5-3 公開処刑


     × × ×     


 この世界には罪人の処刑の様子を楽しむ文化がある。

 城下町の広場に設けられた処刑台の周りには多数の観客が集まっていた。

 彼らはビールを片手に叫ぶ。


「早く殺せ! 早く殺せ!」

「ブルネンを殺せ!」


 別に処刑される者が特別に憎まれているわけではない。むしろ市中の人々は話を聞くかぎりでは一揆勢に同情的だった。

 なのに、処刑を求める声が絶えないのは、ひとえに昔から催されてきた「楽しいイベント」だからだ。みんなで処刑を眺めるのが楽しいらしい。

 前世の日本や欧州でも昔は公開処刑を行っていたそうだから、きっと権力側にとっても公開することに利点があるんだろうな。あまり考えたくない。


 処刑台の上ではブルネンと『改革中隊』の生き残り四名が並んでいた。

 ブルネンは死を受け入れているようだけど、他の四人の若者は……死にたくない、生きていたいと処刑人にすがっていた。

 処刑人はそんな彼らを笑いながら足蹴にしている。


 もう見ていられないので、俺は窓から離れることにする。

 我が家を含めた上流階級は、広場の周りにある商店の窓から処刑の様子を眺めていた。人波に揉まれたくないからだ。


「同情することはありません」


 イングリッドおばさんが話しかけてくる。


「もし彼らが勝っていたなら、私たちがあそこに並べられていたのです。きっと処刑人に首を斬られて晒し物にされていたはずです」


 彼女はこちらの首筋に指を添えてくる。

 ますます考えたくない。でも彼女の言うとおりだった。似たような例は古今、枚挙に暇がないし。


「同情はしませんが、笑い物にするつもりもありません」


 俺はおばさんの手を振り払ってから、お供の衛兵を一人だけ連れて商店を出ることにする。広場は目立つ。勝手口から路地を抜けることにした。

 子供の頃に歩き回ったので街中の地図は頭に入っている。路地に入っても迷ったりしない。


 大手門で衛兵とは別れを告げた。

 俺はスカートの裾をつまみながら城の尖塔の階段を上る。


 尖塔の窓から眼下に目をやれば、五人目の首が斬られていた。処刑台から血が流れている。はっきりと見えないのが幸いした。間近なら吐いていたかもしれない。

 南北の城門に目を向ければ、おびただしい数の死体が転がっている。あまりに惨いので嘔吐公ちちおやの指示で回収と埋葬が進められているらしい。ちろちろと動いている人たちはそれかな。あるいは死体漁りをしている不埒者かも。

 街道には行商人の行き交う姿が見える。彼らは死体の側を通っても驚いたりしない。


 俺が思うに、この世界の人たちは死というものに非常に慣れているようだ。

 この世界は医療が進んでいないから赤ん坊はすぐに死ぬし、若者も中高年も病気であっさり死んでしまう。街には餓死した乞食が転がっていることが多々ある。

 前世の日本では災害でも起きないかぎり、日常で死体を目にすることなんてほとんどなかった。

 対して『隣の世界』ではみんなが死体を見慣れている。いつもいっぱい死ぬから。

 だから死は身近なものであって、怖がったり顔を背けたりするものではない。処刑に熱狂できるのもそのせいだろう。


 そんな残酷な世界で、おそらく自分の胸は誰よりも痛んでいるはずだ。

 うぬぼれじゃない。

 ──いや、うぬぼれだった。


 よくよく目をこらせば、城外の死体に触れているのは老婆と子供だった。老婆は空っぽの荷車を引きながら死体の間を練り歩いている。子供は一人一人の死体の顔を覗き込んでいた。家族を探している。あの山のような死体の中から。

 そんな人たちがあちこちにいる。

 自分の認識を訂正しなくちゃいけない。身内や知り合いが死んだら胸が痛むのは、この世界でも同じだ。

 違うのは他人の死に対する、無慈悲なまでの頓着とんちゃくの無さ。関心の低さ。子供たちは時折、無関係の死体から布切れを剥ぎ取っていた。

 俺は自覚する。この世界を救えるのはきっと自分だけだと。



     × × ×     


 

 首謀者の処刑が済んでからも、一揆の後始末は続いた。

 各地の村に送られた廷臣は村長たちを問答無用で処刑した。一揆に協力した、一揆を止められなかった。どちらにしろ村長として不適格だと判断された。後釜には地元の村役人が据えられた。

 ボルン・ベルゲブーク両家やタオン家を含めた領内貴族の所領には、城から参事官が派遣された。

 パウル公は領内貴族が減税令を実施しなかったことが一揆拡大の原因だと考えているようだった。参事官には貴族領の統治に参画する権限が与えられた。

 領主権(中でも不入権)の一部を侵される形になるので、多くの貴族たちは反発した。だが、あいにく抵抗できるだけの兵力は失われていた。


 かくして、ブルネンの乱をきっかけにヒューゲル公領の君臣関係は大きく変容していった。

 これまで自由放任されてきた領内の「半独立国」たる貴族領に当主の力が入り込んでいく。

 中世以来の政治システムが崩れつつあった。

 パウル公がなぜそんな改革に踏みきったかといえば、きっと心配性ゆえに息子の前途を案じたのだろう。


「さすがは父上だ。転んでもただでは起きない。余も見習わなければ!」

「カミル様、お腹の子供のためにも励んでくださいまし!」

「もちろんだ、エリザベート! 父上がならしてくれた土地の上に城を建てるのは我々の世代の役目だからな!」

「カミル様の時代が来るのが楽しみですわ!」

「エリザベート! 違うぞ! 余とお前の時代だ!」

「カミル様! カミル様!」


 大広間での夕食会でも弟夫婦は乳繰りあっていた。

 当主が代替りしたので、テーブルのお誕生日席も彼らが占めるようになっている。父は廷臣たちと丘の別荘に移り、母は相変わらず部屋から出てこない。


「わたし、本当にカミル様と結ばれて良かったです。分家の娘なのに不相応ではないかと思ってましたけど、こうして心から愛してもらえて……子供も出来て……」

「エリザベート……」


 夕食中なのに抱き合う二人。

 弟たちが傍目を気にせずにイチャイチャしてくれるので、俺は思わずテーブルを叩いてしまった。

 俄然、家中の注目は公女に集まってしまう。

 弟たちやイングリッドおばさんは言うに及ばず、廷臣や武官、女中からも目を向けられていた。

 こりゃ何か話したほうがいいな。


「……ブルネンたちを倒せたのは兵たちの犠牲があったからです。我が家の忠実なる家臣たちに乾杯を!」

「おおっ!」


 大広間の天井に血の色をしたワイングラスが捧げられる。

 俺は死んでいった全ての人にグラスを捧げた。

 ワインを飲み干すと、隣の席のイングリッドおばさんから耳打ちを受けた。


「あなたが行き遅れになったのはご自分の判断なのですから、カミル様やエリザベート様に苛立つのはお門違いですよ」

「誰が行き遅れですか!」


 そんなの気にしたこともない。公女自身の人生より世界の保全のほうが大切だ。

 そもそも、まだ十六歳の娘にぶつけるべき言葉じゃないだろうに。

 周囲に目を向ければ、またもや衆目が公女に向けられていた。大声を出しちゃったもんね。ごめんなさい。


「……オホン。今回の件で若い男性がたくさん死にました。村娘たちが行き遅れないように祈りましょう!」


 みんなのワイングラスが再び天井に捧げられる。

 上手くごまかせたかな。反応を見るかぎりでは微妙なところだ。酔ったふりでもしておこう。


 そういえば、ヨハンの国の状況はまだ伝わってこないな。

 ヒューゲルですら一揆が起きたわけだし、あっちはもっと大きな反乱が起きてそうだけど……。

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