

「魔法使いを買えるだけのお金は残っていないと?」

「エヴリナ様は実家の領地を半分以上売りさばいたそうです。それだけ高価な代物ですから。とてもではありませんが、足りません」


 あの人、そんな手でお金を調達していたのか。よくストルチェクの実家が承諾したなあ。

 さすがにヒューゲルでは出来そうにない。自分にはそこまでの権限がないし。何より国力を削ぐのは本末転倒だ。


「わかりました。あのお金は引き続きあなたに任せます。利殖しながら旅の資金に充ててください。ちなみにいくら残っているのですか?」

「その件につきましては……」 


 シャルロッテはカバンから麻袋を出してくると、床に中身をぶちまけた。

 タイクンマルクの一万分の一にあたるペニヒ銅貨が二つ。他には地方紙幣が一枚。


「よろしければ、新たなお恵みを」

「ほとんど全損しているではありませんか!」

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