18 接近する二人。

 それから家で着替えを済ませた入鹿は、結良との待ち合わせ場所に向かっていた。


 スマホで確認するとすでに約束時刻の一時を十分ほどオーバーしている。


 一応メッセージで少し遅れる旨を報告しているが、この寒空の下で長い間待たせるのも悪い。


 駆け足で駅の東改札前の広場に到着すると、時計台の下に見慣れた金髪を発見した。


 今日も今日とてお洒落な恰好。今までも何度か二人で遊びに行っているが、一度として勝てた試しはない。自身のコーディネートに不安を覚えながらも、入鹿は声を掛けた。


「すまん、遅れた」

「ほんとだよ、寒かったんだから」


 じゃあどこか店内にすればいいのに、という言葉を飲み込む。

 入鹿は走ったことで上がっていた息を整えてから、結良の全身を見ると、


「似合ってんな」


 躊躇いなく言って述べた。今更恥ずかしがるような関係でもない。


「当たり前でしょ? そっちも……まぁ、まぁまぁいいんじゃない?」


 そして彼女もまた、照れたりしない。


「上から目線やめんか」

「ファッションに関しちゃ上なのは間違いないでしょうが」


 おっしゃる通り。


「それで、これからどこ行くんだ?」


 劣勢を理解し、話題を変更。


 駅前に集合したということは、開発の進んだこの近辺で遊ぶか、電車に乗ってガタンゴトン。もっと大きな町に行くかの二択だろう。


 結良はその露骨な話題変更に気付いただろうが、特に何も言うことなく、苦笑を浮かべた。


「今日はこの辺ぶらぶらしよっかなーって」

「そういえばカラオケ行きたいとか言ってたしな。――よし、行くか!」


 自己を奮起させ、とりあえず近場のカラオケへ向かった。


 外に出てきた時にはすでに太陽の姿は見えず、西の空にうっすらと茜色が望めるだけであった。


「あー、もう喉ガラガラ」

「調子に乗って三曲連続で歌ったりするからだ」


 喉を押さえてペットポトル飲料を口に着ける結良。馬鹿みたいに歌いまくった結果である。


 結良の隣で時刻を確認すると、五時を十五分ばかり過ぎていた。

 もうすぐ日も暮れ、外出が制限されている夜が始まる。


「……どうする?」

「そうだねぇ」


 入鹿の言葉を受けて、結良も時計を確認。そしてキョロキョロ辺りを見渡すと駅前のカフェを指さした。


「あそこで何か軽く食べながら聞くって感じでいい?」

「聞く?」

「相談のこと、アンタから言ったんでしょ。忘れてたの?」

「……覚えてたんだ」


 目を見開いて大げさにリアクションを取ると、むっと口を窄める結良。


「忘れてると思ってたの?」

「思ってた」


 肩を軽く小突かれる。


「さっ、行こ」


 二人で入店。店内は落ち着いた雰囲気であり、流れるジャズが耳に優しい。


 どうやら先に注文して、料理を受け取ってから席に着くシステムらしく、結良に連れられメニュー表の前へ。眺めてみると長ったるい珈琲の羅列と、パスタが多かった。


 カフェの軽食、という位置づけではあるが『本格~』や『生パスタ~』と書いてある当たり、これも売りの一つなのだろうか。


 普段こういった若い子向けのカフェに来ない入鹿は小首を捻る。


 するとそれを見かねたのだろう。結良が先に注文を済ませた。

 さすが現役ギャルだ。


「さすがだな」

「舐めてんの?」


 確かに。カフェで注文して「さすがだな」は無い。


 それから互いにそれぞれ別のものを注文し、料理を受け取ってから空いている席に腰掛ける。


「で、相談て何よ」


 食事を始めるや否や、結良は切り出した。


「あー、うん。そうだなぁ。何といっていいのか……」


 内容が内容なだけに難しい。まさか馬鹿正直に浜宮伽耶は犬殺しで、それを止めさせたい。とは言えない。結良ならば警察に通報したりはしないだろうが、それは入鹿の主観に過ぎない。


 俯瞰して考えれば、絶対とは言い切れないだろう。


「その様子だと、浜宮関連?」

「……そうだな」


 おずおずと首肯すると、彼女は大きくため息を一つ。パスタと同時に注文していたホット珈琲を飲む。


「だから、諦めなって言ってるじゃん。そりゃあ見た目はいいかもしれないけどさ、周りからの評判は変人一択、実際に入鹿以外とはほとんど口を利かないし、その入鹿にさえ暴力を振るう。――個人的には、金輪際関わって欲しくないタイプの人なんだよね」


 前々から思っていたが、結良の伽耶に対する評価は低い。というより、マイナスに振りきれている。そんな彼女に、本当に相談してもいいのだろうか。


 入鹿の中でふと、そんな考えがよぎる。

 しかし、それらの思考が表層へ現れるよりも早く、結良はもう一度ため息。


「で、相談って何?」

「……聞いてくれるのか?」

「最初から聞くって言ってんでしょ?」


 結良の表情は真剣だ。


「浜宮のことは正直嫌いだし、関わって欲しくないとも思うし、何ならもう私にでもしとけよ、とも思うけど……。それよりも私はアンタのことを友達だと思っているし、こうして頼られたら応えたいって、ずっと思ってきた」

「結良、お前……」


 互いの視線が絡み合いう。思考がドロドロに溶けてしまいそうな感情が沸き上がる。けれど、入鹿は瞑目することでそれを断ち切り、茶化すように言った。


「お前って『私にしとけよ』とか思ってたのか?」

「――へっ? いや、いや違う! 今のは、アレだ。アレ……そう、浜宮を狙うくらいなら私を狙ってアプローチでもかけた方がましだって意味で、そう言うあれやこれやを望んでいるわけではないし、他意はない!!」


 一気にまくしたてる結良。空気が弛緩するのを感じられた。


 これで幾分か話しやすくなったか。そう思い、入鹿は自身のパスタをくるくるフォークで巻き取り口に運んで、


「それに、××に悪いし――」


 動きを止める。結良を見る。彼女は入鹿をじっと見つめ返していた。状況は先ほどの模倣。しかしながら、そこに甘い感情を抱く余地はない。


「ごめん、失言だった」


 今回先に視線を切ったのは結良だった。

 彼女は気まずげに視線を逸らすと、震えた声で謝罪。


「ん、いい。吹っ切れてる」


 それを受け取り、口元まで運んでいたパスタを頬張る。

 以降、料理を完食するまで、二人の間に会話は無かった。

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