15 停滞する思考。
本日はこのまま帰宅の流れである。途中からでも学校に行けると考え一応制服に着替えて来たが、予想より長引いてしまった。
学校側にはすでに連絡が行っており、明日、説明を兼ねて入鹿だけ特別登校と説明を受けた。
二学期最終日を欠席し、冬休み初日を先生と過ごす。不毛ここに極まれり。
非常に面倒だと思いつつも、すべての責任は自身にあるので大人しく従うしかない。
しばらく歩いていると、前方に見覚えのある姿を確認した。
同じ高校の制服に身を包んだ彼女は、相も変わらず寝癖を整えただけの茶髪を揺らしながら、一人とぼとぼ、いつもは入鹿と帰っている道を歩いていた。
「伽耶ちゃん!」
名前を口にすると、近付くより早く伽耶は振り返った。
その表情は驚きに染まっている。
「え、入鹿!?」
「偶然だね、今帰り?」
「うん。入鹿は? どうして今日来てなかったの?」
「単純に寝坊。起きて慌てて学校向かったけど、向かってる途中で十二時回ってさ。もう終わってるだろうし、どうしようかなーって思ってたら伽耶ちゃんを見つけたんだ」
ぽろぽろと。出るわ出るわ口から出まかせ。
しかし犬殺しをしている彼女に『警察帰り』ということは言わない方がいい。
何故ならば、話すことで余計な心配をかけるのは目に見えているからだ。
その心配が『入鹿が通報したかも』というものなのか『入鹿が犬殺しとして疑われているのかも』なのか知ることは出来ないが。
けれど、先ほどの薊ではないが、伽耶には『やましい事』がある。つまり焦ってしまうのだ。
何が犬殺しのトリガーとなっているか判明していない今、そんなリスクを冒すことは出来ない。
感情の揺れは出来るだけ抑えなければならないのだ。
「そ、そうなんだ……」
そっぽを向いて頬を掻いたかと思うと、伽耶は潤んだ瞳で見上げて来る。
何かを期待している目。何かを望んでいる目。――入鹿を望んでいる目だ。
「ところで伽耶ちゃん、このあと暇?」
「……っ! ど、どうして?」
伽耶は僅かに驚いた表情を見せる。
「実は、まだご飯食べてなくて。よかったら一緒に食べたいなと思ってさ」
「そ、そうなの? ……じゃあ、私の家に来る? 御馳走してあげても、いいよ?」
告げると同時に伽耶の左手が伸びて来る。抵抗せずにいると、入鹿の右手を握りしめた。
その一連の行動に驚愕する。
何故なら、手を繋ぐと言う行為は、いつも入鹿側から行うことでようやく出来るものだからだ。
だと言うのに、本日は伽耶から進んで手を繋いで来た。一瞬胸が跳ねた。
「……」
「な、なに!?」
無言で手を見つめる入鹿に、顔を真っ赤にして叫ぶ伽耶。
しかしながら手を離すようなことはせず、もぞもぞと指が動き――いつもの恋人繋ぎが完成した。
「……」
「だからなに!?」
それでも無言の入鹿に、堪らず伽耶は語気を強める。
そうして数秒、二人は見つめ合い、先に口を開いたのは入鹿だった。
「すごく嬉しいよ」
「……っ!! あ、ぅあっ――!!」
途端に声にならない声を上げる伽耶。しかしそれでも手は離さない。
ひとしきり悶え続けると、しばらくして入鹿の手を引いて再度先導し始める。
前を行く彼女は、耳まで真っ赤に染まっていた。
§
それから場所を伽耶の家に移し、二人は昼食を取る。
片付けも一通り終え、他愛もない話を語らい合う。
それは間違いなく穏やかで、平穏な時間だった。
目の前には表情豊かな伽耶の姿。
しかし、それを見るだけで、入鹿は一種の焦燥感に駆られた。
薊に見抜かれなかった焦燥。否、薊と――警察と言葉を交わし、こうして伽耶と触れ合って肥大化した焦燥。
それは伽耶の犬殺しを辞めさせなければならないという物。
伽耶の行う犬殺し。元々、入鹿が彼女に近付いたのはこれを辞めさせるためだ。下心もあるが、最も大きな理由はこれである。
入鹿が伽耶の犬殺しを知ったのは、伽耶と知り合う前のこと。
九月中頃の深夜、入鹿は外に居た。
夜道をぷらぷら歩いていると、音が聞こえてくる。何だろうと吸い寄せられるように向かい、知った。
知って……辞めさせなければならないと、そう決まった。何が何でも助けなければならないと、入鹿の中での優先順位が最上位で固定されたのだ。
しかし、それは難航を極め、三ヶ月経った今現在でも、トリガーすら判明していない。
早くしなければならない。さもなければ、警察がたどり着いてしまう。
今はまだ何とかなっているが、犬殺しは都市伝説程度には広まっているので、安心はできないのだ。
入鹿はソファーの隣に座る伽耶を見る。
その距離はゼロセンチメートル。肩と肩が触れ合い、互いの熱を分け合う。
「……どうしたの?」
「――いや、何でもない」
どうしてキミは犬を殺すんだい?
そんなことは口が裂けても尋ねられない。伽耶は爆弾だ。藪を突っついて蛇ならいいが、爆発四散ではシャレにならない。
「そういえば今日は泊っていく?」
向けられる目は先ほどと同じ。分からない。何が正解なのか、入鹿は昔から伽耶が分からない。
いや、分かろうとしなかった。ただただとにかく、彼女の望むことを望むまま。実行するだけだ。こんな風に。
「そうだね。泊まろうかな」
どうすればいいのだろう。どうすれば伽耶を救えるのだろう。――『××』のために。
どうすれば、どうすれば――嗚呼、分からない。
――思考の渦に飲み込まれる。
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