13 当惑する朝。

「凄く怪しい」

「もしかしなくても、僕って疑われてますか?」

「うん」


 うん、て。せめて何かしらのオブラートに包んでくれるのならまだしも、ここまで正直に疑われると入鹿としては面白くない。


「個人的にはお姉さんの方が怪しく見えますけどね。そもそも本当に警察とも限りませんし……え、もしかしてお姉さんが?」


 決してそんなことはないと分かっているので、ただの嫌がらせである。


「わ、私は警察だ! 何処からどう見ても警察だっ!?」

「いや、そう言うコスプレかもしれないじゃないですか」

「こ、こす……ぷれ……」


 なにやらショックを受けたのか婦警はふらっとして、不意にポケットを漁って警察手帳を取り出し、どこぞの水戸黄門の如くそれを突き出した。


「こ、これを見よっ!!」


 謎のハイテンションに若干引きながらも、入鹿はスマホのライトをオン。警察手帳を照らして確認する。


あざみ巡査……で、いいですか?」

「そうっ! 信じたか!?」


 そう言って薊は満面の笑みを浮かべる。

 美人がやるのだから非常に目の保養になるが、妙に腹立たしい。


「まぁ、本物かどうかなんて見分けつかないんであんま意味ないんですけどね」

「い、言われてみれば……い、いや! 私はれっきとした本物の警察官だ!」

「まぁ、口だけならなんとでも言えますから」

「なんでそんな頑なに信じようとしないんだ!?」

「だってホイホイ信じて噂の殺人鬼だったら嫌じゃないですか。死体になるのはごめんですよ」


 薊は「そう言われるとそっかぁ」と神妙な面持ちだ。


 感情の起伏というか、表情の変化が激しい人だと入鹿は思った。


「っと、そこまで疑われるならもう仕方ないんだけど……個人的にはキミの方が怪しいのよねぇ。一人で夜道を歩き、理由は散歩……ううむ」


 言葉にされると入鹿は怪しさの塊だ。特に理由がない当たり犯人らしさが倍プッシュ。


 薊は一度、入鹿の全身を眺めてから、そうだ! と手を叩いた。


「職質しよう!」

「そんな軽い調子で……まぁ良いですけど」


 自分が怪しい存在というのは理解しているため、面倒にならないよう抵抗はしない。

 薊に持ち物を渡す。


「これだけ?」

「そうですね」


 そうして婦警は入鹿の荷物を見る。コンビニ袋、スマホ、財布。以上の三点。


「コンビニ帰り?」

「そうっすね。夜にカップ麺食べるの好きなんですよ」


 レジ袋を漁る薊は二の空いたカップ麺を見て、入鹿を見て、もう一度カップ麺を見てから「ふっ」と鼻で笑った。湯がなかったことを悟ったのだろう。


 微妙にイラつく。警察でなかったら殴っていただろう。


 結局、特に問題が無いことを確認すると、お次はスマホと財布。


 見られて困る物は何もない。精々エロサイトの検索履歴ぐらいなものだ。


「財布確認してもいいか?」

「良いですけど……何を確認するんですか? 身分証も何もないですよ?」

「ちっ、ちっ、ちっ。確認するのはナイフだよ、ナイフ」


 指を振ってどや顔の薊。先ほどからムカついて仕方がないが、ぐっとこらえる。


「ナイフ? 財布の中に?」

「そうそう。ほら、カード型のナイフって知らない? クレジットカード位の大きさで、決まった箇所を折り畳んでいくとナイフになるって感じの奴」

「あー、そう言えばなんか聞いたことあるような」


 以前通販サイトでそんなものを見た記憶があった。


「連続殺人は殆どがナイフなのだよ」


 どや顔を向けて来る薊。もちろん完全無視である。


「そうなんですか……殆ど? ってことは他にも?」

「まぁね。金属バットとか……ってニュースとかあんまり見ない系?」

「そうですね。殺人のニュース何て見ていて気持ちのいい物ではないですから」

「そんなもん?」

「そんなもんですよ」


 淡々と返答すると薊は不意に入鹿を見上げて、口の端を持ち上げた。


「変わってるね」


 イラっとした感情を飲み込み、苦笑を浮かべてスルーする。


 その後、職務質問は恙なく進行し、最後に入鹿の名前、高校などを記録してから終了と相成った。


「ほい、終わったよ」

「問題なしですか?」

「うん。でも物騒だからもう散歩は禁止っ! お姉さんとの約束だぞっ!」

「へいへい」


 バチコリウィンクを受け流し、荷物をまとめて持ち上げる。


「気を付けて帰れよー!」


 と大手を振る薊に一礼してから踵を返す。

 スマホを見ると時刻は八時四十六分。


 約十分かけて家に帰ると、風呂場に直行して冷えた体を暖める。


 風呂上がりに買ってきたカップ麺を食べようとしたら観月がやってきて「え。夜食カップ麺?」と信じられないものを見る目で呟いたので、我慢することにした。


 その後は珈琲を一杯飲んでから入鹿はベッドに潜り、眠りに着いた。



  §



 翌朝、入鹿は観月に叩き起された。


「あに! あにあにぃ!」


 普段から落ち着きのない変態だと思っていたが、今回は勝手が違うように感じる。


 入鹿はまだ睡魔の残る頭を振って、瞼を擦って起き上がる。


「どうした観月」

「な、何か警察の人が来てるんだけど!」

「警察だぁ?」


 思い出すのは昨夜出会った薊の姿。

 溌剌としたポンコツ婦警の姿は記憶に新しい。


「そう! なんかあにを呼んできてくれって言われた! 何をやらかしたのさぁ!」

「何もしてないっての。父さんと母さんは?」

「もう仕事行っちゃったよぅ!」


 観月はすでに中学校の制服に着替えている。彼女ももう出発する所だったようだ。


「了解。取り敢えずお前は学校へ行け」

「あに一人で大丈夫?」

「おう、余裕だ」


 頭を撫でると観月は不安そうな表情を浮かべつつも、部屋を出ていった。


 入鹿も服を着替えてから洗面所へ。

 顔を洗うと一度キッチンに寄ってから、玄関に赴いた。


 そこには強面の男性と、見覚えのある前髪ぱっつん婦警の姿。


「朝早くに申し訳ありません。榎本入鹿さんですか?」

「はい、お待たせしました。どのようなご要件でしょう?」


 疑問を投げかけた入鹿に対し、強面警官は即座に返答。


「テレビは見ましたか?」

「テレビ……? いえ、なにぶん寝起きなもので」


 それを聞いた薊は入鹿の頭に視線をやって「寝癖凄いな!」と声に出した。相変わらずのハイテンション。


 そしてどうしてこんなにフレンドリーなのか。そんな無意味なことを思っていると、強面さんに「お前は黙ってろ」と怒られていた。何してんだこの人。


「えっと、それで何かあったんですか?」


 マイペース婦警を無視して、テレビ云々の話に意識を戻す。


 まさか昨日のバラエティー面白かったねという話題をしに来たわけでも無かろう。


「えぇ、実は……」


 僅かに言いよどむ強面に代わり、薊が入鹿の問いに答えた。


「八人目が、出たんだ!」

「はちにんめ?」


 一瞬、何のことか分からなかった。けれども、すぐにその答えを薊がくれる。


「連続殺人の被害者!」

「はぁ」


 それはまた、悲しい事なり。南無阿弥陀仏。

 しかし、なぜわざわざそれを伝えに来たのだろうか?


 疑問に思い首をひねる入鹿に、薊は人差し指を向けて淡々と告げた。


「それでキミが容疑者!」

「はぁ……。はぁ?」


 入鹿は間抜けな声を挙げた。

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