12 邂逅する夜。

 夕食を終え、入浴も済ませた入鹿は自室で着替えを済ませた後、財布とスマホと『荷物』の入った鞄を手にして部屋を出た。


「おーい観月ぃ。ちょっと散歩に行ってくるわ」

「うぃ~」


 リビングで寛ぐ変態シスターの気の抜けた返事を頂戴しつつ、靴を履いて玄関を抜けた。


 現在時刻は午後八時、両親が帰ってくるのは十時過ぎなので、それまでに戻れば問題は無い。


 冷たい空気が頬を撫でる。呼吸をする度に肺が凍りそうだ。


 街灯の少ない田舎道は薄暗く、車どおりもほとんどないので不気味さが倍プッシュ。


 けれど何処か入鹿の気分は高まっていた。

 入鹿は夜に散歩をするのが好きだったから。


 月を見上げながら、かつて××に言われた言葉を思い出す。


 ――私は夜が好きです。人が眠るこの時間が、好きなのです。静かですからね。


 胸の内に溜まった靄をため息と共に吐き出す。


「はぁ……」


 入鹿は畦道を歩いた。


 歩いて、歩いて、歩いて歩いて。歩いて歩いて歩いて歩く――あるいてあるいてあるいてあるいてあるいてあるいてあるいてあるいてて、あるるあるい、あるいて、あるくく、あるてあてあるるてあるく、あるいるあるああるいあるいてあるいた、あるくあるいあるるあらるりあるあくているあるく………………。


「らっしゃいやっせ~」


 コンビニの自動ドアを潜ると大学生の店員の気だるげな声が聞こえてきた。


 入鹿はホット珈琲とカップラーメンを手に取ってレジへ。お会計を済ませると店内に設置されたポットの前へ行きカップ麺の蓋を開けた。


 お湯を入れようとするが、出てこない。

 店員を呼ぼうとしたが、彼は欠伸を噛み殺していた。


 現在時刻は八時半過ぎ。寝るには早いんじゃないか? と思いつつも自身以外人っ子一人居ない店内を見れば欠伸が出るのも仕方がない。


 まぁ、いいか。蓋の空いたカップ麺を袋に戻してから入鹿はコンビニを後にする。


 ――と、その時向こうから知っている顔がやってくるのに気付いた。


「おや、榎本君じゃないか」


 優しく落ち着いた声の中年男性。


 身なりは良い物の、目の下には何重もの隈が出来ており、頬は痩せこけ、頬骨が張り出ていた。


 入鹿は彼に一礼すると言葉を返した。


「お久しぶりです、浜宮さん」

「伽耶は元気にやっているかな?」

「はい、元気すぎるほどには元気ですよ」


 彼は伽耶の父親、浜宮信孝のぶたか。元々この辺りに土地を多く持っていた地主である。


 入鹿が伽耶と親密な関係を築いていることを知りながらも、応援してくれている人物でもある。


「今日はこれから伽耶のところに?」

「いえ、今晩は自分の家です。二日連続だと僕の親が不審がるので」

「ははっ、そうかそうか。確かに、キミの親御さんにばれたら大変だ。それじゃあ、僕はこの辺で失礼しようかな。送って行ってあげたいけど、この後は野暮用があってね」

「いえいえ、お気持ちだけで結構ですよ。それではおやすみなさい」

「はい、おやすみ」


 信孝と別れた入鹿は、コンビニ袋片手に夜道を歩く。鼻歌を歌う程度には陽気であり、余裕があった。


 しばらく歩いていると、前方に一台の車が停車しているのが見えた。入鹿がその横を通り過ぎる寸前、車内から一人の女性が姿を現す。


「こらあっ、こんな夜中に何やってるかぁ!」


 大きな声に驚きつつも視線をやると、声を掛けてきたのは綺麗な女性だった。


 前髪をぱっつんに切りそろえており、その下で三白眼が爛々と光っている。


 前髪同様に肩口でそろえられた髪を揺らしながら、両手を腰に当てて豊満な胸を張りながら入鹿の前に佇んだ。


「すいません。ちょっと散歩に出ていて。もう帰るところです」


 知らない人からのお声がけに、入鹿は冷静に受け答えをする。


 こんな夜道で声を掛けて来る人物など、普通なら無視するに限るのだが、そうも言っていられない事情があった。


 それは女性が身に纏っている服装にある。


 彼女は青い服に身を包み、腰から拳銃と警棒をぶら下げる、国家組織の女性職員。端的に説明するのなら婦警さんだったのだ。


 故に入鹿は素直に状況を説明。

 しかし婦警は眉間に皺を寄せて「むむむっ」と唸るのみである。


「散歩ぉ? こんな物騒な時間にかぁ?」


 時刻はまだ九時にもなっていないが、この町は特殊だ。


 何しろ夜中に人をザクザク殺す殺人鬼や、犬をぼこぼこ殺す犬殺しが出没するのだから。


 後者に至っては半同棲中の女友達が犯人なのだが、もちろんそれを口にすることは無い。


「夜が好きなんですよ。空気が澄んでますし、静かですし」


 しかし婦警は顎に手を当てたまま見つめて来るだけ。


「うーん、怪しいなぁ」

「え?」


 婦警の言葉に入鹿は間抜けな声を出した。

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