4-3 銃撃戦


     × × ×     


 翌日。公女と三人の家庭教師を乗せた馬車がラミーヘルム城を発った。

 馬車の前後には徒歩の衛兵八名が付いており、不埒者から俺たちを守ってくれる予定だ。

 手入れされた歩兵銃六挺と槍二本が鈍く輝いている。


 北門を出たところで、これに二十名の男たちが加わった。

 毛皮の防寒着に身を包んでいる姿は兵士というより狩人のようだ。あれは狐の毛皮かな。長靴も温かそう。


「……ふーん。清貧好みのヒューゲルにしては珍しいくらい防寒装備が整ってるわね。備品が統一されてるし」

「あれは私の兵だ。城の衛兵では不安だから同行させる」

「あら。まさか自腹で連れていくの?」

「女性を守るのに金を惜しんでどうする」

「へえ」


 タオンさんの台詞にシャルロッテはやや満足げな笑みを見せる。

 イングリッドおばさんも目をつぶってうなづいていた。そういうものらしい。

 自分としては馬車の守りが固くなるのはありがたいけど、タオン家の財務が心配だった。二十名を旅に同行させたらとんでもなく金がかかる。


「親愛なるタオン卿。ご厚意には感謝しますが、連れていくにしても多すぎませんか?」

「兵力など多いに越したことはないですぞ。いつ何時なんどきぞくに狙われるやもしれません」

「いや……街道沿いに山賊なんていない気がするのですが」


 この世界の治安はあまり良くない。地方にもよるけど都市には盗賊が、山里には山賊が跋扈ばっこしている。

 例外として街道については沿線の領主が治安維持に務めていた。シブチンのヒューゲルでも城の衛兵が巡回を行っているそうだ。人や物の流れが滞ると困るのは隣の世界でも変わらないらしい。


「公女様の仰ることはもっともですが、世の中は何が起きるかわからんものです。それに我が兵たちは役に立ちますぞ。なにせ冬場の狩猟で鍛えておりますからな!」


 タオンさんは兵士たちを褒め称える。


 彼の言葉が「誠」であると証明されたのは二日後のことだった。

 前夜に大雪が降ったために街道の除雪が間に合っておらず、俺たちは道の途中で立ち往生する羽目になっていた。


「一旦、昨日の館に戻りましょうか、シャロちゃん」

「そうですね」


 イングリッドおばさんとシャルロッテがそんな相談をしている中、タオンさんが兵士たちに右手で指示を出した。


了解ヤボール


 彼らは近くの村からシャベルを借りてくると、街道をどんどん除雪していった。その手つきは熟練の技であり、見よう見まねで手伝っていた城の衛兵たちとは比べ物にならない。

 馬車は普段と変わらない速度で走り出し、俺たちは夜までに次の貴族の館に辿りつくことができた。


「すごいですね、タオン卿の兵たちは」

「ははは。奴らに聞かせたら喜ぶでしょう。ぜひ公女様からねぎらってやってくださいまし」


 そう言われたので、俺は館の倉庫で暖を取っている兵士たちに近づいてみた。

 彼らは総じて無口だったけど、ありがとうを伝えたら唇の端に笑みを見せてくれた。どうやらタオン家の家臣ではなく山岳地方や南方から呼ばれてきた傭兵隊のようで、言葉が通じないみたいだった。

 ただ一人だけ同盟語を話せる者は、自らの武勇伝を大いに語ってくれた。


「このチザルピナの武辺者にお任せくだされば、百や二百の敵兵などすぐに刈り取ってみせましょうぞ」

「敵が可哀想なので、そうならないことを祈ります」

「公女様は優しゅうございますな! 時には躊躇せずに殺すことも大切ですぞ!」


 武辺者は無骨な顔立ちに似合わない象牙色の歯を見せてくれる。

 俺はそんな境地には辿りつきたくないな。まあ公女の身で他人を殺すようなことは起きないだろうけど。



     × × ×     



 旅立ちから二十五日を過ぎたあたりで馬車はキーファー公領に入った。

 広大な公領を治めるシュバルツァー・フルスブルク城はまだまだ先だけど、自分としては旅の終わりを感じて気分が高揚する。

 何年経っても馬車での移動は耐えがたい。お尻が床ずれしそうになる。

 工務方に上等なサスペンションを作ってほしいと依頼しても、要求レベルには程遠い代物しか完成しないし。前世でもっと機械系の勉強をしておけばよかったな。文系にできるのは依頼と期待だけだ。


 まあ今さら前世を悔やんでも尻の痛さは変わらない。

 そんな時は馬車の前後を歩いている兵士たちに思いを馳せる。ずっと歩きっぱなしの彼らを思えば自分なんて楽なものだ。公女であることをありがたく思わないと。くそう。尻の痛さは変わらない。


 俺は気分を変えるために車窓から外を眺めてみた。

 荒涼とした廃屋が軒を連ねている。この世界ではたまに見かける廃村だ──いや違うな。よく見たら住民がまだいる。住処を求めて他所から流れてきた流浪者なのかな。はたまた正規の領民なのか。

 彼らの服装は家と同じくボロボロだった。肌は朽ちた木のようになっている。生気がまるでない。

 子供たちはそこかしこで泣いている。土や雑草を食べている子も見かけた。そこらの軒先に転がっているのは餓死者……虫が沸いているけど、生きてるの……?

 遠目では判別できそうにない。なんだこれは。まるで地獄じゃないか。


 そんな土地を『富』のシンボルのような馬車が横切っていく。

 衛兵やタオン兵たちの筒先での威嚇もあって、住民たちは街道に近づいてこようとはしない。ただ視線だけが刺さる。

 村を過ぎたところで、俺は家庭教師たちに訊ねた。


「なんですか、あれは」

「わたくしもビックリしました。噂はかねがね聞いていましたが、収奪するにもあそこまでやっちゃうのはすごいですよ」


 シャルロッテだけが反応してくれる。

 他の二人は答えを迷っているようだった。何となく理由は察しがつく。公女の結婚相手を批判する形になるからだろう。

 おばさんはともかく、タオンさんだって内心ではやはり公女とヨハンの結婚を望んでいるはずだから、相手方の株を下げたくないにちがいない。

 彼らの返答をどう促すべきか考えていると、にわかに外が騒がしくなってきた。


「ひいっ」


 衛兵の一人が悲鳴を上げる。


「何かありましたの?」

「さっきの村の連中が追ってきてるんです!」


 俺は馬車の後ろ窓から外を見てみる。ボロボロの住民たちが街道を歩いていた。その手にはくわや猟銃を携えている。明らかに敵対的な様子だ。

 馬車の歩みは徒歩と変わらない。このままでは追いつかれてしまう。

 衛兵たちはポシェットから早合を取り出していた。あらかじめ一発分に調合された火薬と弾の袋だ。


「……威嚇射撃で済ませてもらえますか」

「それは相手の出方次第でしょうな」


 俺の問いにタオンさんが答えてくれる。そりゃそうだ。


 馬車の速度が徐々に早くなる。でも限界がある。

 衛兵たちは時折立ち止まって弾込めを行い、また馬車の後ろに列を作る。前装式小銃は用意に時間がかかるのがネックだ。

 前世の自動小銃なら片手でマガジンを替えるだけで何十発も装填できるところを、衛兵たちの銃では一発の弾込めに三十秒以上かかってしまう。

 筒先から火薬を入れ、鉛玉を入れ、カルカという細い棒で押し込んで──やっと引き金が引ける。


 火薬が燃える音と乾いた音が外から聴こえてきた。

 住民側に倒れた者はいない。逆に一部の者は駆け出していた。まずい。衛兵たちが弾込めに入ったタイミングで突入をかけてきやがった。

 衛兵たちは慌ててサーベル抜刀に切り替えている。

 だが住民たちは怯まない。雑多な武器を片手にどんどん距離を詰めてくる。


「アルフレッド、馬車の積荷から食べ物や金品を分けてやりましょう」


 おばさんの提案に、シャルロッテもうなづく。


 だがタオンさんは返答しなかった。

 彼は馬車の窓から身を乗り出し、後方の相手方をじっと見つめている。

 やがて住民の先鋒が衛兵たちとぶつかるまであと少しとなったところで、彼は右手を下げた。


 街道の左右の茂みから乾いた音が連続する。

 十字砲火を喰らった形となった住民の先鋒は慌てて後退した。すると後方の主力も総崩れとなって逃げ始める。

 茂みから出てきたタオン兵たちが追撃をかけようとするが、主であるタオンさんが待ったをかけた。


「威嚇だけだ! 同盟国の民百姓を殺せば国際問題になる! お前たちの技を公女様は褒めてくださっているぞ! よくぞ当てなかった!」


 タオンさんの叫びにタオン兵たちは歩を止めた。

 見れば、たしかに街道には誰も倒れていない。住民はみんな彼方に去っている。

 この時代の銃で「誤射しない」のはすごいことだ。

 改めてタオン兵の力を見せつけられてしまった。


「あなたがた、よくぞやってくれました!」

「おおっ」


 窓から身を乗り出して兵士たちを褒めてみたら大声で応えてくれた。

 俺は得も言われぬ満足を覚えてしまう。変な例えになるけどアイドルってこんな感じなのかな。癖になりそうで怖い。


「……アルフレッド。なにも大事おおごとにしなくてもいいでしょうに」


 イングリッドおばさんがタオンさんに疑問を投げかける。

 たしかに相手が逃げてくれたから良かったものの、あれで怯まずにもっと突っ込んできていたら本格的な戦いになったのは間違いない。

 タオンさん本人の弁にもあるように殺してしまえば国際問題だ。こちらから死者が出たら、もっと問題になる。

 それこそ公女が死んでしまえぱヒューゲル対キーファーの紛争になりかねない。望むと望まざるに関わらず、そうでもしないとヒューゲル公の面子が立たなくなる。


 そんなことがわからないタオンさんではなかった。


「イングリッドはあの者たちの目を見ていなかったようだな。あれは物乞いの目ではなかった。あれは我々への怨嗟を宿した目だ」

「なぜヒューゲル家の我々が彼らに恨まれるの」

「あの者たちにとっては同じだ。偉い奴らはみな同じ。それだけ恨まれるほどの行いをこの土地の支配者はしてきたのだろう。あれはパンや金では宥められん」


 タオンさんは悲しげにため息をついた。

 殺さずに済んだけど、いざとなったら殺すつもりだったみたいだ。なにせ茂みから出てきたタオン兵の半分はまだ発砲していなかったから。

 おばさんは返す言葉を失ったようで、こちらもまた息を吐いていた。シャルロッテは何やらメモを取っている。


 平静を取り戻した馬車は再び歩み始める。

 三日後、公女おれは五年ぶりにヨハンと会う。その時自分は何の話をしているのだろう。

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